【小島慶子】親も社会も認識をアップデートするために

【小島慶子】親も社会も認識をアップデートするために

子どもをとりまく環境が急激に変化し、時代が求める人材像が大きく変わろうとしている現代。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、タレント、エッセイストとして活躍する小島慶子さんに話を聞いた。

<連載企画>学校では教えてくれない

「発達障がいは個性」とは言い切れない

合理的配慮のできる社会へ

――前回、障がいは人の内側ではなく、外側の環境にあるとお話がありましたが……。
小島さん
「診断名は同じでも、身体がひとりひとり別なので、みんな個別のものですよね。私のADHDと誰かのADHDはやっぱり違うんですよ。

障がいは“違い”であり、自分の特徴が環境とうまく調和していなくて困っている状態。さらに、その困り方も人によってすごく幅があるんですね。

よく、『発達障がいは個性ですよね』という言葉を聞きますが、私はそれは乱暴だと思っています。個性という言葉では片づけられないくらい、苦しんでいる人もいますから。そういう当事者の方や家族の方に対して『個性だ』と言い切ってしまうのは違うかなと。

障がいのある人の暮らしを尊重し、適切な支援を提供できる社会にはなっていないのですから、周囲が個性という言葉で本人任せにしてしまうのは、問題を矮小化しかねません。

環境とうまく調和しなくて生きづらいと思っている人がたくさんいる、そんな人々を周囲がどう受け止めて、社会をどう変えればいいのかな?ということを考えていけたらいいなと思います。

 “合理的配慮”というのですが、その人は何に困っていて、そのためにどういう配慮があればその人にも周りの人にとっても安心して生きていける環境になるかなという視点が必要ですね。

――それは発達障がいに関わらず言えることですね。

「たとえば歩けない人が車椅子で街を移動するときに、たくさん段差があると大変ですよね。そこに合理的配慮がなされて街全体にスロープができたら、その人にとって今まで障がいだらけだった街が、普通に暮らせる街になる。

人それぞれいろんな困りごとがあるので、なるべくその困りごとが合理的配慮によって軽減される取り組みが必要なんです。人が社会の“普通”に合わせるのではなく、人によっていろんな“普通”があることを前提に制度を作るということですね。

車椅子ではない人は、街にスロープが増えて損するわけではないですよね。自分から何かがはく奪されるわけではないので、取り残される人のないようにしようということですね」
小島さんプロフ
小島慶子/エッセイスト、タレント。東京大学大学院情報学環客員研究員、昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員、NPO法人キッズドアアドバイザー。1972年オーストラリア生まれ。1995年にTBS入社。アナウンサーとして15年勤務ののち2010年に独立。2014年より、オーストラリア・パースに教育移住し、現在は日本とオーストラリアを行き来しながら、さまざまなメディアで活躍中。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』 (日経BP) 『曼荼羅家族』(光文社)など著書多数。

“包括力”のあるオーストラリア

――合理的配慮という点に関しては、小島さんの今住まれているオーストラリアが進んでいるかと思うのですがどうでしょうか?

「移民の国ですから、ダイバーシティアンドインクルージョン(多様性と包摂)の合意はかなり意識的に共有されていると思います。

オーストラリアでは、発達障がいは日本よりもずっとオープンです。息子たちが通っている公立学校では、発達障がいをもつ子どもたちには、テストの解答時間を15分多くする配慮がありますが、生徒や親から『ずるい』や『迷惑』という声は上がりません。
インクルーシブ
iStock.com/monkeybusinessimages
そもそも授業中に発言する子が多いですし、先生の発言の途中でも手をあげるとか、日本だったら“空気読めよ”と言われるような振る舞いが、日常的に見られます。先生もそれを前提に授業をしているので全く問題にならない。授業ってそういうものだという認識です。

日本では“浮いてる子”“はみ出している子”とされるような子が、オーストラリアではごくありふれた存在なので、むしろ日本の教室が異常だったなと今は思います。

発達障がいを持つ子に対しても“うわ、あの子は……”という扱いではなく、“ああ、そうなんだね”という感覚です。それで特別視したり、腫れ物に触るようにすることはありません。日本では“障がいのある人、ない人”という線引きをやたらとはっきりさせたがるし、障がいがある人は不良品のような言い方をする人もいますから、障がいのない人であっても人と違うことを極度に恐れるようになるのは当然だなと思います。そんなんじゃ、みんな生きづらいですよね。

――子どもたちへのサポートも充実しているのでしょうか?

「日本よりも、学校と専門家がうまく連携していますね。小児精神科医のカウンセリングや、教育心理学者によるコーチングなどもあります。

学習と行動に関する専門的なテストを受けて、たとえばこの子は視覚から入るタイプ、聴覚から入るタイプなどの特性を見たり、空間認知がちょっと苦手だから、こういうやり方でがんばった方が成績が伸びるかもとか。

発達障がいだから、なんとか普通にしなきゃ!ではなく、発達障がいであろうとなかろうと、この子の脳にはどんな特徴があり、どんな勉強法があっているのかな?というアプローチはとても合理的ですよね。周りの大人がそのように捉えていれば、本人にとっても障がいとの付き合い方が変わるのではないでしょうか。

日本の世の中が変わるのは時間がかかるのでなかなか待てないとは思うのですが、少なくとも子どもの一番そばにいる親が、子どもの特徴をどう捉えているかは子どもに伝わると思います」

発達障がいの捉え方をアップデートする

ニューロダイバーシティという考え方

――発達障がいに対してネガティブな印象が強い現状を変えるために、どんなことをしていくとよいと思いますか。
小島さん語る
「ニューロダイバーシティという概念があります。脳神経の多様性という意味で、オーストラリアの心理学者が提唱した概念です。すべての人の脳に違いがあり、発達障がいなどの脳の機能障がいとされているものもその多様性のひとつとして捉えるという考え方です。

シリコンバレーの企業などではこの概念を積極的に採用していて、イノベーティブな人材をどう生かしていくかという点でも注目されています。

特に、ASD(自閉症スペクトラム)の人の中には、デジタル業界で役立つ素晴らしい才能を持っている人もいるのですが、発達障がいを人並みのことができない脳の欠陥として扱うのか、ニューロダイバーシティ、つまり 脳神経の多様性のひとつと見るのかで、扱いが違ってきますよね。必要な支援をしつつ、秀でた部分を生かすような環境作りをすれば、共生が可能になる。

大多数の人とは異なる特徴をもった人が働きやすい職場を作り、イノベーティブな商品を開発したり、利益を上げていくことに注目が集まっています。
ニューロダイバーシティ
iStock.com/Cecilie_Arcurs
繰り返しますが、障がいは人の数だけあります。この障がいだからこう、という決めつけは『人』を見えなくしてしまう。

目の前にいる人の困りごとを解消し、長所を生かすというとてもシンプルなことです。それが当たり前になれば、障がいのない人にとっても、同調圧力や理不尽な規則に縛られることのない、暮らしやすい社会が実現するのでは。

“普通”の範囲内に収まっていても、“みんな同じ”ではないですよね。バラバラな私たちがそれぞれに安心して生きていけるようにするには、脳に優劣をつけるのではなく、それぞれに必要なケアやチャンスが得られるようにすることが大事です。

中には発達障がいによって日常生活に大きな困難を伴う人もいるし、そのことに苦しんでいる家族もいます。『みんな違ってみんないい!』とハッピーな側面ばかりを語るのは、新しい決めつけを作ることになりかねません。

発達障がいについて正しく知ることはとても大切。でも知識だけで、人を見ないのでは困る。この人は発達障がいだからこう、と判断せず、先入観なしで向き合ってほしいですね。

障がいを持つ人にもいろいろな面があるという当たり前のことが、もっと知られるといいなと思います」

なぜ“怖い”のかをよく考える

ほほえむ小島さん
「自分や子どもが発達障がいの診断を受けて、もうお先真っ暗だと考えている人もいるかもしれませんね。悪いのはあなたやあなたのお子さんではありません。そう思わせてしまう環境に問題があるのです。

今いる場所が、障がいに対して無理解で、偏見が強く、知ろうともしない人が多いのだったら、そうでないところを探すのもひとつの方法です。世間は狭いようで広い。必ず、同じような気持ちを抱えている人たちや、偏見なく受け入れてくれる人たちがいます。

診断されても、そこで人生が終わるわけではないんです。

むしろ、診断をきっかけに必要なサポートが分かるし、そうした情報にも触れることができますから、より当人に合った環境を探しやすくなるとも言えますよね。

障がいのあるなしにかかわらず、その人が孤独になってしまうような環境では、誰しもうまくいかないでしょう」

――やはり親である私たち自身が偏見を自覚し、思い込みを外すことが必要なのでしょうか。
小島さん語る2
「そうですね、自分の子どもだと特に客観視することは難しいと思うのですが、冷静になることが大事だと思います。私がADHDであることを公表したときの最初の母の反応は、『私の子どもが障がい者であるはずがない』というものだったんですよね。

古い世代の人ですから、母には、障がい者は欠陥品とか、不良品というイメージがあったのでしょう。娘が困っているかどうかよりも、自分が“不良品を産んだ”ということがショックだったみたいです。

でも、私と話をしたり、本を読んでいるうちに、だんだん理解が進んできて、最近は『気づいてあげられなくて悪かったね、ごめんね』と言ってくれたりして。

もしかしたら読者のみなさんの中には、障がいを怖いと感じたり、わが子にはそうあってほしくないと思っている人もいるかもしれませんね。それは自然な反応とも言えますが、一度冷静になって、なぜなのかをよく考えてみてください。

何を怖がっているのか、何が不安なのか。私の母も、最初は『え!私、ハズレを産んだの』って思ったわけですよね、つまり、『自分は母親として、ハズレを産んだと思われたくない』という恐怖心があった。もしかしたらみなさんにも、そういう気持ちがあるのかもしれない。うちの子が“不良品”だったら、自分の人生のスコアが下がってしまう……というような気持ちが。

発達障がいに対して、得体の知れないモンスターのような恐怖があるのだとしたら、それは無知ゆえですよね。もしくは、メディアの影響で偏見があるのかもしれない。

別に悪い印象を持っていなくても、なんとなく大変そうと思うのであれば、実際にどんな困りごとがあるのか、どんな支援が得られるのかを調べてみたら安心するかもしれないですよね。

ご自身の“発達障がい”という言葉に対するネガティブな感情をよく分析して、正体を突き詰めてください。

怖さや不安を分析すれば、少しでもネガティブな感情を減らすために具体的にできることはあると思うので、まずはそこから初めてみてほしいです」
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部
<連載企画>学校では教えてくれない バックナンバー

2020年07月09日

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