江戸時代の乾杯は一年中「お燗」…燗酒とセット販売された"つまみ"は花見にも重宝するコンビニの定番商品
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冷蔵庫のない時代、江戸時代の庶民たちはどんなふうに晩酌を楽しんだのか。『孤独のグルメ』の原作者、久住昌之さんに江戸呑みを指南した食文化史研究家の飯野亮一さんは、「江戸の街には、天びん棒を担いで声をあげながら食べ物を売り歩く『振り売り』がいて、夏は枝豆、涼しくなるとおでんと熱燗を売っていたので、家にいながら魅力的なつまみがやってきた」という――。 ※本稿は、『江戸呑み 江戸の“つまみ”と晩酌のお楽しみ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
江戸の晩酌は家にいながら「酒の肴」を入手できた
【飯野】今夜は江戸っ子たちも呑んでいた灘の銘酒「剣菱」の燗酒で、江戸呑みを追体験しましょう。
【久住】まず「とりあえずビール」がないわけですよね(笑)。当然、冷蔵庫もない時代ですから、お酒は常温か燗酒ですね。
【飯野】江戸は通年、燗酒です。現代と比較するとだいぶ気温が低かったようです。だから夏でもお燗をして呑む。お燗が基本なので、温めていない酒は冷ひやとなるわけです。
【久住】どんなものをアテにしていたのかが気になります。だいたい「酒のアテ」という言い方はあったのかしら。
【飯野】ええ。「アテ」は関西の言葉で、江戸では「酒菜(肴)」と言っていました。後に「つまみ」という言葉が出てきます。「酒菜」といえば酒を呑むことが前提。だから魚類の魚は「うお」と呼んでいました。「魚売り」ですね。肉を食べない時代、魚は酒のつまみとしてとても喜ばれたので、だんだん「さかな」と読むようになったのです。
【久住】へ~!
【飯野】江戸の町には、天びん棒を担いで呼び声をあげながら食べ物を売り歩く「振り売り」がいて、家にいながらにして酒の肴が入手できました。
【久住】なんてありがたい!
【飯野】枝豆は夏の酒菜の代表格。枝豆売りは、ゆで上げた枝付きのままを抱えて「枝豆や~、枝豆や~」なんて声を出しながら売り歩きます。下の錦絵のように、江戸の枝豆売りは女性が多かった。長屋の路地を入った、射的のような遊戯場の土弓の前を売り歩いています。ゆでるだけで出来上がるので、子育てをしながらでも小遣い稼ぎができたのです。
【飯野】こんな川柳が残されています。
「枝豆は湯上り塩の夕化粧」(『新編柳多留14』天保一五〈一八四四〉年)なんてね。
【久住】湯気立ち上る枝豆に塩梅よく塩を振り、それで一杯、なんて情景が浮かびます。現代も変わらず、江戸で楽しまれていた酒のつまみのまま食べ続けられていることがなんだかうれしいです。