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投資と子育ては、よい時も悪い時も長い時間をかけて育てていくもの【藤野英人】
今、なぜ「お金教育」が必要なのか。面と向かって自分の言葉で子どもに教えることができるだろうか。前回に引き続き、ひふみ投信ファンドマネージャーの藤野英人さんに、お金教育をおこなう際に必要なマインドセット、誤解されがちなライフプランとお金の考え方について伺った。
前編では投資信託の運用現場に長年携わる藤野さんに、お金教育に積極的になれない私たち日本人がお金教育をおこなう意義や、勤労教育とお金教育の関係、「ありがとう」を伝えることがお金教育につながる理由などをうかがった。
後編では、投資的考え方を実生活に持つことの意義や、ライフプランを考える際に知っておくべきことを中心にお話いただいた。
投資とはエネルギーを投じて未来からお返しをもらうこと
ーーご著書のタイトルにある「投資家みたいに生きろ」とは、「投資家になれ」「今すぐ投資をしよう」ということではなく、投資家的考え方を身につけることが、不確実性の高いこれからの時代を生き抜くために必要ということだと実感しました。
藤野英人さん(以下、藤野さん):僕は、さまざまなところで「投資とはエネルギーを投じて未来からお返しをもらうこと」と説明しています。
エネルギーとは、情熱、行動、時間、体力、努力、運、愛情などさまざまですが、大事なエネルギーのひとつがお金です。
一方、未来からのお返しには、モノ、サービス以外に、感謝、成長、経験、そしてお金があります。
お金を投じてお金を返してもらうのが、みなさんの考える一般的な投資です。
そして、「成功する人」とは商品や製品やサービスを通じて、より多くの人を喜ばせる人です。
ということは、多くの人に喜びを与えようと意識をみなぎらせることが、結果的にビジネスであれ、投資であれ、成功するきっかけや原動力になるといえるでしょう。
子どもに教えたいのは、こういう生き方や在り方で、お金を生み出したり、得たりしていくために非常に重要なコンセプトです。
このことを象徴する、ある大経営者のエピソードがあります。
僕は吉野家でお会計をする際には、会計の方と厨房に向かい「おいしかったです。ごちそうさまです」とお礼を言うようにしています。
ところが、とある大経営者の方と吉野家に行った際、お店を出てから「藤野くん、ありがとうは歩きながら振り向いて言うのではなく、一度立ち止まって、そちらを向き、会釈して言ったほうがより丁寧だよ」とアドバイスされ、衝撃を受けました。
「そこまでやる必要があるのか?」と思われるかもしれませんが、彼にとってはお礼や挨拶は丁寧にするのが当然なのでしょう。
一見、倫理や所作の話のように感じますが、これは経済行為とも密接につながっているんです。
「自分からは何も出さないのに何かもらえる」ということは投資の世界ではありえません。
先に何かを差し出す(GIVEする)ことで、返ってくるものを一気にではなく少しずつを享受する、これが投資の大原則です。
株式投資が嫌いな人の多くは、最初にお金を出すことと、手元から離れたお金がどうなるか分からないことが不安なのでしょう。お金に限らず、自分から先にエネルギーを投資することに対する勇気と覚悟がないのです。
投資ということを考えるなら、もちろんNISAやiDeCoをすることも大事ですが、それ以上に子どもには「最初になにかを提供してあとから結果を享受する」という投資のもっとも重要なコンセプトを伝えたい。
このコンセプトが腹落ちすれば、なんでも努力できる子になるでしょう。
お金教育も投資も、結果はすぐに見えるものではない
ーー投資の概念やお金教育に必要な考え方をお聞きして、子どもに教えたいのはもちろん、自分自身も小さい頃に知りたかったと思うのですが、大人になってからでも身に着けることは可能でしょうか。また、自分はよく知らないのに教えることはできるのかと思ってしまいます。
藤野さん:だからこそ、子どもと一緒にスタートするのがいちばんよいのではないでしょうか。
小学生や中学生向けのお金の本はたくさんありますから、そういう本を読んで一緒に学んでいくことが大事だと思います。
子ども自身、心も体もどんどん成長していくわけですが、子どもの存在は僕ら大人の成長の機会でもあります。「育てているつもりが育てられていた」ということは日常でも多々ありますよね。
お金教育はすぐに結果が見えるものではないけれど、投資のように時間をかけて育んでいってほしいんです。
たとえば、日本では明治時代くらいまで、女の子が生まれると桐の木を庭に植える習慣があり、子どもの成長とともに成長した木を切り倒し、桐たんすにして子どもに渡したと言います。
桐の木は長い年月の中でずっと順調に育つわけではなく、雨が降らなかったり、さまざまな状態で枯れかけたりしながら、手をかけ時間をかけてようやく成木になります。これって子育てと同じですよね。
ところが、多くの人は投資を「日経平均が上がったり下がったりするたびに影響される怖い博打みたいなもの」と考えています。それが投資を逡巡させているのですが、投資の本質は「よいときも悪いときも一緒に時間をかけながら育てていく」もの。これこそが愛を育む投資の物語だと思うんです。
このコンセプトを知らない親世代が投資を恐れるのはある意味当然ですが、だからこそ、子どもと一緒に体験していくことができるのではないでしょうか。
お金のことを考えること=人生を考えること
ーー自分のひとりのときには考えられなかったリアルな未来を、子どもの誕生をきっかけに意識して、お金について勉強したいと考えている人は多いと思いますが、投資の現場にいる藤野さんから見て、老後2000万円問題以降、20代、30代の意識の変化は感じられますか?
藤野さん:20代、30代のママパパは、上の世代よりも長期投資については前向きな人が増えていて、つみたてNISAをしているのも圧倒的にこの世代です。今の若い世代はそもそも博打的な投資は嫌いなんですよね。むしろ、株式投資を博打的におこなっているのは60代、70代の方たちです。
ひふみ投信でも、投資を始めるきっかけとして多いのは、お子さんが生まれたときで、それまでは貯金もしていなかったという人もいます。
シングル時代は自分の世話を自分ですればいいだけですが、結婚して、子どもが生まれて初めて、「子どもの将来」を考えて、10年後、20年後が現実味を帯びてくるんですよね。
「子ども」はお金のことを考える大きなきっかけであり、お金のことを考えることは即ち人生を考えることなんです。
ーーライフプランをシュミレーションしてみると、何にどのくらいお金がかかるのかが分かり、ぼんやりしていたお金のことがはっきりしてきますよね。
藤野さん:ただ、そのときに気をつけなければいけないのが、どこかにシュミレーションどおりの人生があって、それが正解だと思ってしまうこと。
「理想の結婚」「理想の家庭」などと言われますが、AとBというまったくの他人がパートナーになれば、AとBのルールと秩序が交わり、まったく新たな世界が生まれます。
だから、答えは家族の数だけ無数にあり、既にあるライフプランに人生を合わせていくのではなく、どんな生き方がしたいのか2人ですり合わせをしながら考える必要があります。
子どもの教育にしても、老後のことを考えるとしても、「お金がいくら必要になるのか」は、どんな老後の生活をしたいのかで大きく変わってくるんです。
たとえば、夫は定年したら地方に引っ越し、家庭菜園をしながらのんびり仕事をしたいと考えている。一方妻は、都内で趣味の活動をしながら仲間たちと楽しく仕事をして、地方にはたまに旅行で行きたいと思っている。
このようなお互いの人生プランを話さないままでいると、価値観の開きはどんどん大きくなり、いつか亀裂が入ってしまう可能性があります。
ーーお互い譲れない部分、譲歩できる部分が分かれば「田舎と東京を行き来する」といった折衷案も早いうちから考えることができますね。
藤野さん:「2人でコンパクトな家でいいなら年金もこれくらいで足りるだろう」と算段がつきます。逆に子どもをハーバード大学に行かせたいと考えるなら、ある程度の準備も必要になるでしょう。
結局、家庭のお金の話は、夫婦のコミュニケーションの数で質が決まります。
銀行や証券会社で提示されるライフプランは「28才で子どもを生み、32才で第二子を出産。車はどのくらいの機能のものを〇年で乗り換えて、住宅ローンは頭金を〇円支払う……」というような内容ばかりで、多くの人は「これが普通のライフプラン」だと思い込んでいますよね。
一方、「仕事をバリバリがんばって40過ぎて結婚。その後不妊治療」とか、「早くに結婚して離婚してシングル」「失業」「病気」というライフプランは金融の世界では想定されていません。
僕が全力で言いたいのは、どんな人生も間違いではないということ。そして本来は、本当にその人が生きたい人生をもとにお金のプランをすり合わせるのがライフプランであり、これこそが本当に必要なお金教育だということです。
ライフプランに「正解」や「普通」というものはなく、どんなライフプランもオーダーメイドで作ることができます。
お金教育は、「パートナーや家族と向き合い、人生の荒波に挑戦していくためのもの」というマインドセットを持つとよいでしょう。
失望を最小化するか、希望を最大化するか
ーーお金教育や投資と聞くと「老後資金2000万を準備しなければ」「教育資金だけで手一杯なのにどうすれば…」など、暗い気持ちになりがちでしたが、どんな人生を生きたいかによっていくら必要かは変わってくるのですね。
藤野さん:どんな人生を選ぶか、個人の選択は自由だと思います。結婚の在り方も、同性婚やパートナーという形で籍は入れない人たちも増えているし、別姓婚の話など、法律よりも社会はもっと進んでいますよね。
多様なパートナーシップの在り方、多様なシングルのあり方という点で、まずは個としてどういう人生を設計したいのかがすべての起点になっていくと思います。
なので、お金の話は子どもがいなければ必要ないわけではありません。今、40〜60代のシングルは歴史的にも最高に増えていますが、自分がどんな人生をデザインしたいか=お金のことは誰もが考える必要があります。
お金が先にあって、人生があとについてくることはほとんどありません。人生のことを考えることと、お金のことを考えることがシンクロしていることが望ましいですね。
ーー最後に、それでも、あと一歩が踏み出せない人にアドバイスをお願いします!
藤野さん:動く人と動かない人の違いは、失望を最小化するか、希望を最大化するかです。
「何をやってもダメだからなにもしないでおこう」というのが失望最小化戦略で、今の若い人たちにとくに多いように思います。
長く続いたデフレや、そういう考えの人が多いからそうなったという社会的背景もあるので、失望最小化戦略の人を責めているわけではないし、それもひとつの生き方だと思います。
でもその考え方だと縮小再生産になってしまい、自分の活動領域がどんどん小さくなり、結果的に苦しくなるんですよね。
だからどこかで脱してもらいたいし、希望最大化戦略の人をどのように増やすかが、僕自身の今後の社会的ミッションでもあります。
<取材・執筆・撮影>KIDSNA編集部