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【渡辺英則×大豆生田啓友/前編】「こうあるべき」親の気持ちは子に伝わっている
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不安定な社会情勢やSNSなどを通じて得る過剰な教育情報によって、子どもの教育に奔走し、過干渉な子育てをする親が増加している。行き過ぎた「教育熱心」が及ぼす危険性とは。そして子どもを疲弊させないために、親はどう在るべきなのだろうか。今回はゆうゆうのもり幼保園園長の渡辺英則氏と、玉川大学教授の大豆生田啓友氏に話を聞いた。
「子どものために自分が最大限できることをしてあげたい」そう考える親は少なくないだろう。
しかし、スケジュールの詰め込みや過剰なコントロールなど、行きすぎた「教育熱心」はマルトリートメントや教育虐待・ネグレクトにつながる可能性をこの連載では見てきた。
子どもの教育や養育について、与えることと自由にさせることのバランスをどのように考えればよいのだろうか。
「乳幼児期の子どもは、自分で伸びようとする力や自分の世界を広げようとする力を持っている。子どもが子どもらしさを発揮して成長するために、大人は子どもを信じ、サポートする必要がある」
そう語るのは、横浜市にある学校法人渡辺学園 理事長、ゆうゆうのもり幼保園・港北幼稚園園長の渡辺英則さんと、玉川大学 教育学部 乳幼児発達学科教授の大豆生田啓友さん。
子どもの主体性を重視した保育を実践しているゆうゆうのもり保育園を実践を背景に、真に子どものためになる大人のかかわりや、幼児期の教育の本質を探っていく。
葛藤する親と顔色を見る子どもが増えている
子どもが子どもらしく育つことを第一に考えて作られた、ユニークな園舎。
一人ひとりにとって居心地がよく、やりたいことが実現できるような空間と、禁止や指示のないゆったりとした時間が、子どもの自由を尊重し、主体的な生活をかなえている。
KIDSNA編集部がゆうゆうのもり幼保園を訪れたのは、午前10時頃。園舎の至るところで、子どもたちが自由に遊びまわり、生き生きと園での時間を楽しんでいる。
子どもに決まったプログラムや外部講師が教えるような時間はないという。保育室で踊りの練習に参加している子どももいれば、「今は外で遊びたい」と園庭での遊びを選択している子どもも。先生は子ども一人ひとりの気持ちを受け止めながら、あたたかく見守っている。
――ここに通っている子どもたちはとても開放的に過ごしていますが、一方で現代では、勉強や習い事、早期教育に奔走する「教育熱心」な親も増えています。おふたりは、実際にそれを感じたことはありますか?
渡辺:入園前にさまざまな園を見学している保護者の方に会うと、「せっかく通わせるなら、よりよい教育をしてくれるところを」と考えて、悩む方は多いと感じます。
同じようにお金を子どもにかけるならば、やっぱりお稽古事をやっている園がいいとか、「何かさせないと」という焦りがあるように感じますね。
「お金を払って“成果”が見える何かを子どもに体験させることが親の役割である」という価値観を持っていて、それをどう実現すればよいか葛藤する保護者は一定数います。
大豆生田:日本は今、少子化ですからね。
ひとりの子どもにかける期待は大きくなっていて、「親である自分が今どういう働きかけをするかということが、子どもの将来に重大な影響を与える」と考えると、教育に一生懸命になるのは当然のことだと思います。
渡辺:ただ私としては、園でお稽古事として英語や体操を導入して、決まった時間に決まったことをやるという「させられた体験」を子どもに与えることについては、それが本当に子どもの成長にいいことなのか?と思っています。
もちろん専門の先生に教えてもらうというのはいい体験になるし、子ども自身がやりたくてやるのであれば賛成です。でも園全体として「これをやります」と決めてしまうと、子どもが選択する機会を奪うことになる。それは当園で目指すところではないと。
――幼児期の子どもをもつ親は一度は早期教育を考えると思いますが、これについてどう感じますか?
大豆生田:早期教育を「小さい頃から子どもの育ちを大切にする」という広い意味でとらえるのであれば、それは大事だろうと思います。
ただ今の世の中でよくいわれている早期教育というのは一般に「早期能力開発」を指していることが多く、インターネットなどから得る「この時期にこれをするべき」「〇歳では遅すぎる」などの情報に、親が焦らざるを得ないという状況がある。
この状況が変わらないと、子どもに過剰な働きかけをしたり、うまくいかないことで親が自分を責めてしまうということが起こるので、そこに課題を感じています。
渡辺:子どもの教育に関して焦りや迷いを感じるという点では、当園に入園している子どもの保護者の方も変わらないです。
園にいるうちや自分の子どもと向き合っているうちは「遊びや自主性が大事」と理解していても、園の外でいろいろな人たちと出会う中で他者と子どもを比較すると「これでいいのだろうか」と不安になってしまうことがある。
「マンションで会う他の園の子と比べると、うちの子はいつも汚れた格好で不安になる」とか、小学校入学後に「他の園で入学前に漢字まで習っていた子がいるが、うちの子は全然できない」という声が届くことがあります。
――保護者が焦りを抱える中で、子ども自身に変化が起こることはありますか?
大豆生田:「こうあるべき」という親の焦りの気持ちというのは、子どもに伝わってしまうんですね。
大豆生田:特にコロナ流行以降の社会を考えると、こんなに密室で親子が向き合わざるを得ない状況は他の時代にはなかった。親も子どもも窮屈な思いをしながら向き合っている中で、親が「こうあってほしい」ということを思っていると、子どもはやはり察してしまうんです。
親からすると「自分が求めていることに応えてくれない」と感じているかもしれないけれど、子どもからすると「親の思いを察しながら、親から求められる姿と、自分のなりたい姿の間で葛藤せざるを得ない」という状況になっているんです。
最近の研究では、かなり早い段階から子どもは親の表情などを見て、いろいろな情報を読み取ろうとしてるということが分かっています。だから小さな赤ちゃんでも親の不機嫌な様子を感じ取っている可能性がある。
そう考えると、子どもが小さいときから自然体でいられる環境があることの重要性をあらためて感じますね。
子どもの主体性を認めることで親も幸せになる
――園の様子を拝見すると、先生たちも元気がよくて「子どもにけがをさせないように」という神経質な空気がほとんど感じられないことが印象的でした。園の遊びにおいて「危ないからこれはやらせない」などの制限はないのでしょうか?
渡辺:当園における大人の役目は「子どもに何かを教える」のではなく、「子どもがしたいことをサポートしたり、必要なときにアドバイスしたりする」ということ。
目的をみつけ、それを達成するために必要なことを考えて、自分で取り組むという子どもの主体性を大切にしているので、大人から考えると無茶だと思うようなことを子どもたちがやりたいと言い出しても一方的に止めることはありません。
大豆生田:現在の教育業界で重視されているのは、一方的に何かの知識を教える「ティーチング」ではなく、自発的な成長を導きその過程を支援する「コーチング」です。
何かが起こったり子ども自身が考えてみる前から「それは危ない」とストップをかけてコントロールするのではなく、その子らしい興味関心や意欲を大人が尊重し、子どもが「やってみよう」という気持ちを持てる環境を作ることが大切。
子どもが育つこと全般において、子どもの主体性を大事にするということ、そして大人はそのサポート役であることが重要なんです。
――主体性を大事にしたい、と思いつつも、どんなことをどの程度やればいいのか分からない親は多いかもしれません。
大豆生田:子どもに「よい教育を与えなければ」と焦っている保護者にとっては、「子どもの主体性を尊重し見守る」という行為に初めは戸惑うかもしれません。
ゆうゆうのもり幼保園に子どもを通わせている保護者も、通い始めた最初の頃は「本当にこんなに遊んでばかりで大丈夫なのかな」と悩むこともあるそうです。
けれど「子どもの主体性を大切にする」ということがどういうことなのかがだんだん分かってくると、親自身も楽になってくるんですね。
「他の子と比べたり成果ばかりを追わなくていいんだ」「子どもだけでなく親ものびのびしていていいんだ」と考えられるようになって、子どもが自分らしくいられることに幸せを感じると同時に、親自身も小さなことでよろこびや幸せを感じられるようになる。
そうすると小学校に入ってからも、子どもは大人のお膳立てなしでも自ら動くことが当たり前になるし、保護者も子どものサポートをしたいと積極的に動くようになったりして親子のよい変化が生まれていきます。
園は子どもが自分らしさを発揮できる場所
――ゆうゆうのもり幼保園の理念として「子どもが子どもらしく育つこと」と掲げていますが、「子どもらしさ」とは具体的にどのようなものだと思いますか?
渡辺:子どもらしさとはやはり、見たがりで試したがりなこと。子どもは誰もが好奇心や自分がやりたいこと、自分の世界を持っているんです。
それを閉じ込めずに挑戦できる環境と「おもしろそう」という興味があれば、子どもは絶対に何でもやろうとする。
世の中では「子どもらしさ=幼稚っぽさ」みたいにとらえられ、それをなくして「いい子になれ」というような圧を親も子どもも感じてしまう場面があるけれど、そもそも子どもは走りたかったら走るし、やりたかったらやる、そうあるべき存在なんだと思います。
大豆生田:渡辺さんがいったように、「子どもらしさ」って何かにすごくワクワクしたり、やりたがったり、本当に夢中になれるということが特性として挙げられていますが、私はこれらは魅力的な大人の特性でもあるんじゃないかと思っています。
「子どもらしさ」って子どもにとってだけ大事なのではなくて、人が幸せに生きていく上でのひとつの特性じゃないかと思うんですね。
さらにいえば、「子どもらしさ」というよりも、「その子らしさ」が大切だと思っています。
子どもも一人ひとり特性は異なっていて、表現がすごく得意な子もいれば、苦手だけれど心の中で静かに気持ちを燃やしてる子もいる。それぞれのらしさがあっていいんです。
この園は、「子どもらしさ」であり「その子らしさ」を大事にしている場所。
一人ひとりの自分らしさが大切にされていて、評価を気にせず自分のやってみたいことをやることが許される、それが保障されている場所だから、「うまく行かなくても自分なりにやってみよう」と子どもが思えるんです。
――自分らしさを保障されているという安心感が、子どもがさまざまな能力を発揮して遊びから学んでいく基礎になっているのですね。
渡辺:非認知能力の観点で見ても、縄跳びだろうと鉄棒だろうと、子どもたちは自分がやりたいことは最初はできなくても何回も挑戦するんですよ。本当にやりたいと思ったことには一生懸命取り組むものなのです。
できないまま一カ月以上たっても挫けずにまたチャレンジしている子どもを見ていると、ああいう粘り強さも「子どもらしさ」といえるんじゃないかと思います。
自ら伸びようとする力や自分の世界を広げようとする力、それを一番持ってるのはやはり乳幼児期。
大人が子どもに対してプレッシャーを与えなければ、子どもは自然と本当に成長しようとする力を発揮できて、失敗も恐れず、他人と自分を比べることもなく、いろんなことに挑戦していく。
そういった魅力を持っているのが子どもという存在だと思います。
園はやっぱり、その魅力を自由に発揮できる場所でありたい。家庭で挑戦できないことにも挑戦できて、子どもらしく成長できる場所があることが大切なんです。
――たしかにコロナ禍では、保育園や幼稚園に長期間通えないことでストレスを抱えていた子どもは少なくないようです。子どもにとってはそれだけ大切な場所ということですね。
渡辺:そうですね。ただそうはいいながら、家庭で子どもが子どもらしくいられることも、もちろんとても重要です。
やはり子どもの一番近くに寄り添っているのは親なので、「子どもが自分らしさを発揮することのおもしろさ」を保護者に感じてもらうことが大切。
体を動かしたりものを作ったり、何かに夢中になっているときの子どもの魅力を保護者にも知ってもらって、保護者自身にもいっしょに楽しんでほしい。
そうすると自然と、子どもの成長といっしょに親の成長やよろこびも増えていきますよね。
親や保育者などの大人にとって、子育てって大変なことももちろんあるけれど、おもしろさや楽しさ、喜びもたくさんあるということが、もっと社会的に認知されるといいなと思っています。
学校法人渡辺学園 認定こども園 ゆうゆうのもり幼保園 http://youyounomori.ed.jp/
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部