30歳まで親から仕送りをもらっていた…無名役者の夫と料理好きの妻がチーズケーキで年商1.3億円を稼ぐまで
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瀬戸内海を見渡せる「古民家カフェ&宿 むすび」(広島県三原市)は、平日・休日問わず、いつも満席になる人気店だ。手作りのバスクチーズケーキは即完売。いつしか「幻のケーキ」と呼ばれるようになった。田中裕士さん・咲子さん夫妻が始めたこの古民家カフェは、なぜ人気店になったのか。インタビューライターの池田アユリさんが田中さん夫妻に取材した――。
「幻のケーキ」を作る夫婦の来歴
海の香りが漂う瀬戸内海沿いに位置する広島県三原市に、ひっそりとたたずむ古民家カフェがある。
1月某日、屋根のある和風の門をくぐると、手入れの行き届いた庭園が広がっていた。その奥には日本家屋があり、窓ガラス越しにたくさんの人でにぎわっていることがわかる。ここは、「古民家カフェ&宿 むすび」だ。
カメラを持っていることが珍しかったのだろうか。店内に入ると、他県から来ているという60代くらいの男女が私に話しかけ、女性の方がふと、こう言った。
「ここの夫婦は感じがいいのよ。とくにね、奥さんはすごい人よ」
「ここの夫婦」とは、同店を切り盛りする田中裕士さん(39)と咲子さん(38)夫妻だ。
田中夫妻は、2019年5月に古民家カフェを開いた。その後、咲子さんが作るバスクチーズケーキ(1ホール3840円)のオンライン販売を始めると、瞬く間に売れた。毎週金曜日の19時と土曜日の10時に発売するが、すぐに売り切れてしまうことから「幻のケーキ」と口コミが広がった。
百貨店での催事イベントに出店すると、彼女のケーキを求めて店の外まで客が並ぶ。昨年は約3万5000個を販売し、カフェ経営と通信販売で1億3000万円を売り上げた。昨年4月には、スイーツパン専門店の「八天堂」とのコラボ商品「くりーむパン【バスクチーズケーキ風】」を開発。同品は中国・四国地方のローソンで販売されている。
人気のケーキを作る咲子さんは有名店で経験を積んだパティシエかと思いきや、料理とお菓子作りを独学で研究し、「幻のケーキ」を生み出したという。夫の裕士さんは、やや肩を落としてこう語った。
「彼女は料理の学校に通ったり、パティシエの修業をしたりしたわけじゃないので『しょせん、主婦でしょ?』って、周りから軽く見られたことがありました」
今でこそ笑って過ごしている2人だが、ここまでの道のりは険しかった。元俳優の裕士さんは、「もう死のう」と追いつめられたこともあった。両親から離婚を勧められた咲子さんだったが、彼女は裕士さんを信じ続け、自分のやりたいことを貫いた――。
これは、都会での生活を経て、田舎町で幸せを見つけた夫婦の物語だ。