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【ロコモティブシンドローム】体の使い方を学べない子どもたち
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ネット環境が整った時代に生まれ、スマホやタブレットなどのデジタルデバイスの進化とともに成長してきた現代の子どもたち。親世代の子ども時代とは、社会環境や生活の仕方が変化した今、子どもたちの心身には新たな問題が起きている。今回は、子どもたちのロコモ予防対策に取り組む林整形外科 院長の林承弘先生に話を聞いた。
現代の子どもの運動機能に異変が起きている
家にいる時間が長くなればなるほど、心配になるのが子どもの運動不足だ。近年は、子どもの運動器症候群、通称“子どもロコモティブシンドローム”が話題になっている。
運動器とは、骨や筋肉、関節のほか、脊髄や神経が連携し、身体を動かす仕組みのこと。本来ロコモティブシンドロームとは、加齢に伴う筋力の低下、関節や脊椎の病気、骨粗しょう症などにより立つ・歩くといった移動機能が衰えて、要介護や寝たきりになるリスクのある高齢者の症状として2007年に日本整形外科学会によって新しく提唱された概念。
これまで高齢者のものと考えられてきたロコモティブシンドロームが、子どもにも及んでいるのはなぜだろうか?
「加齢や病気によって運動器機能不全になるのが大人のロコモですが、現代ならではのさまざまな要因によってバランス能力や柔軟性が低下し、運動器機能不全をきたすのが子どもロコモ。
驚くことに子どもたちの運動器の現状は、朝礼で立っていられない、物を投げる動作ができない、和式トイレが使えない、雑巾がけができない、転んだときに手を付けずに顔面を打ってしまうなど、基本動作のできていない子が急増しており、少し前の時代には考えられなかったことが起こってきている。
我々は明確な基礎疾患のない子どもの運動器機能異常を“子どもロコモ”と呼んでいます」と話すのは、林整形外科 院長の林承弘先生。(以下、林先生)
“子どもロコモ”の身体のメカニズムや、その原因を徹底解説してもらった。
何が子どもの運動器機能を低下させるのか
現代の子どもは大怪我をしやすい
全国ストップザロコモ協議会の副理事長でもある林先生は、埼玉県で6年間にわたりモデル事業として就学時および小学校5年さらに中学生に運動器検診を実施。特に基本動作である下記の4つの動作について調査を行った。
この調査の結果、幼稚園生から小学生、中学生にかけ、年々バランス力や柔軟性が低下していることが分かっている。また、この4つのチェック項目のうち、ひとつでもできなかった約40%の子どもが何らかの運動器機能不全を有していることが明らかとなった。
現代の子どもに何が起きているのか。子どもロコモの対策にいち早く取り組んだ林先生は、子どもの生活習慣の乱れを一番に指摘する。
「2016年から、小学1年生から高校3年生までの全学年を対象に、学校健診において運動器検診が必須化されました。内科健診に付随して従来から実施されている脊柱側弯症とは別に四肢の状態のチェックも加わり、子どもロコモも見られるようになった。
近年、生活習慣の乱れから来る運動不足と運動のやり過ぎによるスポーツ障害の二極化が問題になっており、このどちらもが子どもロコモの要因となります。
特に生活習慣の乱れは、スマホ・ゲームの普及、塾や習い事が多くなったり外遊び場が少なくなったことなどにより、子どもが外で遊ばなくなり、運動不足の子どもが増えています。放課後校庭で遊べなかったり、公園でもボール遊びが禁止だったり、ゲームに参加しないと仲間外れになったり……こういった現状があり、子どもの危険回避能力が低下していることを問題視しています。
つまり、これまでの子どもたちは、小さいころからかけっこなどで転んだりボール遊びをしたりして小さな怪我を繰り返すことで身のこなし方を学んでいくんですが、現代の子どもは、デジタルデバイスに接する機会が多くなり、外遊びなどをすることが少なくなったことで、体の使い方を十分に身につけないまま育ってしまう。
転んだときの手の付き方だったり、ボール遊びや友だちとの取っ組み合いで脳や目、手の感覚を使って距離を測ったりすることを日常でやっていない子どもは、大きな怪我をしやすい。実際に、小中学生の骨折率も年々上昇しています」
独立行政法人日本スポーツ振興センターの統計によると、ゲームが普及し始める2000年頃より、中学生の骨折は約3倍以上に増加。小学生はほぼ横ばいだが、保育園生、幼稚園生は減少傾向にある。
「保育園や幼稚園で骨折率が低下しているのは、保護者が運動をさせていないから。だから怪我のしようがないんですよ。そのような状態で中学生になっていきなり部活を始めたりすると、基本的な動作が身についていないせいで、骨折のような大怪我をしてしまうわけです。
とある中学生の男子の患者さんで、卓球部で活躍していたのに、跳び箱でうまく着地ができず両手首を骨折したケースがありました。体が硬かったんですね。
身のこなしは、関節から体を大きく動かすことが基本ですが、今の子どもは指を動かすだけで簡単に操作できるスマホに慣れているから、体を大きく使わなくても簡単にできるんじゃないかって錯覚してしまうんです」
子どもの発達過程にも影響が
子どもたちの問題として、体の柔軟性だけではなく、バランス感覚、とりわけ“静的バランス”が重要だ。1960年代にアメリカのフランケン・バーグ博士によって開発された乳幼児から6歳までの発達判定法「デンバー発達判定法」によると、静的バランスが身につくのは3歳頃といわれている。
「3歳くらいまでに走ったり飛び跳ねたりする動的バランスを身につけたあと、片足立ちが1秒、2秒とできるようになり、静的バランスが発達していきます。
子どもロコモにならないためには、動的バランスも静的バランスも大切ですが、現代の社会生活がこの発達過程に影響し、バランスをうまく獲得していけないケースがある。
たとえば、子どもが歩くようになるまでの過程では、3~4カ月で首が据わり、5~6カ月で寝返りし、7~8カ月でお座り、8カ月以降にハイハイやつかまり立ち、10~11カ月で伝い歩きをするのですが、ここで大切なのはハイハイです。
ハイハイは、全身運動、上肢の動的機能・反射能力、腹筋と背筋のバランス、肩甲帯と尻の筋肉強化など体の発達において重要な役割を担っており、これらが身につかないとしっかり歩けない、転倒でうまく手が出ない、組体操の下段で支えられないといった状態に陥ります。
昨今は、赤ちゃん用のチェアに早くから座ることに慣れてしまったり、危ないからと子どもをハイハイさせない保護者もいることで、ハイハイをあまりできず歩くようになってしまう場合も多い」
「一番は、姿勢が悪くなることです。歩き始めた1歳頃の子どもの姿勢は、胸がしっかり前を向き、頭をバランスよく首の上に保つことができていますが、長時間の勉強等で体を丸める体勢が多くなる7歳前後から姿勢が悪くなってきます。
また、少し前までは姿勢教育も盛んでしたが、今は退行しつつある。書道や茶道などの習い事や、すもうや剣道などの武道では、立居振る舞いに美しさを求める習慣がありました。さらに、“立腰(りつよう)”といって、文字通り腰(骨盤)を立てる座り方が集中力や持続力をあげるとして教育現場でも大事にされていたんです。
最近では長時間ゲームする子どもが低年齢化し、顎の出ているストレートネックや猫背姿勢になる時期がどんどん下がっている。肩甲骨が後ろにいかず、腰痛や肩こりを引き起こし、子ども自身も、疲れを感じるようになります」
悪い姿勢というのは肩甲骨と股関節をうまく使えていないため、子どもロコモの4つのチェック項目である、片足立ちができない、しゃがめない、両腕が180度上がらない、体前屈ができないということいつながっていく。
大きな関節から大きく体を使えば、怪我などのトラブルは起こりにくい。良い姿勢のカギとなる肩甲骨や股関節をやわらかくすることで、基本動作ができるようになるのだ。
「今では学校でもあまりやらないかもしれませんが、日常で基本動作を鍛えるには雑巾がけがおすすめです。外遊びができるならば、キャッチボールや鬼ごっこ、2人以上でボールを投げたり受け取ったりすることでお互いの距離感が分かり、危険察知能力も磨かれていきます。じゃれたり、取っ組み合いしたり、お互いとのコミュニケーションの中で身のこなしを覚えられます」
体操で肩甲骨と股関節を動かす
姿勢を良くし、基本動作ができるようになるために必要な肩甲骨と股関節をやわらかくする体操を教えてもらった。
肩甲骨の体操
1.首のうしろで手を組む
2.息を吸うときに肩甲骨を閉じる
3.息を吐くときに肩甲骨を開く
4.5回ずつ行う
肩甲骨を閉じるときは胸を張るようにし、肩甲骨を開くときは両肘を体の正面に持ってくるように意識する。
肩甲骨と股関節の体操
1.手を組み、まっすぐ上に上げて肩甲骨を押し上げ、つま先立ちをして伸びる
2.股関節で体を折り、上半身を前に倒す
3.両腕を左右交互に肩甲骨からだらだらと下げる
4.5回ずつ行う
3の工程では、上半身の根元の腰から力を抜きながら左右に揺らすこと。
経験しながら体の使い方を学ばせる
現代の子どもたちは、幼児期からスマートフォンやゲームが生活の一部で、塾や習い事に忙しく、外で遊ぶことも少なくなった。しかし覚えておきたいことは、保護者の子ども時代とは生活様式が変わっても、体の基本的な使い方は同じだということだ。
体が硬いことや、バランス感覚がないこと自体は現代の便利な生活の中では支障がないかもしれないが、それは子どもの体の発達に影響を与え、いつか大きな怪我につながる。
「遊びや子どもの取っ組み合いを危ないと言ってすぐにやめさせる保護者も多いですが、危ないからやらせないともっと危ないんです。小さな怪我をさせないから、大きな怪我につながってしまう。多少怪我をしても、親の見守る姿勢が大切です。今は、保護者の方に自信がなく、子どもを見守れていないことも問題のひとつ。子どもを守りすぎず、正しい体の使い方、身のこなし方を経験から育めるようにしましょう」
KIDSNA編集部