【子どもの睡眠】忙しい夜が睡眠負債を呼び、学校生活を困難に

【子どもの睡眠】忙しい夜が睡眠負債を呼び、学校生活を困難に

ネット環境が整った時代に生まれ、スマホやタブレットなどのデジタルデバイスの進化とともに成長してきた現代の子どもたち。親世代の子ども時代とは、社会環境や生活の仕方が変化した今、子どもたちの心身には新たな問題が起きている。前編では、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長の井上雄一先生に現代の子どもの睡眠状況について聞いた。

コロナ禍での休校や休園で子どもたちの一日の過ごし方は大きく変化した。不規則な生活によって、夜になってもなかなか寝られない、朝になっても起きられない子どもが増え、学校が再開したあとも、崩れた生活リズムが問題になっている。

「現代は“夜の娯楽”が本当に増えた。子どもたちは学校から帰ってからの時間が多忙になり、体内時計が安定せず常に“時差ぼけ”状態になっています」

こう語るのは東京医科大学睡眠学講座教授で、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長を務める井上雄一先生。(以下、井上先生)

長年睡眠の研究を続けてきた井上先生へのインタビューを通して、子どもの睡眠の本質を探っていく。前編では、現代の子どもたちの睡眠状況について聞いた。

井上雄一/医学博士。東京医科大学睡眠学講座・精神医学講座教授、公益財団法人神経研究所睡眠学研究室長、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長。約90種にのぼる睡眠障害の診療・治療を行なうほか、睡眠メカニズムの研究や睡眠への認識向上に務める。
井上雄一/医学博士。東京医科大学睡眠学講座・精神医学講座教授、公益財団法人神経研究所睡眠学研究室長、睡眠総合ケアクリニック代々木理事長。約90種にのぼる睡眠障害の診療・治療を行なうほか、睡眠メカニズムの研究や睡眠への認識向上に務める。

“忙しい”子どもたちは睡眠不足で時差ぼけ状態

「大人と子どもで睡眠の構造は大きく変わりませんが、子どもの睡眠は大人よりも深い眠りの量が多い、つまりノンレム睡眠(深い眠り)の時間が長い。

子どもはそもそも深く眠れているため、睡眠の質よりも年齢ごとに必要な睡眠時間の確保が大切。けれど、必要な睡眠時間を確保できていない子どもは多いのです。

眠れないのは、環境要因がほとんどです。小学生でも就寝が23時、24時になる子どももいますよね。塾や習い事、あるいはSNSやゲームといった娯楽、夜のスケジュールが詰まるから夜型のリズムになってしまう子が多い。

保護者や上のきょうだいが夜型だと、いっしょに生活している子どもはどうしても影響を受けてしまうため夜型になりやすい」

iStock.com/Anchalee
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共働き家庭では特に、帰宅後にやるべきことが多く就寝時間が後ろ倒しになる場合がある。また、子どもが寝ることを拒み、眠ってほしい時間に寝てくれなかったり、夜型化した子どもは帰宅後に仮眠を取りたがるケースもあるだろう。子どもに必要な睡眠時間に満たない時間を昼寝で補いたいと考える保護者は多い。

通常、生後5、6カ月から1歳未満では午前と午後に各1回、2歳までに午後1回の昼寝が標準的となる。2歳以降、昼寝をする子どもの割合は徐々に減少し、小学校就学前の6歳までにはほとんどの子どもが昼寝をしなくなる。

「昼寝をすると就寝時間が後退することは明らかです。総睡眠時間が子どもに必要な睡眠時間に足りていないことが問題なので、昼寝自体悪いことではありませんが、夜に眠れなくなるほど昼寝をさせる必要はない」

iStock.com/South_agency
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保育園では昼寝の日課があることがほとんだ。しかし、発達段階に見合わない昼寝により子どもの就寝時刻が遅くなるとして、「午睡をとらせること」と明記されていた保育所保育指針が、2018年には「睡眠時間は子どもの発達の状況や個人によって差があることから、一律とならないよう配慮すること」と書き換えられた。

「子どもは睡眠後2~3時間後の眠りが一番深いので、何時に寝ようとも深い眠りはできます。眠ってからすぐの深いノンレム睡眠中に成長ホルモンが集中して分泌される。

昼寝をするか、何時に寝るかということよりも、概日リズムが乱れて夜に眠れない、朝に起きれないことのほうが問題です。概日リズムとは約24時間周期で変動する人間の生理現象を現すリズムのこと。体内時計やサーカディアンリズムとも呼ばれています。

周期的ではないリズムに置かれることで、時差ぼけのような感覚になり十分に能力を発揮できません。借金のように積み重なった睡眠負債が心身に不調をきたし、長期にわたってリズムが乱れると睡眠障害に進行することもある」

脳内で複雑な行動計画と実行の判断をする前頭葉の神経ネットワークは、13~14歳ごろに大人と同じような構造になる。前頭連合野が休まるのは、睡眠時、しかも深いノンレム睡眠の間だけ。脳下垂体から成長ホルモンが多く分泌されるのも入眠直後のノンレム睡眠時だと井上先生はいう。

日本の子どもは世界で一番眠れていない

「新生児の総睡眠時間は個人差が大きい。ですが月齢や年齢が上がるにつれ、平均睡眠時間が徐々に短くなることに合わせて、最短睡眠時間と最長睡眠時間の開きが縮んでいきます。

そもそも生後間もない子どもは概日リズムが完成していません。生後24週~26週でリズムが確立してきます。そのため、この期間の子どもが寝なさすぎている、寝すぎているといっても心配することはありません。

産後の母親が睡眠障害を起こす例が多いこともこれに関係します。リズムが定まっていない新生児に合わせて夜中に授乳やお世話をするために、母親のリズムの方が不規則になる」

アメリカのジョディ・A・ミンデルらによる「就学前の子供の睡眠における異文化間の違い」の調査によると、アジア地域では3歳未満の子どものほとんどが両親の寝室でいっしょに寝ており、日本では88.1%にものぼる。

一方でアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアでは6割が子ども部屋でひとりで寝ている。産後の母親の睡眠不足を軽減するためという理由に加え、子どもの自立を早くから促し、ひとりで寝かせることで子どもの就寝、起床のリズムが早く確立すると考えられているからだ。

iStock.com/Rawpixel
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「世界的に見ても日本の子どもは睡眠時間が短い。日本や韓国、シンガポールなど受験戦争の激しい国は概して睡眠時間が短い傾向にある」という井上先生。就学前の子どもの睡眠時間帯をアジア地域と米英豪で比較した調査によると、アジア地域の子どもたちは全体的に就寝時刻が遅いことがわかった。

最も就寝時刻の早いオーストラリア・ニュージーランドは平均19時43分。対して日本は21時05分、最も遅い国はインドの22時26分だった。アジアの他の国と比べると就寝時刻は早めではあるものの、昼寝を含めた総睡眠時間で見ると日本は10時間44分。日本の子どもは世界で最も睡眠時間が短いという結果となった。

眠れていないことによってどのようなリスクが高まるのか。また、乱れたリズムを戻すためには何をすればよいのか。後編では、子どもが罹患しやすい睡眠障害と、概日リズムを整えるために心がけることを聞いていく。

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<撮影>小林久井(近藤スタジオ)
<取材・執筆>KIDSNA編集部

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