【子どもの睡眠】現代の子どもが陥る「眠りの病」

【子どもの睡眠】現代の子どもが陥る「眠りの病」

ネット環境が整った時代に生まれ、スマホやタブレットなどのデジタルデバイスの進化とともに成長してきた現代の子どもたち。親世代の子ども時代とは、社会環境や生活の仕方が変化した今、子どもたちの心身には新たな問題が起きている。後編では、子どもが罹患しやすい睡眠障がいと、概日リズムを整えるためにできることについて、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長の井上雄一先生に話を聞いた。

子どもが陥りやすい”眠り”の病

前編では、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長の井上雄一先生(以下、井上先生)が、その影響は幼児期や学童期の子どもたちにも及び、ライフスタイルが夜型の家族に引きずられるように就寝時刻が遅くなっていることを指摘した。

では、実際に今の子どもたちがかかりやすい睡眠の病はどんなものなのだろうか。

井上先生プロフ
井上雄一/医学博士。東京医科大学睡眠学講座・精神医学講座教授、公益財団法人神経研究所睡眠学研究室長、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長。約90種にのぼる睡眠障がいの診療・治療を行なうほか、睡眠メカニズムの研究や睡眠への認識向上に務める。

体内時計と昼夜のズレが起こす”概日リズム睡眠障がい”

――子どもたちの睡眠障がいで多いものは何ですか?

「一番多いのは概日リズム睡眠障がい。概日リズムとは、体内時計やサーカディアンリズムとも呼ばれる人間の基本的な生体リズムです。

この障がいは約1日周期で繰り返される概日リズムと、昼夜のサイクルが一致していないことで起こり、当院では月に2~300人が治療に来ています。以前は大学生や高校生が多かったのですが、今は小学生の来院も増えています。

睡眠障がい国際分類3版(ICSD-3*)により分類され、中でも”睡眠・覚醒相後退障がい”の割合が高い。概日リズムが後ろにズレてしまい社会生活のリズムと合わず、遅刻、欠席、授業中の居眠りなどの問題が発生します。

眠くなると当然ながら、学業に対する集中力も落ちる。次第に学校に通いづらくなり、不登校の割合も増えてくる」

居眠り
iStock.com/Wavebreakmedia

*ICSD-3…睡眠障がい国際疾病分類の第3版。睡眠障がいの症状や経過,合併症,疫学,素因・誘因,鑑別診断などが収載されている。


過剰な眠気に襲われる”ナルコプレシー”

「小学校の高学年から思春期にかけて多いのがナルコプレシー。これは1日に5回、10回と何度も強く、深い眠気に襲われ気絶するように眠ってしまいます。場所や状況を選ばず発作的に眠ってしまい、入眠直後にレム睡眠に入るため金縛りや悪夢を見ることも多い。

この病気は慢性疾患のため、早期発見してすぐに治療したほうがいいですね。基本は薬物療法などの対症療法で治療していきます」

日本人の発症率は0.16~0.18%。1000人に1人~2人の割合で発生するナルコプレシーは、睡眠と覚醒の切り替えをコントロールするオレキシン神経の脱落が原因とされている。


不眠を伴う不快感”むずむず脚症候群”

1945年にスウェーデンのエクボム氏によって名付けられた、むずむず脚症候群。眠れなくなるほどの下肢を中心とした不快な感覚は、大人と子どもでは症状が少し異なると井上先生はいう。

なし
iStock.com/Artfoliophoto

「大人の場合は夜間に集中しやすいけれど、子どもは体内時計のリズムが未熟なために夜だけでなく日中に脚の奥がむずむずとした不快感を感じる子も多い。さらに子どもは新陳代謝が激しいので鉄不足になりやすく、むずむず脚症候群の症状が出やすくなります。

この病気は安静にじっとしてる時に起こりやすい。ベッドで横になる、授業中に椅子に座る……そうしてどうしても落ち着かなくて教室を出て歩いてしまうことがある」


肥満による”睡眠時無呼吸症候群”

子どもの睡眠中の呼吸異常が明確に定義されたのは2005年に入ってから。”小児閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)"として定義された。女児より男児のほうが罹患率が高く、2~8歳で好発している。

「睡眠時無呼吸症候群の特徴は、大きないびき。肥満によって喉の奥に脂肪がつき、寝ているときに喉がつまり呼吸が止まる。そのため自覚なく目を覚まし、眠りが浅くなっているのです。

睡眠時無呼吸症候群の子どもは、睡眠時間が十分であっても睡眠効率が悪く、寝ても疲れが取れないし成長ホルモンの出が悪い。ステロイド点鼻治療や、口腔機能訓練などを行ない、改善した途端に成長ホルモンが十分に分泌されて身長が伸びた子もいます」


寝ぼけ、夜尿、夜泣きは様子を見て

子どもは眠っている間、ほとんど自覚なく行動を起こし寝ぼけることがある。あるいは夜尿や夜泣きをすることも子どもならではの特徴だ。

井上先生

「これらは子どもの眠りが深いことによって起こる現象で、思春期前後にはほとんど自然に消滅します。

夜尿は子どもの自然な生理現象で発達とともになくなっていきます。5歳以上で月に1回以上の睡眠時排尿を3カ月継続すると夜尿症とされ、5歳児の15~20%、7歳では10%前後の子どもがこれに当てはまります。ですが歳を重ねるごとに15%ずつ自然に治っていく。

夜泣きを心配される保護者は多いですが、20~30%の乳幼児に起こっています。新生児から2歳時までの涕泣(ていきゅう)は、睡眠中に定期的に起こります。就寝時刻が遅くなったり、日が落ちてからブルーライトを浴びる時間が長いことが夜泣きを助長するともいわれている。

2歳以降にみられる夜驚(やきょう)は、覚醒障がいの一種で医学的には”睡眠時驚愕症”といいます。睡眠中にいきなり泣き叫んだり、飛び上がったりするなどのパニックを起こす。けれど、眠っているので声をかけても覚醒しません。数十秒から数分で治まり、何事もなかったかのように再び眠りにつくので保護者は驚きますよね。

覚醒障がいには、眠っているはずなのに寝ぼけて徘徊したり、明らかに混乱していたりすることもあります。こういった場合には、慌てて起こそうとすると余計に興奮することもある。硬いものや危険なものを近くに置かず、配慮しながら見守るのが一番です」

寝る少女
iStock.com/SonerCdem

そもそも子どもは睡眠から覚醒への移行が遅いために、寝ぼけやすいのだと井上先生。子どもの睡眠構造は大人と大きく変わらないが、深い眠りの量が多い。子どもが眠りにつくと目覚めさせることが難しかったり、寝起きが悪いこともこれに関係する。

子どもの概日リズムを整えるために

文部科学省は2014年、小学5年生から高校3年生を対象に「睡眠を中心とした生活習慣と子供の自立等との関係性に関する調査」を行なった。その結果、睡眠と生活習慣に以下の相関が見られた。

・学校がある日とない日で起床時刻が2時間以上ずれることがよくある子供ほど、午前の授業中に眠くて仕方がないことがよくあると回答する割合が高い。 

・スマホとの接触時間が長い子供ほど、 就寝時刻が遅い。

・寝る直前までデジタルデバイスに接触することがよくある子供ほど、朝、布団から出るのがつらいと感じることがあると回答する割合が高い。

・就寝時刻が遅い子供ほど、自分のことが好きと回答する割合が低く、なんでもないのにイライラすることがあると回答する割合が高い。

就寝時刻が遅くなり、概日リズムが乱れることで身体の不調のみならず精神的健康面にも影響を及ぼす。井上先生に、概日リズムを整えるために具体的にどうしたらよいのかを教えてもらった。


朝に光を浴び、夜は光を避ける

「朝に強い光を浴びて、夜は光を避ける。これが最も重要です。特に子どもは大人以上に光の影響を受けやすい。

スマホやテレビなどの液晶画面はブルーライトを放出するため概日リズムを後退させてしまいます。

スマホ見る子ども
iStock.com/fzant

脳の松果体(しょうかたい)から分泌され催眠作用のあるメラトニンは、夜に分泌が始まります。しかし、明るい光の元では分泌が抑制されてしまう。子どもは大人の約2倍もメラトニンの抑制率が大きいことがわかっています。

一般家庭内における少し明るめの照度(580ルクス)では子どものメラトニン分泌はほぼ完全に抑制されてしまう。メラトニンが分泌されないと眠くならず、繰り返せば概日リズムが後退してしまうことは明らかです」

メラトニンは電球色よりも、昼光色や昼白色のランプの下で強く抑制され、子どもの場合はさらに顕著だ。子どもが光の影響を受けやすいのは、大人よりも瞳孔が大きく光を受けやすいから。さらに水晶体の透過率が高いことも挙げられる。

「暗いと寝つけなかったり、音楽が流れていないと眠れない場合は、寝ついたら消灯、消音するようにタイマーをセットしましょう。就寝後であったとしても、光や音は睡眠を浅くします」


早寝よりも、まずは早起きの習慣をつける

「寝なさいと言っても子どもはなかなか寝ません。早寝をするよりも、最初は大変ですが夜寝る時間が遅くても早起きをがんばる習慣をつけることが一番いい。夜型から朝型になることです。

起きた子ども
iStock.com/Johnce

週末に睡眠時間が2時間後退するだけでも、月曜から水曜日まで強い眠気を感じ、認知機能も低下します。土日を迎える度に時差ぼけ状態になっているということですね」

睡眠日誌、睡眠アプリなどを活用し、自分の睡眠を記録し、生活リズムを振り返ることも効果的だ。

「昔と比べて現代の子どもたちは運動量が少ないことも夜眠れない原因の一つです。運動量が足りないと疲れない。だから眠ってほしい時間になってもずるずると起きているのですね。

運動するにしても理想はやはり朝。夕方の運動は交感神経が高ぶったままになり寝つきの悪さの原因となることがあります。朝に適度な運動をすると、その後の交感神経の働きにメリハリがつき、夜に副交感神経の活動が増えてよく眠れる」

ランニング
iStock.com/allensima

緊張状態の交感神経に対し、副交感神経はリラックス状態を示す自律神経。血管を拡張させ、子どもにとって大切な成長ホルモンの分泌を促す。朝の運動は乱れた概日リズムを整えるのに効果的だと推測されている。

「室温の調整や寝具などにこだわらなくても、布団の中は28〜32度くらいで、だいたい快眠できるようになっているはず。人間は眠っている間も手足から熱を放出し、適温に保たれるよう調整しています。

早く寝かさなければと焦るよりも、早く起きることで子どもは夜眠ってくれます。朝の光を浴びる生活を継続すれば概日リズムが整い、子どもは本来持っている力を十分に発揮します」


<撮影>小林久井(近藤スタジオ)

<取材・執筆>KIDSNA編集部

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