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【イスラエルの教育】失敗を恐れないスタートアップ国家の教育
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さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、イスラエルで日本語学校を経営する木村リヒさんに話を聞きました。
物理学者のアインシュタイン、映画監督のスティーヴン・スピルバーグ、Google創業者のラリー・ペイジ、Facebook CEOのマーク・ザッカーバーグ……彼らの共通点は”ユダヤ人”であること。
天才や成功者が多いイメージのユダヤ人が多く住んでいるのが、地中海に面する中東の国、イスラエル。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地エルサレムや、中東のシリコンバレーといわれ、スタートアップ企業が集まるテルアビブなどが有名です。
そんなイスラエルの子どもたちは、どんな教育を受けているのでしょうか?
16歳で母親の故郷であるイスラエルに移り住み、現在はイスラエルのスタートアップ企業で働く傍ら、日本語学校を経営する木村リヒさんは、この国に優秀な人材が集まるのには歴史的背景が関係するのではないかと話します。
成功者や大富豪を生んだユダヤの歴史
「もちろんユダヤ人みんながみんな優秀というわけではなく、さまざまな人がいます。ですが、数字的に見てみると、ユダヤ人の人口は約1470万人、世界人口の0.2%以下であるにも関わらず、ノーベル賞受賞者の割合は全体の20%とされるなど、優秀な人材が集まっていることも事実です。
ユダヤ人は歴史的にずっと迫害され続けてきた民族。現在のイスラエルがあるパレスチナ地方に侵攻してきたローマ帝国により、住んでいた土地を追われ、ユダヤ人が世界中に散ったのが約2000年前のディアスポラ(民族離散)です。
当時、ヨーロッパでは『ユダヤ人に土地を売ってはいけない』『ユダヤ人は土地を持ってはいけない』という法律ができるほどに迫害を受けていました。
バッグひとつ片手に、土地を持たずとも、新しい土地ですぐに始められる仕事とは何か。迫害から逃れたユダヤ人たちは、金融業や宝石商、医者や弁護士として、知識さえあればできるビジネスを始めたのです」
「もうひとつ、ユダヤ人の知的能力が高いとされる背景には、ユダヤ人は聖書を読み、それに対しての討論が必須とされていることが考えられます。
たとえば、農村部の子どもで読み書きを知らない子どもばかりだったとしても、ユダヤ教徒であれば必ず聖書を読み、議論できるよう、しっかりと読み書きを教えていました。
学問は、ユダヤ人の間で昔からとても大事にされてきました。そのため、今でも『勉強だけはしっかりと』というマインドの人が多いのだと思います」
高校卒業後にすべての子どもが「兵役」に就く
「ここからは、イスラエルという国全体の教育システムについて。
体系としては日本と同じ6-3-3制。高校までは無償で教育を受けることができ、幼稚園入園の3歳から、小学校の6年間、中学校の3年間、高校の1年間までが義務教育に当たります。
その後、18歳になると男子3年間、女子2年間の兵役が必須とされています。兵役を経た後、希望者は大学に進みます」
高校卒業後に軍隊に進むことが基本ですが、兵役の前に大学に行くことも可能であると木村さん。その場合は、軍隊が大学の費用を負担する代わりに、『大学で学んだことを活かした軍の役割に就く』という契約書を交わします。
「イスラエルには私立校がほとんどなく、学区ごとに定められた家の近くの公立校に通う子どもが大半を占めます。
そのため、成績のいい子も、勉強が苦手な子どもも同じ学校に通うので、学校間での学力差はあまりありません。その代わりに高校内で、成績別にクラス分けがされていて、勉強すればレベルアップして上のクラスに移ることが可能です。
成績が悪かったとしても留年制度はなく、一度クラスのレベルが上がったら下がることのないよう、先生たちも子どもたちも努力しています。
イスラエルは、高校1年生までは義務教育。ただ、1年間の高校生活を過ごした後で高校を辞める子は少なく、義務教育を外れた残りの2年間も引き続き高校生活を送る子がほとんどです。
大学の進学率も、日本より少し少ない約47%。最初に成功者や大富豪が多いイメージを持たれるユダヤ人の歴史的背景をお話ししましたが、イスラエルは実力社会。その人の背景を見るのではなく、その人そのものを見て判断します。
その”実力”とは”学歴”のことではないため、学歴はまったく気にしません。そのため、そもそも大学に行く理由が、『これを学んでおいたら、就職など将来役に立つから』という理由ではなく、シンプルに『これが好きだから学びたい』ということが多いのです」
自由な環境の中で個性とリーダーシップを育む
「学校教育で子どもたちが育む能力のひとつにリーダーシップがあります。
先生が主体となるのではなく、『このプロジェクトをするから、チームを率いてね』と、子どもにリーダーの役割を委ねます。
学校外ではボーイスカウトやガールスカウトが盛んで、イスラエル人の多くが、年下の子どもたちやチームを牽引する役割を経験したことがあると思います。
高校だと、日本の場合は大学受験を意識し始めるのかもしれませんが、イスラエルでは兵役に向けて準備をする時期。そういった面でも、軍隊でオフィサー(将校、士官)を目指すならば……と、リーダーシップはとても重視している能力です」
イスラエルの教育の一番の特徴は、良くも悪くも自由すぎるところだと木村さんはいいます。
「個性を尊重し、最大限に活かせる環境があるともいえますね。私が16歳で日本からイスラエルに移ったとき、『生徒一人ひとりの個性がなんて濃いんだろう!』とびっくりしました。
周りを気にせず自分の意見を自由に発言できますし、校則がゆるく、中学生や高校生でも髪型・ネイル・アクセサリー・服装を好きなように纏って、個性を最大限にアピールしていました。
この自由な風潮は、おそらく、世界各国にルーツを持つ人々が、イスラエルで混ざりあっていることが関係しているのではないかと思います。
イスラエルは建国72年のまだまだ若い国。
ロシア系イスラエル人・ヨーロッパ系イスラエル人・アラブ系イスラエル人、それぞれルーツの異なる人々が集まり同じ土地で暮らしています。自分たちのアイデンティティを大切にしており、『僕は〇〇系イスラエル人だ』と出自を主張します。
そして『僕の生まれた国では今までこうしてきた』と自分を貫くスタイルが、学校教育の場にも反映されているのだと思います。
先生や先輩、後輩のヒエラルキーがほとんどなく、目上の人に対し『今はそういう考え方はしないよ』などと対等に自分の意見を述べられる風通しのよい環境があります。
それは良い面ですが、見方を変えれば礼儀がなっておらず、見直さなければならない面でもある、というのはイスラエルの大人たちが感じていること。
軍隊はとても厳しい規則があり、そこで礼儀や規律を学ぶのですが、軍への入隊は18歳。
それまで子どもたちは、自由すぎるほど自由に、言い方を変えるとやや無作法に過ごすので、もう少し早い段階で子どもたちの礼儀作法や、常識、人としての教育を始めた方がいいのではと考えられています。
その一方で、子どもたちの可能性を最大限に広げるために、柔軟性のある教育改革を進め、一人ひとりの個性を重んじる教育を推進しています。
今は、国語・算数・理科・社会といった必須科目で評価されてきましたが、そればかりが得意な子どもばかりではないはず。芸術・音楽・裁縫・サーフィン・乗馬、などさまざまな授業を取り入れていますが、さらにその幅を広げ、子どもの得意を活かせる科目を増やしていく過程にあります」
宗教的背景によってさまざまな学校のあり方
外務省の「イスラエル国 基礎データ」によると、2020年のイスラエルの民族構成は、ユダヤ人が約74%、アラブ人が約21%、その他の民族が約5%という結果になっています。
イスラエルの公用語はヘブライ語で、民族に関わらず、授業はヘブライ語で行われます。
現在使われているヘブライ語は、永らく文語としてしか使われていなかった古代ヘブライ語をベースに、20世紀に入ってから復元し、口語として用い、のちに公用語と定められた言語です。
「イスラエルの人々はとても言語に長けています。
みんな最低二カ国語はできていて、それに加え、もともと自分たちや保護者が住んでいた国の言葉が喋れます。中には、五カ国語を習得するマルチリンガルも。
熱心に語学を学ぶ、というよりも、家庭で使われている言語がヘブライ語以外であるケースも多いですし、テレビやインターネットのコンテンツを英語で見るなど、子どもたちは自然と言語を身に付けていますね。
ヘブライ語に加え、アラブ人が人口の約2割を占めるため、学校では第二言語としてアラブ語と英語を勉強します。中学生くらいになると、英語での日常会話は問題なく成立します。
信仰する宗教ごとに自然と地区が分かれているため、同じような宗教、同じような民族が自然と集まって暮らしています。
そのため学校も宗教ごとであることが多いですが、使われる言語は基本がヘブライ語。選択授業の中には、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語など、語学の科目もたくさん用意されています。
ユダヤ人学校にキリスト教徒が通うこともありますし、ユダヤ学校にアラブ人が通うことも自由、アラブ学校にユダヤ人が通うことも自由で、厳密なルールがあるわけではありません。
しかし、ユダヤ学校に入学した場合は、アラブ人でも聖書を勉強し、聖書のテストも受けなければなりません。反対にユダヤ人が、それ以外の学校に通う場合は聖書の勉強をしたくても、聖書の授業はない。つまり、カリキュラムは宗教によって異なるのです。
またユダヤ教の中でも、オーソドックスなユダヤ教徒が多い地域の学校であれば、聖書にフォーカスしたカリキュラムが用意されている。土台となるカリキュラムは共通していますが、それぞれの宗教を重んじるよう配慮がなされているのです」
論述式問題で問われる「あなたはどう考える?」
さまざまな宗教をもつ子どもたちが集まる自由な環境の中では、生徒一人ひとりの意見を問うような試験や授業風景が多くみられると木村さん。
イスラエルでは、受験がない代わりに「バグルート」という高卒認定の意味合いを持つ、大きなテストがあり、高校2年生の終わり、3年生の夏と冬に一回ずつ、科目ごとに試験が行われます。
「バグルートを受けなくても高校は卒業できますが、バグルートを持っていないと履歴書に高卒認定であると書くことはできません。ただし、大学に行きたくなれば、毎年バグルートのチャンスはありますし、何回か受け直して点数を上げ、違う学部や学科に進むこともできます。
試験の形式は、答えが明確な数学を除いて、基本的に論述形式。英語のバグルートでは、『プロジェクトを立ち上げ、その説明を英語でしなさい』といった問題も。
英語や数学などのほか、宗教ごとに聖書や経典についての試験、地理・物理・コンピューター科学などの中から選択して受ける試験もあります。
基本は論述ですが、書いて表現することが難しい人の場合には、特例的に口述で受けることもできます。試験の受け方や、受ける時期、選択する科目など、バラエティーに富んでいます」
また、正解・不正解ではなく、自分の考えを問われるのはバグルートだけでなく、日頃の教育から行われていると木村さん。
「小学校のテストでは、正解のある問題に対しての答えを問うような記述式が多いですが、中学校以降のテストは基本的に論述問題です。
そのため、基本的に『0点』はありません。『この部分はあり得るけれど、この部分に関してはこういう考え方の方がいいのではないか』という風に、部分ごとに細かく採点されます。
小学校でも、授業の進め方は日本の大学のよう。先生が黒板に書いたことをそのまま板書するのではなく、先生が話す内容を自分なりにノートやパソコンでまとめます。
小学校では科目ごとの宿題も多いですが、中学生や高校生になると、宿題というよりも課題が与えられます。大まかなトピックを与えられ、それについて個人かグループで自由に研究して発表するような形です」
中東のシリコンバレーならではの教育の価値観
中東のシリコンバレーとも呼ばれるイスラエルはスタートアップ大国。サイバーセキュリティの分野でも注目を集めていますが、EdTech(エドテック)の進んでいる国でもあると木村さんはいいます。
「学習方法はとてもハイテク。新しいテクノロジーが出たら、積極的に学校教育に取り入れています。
今では黒板がなく、プロジェクターでホワイトボードに投影して授業が進みます。教科書はあるものの、タブレットやパソコンがほとんど教科書代わりを務め、プリント配布はなく、必要なことはデータで共有されます。
プログラミングの授業は高校の選択科目の中で一番人気。プログラミングを学びたい子が多く、小学生の習い事としても非常に人気があります。
中東のシリコンバレーと呼ばれるだけあって、起業する人の数がとても多いのですが、論述式の試験や、自分の意見を問われる授業と同じように、失敗を恐れず行動することがイスラエル流だと思います。
イスラエル人は失敗を笑うことはありません。私自身、学校でも仕事でも失敗を怒られたことは一度もない。反対に、アイディアが浮かんでいたのに共有しなかったことや、発言しなかったことに注意を受けます。
失敗を恐れず、実行し続けるイスラエル精神が、イスラエルを”スタートアップネイション(起業国家)”たらしめているのだと思います」
<取材・執筆>KIDSNA編集部