【杉山文野】多様なセクシュアリティのあり方

【杉山文野】多様なセクシュアリティのあり方

子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、セクシュアルマイノリティの当事者としてさまざまな活動を行う杉山文野さんに話を聞いた。

子どもが大きくなるにつれ、自分の性に対する違和感を覚えたり、好きな人や友達との付き合いに悩んだりしたとき、親としてどのように向き合うか、考えたことはあるだろうか?

男性・女性の垣根を超えた考え方や価値観が浸透しつつある現代、子どもの生き方、そして人間関係に関する悩みも多様化している。

まずは多様な性のあり方、「LGBT」について基本を見てみよう。

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セクシュアリティはすべての人にかかわるもの

「LGBT」という言葉が、テレビや映画、ドラマなどでも多く取り上げられるようになり、子どもの日常にも当たり前に存在するようになった。

日本におけるLGBTの割合を見ても、2015年は人口の7.6%だったのが、2018年には人口の8.9%に上昇、そして「LGBT」という言葉の浸透率は2015年の37.6%から2018年には68.5%と、認知も広がっているようだ。

さらに、世界各国で行われているLGBTを象徴するイベント「プライドパレード」も、日本で初めて開催された1994年から25年目となる昨年2019年は約20万人を動員するなど、社会的にも注目を集めている。

「セクシュアリティは、自分が何者であるかを語る上では切っても切り離せない大事なアイデンティティのひとつです」と話すのは、杉山文野さん。

東京レインボープライドの共同代表理事、セクシュアルマイノリティの子どもたちをサポートするNPO法人ハートをつなごう学校代表のほか、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員などさまざまな活動を行い、ご自身もLGBTのうちの「T」にあたるトランスジェンダーの当事者でもある。

まずは、現代のセクシュアリティのあり方について話を聞いた。

杉山文野
杉山文野/フェンシング元女子日本代表。日本最大のLGBTプライドパレードである特定非営利活動法人 東京レインボープライド共同代表理事、NPO法人ハートをつなごう学校代表。講演会やメディア出演など活動は多岐にわたる。日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ証明書発行に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務める。著書に『ダブルハッピネス』(講談社)。

「LGBTという言葉はよく知られていますが、最近は、LGBTQ+という言葉もよく使われます。

Qはクエスチョニングの頭文字で、性自認や社会的な性、性的指向がわからない人や意図的に決めていない人、模索中である人を指します。最後についている+は、これだけでおさまらない、その他にもいろいろあるという意味です。

他にも、LGBTだけではくくれない、多様なセクシュアリティを持っている人たちがたくさんいます。

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LGBTからSOGIへ

――男性と女性による異性愛がスタンダードではなく、誰もがそれぞれのセクシュアリティを持っているということですね。「LGBT」を「SOGI」という言葉に置き換えるという考え方も、最近では聞くようになりました。

SOGIはソジと読み、『Sexual Orientation Gender Identity:性的指向、性自認』の頭文字をとったものです。

LGBTは『性的少数者』の総称として用いられますが、これだと少数派の方の限定的な話し方になりますので、SOGIという言い方をすると少数・多数に関係なく、広い意味で性的指向と性自認に関するすべての人にとっての課題と捉えることができます」

たとえば、男性を自認する人が女性を好きになることと、男性を自認する人が男性を好きになるのは同じこと。そこには何の差もなく、同じ権利であるという考え方がSOGIだ。

2017年3月には、LGBT差別を禁止する法の制定を国会議員に求めるレインボー国会という院内集会が開催され、『SOGIハラ(ソジハラ)』という新しい言葉が提唱された。

人それぞれ多様な性的指向や性自認に対して、学校や職場などで差別やいじめ、いやがらせを行ったり、望まない性別での生活を強いたりすることなどを指す言葉で、徐々に広まっている。

すべての人が自分らしいセクシュアリティを生きる時代。LGBTという一部の特殊な人たちの話ではなく、どんなSOGIの人であっても差別されず、平等であるべきだという社会が目指されているのだ。

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まだまだ理解や認知がされていなかった子ども時代

――杉山さんの子どもの頃は、どうでしたか?

「僕は杉山家の次女として生まれました。記憶として強く残っているのが、3歳の幼稚園の入学式。スカートを履くのが嫌で嫌で仕方なかった。

幼稚園は共学でしたが、小学校からは女子高で。それまで男の子とばかり遊んでいたので、小学校に入学したら、『あれ!?どうしてフミノが女子校にいるの!?』と周りに驚かれたりして。でも、まさか自分が女だったなんて、と自分が一番驚いていました。

この頃から、自分は普通ではないんだ、本当に思っていることを言ってはいけないんだと思うようになりました」

――ご両親は、そんな杉山さんにどういう風に接したのですか?

 「今思うとありがたかったなと思うのですが、幼少期に『女の子らしさ』を強制されることはあまりありませんでした。おっとりして優しい父と、パワフルで頼りがいのある母で、スカートを履きたがらず、プラモデルやブロックで遊ぶ僕を『元気でいいじゃない』『ボーイッシュでいいじゃない』と、言ってくれていました」

――生活の中で困ったことや苦しかったことはありますか?

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「セーラー服を着ている自分が『女装』を強いられているようで苦しかった。中学生のころは、生理がはじまったり胸がふくらみはじたり、“女”として成長する体と、それとは反対に“男”として成長する心のギャップが大きく、一番つらかった時期です。

また、トイレをどうするかという問題や、フェンシング部の合宿での更衣室やお風呂など、大変なことは多々ありました」

当時は、思春期に学校に通えなくなる子も多いと言われていたという杉山さん。2015年4月には、文部科学省が『性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細やかな対応の実施などについて』を通知し、学校での対応も求められるようになった。

自分の性に対する違和感や嫌悪感で、制服や「さん」「くん」の呼称、トイレなどに困ったり苦しんだりする子どもの心に寄り添い、学校でも配慮されはじめていることは、保護者にとっても心強いだろう。

 

――大学院でジェンダー論を学んだ後、自伝を綴った『ダブルハッピネス』を出版されました。周囲の反響はどうでしたか?

「本の出版後、『性同一性障害の杉山文野』と紹介されることが多かったんです。

その当時の日本が、セクシュアルマイノリティといえば水商売やバラエティタレントのような『どこか自分と遠い人』というイメージが強かった。

だから『セクシュアルマイノリティは遠い存在じゃない、みんなのすぐ近くにいるんだよ』ということを伝えたくて本を書いたのですが、性別から解放されたいという思いとは裏腹に、性別のことばかり言われるようになりました。

たとえば、メディアでは『女弁護士』『女医』とよく聞きますよね。弁護士は弁護士だし、医者は医者だけれど、女性でその職業に就くのがめずらしい時代は、そういう言い方をするわけです。該当者が増えてくると何も言わなくなって、当たり前になっていく。これはみんなが通る道なんだと思うんです。

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マイノリティがマイノリティではなくなるまでの過程で、特別視されるというのは宿命で、いずれ浸透して当たり前になっていく。当時は、性同一性障害をオープンにしながら社会生活を送っている人がほとんど目に見えなかったので、そのように扱われたのだと思います。

僕としては性同一性障害は自分のひとつの側面に過ぎないと思っていたし、僕ひとりで性同一性障害のすべてを語れるわけではないので、背負うことがつらくなり、長く海外を旅しました。

けれど、そこでもあらゆる場面で性別を問われ続けるという経験をして。自分自身と性別は切っても切り離せない、大事なものなんだと思い知らされたことが、現在の活動につながっています」

LGBTの問題の一番悲しいところは、誰にも悪気がないということだと杉山さんは言う。子どもを思って言った『女の子らしく・男の子らしくしなさい』が、当事者にとっては一番つらい言葉として突き刺さってしまうのだと。ふだん何気なく子どもにかけている言葉で、価値観を押し付けてしまっていることはないだろうか?

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結婚すること、家族をもつこと

婚姻の自由を求めて

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――これほどセクシュアリティは多様化してきているのに、セクシュアルマイノリティは結婚が認められていないという事実があります。

「これまで、同性愛者や性同一性障害の差別や法律の問題で、国内でいろいろな動きがありました。そういった小さな積み重ねによって機が熟したというタイミングで、2015年4月に、渋谷区が『パートナーシップ条例』を開始しました。

『渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例』に基づき、同性同士のカップルをパートナーシップとして自治体が証明するもので、これにより保険や住宅ローン、医療機関での活用などが期待されています。東京でもほかの区や、三重県、兵庫県、北海道、沖縄、大阪など全国に広がり、約30以上の自治体が導入しています。

僕は日本初となる渋谷区のパートナーシップ条例の制定に携わりました。一言でセクシュアルマイノリティと言っても、当事者も多様です。この条例に対しても様々な意見があり、多様な人の多様な意見は多様すぎてまとまらないといった感じで賛否両論(笑)。

社会に対する怒りをぶつける先がこれまでなかった当事者の想いが溢れ出し、炎上も含めて本当にいろんなことがありましたね。たまっていた膿が一気に出た感じでしたが、渋谷区をきっかけとして、社会の流れが大きく変わった気がします。

『同性婚』というと同性愛の問題のように思えますが、先ほど出てきたSOGIの考えに当てはめると、これは『婚姻の自由』。誰にでもその権利はあるはずで、これはみんなの課題でもあると思うんです。

パパやママもそういう考え方をしてほしいし、子どもも『そういうものなんだ』と育っていけば、自分自身がふつうじゃないと苦しんだり、他人を差別するようなこともありません」


家族の形も試行錯誤でいい

――杉山さんご自身は、2018年にパートナーの方との間にお子さんをもうけられましたよね。

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「最初は、彼女の両親に僕たちの交際を反対されていました。彼女自身はLGBTの当事者ではないので、受け入れてもらうのに時間がかかり……会いに行ったり、手紙を出したりして、6年後に認めてもらえました。

そのときに、子どもを授かるという夢に挑戦してみようと。

精子提供を誰にお願いするか悩んで、いっしょにLGBTに関する活動を行っていた戦友であり、ゲイである松中権さんにお願いしました。

妊活を始める前に、子どもの権利にくわしい弁護士にも相談に行って、精子提供をしてくれた松中さんも含めて、いっしょに子育てをしようと決めました。弁護士の先生が、『子どもにとって、愛情をもって真剣にかかわってくれる大人は多い方がいいんですよ』と言ってくれたんです」

――3人親の家族ということですが、今はどんな生活を送っているんですか?

「今は週に1度、松中さんがうちに来て子どもを保育園に送ってくれています。でもこれは今後変わるかもしれないし、変わっていいことだと思っています。みんな初めてのことなんだから、ひとつひとつに向き合っていっしょに乗り越えようと。

子どもができて嬉しかったのは、両親をおじいちゃんとおばあちゃんにさせてあげられたこと。出産や育児については、女子校時代の友達が相談にのってくれたり(笑)。病院や役所も、自分たちの事情を話すと『大丈夫ですよ』と言ってくださって、時代が変わってきているのを実感しています」

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「2012年に、性同一性障害で戸籍の性別を変えた夫が、第三者からの精子提供で妻が出産した子どもを、民法上『非嫡出子』とされたことに対し、夫婦が訂正を申し立て起こした裁判が話題になりました。結果的に、法律上の夫婦の子と認める判決がくだったのですが、『こんなにも普通の家族なのに家族と認めないなんて』と思いました。

僕は戸籍上女性なので、法的にパートナーはシングルマザーということになっています。もし彼女や子どもに何かあったとしても僕は病院の同意書ひとつサインができません。

婚姻の平等に反対される方もいますが、当事者は具体的に困っていることがあるから声をあげているわけで、反対されている方は具体的に困っていることは何もない。何か特別な権利を求めているのではなく、他の多くの人と同じように安心して社会生活を送りたいだけです」

同性での婚姻が法的に認められている海外では、パパがふたり、ママがふたりの家族はめずらしいことではないのだそう。杉山さんの家族を見ていると、今までいかに、パパとママがいて当たり前、という家族の形にいかに縛られていたかを目の当たりにさせられる。みんながそれぞれ多様なセクシュアリティを持っているのだから、家族の形もさまざまなのだ。

セクシュアルマイノリティの未来は、明るい

若い世代に希望を

――これからの未来、性の多様化はどう進むと思いますか?

「同性での結婚が法的に認められている他の国でもそうですが、権利を得るためにはプロセスを経ていくことが大切だと思います。日本では同性パートナーシップができてまだ5年ほど。急ぎたい気持ちはありますが、無理やり推し進めるのではなく、ていねいに積み重ねていくのも大事だと感じています。

同時に、“アライの輪”を広げていくことが大切で、アライとは、当事者ではないけれどもセクシュアルマイノリティを理解し支援する人たちのこと。現状はセクシュアルマイノリティについて『いいんじゃない?私には関係ないし』という層が多く、その人たちに届けることが必要だと思います。

なぜかというと、誰しも、いつ当事者になるか分からないからです。たとえば、今日このあと僕が事故に遭って車いすになったら、ここに段差があったんだと気づきますよね。その明日のために、今からみんなで段差をなくしていこう、準備しておこうと僕は思います」

自分の子どもが、子どもの友達が、将来の子どものパートナーが、いつか自覚をもつときが来るかもしれない。そのときのために、親である私たちが正しい知識をもつこと、そして、まだ何もわからない子どもに対しても、セクシュアリティを決めつけたりせず、子どもの声に耳を傾け、真摯に受け入れる姿勢が重要なのだ。

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――今の若い世代はインターネットやSNSなどでたくさんの情報に触れていますが、感じるところはありますか?

「その点で言えば、僕は今の若い世代がつくる未来に希望しかありません。若い子たちは情報量も多ければスピードも速く、LGBTについても考えが柔軟です。上の世代が、そんな若い世代に学び、チャンスを与えていくのが理想です。

LGBTをはじめとするセクシュアルマイノリティは大人のベッドの上の話ではありません。アイデンティティの話です。だからこれからは、マジョリティがマイノリティを否定するのではなく、マイノリティを否定することがマイノリティになって、かっこ悪いと言われるようになっていく気がします」

日々、さまざまな価値観に触れ、新しい知識を先入観なく受け入れ、疑問をぶつけることのできる子どもに学ぶことは多い。


当事者が思う、これからの子育て

――お子さんを育てる上で、気を付けていることなどありますか?

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「娘はまだ1歳ですが、好きなものは自分の意思で選べるようになってほしいので、何か物を買うときは『どっちがいい?』と聞くようにしています。『普通』や『らしさ』にとらわれず、やりたいように生きてほしいので。

僕の子どもが将来、女性だから、日本人だから、トランスジェンダーの子どもだから何かが“できない”社会にはしたくない。そのために今からできることはやっていきたいと思っています」

――親として、子どもと接するときにどういう姿勢でいることが大切でしょうか?

「たとえば、子どもが『男の人同士は気持ち悪い』と言ったとして、『そんなこと言っちゃだめ!』と言うのは教育じゃないですよね。『どうして気持ち悪いと思ったの?』とか、『海外のこの国では、男の人同士で結婚している人もいるんだよ』と、子どもの興味や疑問に答えながら、事実を事実としてちゃんと伝えると良いと思います。

LGBTの認知も少しずつ広がってきている中で、性だけでなくこれからもっといろんなことが多様化していき、境界線がなくなっていくと思うし、それは避けられないこと。そんなときに、“目の前の人と向き合うこと”が何よりも大事です。

そのためには、『子どもに教えてあげなきゃ』と思わなくてもいいんです。これまでそうじゃなかった時代を生きてきた親自身が、分からないことを素直に分からないと言い、子どもに学び、子どもといっしょに学んでいくといいんじゃないかな」

子どもがさまざまな人とのかかわりの中で培う価値観や、その中でうまれるたくさんの疑問に、どう答え、何を伝えるかがこれからの時代を生きる上で大切だ。人にはそれぞれ多様なセクシュアリティがあり、それは生き方であるということを、いっしょに学び、考えていきたい。

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