頭の悪い人ほど「させていただきます」と言う…美しい日本語を破壊する「過剰敬語」が氾濫しているワケ
丁寧に言おうとして、むしろ傲慢になっている
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現代の日本語にはどのような問題があるのか。多摩大学名誉教授の樋口裕一さんは「過剰に丁寧な表現が幅を利かせている。その典型的な例は『させていただきます』だ」という――。 ※本稿は、樋口裕一『その一言で信用を失うあぶない日本語』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
「させていただきます」に覚える違和感
今や誹謗中傷社会になってしまった。余計なことをちょっと言うと、それがすぐに知れ渡り、時に袋叩きにあう。余計なことでなくても、持論を言っただけで、しかもその持論が賛否両論あるものであっても、それが多くの人に知れ渡ることになると、反対する人がこぞって攻撃する。
その結果、誰も思い切ったことが言えなくなり、言論が冷却化してしまう。同時に、過剰に気を使った表現が幅を利かせることになる。
正確な文面は忘れたが、「弊社で刊行させていただいております雑誌の特集に先生にご登場いただけないかと考え、ご連絡させていただきます」というような文面のメールをもらったことがある。
要するに、「弊社の雑誌の特集に寄稿をお願いしたいと考え連絡を差し上げます」ということだろう。「いただく」が三度も出てきて煩わしいこと、この上ない。
過剰な丁寧さの典型的な例が「させていただきます」だ。
「○○について発表させていただきます」「担当をさせていただいている○○です」などと今は普通に使われている。「本学で教授をさせていただいている○○です」「先日、著書を出させていただいた○○です」という表現も耳にする。話をしている相手のおかげで教授になれたり、本を出せたりしたのであったら、こんな言い方でもいいのだろうが、その言葉を聞いている誰も、その人に対して何らかの尽力をした覚えはないだろう。「発表します」「担当しています」「教授です」でよい。
丁寧に言おうとして、むしろ傲慢になっている
それくらいならまだしも、「力不足を感じさせていただきました」、そして、またご丁寧に、サ入れ言葉を用いて、「故郷を思わさせていただきました」などという表現も現れている。「感じる」「思う」というきわめて私的なことさえも、まるで他人にしていただいたことのように語る。もし、相手のおかげで力不足を感じたのであれば、「おかげで力不足を痛感しました」とでも言えばいい。「故郷を思いました」で十分だ。
役人言葉と思われる「してございます」もおかしな言葉だ。国会答弁でもしばしば耳にする。国会だけでなく、市役所などでもこのような言葉遣いが広まっているようだ。
どうやら、こういう表現をする人は、「います」の代わりに「ございます」をつけると丁寧になり、相手に対して敬意を示していることになると勘違いしているらしい。しかし、「私は今、データを見てございますが……」「その点につきましては、以前より承知してございます」などという表現はおかしい。
このような「ございます」がおかしいのは、自分の行為に本来は尊敬語である「ございます」がついているからだ。「あちらにデータがございます」はよい。「あそこにデータが置いてございます」もいいだろう。しかし、「私がデータを示してございます」は、丁寧に言おうとして、むしろ傲慢になってしまっている。





























