【著者インタビュー】質の高い動画に出会う機会が減っている今…子どもの映画体験が人生を豊かにする理由

【著者インタビュー】質の高い動画に出会う機会が減っている今…子どもの映画体験が人生を豊かにする理由

今回の記事では『18歳までに子どもにみせたい映画』の著者に、親子の時間がより豊かになる映画体験について話を聞きました。家でもできる映画の楽しみ方や子どもへの影響について紐解きます。

現代の子どもは、幼い頃からさまざまなプラットフォームでたくさんの動画コンテンツに慣れ親しんでいます。日常的に無料で気軽に動画コンテンツに触れられるというメリットがある反面、質の高い動画に出会う機会や映画館で非日常体験をする機会はむしろ減ってしまっているかもしれません。

でも、初めて映画館に行ったときのことを覚えている人は多いのではないでしょうか。

父親や母親に連れられて鑑賞したアニメーション映画、初めてのデートで少し背伸びをして緊張しながらみた外国映画、友達と一緒に盛り上がったアクション映画など、作品にひもづいてさまざまな記憶がよみがえるのではないでしょうか。

映画の始まる前の、映画館がふっと暗くなるあの瞬間は、誰にとっても非日常体験が始まるわくわくする瞬間だと思います。

今回は、昨年12月に発売しすでに重版もされている『18歳までに子どもにみせたい映画』の著者である有坂塁さんにインタビューし、子どもにとっての映画体験の意味について話を聞きました。

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有坂塁(キノ・イグルー)/ 中学校の同級生・渡辺順也とともに、2003年に移動映画館「キノ・イグルー」を設立。東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映する。2016年からは映画カウンセリング「あなたのために映画をえらびます」や、インスタグラム(@kinoiglu)を使ったプロジェクト「ねおきシネマ」など、自由な発想で映画の楽しさを伝えている。

映画を「最後までみる」より「楽しくみる」ことが大切

――幼児期の「映画体験」についてお話を聞きたいです。

6歳以下の子どもに映画をみせるのは簡単なことではないと思います。

ただでさえ短い動画に慣れ親しんでいるユーチューブ世代の子どもが、長い時間映画に向き合うのはむずかしい面もあります。

なので、幼児期は「映画をみるのは楽しい」という体験ができるだけでよいと思います。

世の中にはたくさんの動画があふれていますが、それでも小さい頃にまったく映画をみたことがない子ども、映画体験がゼロの子どもはあまりいないと思います。

せっかくみるなら、日常から離れた「映画体験」を親子で楽しんでほしいと思います。

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――映画館に行けなくても、家でも楽しい映画体験はできますか。

ちょっとした工夫で、家でも楽しい映画体験ができます。

普段もしテレビで動画配信サービスをみているなら、映画が始まる前にカーテンを閉めて部屋の電気を消すことは簡単ではないでしょうか。それだけでも日常から離れた雰囲気になります。

できれば、DVDを用意してあげられたらもっとよいと思います。作品のDVDをいくつか並べておいて、実際に手にとって「これをみようかな」と考えて取捨選択すると、映画をみるための気持ちが高まります。

子どもの年齢にもよりますが、もしできるなら、DVDのパッケージからディスクを出すのも子どもにやってもらったらよいかもしれません。このように実際に体を動かすことで、普段みているテレビや動画配信サービスとの差別化ができます。

もっと簡単なのは、映画の始まる前と鑑賞した後に拍手をすること。「映画をみるときに食べるお菓子」を決めておくのも、子どもにとっては映画体験が楽しくなるのではないでしょうか。

このような小さなアイディアで、家でしかできない映画体験を作ることができます。

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有坂さんのDVDコレクションの中から、おすすめの作品をピックアップしてもらいました。 オーレ・エクセル イン モーション:「ぜひ子どもを膝の上に乗せて、絵本の読み聞かせみたいに字幕を読んであげてほしいです、大人も楽しめる映画です」
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スノーマン:「ゆきだるまが飛ぶという夢のある作品。全体的にさみしい雰囲気が漂っていますが、そういう感情を知ることも子どもの情感を育むと思います」
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ユーリ・ノルシュテイン作品集:「世界のアニメーターが選ぶ映画第1位に選ばれたこともある、名作中の名作です。ハリネズミが主人公のコマ撮りで、ガラスを何層も重ねて表現されています。森が霧に包まれて不安な気持ちやちょっとざわざわするような複雑な気持ちを味わうことができる作品です」

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実は親子で楽しめる。モノクロのサイレント映画

――有坂さんはお仕事として映画の上映会をされていますが、どのような工夫をしていますか。

ある小学校で「自分の好きなことを仕事にしている人」の講演会に呼ばれて、「キノ・イグルー」という移動映画館の活動について話をしたことがあります。

体育館に子どもと大人合わせて600人ほどが集まっていて、ステージに備え付けのスクリーンでスライドを使って話をしました。そして、実際に映画上映を体験してもらいました。

まず、体育館の電気を消したのですが、それだけで子どもたちが「わー!」と盛り上がりました。

さらに、「スクリーンになる場所はここではない場所にします」と言って、僕がプロジェクターを動かして、スクリーンから映像が飛び出すと、みんながわくわくした顔で注目します。

移動する映像に合わせて体の向きを変え、最後にステージの反対側の大きな壁で映像を止めると、「でけー!」と大きさに感動して思わず声が出る子もいました。そして、その場所で映画の上映を始めたのですが、もう、大盛り上がりでした。

その場にいた子どもも大人もみんなで一体になって映画を楽しんでくれて、こういう心がオープンになった状態での映画体験は本当に楽しいです。スクリーンから映像が飛び出す演出は、プロジェクターがあれば家庭でもできますよね。

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――子ども向けの上映作品はどのように選んでいますか。

短編作品を選ぶことが多いですが、長編映画の一部だけを上映することもあります。

例えば、バスター・キートンの「セブン・チャンス」という作品を子ども向けに上映した時は、ラスト15分の怒涛のアクションシーンを上映しました。「この人がバスターキートンで、こういう理由で花嫁に追いかけられています」と上映前にマイクで話のあらすじの説明だけしたのですが、映画が始まってすぐにみんな引き込まれて、大笑いしながら鑑賞していました。

サイレント映画って難しいイメージがあるかもしれませんが、言葉ではなく表情やアクションでストーリーを伝えるから、子どもにもわかりやすいんです。昔の映画は動きも大きくてコミカルなので、親子で一緒に楽しめると思います!

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キートンのセブン・チャンス「アクションシーンも迫力満点!親子でたくさん笑える映画です」
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サウンド・オブ・ミュージック:「この作品も子どもなら第一部だけでよいかもしれません。ドレミの歌などの名曲を親子で一緒に歌いながらみると楽しい思い出になるのでは」

人生に悩んだときも、映画があれば大丈夫

――スマホで気軽に動画を視聴できる環境がある中で、映画のよさってどのようなものなのでしょうか。

映画をみる時間は「日常から離れた時間」です。数ある作品の中からひとつを選んで、90分ならその時間をすべて捧げる体験です。「タイパ」などの言葉があるほど忙しない時代なので、90分を捧げるからには見返りを求める人もいるかもしれません。

あえてそれについて語るなら、映画体験を積み重ねることで、誰でも「映画のスイッチ」を持つことができます。

例えば、会社の飲み会でたまたまとなりに座った人と映画の話になったら、その相手が上司でも、好きな映画が同じだったり、その人の意外性を発見したりして、ある意味、肩書きが取れた状態で話せるようなことがあるかもしれません。

映画から離れている日々の中でも、映画がきっかけで人との仲が深まったり、ふと思い出した映画のワンシーンが日常にはないはずの特別な感情を思い起こさせてくれる。僕はこれを「映画のスイッチ」と呼んでいます。

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――もし途中で子どもが飽きた場合も、最後まで映画をみせた方がよいのでしょうか。

子どもの心が閉じた状態なら、途中でやめてよいと思います。うちも娘が3歳なので、途中で飽きてしまうこともあるのですが、パパは一緒に楽しみたいという意思表示はしつつ、無理強いはしません。

最後までみることよりも、映画体験そのものを楽しんでほしいからです。

それぞれの映画作品に楽しみ方のポイントやみどころはありますが、それが響く人もいれば、そうではない人もいます。みる人によって受け取り方がちがうから、思わぬところで感動することもある。それが映画の豊かさだと思います。

キノ・イグルーの仕事でも、「この作品をみてもらいたい」という選び方ではなく、「この空間でしか体験できない映画空間を作るためにはこの作品がよいかな」という選び方をしています。

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三匹の子熊さん:「昭和6年に作られた、戦前のアニメーション作品。絵本もあります。日本人は真面目で保守的というイメージがくつがえされる作品です」

どの映画にもよさがあるから、それをキャッチする人もいればそうではない人もいるし、この人と一緒にみたからよかった、ということもある。誰かと一緒にみたら、映画の余韻を楽しむこともできます。映画は、自分だけの感覚だけでみるには豊かすぎるんですよね。

ただ、心がオープンになってないとその豊かさも享受できないので、映画をみるための楽しい空間作りが大切です。それができたら子どもでも大人でも、それぞれの感覚で映画のよさをキャッチできるのではないでしょうか。

映画は総合芸術なので、さまざまな視点で楽しむことができます。ストーリーに感動して自分の人生の道を決める人もいるし、ストーリーを理解できない子どもでもカラフルなアニメーションをみて色彩の美しさに目覚めるなど、ポイントがたくさんあります。

僕は、すべて子どもが天才で無限の可能性があると思っているので、映画を届ける側が「この映画をこうみてほしい」と頭で考えて決めつけるのではなく、もっと広く選ぶべきだと考えています。

子どもが成長して人生に悩んだときや壁にぶつかったときに、思い出せる映画が1本でもあればいいなと思います。

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著者:有坂 塁 発売日:2023年12月4日 発売元:KADOKAWA 定価:税込2,530円 全224ページ/ハードカバー/A5判

2024.02.09

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