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妊活支援の有無が就職先を左右するアメリカ。卵子凍結のリアル【世界の不妊治療最前線】
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NewsPicksシリコンバレー支局長
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NewsPicksシリコンバレー支局長。テクノロジー、ビジネスを中心に米国から情報を発信します。米国の生殖医療、その周りに育つスタートアップに高い関心があり、フェムテック最前線の取材をしています。
2020年、日本の特殊合計出生率は1.34%となり、5年連続低下している。そのその背景にはライフスタイルや経済の変化といった外的要因だけでなく、さまざまな理由で不妊治療を断念する人々の存在も無視できない。では、世界に目を向けてみるとどうだろう。アメリカの少子化対策の課題や、不妊治療の現状、産休・育休制度について、NewsPicks 編集部・シリコンバレー支局長の洪由姫さんがレポート。
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28倍に増加した、アメリカ女性の卵子凍結
現在アメリカでは、将来子どもをもつという選択を見据えて、卵子凍結をする女性が都市部を中心に増えています。
卵子は年齢と共に老化してしまうためある一定の年齢で妊娠がしづらくなるという生物的な宿命があります。
そこで、卵子を凍結することで「加齢の時間」を止め、将来の妊娠確率を少しでも上げるのがこの方法になります。
良いパートナーに巡り会えていない、仕事や留学などがあって今は産みどきではないーー。
そう思うシングルの女性だけでなく、パートナーがいても、「今は仕事に専念したい」、「出産したいかまだわからない」、という女性の選択肢にもなっているのです。
アメリカでは全国的なデータを収集している組織はありませんが、主要都市にある54のクリニックをまとめた業界団体の調べによると、卵子凍結をした女性は2009年に475人でしたが、2018年には28倍にまで急増しています。
また、データを提出した国内最大の不妊治療センターは、2019年から2020年までで、新型コロナのパンデミックで、患者が50%増えたと報告しています。
会社に行かなくなったため、比較的自由に治療に時間が取れるようになったことが背景にあると考えられます。
約2万ドルの卵子凍結を企業がサポート。同性カップルやシングルにも
卵子凍結の費用は一度に、1万5000ドルから2万ドル(160万円~220万円)ほどかかります。
これは、健康診断から、排卵誘発剤などの薬、採卵、初回の凍結保存の料金を合計した金額ですが、人によって異なる薬剤を使うため、金額が上振れるケースもあります。
不妊治療と同じく、その金額は非常に負担の大きいものです。
そこで、ここでも企業が社員の「妊活」にかかる費用をサポートしようという動きが出てきています。
前編の不妊治療の項目でも触れましたが、企業の「妊活サポート」には、男女のカップルの不妊治療だけでなく、シングルの男女、同性のカップルが対象に含まれます。
アメリカでは、男女のカップルで、かつ不妊症とみなされた場合にしか、不妊治療の保険が適用されません。
つまり、女性が将来の妊娠を見据えた卵子凍結であったり、男性が精子の凍結をしたり、同性カップルが子どもを持つために必要な代理母による出産、養子縁組などは、そもそも保険が適用されないのです。
そこで、企業は男女の夫婦に限らず、もっと広い意味で社員の「家族計画・妊活」を支援しようとしています。
妊活サポートの有無で就職先を決める時代へ
ビジネスチャットツールで成長するスラック・テクノロジーズは2019年に、妊活をサポートする福利厚生を導入しました。北米では年間1万ドル、日本円で約104万円を上限に妊活費用の100%の費用をカバーします。
社員が1000人であれば、約10億円を会社が支援する計算です。
企業が社員にここまで手厚くサポートをするのは、優秀な人材を確保する狙いがあるとスラック・テクノロジーズのドーン・シャリファン人事部長は話します。
「社員の環境を整えることで、人材をひきつけ、維持することは、私たちにとって非常に重要です。シリコンバレーでは、多くの企業が同じような優秀な人を集めようとしているのです」
「特に女性、マイノリティの人たちも採用し、多様性を持たせようとしています。そうした中で、いかに私たちの会社に入ってもらうか。彼らのニーズに合った福利厚生を考え抜いて決めました」
実際に卵子凍結をした36歳の女性は、妊活の金銭的サポートがあるかないかは、就職先を考える上で、大きな決め手になると話しています。
「私の就職するソフトウェア企業では支援がなく、自費で全てを賄うのは簡単ではありませんでした。妊活をサポートしてくれる企業が採用しているのであれば、転職という選択肢もありますね」(前述の女性)
アメリカの25歳〜40歳を迎えるミレニアル世代は、健康への意識が高い人たちだと言われています。
医療機関の調査によると、彼らの半分以上が妊活は「健康の手当」として考えられるべきだと考えています。
また、働く人たちの68%が妊活をサポートする福利厚生があるかないかで仕事を変えるとまで回答しています。
こういう状況の中では、企業も社員にとって良い福利厚生を用意しなければ、魅力的な特典を持つライバル企業に、優秀な人材を取られてしまう。
妊活サポートをする企業が増えてきた背景には、こういった企業同士の競争も一役買っているのです。
ミレニアル世代を変える「カインドボディ」
ミレニアル世代の女性を意識し、「妊活・不妊」というイメージを大きく変えている企業があります。
2018年に誕生した「カインドボディ(Kindbody)」は、女性の卵子凍結を筆頭に、精子の凍結、体外受精と、不妊治療のサービスに加え、婦人科で受けられる検診も行うクリニックを展開しています。
現在はニューヨークの他、カリフォルニア州のサンフランシスコ、ロサンゼルスなど、大都市に進出し、急速成長。
カインドボディの最大の特徴は、若いミレニアル世代をターゲットにし、誰もが気軽に立ち寄れるような空間を作り、卵子凍結の価格を通常より30%ほど安く提供していることです。
ポップな黄色をテーマカラーに、スイーツショップ、またはスパの様な雰囲気で、医師も白衣を着ない敷居の低さが、若い世代に受け入れられています。
さらに、若い世代にも手が届くような価格を実現するため、診察の工程をデジタル化して人件費を省き、コストを低く抑えているのです。
カインドボディの提供する卵子凍結は6500ドル(約71万円:薬代は含まれず、個人によって変化する)になっています。
「タイムリミットからの解放感」卵子凍結をした女性たちの声
カリフォルニア州のサンフランシスコは、IT企業が集積し、ハードワーカーが多い場所として知られています。女性も例外ではありません。
そのため、キャリア形成と家族計画が必ずしも一緒にできないという女性たちも多いのです。
30歳前半のシングルの女性たちの間では、「卵子凍結どうしてる?」と友人や会社の同僚と話をすることも普通です。
卵子凍結を行った女性たちはどう感じているのでしょうか。
「卵子凍結によって妊娠・出産の時間が限られているというプレッシャーが減りました。本当にホッとしたんです」
こう話すのは大手IT企業に勤める36歳の女性です。
パートナーを見つけられるのか、そして家族を作ることができるのか。
時間制限というプレッシャーから解放されることで、自分の目の前のやりたいことに集中できるという声は彼女だけではありません。
「パートナーを選ぶにしても、しっかりと時間をかけられるようになりました。デートも楽しめるようになったんです」(別のIT企業勤務、36歳女性)
卵子凍結は将来の妊娠を必ず約束するものではありません。
ただ、自分が求めるものを、仕事でも、パートナー選びでも妥協せずに選びたい。そんな女性たちのニーズから、将来の家族計画のための有効な手段になっていることは確かです。
凍結した卵子を解凍し、使用したケースは
アメリカで卵子凍結をした女性たちは、その後どのような選択をしているのでしょう。
不妊治療の情報を提供する「ファティリティIQ」の調べでは、凍結した卵子を妊娠するために解凍した人は10~15%だとしています。
この数字をどう考えるでしょうか。
卵子凍結をした人たちが、その後の使い道について理由を説明するわけではないので、数値の理由を探すのは簡単ではありません。
ただ実際には、この数字の裏では、凍結した卵子を解凍する前に自然妊娠したという場合が多いようです。
また、子どもを持たないという選択や、何らかの理由で卵子を廃棄した女性もいます。そしてもちろん、ここには将来の可能性を秘めて、眠っている卵子も含まれています。
採卵年齢、コスト、将来的に卵子を使う割合、100%妊娠が保証されないリスクーー。それら全てを考えて、凍結は本当に必要な手段かどうか、女性たちは考えることになるのです。
今の卵子凍結の増加が示しているのは、これらの項目を考えた上で、全てを諦めたくない女性が選んだ結果だとも読み解けるのではないでしょうか。
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洪由姫
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