【イギリスの教育】一人ひとりの可能性を引き出す教育

【イギリスの教育】一人ひとりの可能性を引き出す教育

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、イギリスに8年在住し、3児の出産と子育てを経験された浅見実花さんに話を聞きました。

<連載企画>世界の教育と子育て

子どもの可能性を引き出す教育理念

ヨーロッパの北西部に位置し、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国が連合してできたイギリス。そのうちのひとつ、イングランドの首都ロンドンに移住し、出産と育児を経験した浅見さん。

子どもの教育において、社会の目指す理念がとてもはっきりしていることに驚いたといいます。

「イギリスに来て驚いたのは、国の教育省から地方行政、学校や幼稚園、保育園にいたるまで、さまざまな教育機関の資料のなかに、『どの子も特別な存在です』『子どもはそれぞれに違っています』『子ども一人ひとりの可能性を最大限に引き出すことを目指します』といったフレーズが繰り返し使われていたことです。

こうした言葉が社会へ浸透してきた背景には、貧困・虐待・差別など、子どもを取りまく環境にいろいろな問題があったからでもあるはずですが、政府から現場の先生にいたるまで、社会的にこれほど理念が一気通貫しているとは正直思っていませんでした。

たとえば、政府が0歳児から5歳児に向けて定めた『幼児教育のガイドライン』がありますが、その冒頭もこんな文章で始まっています。

『すべての子どもは、可能なかぎり人生で最良のスタートを切り、みずからの可能性を最大限引き出せるよう、支援されるべきです』」
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)
「また、子どもの通っていた公立小だけでなく、ほかの地域や地方の公立小の先生たちと話す機会があったのですが、実際に先生たちは“できるかぎり一人ひとりの子どものニーズに対応している”とおっしゃっていました。

たとえば、授業のなかで、子どもたちを学習達成度ごとにグループ分けし、それぞれのレベルに合った課題に取り組む。あるいは、進むのがとりわけ速い子どもには、学習がつまらなくならないように、挑戦しがいのある課題をあたえる。

反対に、学ぶペースの遅い子どもは、1対1で教える時間をつくったり、ゲームで学べるアプリを使ったり、学習ペースの速い子どもに“コーチ”として付いてもらったり。
 
※写真はイメージです(iStock.com/SolStock)
さらに、子どもそれぞれの理解度をつかむため、筆記だけでなく、口頭で質問したり観察したり、写真によって記録をとったり、という声もありました。社会的に共有された理念をもとに、それぞれ現場が自分で考え、地道に実践を重ねているのは、さすがだなと思いました」

一方で浅見さんは、こうした現場力の高い公立校が、いわゆる“恵まれた”地域に集中している現実もあるといいます。

「この流れは1988年の教育改革から始まって、グローバル化やデジタル化が加速した今、ますます強まっていると思います」
浅見実花/専門はマーケティング・コミュニケーション、リサーチ、ライティング。大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。8年の在英生活のなかで、3人の子どもを出産し、子育てを経験。現在は日本在住。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)がある。
浅見実花/専門はマーケティング・コミュニケーション、リサーチ、ライティング。大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。8年の在英生活のなかで、3人の子どもを出産し、子育てを経験。現在は日本在住。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)がある。

教育をめぐる格差の現実も

「イギリスでは、1960年代に社会・経済が長らく停滞した『英国病』を背景に、1979年にサッチャー政権が誕生しました。この政権が行った教育改革は、戦後最大の教育改革だったともいわれています。

改革のひとつに、それまでは教育委員会のような地方行政が持っていた権限を、それぞれの学校(理事会)へ移したことがあります。これにより、教職員の採用や予算の使い方も現場の学校にゆだねられ、公立でも学校みずから経営を行うようになりました。市場原理を取り入れて、教育の質や学力を向上させたというわけです。
 
ロンドン郊外の公立小学校(浅見さん提供)
ただ、学校への予算配分は生徒の数で決まるので、親たちの人気を獲得できた学校と、そうでない学校とのあいだに差が生まれたという指摘もありました。

現在、特にロンドン周辺では、評判のよい公立小学校のある地域は、不動産の価格がいびつなほど吊り上がる傾向にあります。“よい”公立小に入るためには、その近くに住んでいることが条件なので、多くの親がそういう地域へ引っ越そうとするんです。それで不動産のニーズが高まり、価格が上がっていきます。

とりわけロンドン周辺は、欧州をはじめ世界中の家族たちが、親の仕事とセットで集まってくるため、“よい”小学校をめぐる競争はかなり熾烈。

グローバル化やデジタル化により、経済格差が飛躍的に広がって、そのギャップを埋めることがとても難しくなっている近年、人々の切実な不満や怒りが社会のさまざまな場所や領域で噴出しているのは、最近ニュースで報道されている通りだと思います。そして、この動向がどこへ向かっていくのかは、まだ誰にも分かりません」

乳幼児期に大切なことを定めた「7つの領域」

イギリスでは、就学前の0~5歳までの教育が重視されていると浅見さん。「政府の枠組みと現場の実践がとても興味深い」と話します。

「最近は非認知能力が注目を集めていますが、乳幼期をどう過ごすかがその後の人生に大きく影響することが、すでに研究で明らかになっているためです。英国政府もこうした結果をもとに、5歳までの学びや発達、身体や心の健康を育むための枠組みを2008年から導入し、改定を重ねています」

現在、英国の教育省は0~5歳までの教育について、7つの領域を定めています。

1.コミュニケーションと言語
2.身体的な発達
3.人間的・社会的・情緒的な発達
4.読み書き
5.算数
6.世の中の理解
7.表現芸術とデザイン(アート・ダンス・音楽・演劇・映像など)
 
※写真はイメージです(iStock.com/SolStock)
「特に1、2、3は、“最も大切な領域”と見なされます。教育省は、この3つが“子どもの好奇心や情熱、学ぼうとする姿勢を育て、他者と関係していくための礎となる”からだと示しています。残りの領域は“その3つを強化したり、応用したりする領域”という位置づけです。

つまり、読み書きや算数も大事だけれど、乳幼児期はそれ以前にもっと大切なことがある。

それはたとえば、人の話に耳をかたむけたり、相手を認識してしゃべる『コミュニケーションや言語』、自然に身体が動いたり、着替えやトイレを自分でできる『身体的発達』、新しいことをやるときの自信をつけたり、自分やほかの人の感情や行動に気づいたり、ほかの人と協力できたりする『人間的・社会的・情緒的な発達』である、ということです。
※写真はイメージです(iStock.com/AntonioGuillem)
※写真はイメージです(iStock.com/AntonioGuillem)
こうした政府の枠組みを受け、認可された保育所や幼稚園は、日々それを実践するよう求められます。たとえば、保育所の先生たちは、担当している子どもの遊びや過ごし方が7つの領域のどこに当てはまるのか、また、その子が各領域でどれほど成長したかについて、日ごろから記録をとっています。

この先生の記録は漫然とした日報や月報ではなく、共有の枠組みをもとにした明確な視点や意図を持ったもの。この一貫性がすごい」

ここでいう“認可”は、“教育水準局”からの認可のこと。イギリスでは、幼稚園や保育所、小学校、中学校、高校、大学などのあらゆる教育機関や保育機関、さらにはナニー(乳母)やチャイルドマインダー(保育士)、ベビーシッターにいたる個人にまで、教育や保育の運営やクオリティーを監督する“目”があるのだと、浅見さんはいいます。

「この“認可”は、親たちの信用を得るのに絶大な力をもっています。“教育水準局”は、直前の通知をもとに保育所や幼稚園にもやってきて、保育や教育の質、子どもの発達、組織の運営、親の意見、施設の状態など、あらゆることを細かく査察していきます。

そして評価を下すのですが、その評価レポートは、後日すべてオンラインで公開されてしまいます。本当に容赦ないです」

“創造性”を育む教科を横断した授業

小学校からの子どもたちの学びでは、多様性を育む教育法が特徴のひとつであると浅見さん。多くの小学校では、子どもの好奇心を育てたり興味を引き出したりするために、いくつもの科目を横断した授業設計を実施。数週間ごとに共通のトピックを設定し、このトピックに沿って、科目をまたいださまざまな角度から、学びの機会をつくっています。

「さきほどの、5歳までに学ぶ7つの領域にも、“世の中の理解”や“表現芸術とデザイン”の領域がありました。人間が長い歳月をかけて生み出してきた文化や社会、そして創造性に対する敬意が、イギリス社会に広く浸透しているように感じます。
 
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)
「たとえば、1年生のある6週間で、『お腹をすかせた人間たち(Hungry Humans)』というトピックを取り上げるとします。そこでは、科学の授業で“食べものはどこからやってくるの?”という問いについて議論し、国語の時間は食べものに関する詩を読んだり創作したりします。

また、アート/デザイン&テクノロジーの授業では、果物のコラージュを制作したり、みんなで持ち寄った果物でスムージーを作ったり。そして地理の時間には、トロピカル・フルーツが採れる地域や気候について学んでいく、といった具合です。

もちろんここでも、さきほどの乳幼児教育の枠組みと同じように、小学校の学年ごとに政府の定める枠組み『ナショナル・カリキュラム』があるため、学校はその枠組みにしたがいながら、こまかな学習計画をそれぞれ現場でつくっています。

それぞれの小学校が、目の前の子どもたちのニーズに合うやり方で日々の学習計画をつくるため、学校や先生たちも、創造的にならなければなりません。賛否両論ありますが、イギリスの小学校には教科書がないんです。

そしてもうひとつ興味深かったのは、何か課題があたえられたとき、そのゴールにたどり着く方法は自由だというスタンス。

“自分の好きな発明と、その発明家について調べて発表する”という課題があったとき、最終的な形はどんなものでもかまわない、といわれるんです。これは実際、小学3年生に出た課題でしたが、発表会では、リサーチ結果をスライドにまとめて発表する子もいれば、ポスターにまとめて表現する子、あるいは冊子のように文章と挿絵によってまとめる子、そうかと思えば、ビデオで撮影した作品を発表する子もいました。ほんとうに表現手段がさまざまなんです」
 
「自分の好きな発明と、その発明家」というテーマの発表課題をポスターで表現したもの(浅見さん提供)
「そのときに思いました。日本の私たちが慣れ親しんできた課題というのは、ゴールにたどり着くための方法が、あまりにもこまかく規定されていたのかもしれないな、と。

たとえば絵の課題でも、水彩絵具を使って、交通安全のポスターを制作するとか、方法や道具まで指定されることが多い気がしています。しかも、その模範的な絵まで事前に共有されるので、結局みんなの作品が似たものになってくる。

みんなが同じ方法で、同じような結果を想定しながら、同じように表現する。日本ではそれがむしろ“普通”なんです。ところがイギリスでは、みんなが違う方法で、異なる結果を想定しながら、それぞれに表現する。そこには、ゴールにたどり着く方法はいろいろあるということや、だからこそ、それぞれのやりかたでたどり着けばいいんだという前提があるような気がして、思わずハッとさせられました。

そんなふうに、課題の出し方ひとつとっても、『子どもというのは一人ひとりがユニークで、それぞれに可能性があり、その可能性を引き出すことが教育の使命である』という社会の信念が一貫してにじみ出ているように思うんです」
<取材・執筆>KIDSNA編集部
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2020年08月06日

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