不満や不安を訴えても“問題児扱い”されない文化を【辻愛沙子】

不満や不安を訴えても“問題児扱い”されない文化を【辻愛沙子】

子どもをとりまく環境が急激に変化し、時代が求める人材像が大きく変わろうとしている現代。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、広告クリエイティブディレクターの辻愛沙子氏に話を聞いた。

若者の政治離れが取りざたされる昨今、選挙権年齢を18歳以上に引き下げるなどさまざまな対策が講じられている。

しかし、10代、20代の投票率の低さはいまだに改善されず、総務省の「衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移」によると、令和3年10月に行われた衆議院議員総選挙では、10代が43.21%、20代が36.50%と各世代の投票率ワースト1位、2位となった。

「選挙に興味がない」「行っても意味がないと思う」そんな若者たちの声もある中で、子どもに一票の価値をどう伝えればよいのだろうか。また、政治的中立性という観点で親はどこまで子どもの政治参加に介入してよいのだろうか。

そこで今回は、若者の政治参加に向けた社会的な活動を行う方々にインタビューを実施。

第一弾は、株式会社arca(アルカ)CEO・辻愛沙子氏。投票率向上の取り組みを中心に活動する一般社団法人「GO VOTE JAPAN」の代表であり、社会派クリエイティブを掲げZ世代の先頭を走る彼女に、政治教育の在り方について話を聞いた。

辻愛沙子(つじ・あさこ)
辻愛沙子(つじ・あさこ)/株式会社arca(アルカ)CEO。社会派クリエイティブを掲げ、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。慶應義塾大学の在学中に株式会社エードットに入社し、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。女性のエンパワメントやヘルスケアを促す「Ladyknows」プロジェクト代表や、投票率向上の取り組みを中心に活動する「GO VOTE JAPAN」の代表、報道番組 news zero の水曜パートナーとして、レギュラー出演も務める。

「生活」と「政治」が結びつかない若者たち

ーー昨年(令和3年)に実施された衆議院議員総選挙では、高齢世代に比べて10代・20代の投票率が低い結果となりました。若者たちは政治に関心がないのでしょうか?

政治で何か変えたいことはありますか?って聞いても、ピンとこない若者は多いです。でも自分の生活で何か不満や困りごとはないかと聞くと、割と答えられる。

例えば、給与が上がったらいいなとか、一人暮らしをしたいけど敷金・礼金が高すぎて部屋を借りられないとか。最近よく話題に上がる話だと、人工中絶やアフターピルにまつわる不安など、現状の生活と政治が結びついていないんですよね。間接的には政治に関心が高いという状態なのだと感じています。

選挙は“連ドラ途中から観てる問題”

ーー間接的ではあるものの、政治への関心度は高いにもかかわらず、若者の投票率が低いのはなぜなのでしょうか?

有権者・生活者側の目線から選挙や政治を見たときに感じるのが、“連ドラ途中から観てる問題”です。連続ドラマでは、時折これまでのあらすじを放送してくれることがありますよね。アニメでも、冒頭1分間くらいで前回の振り返りがあって、本編に入ることが多い。

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スト―リーが続いているものって、これまでの振り返りがないとどこまで進行したのか分からなくなるんですよ。国政にも流れやスト―リーがあるのに、あらすじを説明してくれることはない。連ドラと一緒で、途中からストーリーを理解しようとしてもなかなか難しいですよね。

メディアでは、選挙特番というとその時の争点がフォーカスされがちなのですが、政党というくくりでいいと思うので、今までの振り返りを毎回してあげると、初めて選挙に行く人も流れが理解しやすいのではないかと思います。

国や社会を変えられると思う若者世代は、わずか26.9%

また、自分の声や行動に価値を見出せていない若者も非常に多い。日本財団が2022年3月に発表したアメリカ・中国など6カ国における17~19歳を対象にした調査結果では、「自分の行動で国や社会を変えられると思うか?」という質問に対して、日本では「思う」という回答が26.9%しかない。各国に比べて圧倒的に少ないんです。

調査データ

一方で、選挙が近づくと「あなたの一票には価値があります」「あなたの一票で社会を変えましょう」といった切り口で選挙に行くようにアプローチされるのですが、10代・20代の実際の声を聞くと、「問題が何かも分かってないのに、自分の一票で社会が変わるのが怖いです」「理解してから行くので今回は行きません」という声も多くて。

すごく衝撃的でしたね。一票の価値を伝えつつも、気張りすぎずなくても大丈夫だということを伝えていく、両方向からのアプローチが大切だと思いますね。

若者に届く、クリエイティブやメディアの在り方

ーー若者たちが政治や選挙をもっと身近に感じるためには、どうしたらいいのでしょうか?

クリエイティブを生業としてる者として感じているのが、選挙周りのデザインやクリエイティブが若者の日常のトーンに合っていないということ。選挙ポスターをパッと見たとき、なんとなく「選挙っぽい」って思いますよね。もちろん、選挙だということがすぐに認識できるのは大切です。人は過去に見たことのあるデザインを好んで選ぶという傾向もあるので。でも、現状維持が続くと新しいものって生まれないと思うんです。もう少しデザインやクリエイティブに多様性があるといいなと。

また、先ほどお伝えした選挙や政治のあらすじを発信していくというのと同時に、仕組みそのものを学校教育はもちろん、メディアでしっかり届けていく必要性を感じます。例えば不在者投票のやり方を知らないという人は多いと思いますが、いざ不在者投票が必要になったとき、一から方法を調べて準備して実行して…この工程を踏むのってなかなかハードルが高いですよね。あらかじめ方法を理解したうえで、行動できるなら実行する可能性も高まる。

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中田敦彦さんのYouTube大学が人気なのって新しい情報だけでなく、一つのトピックに対して解説したり方法を教えてくれたり、“新しい”だけじゃない積み重ねの情報を発信しているからだと思うんですよね。

ニュース番組だと特に、新しくてタイムリーな情報、今バズっているものなどが取り上げられがち。ニュースという特性上、必要不可欠ですが、それだけでなく情報の積み重ねを繰り返してほしいですね。

不満や不安を訴えても“問題児扱い”されない文化

また、日本では、自分の声を開示するハードルが高い。それは、日本の教育が答えを導き出す、解決することが重要視されすぎているからなのではないかと思います。

もちろん、解を出せるように考え続けなければいけないですが、「これさえやれば解決!」みたいな映画のようなうまい話は世の中なくて。

私は中学・高校と海外で過ごしていたのですが、当時を振り返ると、答えの手前にある、思考することや仮説を立てること、議論することといったプロセスに重きを置いている授業が多かったように思います。

授業でディスカッションする子どもたち
iStock.com/Prostock-Studio

よくある「反対するな対案を出せ」といった流れも、声を上げにくくさせている要因の一つなのではと。正解を導き出すことが重要視されている今、自分の不安や不満など、もやもやしている思いを発信するハードルが高くなっている。

でも、不安や不満を抱えていることには変わりないのだから、「もやもやする」という感情を抱いた時点で、自分の声を開示してもいいと私は思います。ロジックが完成されていない途中段階でもいい。

校則を変えたいと思って先生に言いに行ったら、問題児扱いされることもありますよね。何かを変えたいと思ってアクションを起こしたとき、問題児的なムーブではなく、むしろ、自分が抱く疑問に対して誠実に向き合っていると捉えてほしい。そういう文化がもっと根付くといいなと思いますね。

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親子の対話はアグリーとアンダースタンドを切り離す

ーー日本では、政治について対話することをタブー視している風潮もあり、家庭での政治教育の難しさを感じます。親の主張や思想を押し付けることになってしまわないかという不安も。政治的中立性を確保したうえで、家庭ではどのような政治教育を行っていけばよいのでしょうか?

政治家の男女比率だけで見ても9対1と偏っていて、あらゆる側面で日本社会が「どちらか一方」に傾いているのは否めない。そんな中で本当の意味で政治的中立を確保するのはそもそも難しいですよね。みんなそれぞれ、何かしらの意思と好みと主義主張があって。それは子どもだろうと大人だろうと持っているものだと思うので、過度に恐れる必要はないと思います。

家庭での政治教育では、親子で対話することで他人の意見や考えに触れる機会をつくることが大切。まず身近な事柄をトピックとして取り上げるのがおすすめです。例えば、「最近スーパーで野菜の値段が高いけれど、調べてみたらこんな理由で高いみたい。あなたはどう思う?」など。対話するきっかけは何でもいいと思います。

親子で対話するときに重要なのが、アグリーとアンダースタンドを切り離して話すこと。親子の会話ってどうしても対等になりづらくて、子どもからすると「これを言ったら怒られるかな?」とか「正しいことを言わなくちゃ」みたいな心理が働くこともあると思っていて。

そういうバイアスをかけないためにも、例えば、子どもの主張が思想的に良くないと思ったときでも、「あなたの意見に賛同はしない。でも理解はしているよ」「あなたがそう思う理由を教えて」と一旦受け止めてあげる。

話し合う親子
iStock.com/itakayuki

子どもはときに、ネガティブな意見やモヤモヤした感情を持つこともあると思うのですが、それは悪いことではないですよね。その感情が将来的に社会を変えようとする原動力になる。ネガティブな感情も理解して肯定してあげることが必要だと思います。

そのうえで、親は子どもに別角度の意見や知識の共有をすると、さまざまな意見や考えに触れる経験を積み重ねることにつながるのではないかと思いますね。

ーーとはいえ、意見を言うことはときとして「否定されるのではないか」と怖くなってしまう場合もあると思うのですが、子どもたちが勇気を持って意見を言うことができるためには、親がしてあげられることは何でしょうか?

何か意見を言ったときに、アグリーとディスアグリーという考え方になってしまうと、否定された気持ちになるんだと思うんですね。そういう考えを持つこと自体を否定されるわけですから。そうではなくて、考えて意見を言えたことは肯定しつつ、そこから先の話は個別具体の話だよねって切り離して話すことが大切。

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例えば、子どもの頃の姉妹・兄弟間ではよく、嫌いと反対と違いと否定が全部ぐちゃぐちゃになって「なんか嫌!」って思うことってありますよね。でもそれって親が丁寧に気持ちと行動を因数分解してあげると、「お姉ちゃんは私のことが嫌いなのではなくて、ただテレビが見たかっただけなのね」という風にシンプルに捉えられる。反対することと否定することは同じではないということを対話の中で伝えていくことが大切だと思います。

「i」を大切にする親子の関わり

ーー辻さんは投票率向上に向けての取り組みなど、社会的な活動を積極的に実施されていますね。幼少期のご両親との関わりで、今の活動につながるルーツはありますか?

幼少期を振り返ると、両親は私が言う「なんで?」に対してめんどくさがらずに聞いてくれていたと思います。その場で解が出ないときも、2・3日すると「調べてみたらこういう結果だったよ。愛沙子はどう思う?」って。そこから会話がまた広がっていくみたいな。

常に私を尊重してくれていたんですよね。世の中の流れがどうとか、これが常識だからとかではなく、「i」を大事にしてくれる両親だった。両親は二人とも自営業ということもあり、自分の人生に関わることは自分で意思決定するっていうのを当たり前にやっていた。なので自ずと、生きていくというのは自分の頭で考えるということなんだと、両親の背中から学びました。両親との対話、両親の生き様が、今の自分の姿勢につながっているのかもしれませんね。

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幼少期は、大人が大勢いる場所に連れて行かれることが多かったのですが、そんな中でも子ども扱いされたり、会話の蚊帳の外にされたりすることがなかったように思います。ひとりの人間として会話の輪にいれてくれる。話していることは「イチゴ食べたーい」みたいな子どもらしい内容だったりするのですが(笑)幼い頃からそういう環境でひとりの人間として向き合ってもらっていた体験は、すごくよかったと思いますね。

誰もが日常会話で政治を語ることができる世の中に

ーー投票率の向上に向けて、今までさまざまな取り組みをされてきたと思いますが、10代・20代に好評だった取り組みは何ですか?

政治に関する取り組みでも、「楽しい」「やりたい」って自然に思うことが大切だと思っていて。なので私は、「北風と太陽」で言う、太陽的アプローチを増やしていくように意識しています。

例えば、タピオカミルクティー専門店の「Tapista」をプロデュ―スした際に、選挙割引を実施したんですね。選挙に行って投票済証明書をもらって店舗で見せると、タピオカが半額で飲めるというキャンペーンです。50~100人くらいの人が来てくれたら嬉しいなって思っていたのですが、蓋を開けてみると3500人くらいの人が選挙割を利用してくれて。

tapista選挙資料

渋谷で投票済証明書を持ったギャルたちが列をなすみたいな。行列に並ぶギャルたちの声に聞き耳をたててみると「誰に投票した?」「初めて行ったから全然わかんなかった」「投票の紙って折った?」みたいな感じで投票についての会話をしているんですね。そういう話から政治参加って始まってもいいと思っていて。

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年齢・性別・趣味趣向・ファッション・髪型…どんな個性を持っていたとしても、誰であっても政治は自分の人生に深くかかわることだから、日常会話でも話題にしますよねっていう。その価値観が当たり前になる世の中を目指していきたいですね。

政治に対する考えを気軽に発信できる仕組みづくり

ーー今後はどのような取り組みを考えていますか?

普段考えていることを個人でも簡単に発信できる仕組みをつくりたいと思っています。じつは昨年の夏、投票率を向上させる取り組みを中心に活動する「GO VOTE JAPAN」という一般社団法人を立ち上げました。

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その取り組みの中で、令和3年の衆議院議員総選挙に向けて、Twitterで簡単に投票宣言ができる仕組みをつくったんです。

「GO VOTE JAPAN」のホームページに掲載されている好きなイラストと興味のあるイシューを選んでもらってから、投票済みかこれから行くのかを選択、「投票宣言する」というボタンを押すと、Twitterの自分のアカウントに選択したイラストとイシューが自動で表示されて、そのまま投票宣言のツイートができるというシンプルな座組です。

投票宣言

普段からいろいろなことを考えていて行動もしているんだけど、発信はしていないという人って意外に多いと思っていて。そういう人たちが自分のアカウントで選挙や政治についてツイートをするのってハードルが高いですよね。普段子どものお弁当の写真をアップしているアカウントで、急に選挙のツイートをしようとは思わないわけで。

自分の考えを一からまとめるのではなく、自動でまとめてくれるシンプルかつポップな仕組みがあるだけで、声は上げやすくなる。そういうジェネレーターなり企画なりをもっと増やしていこうと思っています。

ほかにも、投票率がそのまま割引率になるマーケットを開くことで、自分の投票が社会を変えて、それが自分に戻ってくるという疑似体験をしてもらう取り組みも過去に実施していて、次の参議院議員総選挙でも盛り上げていきたいですね。

スーパーヒーローに全てを託す!みたいな活動ではなく、みんなが当事者意識をもって行動できるようなサポートをしていきます。

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選挙は自分の声に耳を傾け、見つめ直すタイミング

ーー最後に、子どもに「選挙に行く必要はあるの?」「選挙ってなに?」と聞かれたとき、親としてどのように答えるべきか悩むことがあります。辻さんはどう答えますか?

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選挙は自分を知る、見つめ直す機会だと思っていて。普段、大人だったら自分のキャリアや家族のこと、子どもだったら学校のこと友だちのことなど、みんな考えることもやることもいっぱいあって忙しい日々を送っている。

そんな中で定期的に立ち止まって自分自身と対話するのは難しいことだと思うので。選挙というタイミングで自分自身の声に耳を傾けてほしいなと。そういう意識で選挙に参加する人が増えると、政治の話が日常的にできる文化が広まっていくと思いますね。


<取材・執筆>KIDSNA STYLE編集部

2022.07.05

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