【岸博幸】日本経済を良くするための“革命”に必要な親子の学び

【岸博幸】日本経済を良くするための“革命”に必要な親子の学び

子どもをとりまく環境が急激に変化し、時代が求める人材像が大きく変わろうとしている現代。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、元経済産業省官僚で、慶応義塾大学大学院教授の岸博幸氏に話を聞いた。

<連載企画>学校では教えてくれない
来るAI時代に向け、社会が大きく変化する中、子どもが社会人になるまでの間、安定して就労し教育費を稼いで行けるのか。そして、予測もつかない未来の社会に巣立つ子どもが、自身できちんと生活していけるのか不安に思う保護者もいるだろう。

2015年に発表された、野村総合研究所とイギリスのオックスフォード大学の共同研究によると、マイケル A. オズボーン准教授は、「あと10~20年で、日本の労働人口の約49%が就いている職業が機械に代替される可能性がある」と示し、“AIに代替される仕事・されない仕事”にまつわる論争は、世間を賑わした。

AIやテクノロジーの進歩によって、日本経済はどうなっていくのか。

そして、グローバル教育やプログラミング教育など、新たな学びも台頭する今、子どもたちが未来を生き抜くために本当に必要な力は何か。

経済産業省の官僚としてさまざまな政策の立案・実行に携わり、現在は慶応義塾大学大学院教授やエイベックスグループ顧問などとして広く活躍する岸博幸氏(以下、岸氏)は、「将来を考えるうえで、景気悪化は大前提。変化が激しい時代を生き抜くには、小手先のテクニックを身につけるのではなく、本質的な能力を高めることが大切」と語る。
岸博幸/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、エイベックス・グループ・ホールディングス顧問などを兼任。1986年通商産業省(現・経済産業省)入省後、コロンビア大学経営大学院でMBAを取得。2001年竹中平蔵大臣(当時)補佐官、2004年以降は政務秘書官に就任。同大臣の側近として構造改革の立案・実行に携わる。経済産業省を退官後はメディア出演や講演会などで活躍。著書に『オリンピック恐慌』(幻冬舎)などがある。
岸博幸/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授、エイベックス・グループ・ホールディングス顧問などを兼任。1986年通商産業省(現・経済産業省)入省後、コロンビア大学経営大学院でMBAを取得。2001年竹中平蔵大臣(当時)補佐官、2004年以降は政務秘書官に就任。同大臣の側近として構造改革の立案・実行に携わる。経済産業省を退官後はメディア出演や講演会などで活躍。著書に『オリンピック恐慌』(幻冬舎)などがある。

オリンピック延期や新型コロナで景気悪化が加速

「将来的にはおそらく、今のような働き方では給料は増えていきません。加えて言えば、現在の保護者の世代が受けられるであろう社会保障の水準は、今より確実にさがります。

子どもの将来を考えるにしろ、親世代の将来を考えるにしろ、残酷な未来を予想しておいたほうがいい」と話す岸氏。

――これからの経済の見通しは暗いと?

「ただコロナがなくても、もともと日本の経済はそんなに良いわけではなかった。

日本経済がどれだけ成長できるかは、短期と長期に分けて考える必要があります。

2013年、安倍政権のアベノミクス第一の矢『大胆な金融政策』で金融緩和を行い、市場の現金を増やし、第二の矢『機動的な財政政策』で約10兆円の経済予算によって需要を増やすことで、デフレをほぼ脱却しつつありましたが、残念ながらそれは短期的なもの。オリンピックに向けて盛り上がるはずだった部分もだいぶ減ってしまった。

また、新型コロナウイルスの感染拡大により、景気は決定的に悪くなりましたよね。その影響は言うまでもなくみなさん感じていると思います。
iStock.com/Easyturn
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一方、子どもを持つ親の観点からより深刻なのは長期的な問題で、それを掲げていたアベノミクス第三の矢『成長戦略』は道半ば。今のままだと間違いなく長期的に日本経済は厳しくなります。

日本経済を長期的に見れば、需要よりも供給がどれだけ増えるかが重要。しかし、『経済の潜在成長率』という、経済が将来どうなっていくかということを見通すデータがあるんですが、これが非常に低いんですよ」
 
「潜在成長率とはつまり、政府が経済政策で無理に底上げせずに、自然体で長期的に実現可能な経済成長率のこと。日本経済の本当の実力を示す数字とも言えます。

これが、日本銀行の推計でだいたい年率0.9%くらい。現在の経済運営のままでは長期的に1%も成長できないということなので、はっきり言って全然景気が良くありません。バブル崩壊後の失われた20年ほどひどくないかもしれないけれど、それに近い状況になってもおかしくない」

親世代を待つのは保障減と負担増

――この潜在成長率を上げるためにはどのような対策が必要なのでしょうか。

「潜在成長率を上げるためには、人口(労働力)をどれだけ増やせるか、資本ストック(物やサービスに必要な資本設備)をどれだけ増やせるか、生産性をどれだけ向上できるかのいずれかが必要です。

人口減少が進んでいる日本の現実を考えると、1つ目と2つ目についてはあまり期待できないので、生産性を上げるしかない。

そのためには、政府レベルで言えば、市場における制限を緩めたり取り除くことで競争を促進し、経済の活性化を目指す『規制改革』や『地方分権』などの改革を進めるしかないんですよね。ただ残念ながら政権のみならず与党全体も改革したいなんて思っていないので、おそらく当分改革は進みません。

政府に期待できなくても、民間企業や地方自治体が自ら主体的に対応策を講じれば、自分のビジネスや地方経済の生産性を上げることはできる。ただ残念ながら、企業や地方を率いているトップは日本的なエリートが多く、彼らは、前例のないことはやりたがらない特徴があるのです。

そうするとやはり、生産性が上がるはずがないんですよね」
Princess_Anmitsu/Shutterstock.com
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――新しいことに取り組んでいかないと生産性は上げられないと。

「生産性を上げるためには、イノベーションを継続的に創出しなければならない。これに尽きます。つまり、生産手段や資源、技術やノウハウなど今あるものを使い、新しい組み合わせを創り出して新たな付加価値を創造する。

1+1=2ではなく、3や4になる組み合わせを創り続ける必要があるのです」

――構造改革が進まず、イノベーションも生まれにくいままだと、残酷な未来につながる。

「人口減少のペースが早まれば経済は低迷します。それが何を意味するかというと、アベノミクスの調子がよかった過去数年のように、賃金の引上げや労働時間の短縮などの改善を交渉する労働運動『春闘』によって、黙っていても給料が数%上がっていくということはもう期待できない。

2020年代は普通に働いていれば給料が増えるなんて甘い環境ではなくなります。これがひとつめ。
 
もうひとつ厳しいのが社会保障。今のままで社会保障制度、特に年金が将来も持続可能とは考えられません。人口減少によって年金保険料を納付する現役世代が減っていくのに対し、高齢化によって受給者は増えていく。年金支給額が保険料収入を上回り続ければ、年金基金は将来枯渇する可能性があります。

では持続可能にするにはどうしなきゃいけないのか。答えは非常に残酷なのですが、社会保障の水準をかなり下げざるを得ない。2050年くらいには年金の水準が今より2割下がるということが、厚生労働省の試算でも出ています。支給開始年齢も全員70歳からにしなくては立ち行かなくなる」

――給料は増えず、保障も減るというのはかなり厳しい現実ですね。

「さらに、医療や介護、保育などの自己負担の水準ももっと増やさないとダメです。医療や福祉に関しては実際にかかるコストに対して、税金でまかなっている部分が大きい。

だから自己負担が安くなっているのですが、こんなに多額の税金を投入し続けるのは、特に高齢化が進んで2025年に団塊世代が全員後期高齢者になる中では無理ですから。そうなると自己負担を増やしていかざるを得ない。それだけでは足りないから、消費税も将来15%くらいにはしなければならない」
iStock.com/kazoka30
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――保障に関するさまざまな負担が増えることは避けられないと。

「本来はもっと早く社会保障制度や法改革をすべきであったのが、それをやったら高齢者が怒って選挙に負けると思った与党がずっと先送りにして来たのが現実ですから。だいぶ膿がたまっちゃってますよね。

日本は国全体が縮みつつあるのに、2007年に80兆円だった一般会計予算が、今や100兆円になっている。普通なら人口が減って経済のパイも増えてなかったら、予算もそれに応じてしかるべきなんですよ。なのに25%も増えている。こんな異常な国はありません」

親は75歳までのキャリアプランを作るべし

「親世代の将来に警鐘を鳴らす理由は、やはり子どもの教育にはお金がかかるものであり、まず大人が稼げないといけないからです。

経済が厳しい時代には安定企業でもリストラや倒産は十分あり得る。高齢になったときを考えても、定年を70歳より上に引き上げるのは難しいだろうし、有名企業に入ったからと言って終身雇用で一生安泰ということはもうあり得ないわけです」

――雇用の流動化が進むことを考えても、定年までずっと同じ会社で働き続けるというのは考えにくいですね。
 
「人生100年時代に入り、将来的には75歳まで働くことが当たり前になるので、どういう仕事で働いてどう長く稼いでいくかっていうキャリアプランを、自分で考えなきゃいけない。

そのために必要なスキルを積極的に自己投資して身につけないと、長く稼ぐのは無理ですよね。今の収入を増やしていくことも難しくなるかもしれない。だから親世代ほど努力をしないといけないよなと思います。

さらに言えば、将来社会保障の水準が下がるんだから、自分で補填する必要がある。資産運用、投資ですよね。これを若い世代ほど始めないとダメだろうなという風に思います。そのためには当然、経済や金融の知識も身につける必要があります」
iStock.com/SARINYAPINNGAM
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――仮に70歳まで働いて定年を迎えたとして、そこから次の雇用先をみつけるのはなかなか難しいのではないかと思うのですが、どうでしょう。

「人口減少が進んで全国のいろんな業種で人手不足になっていますから、使いものになる人は雇われます。大事なのは評価される価値、スキルを持っているかどうか。ロボットやAIに置き換えられるような仕事しかできない高齢者はきついでしょう。

逆に言えば、当然機械でできない仕事はたくさんある。そのスキルさえ身につけておけば、高齢になっても絶対にニーズはあると思います」

現在、政府は「狩猟社会」「農耕社会」「工業社会」「情報社会」に続く、人類史上5番目の新しい社会「Society 5.0」の実現を目指し、IoT、ロボット、人工知能(AI)、ビッグデータといった先端技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れ、経済発展と社会的課題の解決を両立していくためのDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されている。

英語やプログラミングは目的ではなく手段だ

「親の将来が厳しいという話をしてきましたが、今未就学児の子どもが大人になっている20年後30年後っていうのは、もっと大変になっているはずなんです。それを踏まえて、子どもが大変な環境でも困らないような教育をしっかりするということが大事だと思います。

じゃあそれが今巷でいろんな人が言っている英語やプログラミングや金融教育なのかっていうと、僕はそうは思わない。それって本当に必要不可欠なの?と。

どう思います?」
 
――将来の仕事の選択肢を広げるためには、できたらいいなと思いますが……。

「僕は全然必須じゃないし、むしろ不要だと思っています。所詮英語っていうのはインターフェースで、大事なのは話している中身なんです。

僕は28歳でコロンビア大学経営大学院に留学して、一度日本に戻った後にまたニューヨークの国際機関に派遣されたので、ニューヨークに5年間くらい住んでいました。その経験から言えば、英語の発音が上手である必要はまったくない。

アメリカの人は、英語の発音がうまいけど話の中身がない人よりも、英語は下手だけど話の中身がある人の話の方を一生懸命聞いてくれるんです。僕もいまだに英語の発音は下手ですが、でもちゃんと相手は聞いてくれる。だから英語力よりも中身が大事だと、自信をもって思います」
iStock.com/Drazen_
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――英語はあくまでも世界とつながるためのひとつのツールでしかないと。

「プログラミング教育も同じなんですよ。ロジカルな考え方を身につける観点では意味があるけれど、それを超えてプログラミングのいろいろな技術を子どもの頃からマスターするのって、本当に将来のために大事でしょうか?たぶんそれは違う。

実際に今社会で活躍しているプログラマーやシステムエンジニアは、意外と文系出身が多いんですよ。社会に出てから必要に迫られて技術を身につけている。僕の大学院の教え子にもそういう子がいます。

つまり英語もプログラミングも、手段に過ぎないんです。大事なのは英語やプログラミングを通じて何を実現したいのか、という中身。手段が目的化されてしまっていることに、すごく違和感を感じていますね。

一般的に必要と言われるスキルについて、まず親自身がそれが正しいのかということをよく考えないといけない。なにも考えないで受け入れてしまっていませんかと。それが一番注意しなくてはいけないことだと思います」

答えのない課題に創造力で挑む

――では子どもがこれから身につけるべき能力は、どのようなものだと考えますか?
 
「教育先進国では、これからの時代には小学生のころから身につけた方がいいスキルが3つあるという議論をしています。

1つ目は、問題発見能力。

今の学校教育や日本の受験で鍛えられているのは、正解がある問題を与えられて、その正解にいかにたどり着くかという力ですよね。でもこれだけ世の中が複雑で変化が厳しい時代になると、社会には正解がない問題が多い。さらには何が問題か自体がわからないんです。

たとえば地球の環境問題について、本当に一番いけないのは何かっていう認識は、人によってバラバラじゃないですか。今回のコロナに関しても、専門家によって見解がさまざまある。その場合の解決もどうしたらいいかわからない。

こういう中では自分で問題を発見・提起できる力が大事になる。まずこれを身につける必要があります。

2つ目は、クリエイティブな問題解決能力。

自分で問題を発見・提起できたときには、それに対する解決方法を考えなければいけないですよね。今の時代はネットで調べる方が多いと思います。でもネットで調べて出てくる答えって、誰でもわかるステレオタイプな答えばっかりでしょう?

変化が激しい時代に、そんな情報に価値はないわけです。イノベーションと同様、今までにないような問題解決方法を新しく創り出さないといけない。そのためにはクリエイティビティを高めないとダメだよねということです。

3つ目は、コミュニケーション能力。

社会に出て問題解決をするとなると、当然ひとりではやりません。大抵は会社や組織でやるものだから、チームで取り組むことになる。そういう場合にはチームのコミュニケーションが非常に大切になります。
iStock.com/imtmphoto
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でも残念ながらスマホやネットが普及した今、ソーシャルメディアを使って1行の文章でコミュニケーションをした気になっている人が多い。こんなのは無論コミュニケーションではありません。

デジタルに頼りがちな時代だからこそ逆に、アナログでのまともなコミュニケーション能力が必要になる。

この3つの力を身につけないといけないということが議論されています」

――どれもテクニックではなく、基本的な能力ですね。
 
「理解しておいてほしいのは、これらの能力を高めるのは、別にいい学校に入れるためではないんですよ。

いい大学に入ったからといって、その大学がいい教育をしてくれるかというと、僕は全然そうは思わない。時代が変わっているのに親が昭和の発想のままで、いい学校へ、いい企業へと言うのはよくないし、絶対に子どもに継承や強制をしてはいけないと思っています。

大事なのは、子どもが自分で考えて、自分に合った道を進めるようにしてあげること。それが勉強していい大学に行くということでももちろんいいし、他のことでもいい。

子どもの本質的な能力を高めることを最優先にするべきで、それができるようになっていれば、子どもはおのずと環境変化に応じて自分で考えられるはずです」

――3つの能力は本質的であるがゆえに、どんな未来になったとしても役立つということですね。

後編では、クリエイティビティや思考力を高めるために日常生活のなかで実践できる方法と、その妨げとなりうるデジタルの危険性について聞いていく。

<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

<連載企画>学校では教えてくれない バックナンバー

2020年09月08日

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