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【イスラエルの子育て】自己主張を大切に出る杭を伸ばすかかわり
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さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、イスラエルで日本語学校を経営する木村リヒさんに話を聞きました。
かつては”カナンの地(約束の地)”と呼ばれ、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地、エルサレムを有するイスラエル。
世界各国のユダヤ教を信望する人々が、イスラエルの地に故郷を建国するため”シオニズム運動”を行い、1948年に建国。外務省の「イスラエル国 基礎データ」によると、2020年のイスラエルの民族構成は、ユダヤ人が7割超を占め、アラブ人とその他の民族が残りの3割に当たり、宗教、民族、文化など、さまざまなルーツを持つ人々が暮らしています。
16歳で母親の故郷であるイスラエルに移り住み、現在はイスラエルのスタートアップ企業で働く傍ら、日本語学校を経営する木村リヒさんは、宗教的背景からこの国の子どもに対する価値観がみえると話します。
「子どもは幸せ」だからこその高い出生率
「イスラエルの人口の大半を占めているのがユダヤ人。
ユダヤ教には、『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』という教えがあり、厳格なユダヤ教徒にとって大家族がめずらしくありません。
しかも、厳格なユダヤ人だけでなく、ほとんどのイスラエル人は出産、子育てについて積極的にとらえています」
世界銀行の「合計特殊出生率(女性1人あたりの出生数)」によると、2018年のイスラエルは3.09人で、OECD加盟国中トップの出生率の高さです。
また、イスラエルは45歳までの不妊治療に対して、公的な支援が受けられます。ひとりあたりの不妊治療回数が世界で最も多く、第二子まで不妊治療が無料で受けることが可能です。
「生まれる子どもの数が多いイスラエルでは、出産に関する国の制度は充実しています。
たとえば、特別な検査を希望しない限りは、妊婦検診から出産費用はすべて無料で、国が費用を負担します。
また産休前の給与額が保証される産休は3カ月半。それに加え、有休を使用して2カ月半のお休みを取ることができ、無給の休暇を取ることで1年間休むこともできます。ただ会社は出産による休暇が半年を越えるとポジション確保の義務がなくなるため、多くの女性は半年で復帰します。
しかし、イスラエルは転職しやすい環境にあるため、ゆっくり子どもと時間を共にした後にで、新たに職を探す人もいます」
出生率の高さの背景には、整った出産・育休制度のほか、イスラエル人は子どもに関することはすべて善いことだと捉えている、と木村さん。
「幸せは子どもが運んでくるという意味の「子どもは幸せ」ということわざがあるほどです。
『子育ては難しいし、大変なものではあるけれど辛くはない』というのが老若男女に共通するイスラエル人の考え方です。
働く女性も多い中ですが、子どもを負担だと思わなくて済むような社会システムも要因にあると思います。また、まったくないわけではありませんが、幼児虐待も比較的少ない。仮に幼児虐待があれば、大きなスキャンダルとしてニュースで取り上げられるほど。
その背景として、親になっても自分のライフスタイルを大切にする保護者が多い印象です。
もちろん、時に難しいこともありますが、『子どもがいるから海外旅行に行けない』『子どもがいるから大学に通い直すことができない』と、子どもを言い訳にすることはありません。
自分のアイデンティティをしっかり持っているため、『ママになったから、この趣味は諦めければ』ということもなければ、『父親だから、こういう態度を取らなければ』ということもない。
生まれてから、自分の好きなこと、趣味を継続するというスタンスが、育児ストレスを感じない理由にもなっているのかもしれませんね」
子どもを預けるハードルが低い
子どもの数が多いイスラエルでは幼稚園の数も充実しており、定年退職後に子どもに携わりたいと幼稚園を開設するケースも多くあるほどです。
「イスラエルの女性はほとんど働いているので、待機児童問題がないイスラエルの状況には助かっています。国の補助があり、幼稚園や保育園はリーズナブルで、間食代をひと月3000円ほど払えば利用可能。
誰でも子どもを預けられることは、いい面でもありますが、反対に問題になっていることでもあります。
幼稚園や保育園の開園にあまり厳しいルールがなく、簡単に開園できることです。
先生たちは有資格者ですし、基本的なカリキュラムはありますが、どこまでがOKで、どこからがNGといった線引きが曖昧な部分があり、幼稚園間で差が出てしまっているケースもあります。
たとえば給食。あまり体に気を遣っていない食材を与えていたというケースもあり、食事を理由にオーガニック食材を使った園や、きちんとした調理をする園に転園させるといった保護者も出てきています」
また、子育て世帯では、ベビーシッターを日常的に利用しています。木村さん自身も高校生のときに、ベビーシッターのアルバイトを経験したといいます。
「ベビーシッターは高校生のアルバイトなので安く利用できるという利点があります。また家事代行サービスも頻繁に利用します。
家事代行は週に一度ほど、収入に関わらず利用します。学生でも気軽に利用するほどで、『時間をお金で買う』という価値観が浸透していると感じます。
そのため、保護者は子どもを他人に預けることに抵抗がなく、夫婦のみでディナーに行くことはもちろん、子どもを祖父母に預けて一週間の海外旅行に行くことも。
またイスラエルでは家族ぐるみの付き合いや、親戚同士で集まる機会が多いので、子どもたちは幼い頃から多くの大人と関わっています。
公園に行ったら『あの子たちと遊んでおいで』と、知らない子ども同士で遊ばせます。学童、サマースクールなど、他の子どもたちがいる場所にも積極的に連れだし、子どもは社会性を育みます」
出る杭を後押しする親のかかわり
子どもは幸せという価値観のあるイスラエルでは、親自身が自分のアイデンティティを大切にするのと同じくらい、子どもにも個性を重視するかかわりがあります。
「『周りのみんなと合わせるために同じことをするのは絶対に辞めなさい。それよりも自分の好きなことをしなさい』
これが、私自身、両親に言われ続けてきたことです。
『出る杭は打たれる』の反対で、親たちは『好きなこと、得意なことがあれば、できるだけ目立ってみんなに見せなさい』と、子どもの自尊心を育みます。
いくら得意なことがあっても、他人が知らなければできないのと同じ、という考えを持っているんです。
このようにイスラエルの保護者たちは、子どもの”好き”を後押しする子育てをしています。
ですので、保護者は子どもに好きなことをやらせるためのサポートを怠りません。子どもが好きなことを見つけたら、勉強でも習い事でも、保護者は全力でサポートします。
金銭面でのサポートは惜しみませんし、子どもがやり遂げられるよう、精神面での支えも欠かしません。
ユダヤ人は『勉強は大事なもの』と考えていますが、いい大学に入り、いい就職をするための勉強ではないんです。『自分の好きなことをするための選択肢が広がるように、勉強をしておきなさい』という考えを持っています。
またユダヤ人に限らずイスラエル全体で見ても、イスラエル人は”学歴”をまったく気にしません。好きこそものの上手なれ、といった感じで、好きなことを追求する学び方をします。
しかし、好きなことを追求したくなったら始めればいい勉強よりも、イスラエルの家庭で子どもが幼い頃から一番大事にしているのは、道徳や人としてのあり方です。
人としてのあり方を説くといっても、お説教のように上から子どもに押し付けるのではなく、子どもの意見や意思をとことん尊重します。私自身、イスラエル人の母から『ダメ』と言われたことがありません。
若い頃、母と洋服のことについて話していたとき、母は『こういう服を着ない方がいいと思うよ。その理由は、危険な目に遭うかもしれないから。あなたはそれでも着たい?』という言い方をしました。
その話をしたうえで、その洋服を着るか、着ないか、という判断を私に委ねてくれたんです。イスラエルでは、このように子どもに自ら気づきを与えて、子どもの意見を尊重するという接し方をする保護者が多い」
自己主張と問いを立てる力を育む伝統的な価値観
「日本にいた頃は、恥ずかしがり屋で、自分の意見を言えない子どもでした。
高校生からイスラエルに移住しましたが、同世代のイスラエル人たちの自由奔放さに感化され、次第に自分の意見をはっきりと言えるようになりました。
そうして思ったのは、『自分をさらけ出して意見を述べても、悪いことは何も起こらないんだ』ということ。
ヘブライ語のことわざに、『何を言っても天井が落ちることはない』ということわざがあります。
自分の意見を伝えたところで、『私はそう思わない』と言われるくらいで、何かが崩壊するなんてことはないという意味です。
家庭の中だけでなく、学校でも仕事でも、アイディアが浮かんでいたのに共有しなかったことや、意見があるのに発言しなかったことに注意を受けます。
そしてもうひとつ、ユダヤ人に伝わる『正しいことを答えるより正しい質問をする方が大事である』という教えも特徴的です。
人に聞いたり調べたりすれば、いくらでも正しい答えに辿り着くことはできる。それよりも、正しい問いを立てることのほがよっぽど難しい、という教えです。
ただ好きなことをして、自己主張するだけでなく、正しい問いを立て、考え、行動に移す。イスラエルに伝わることわざが、子どもたちがのびのびと育つ土台になっていると感じます」
<取材・執筆>KIDSNA編集部