とびきりの若い男性と結ばれたい…銀座文壇バー50年ママ「今、私の孤独を埋め、寂しさを紛らしてくれる存在」
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銀座で約50年間、文壇バー「ザボン」を経営する水口素子ママ。その仕事柄、恋愛の相手はいつも妻帯者だったという。年齢を重ね、商売からの引き際も考える今、ふと思うのは「あのとき結婚していたら」という心残りだ。
もしも結婚していたら別の人生があったはず
丸の内でOLをしていた私が、銀座に足を踏み入れたのは1973年。元棋士の藤沢秀行先生のご紹介で、文壇バー「眉」のホステスとして働き、その後、文壇バー「ザボン」を開いて独立しました。幸いにもお店は賑わい、物件を紹介いただいた丸谷才一先生や、さいとう・たかを先生をはじめ、数多くのお客様に恵まれました。
ザボンには博識で貫禄のある魅力的な男性が集まり、みんな決まって妻帯者でした。粋に夜遊びを嗜む男性は、不思議と家庭も疎かにしないものです。そうした余裕ある姿に惹かれ、私は妻帯者ばかりと恋仲になりました。当時は若く無鉄砲で、不倫や愛人関係でも満足していました。それに銀座で水商売の女といえば、「愛人になれるだけ幸せだ」と言われるほど風当たりも強く、結婚は難しいと悟っていました。
とはいえ、女性なら誰しも結婚を夢見るものです。私とて例外ではありません。思い返せば30歳から20年もの間、私は一人の妻帯者に熱を上げていました。彼との交際は、お互いの空き時間を縫って、彼の別宅で逢瀬を重ねるささやかなものでしたが、本妻になりたいと思うほど強く惹かれていきました。彼は会えない期間も毎日3回電話をくれ、「妻とは離婚する」と言い切るので次第に私も本気になったのです。
しかし、交際が20年続いても状況は進展せず、むしろ彼の熱は冷めていくばかり。ある時からは、見せつけるかのように覚えのない女性の日用品をベッド脇に置き、他の愛人の存在をにおわせてきました。最終的に彼は私と別れ、新しい20代の愛人をつくりました。結局のところ彼は、単に若い女性が好みだっただけで、大恋愛も呆気なく終わりを迎えました。