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【教育熱心はどこまで?#5】親の「叱り」で子どもの脳が萎縮する
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不安定な社会情勢やSNSなどを通じて得る過剰な教育情報によって、子どもの教育に奔走し、過干渉な子育てをする親が増加している。行き過ぎた「教育熱心」が及ぼす危険性とは?そして子どもを疲弊させないために、親はどうあるべきなのだろうか。今回は小児精神科医の友田明美氏に話を聞いた。
勉強や習い事の練習など、予定通りにこなしてくれない子どもを怒鳴り、きつく叱ったり、「〇〇が終わらないと、✕✕に連れて行ってあげないよ」などと、つい脅してしまう……。
教育熱心な保護者であれば、身に覚えのある言動だろう。
しかし、こうした親のかかわり方ひとつで、子どもの学習意欲の低下や非行、うつ病などの精神疾患につながるかもしれないと聞くと、どうだろうか?
「日常のなかに存在する、大人から子どもへの避けたいかかわりをマルトリートメントと呼びます。
きょうだいや他の子と比べたり、子どもの将来のためと価値観を押し付けたり、塾や習い事を強制するのも該当します。これらは、言葉による脅し、罵倒、あるいは無視する、放っておくなどの行為のほか、子どもの前での激しい夫婦喧嘩など、どの家庭にも起こり得る行為です」
こう話すのは、小児精神科医として子どもの発達に関する臨床研究を続けてきた福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援研究室教授の友田明美先生。
今回は、マルトリートメントの観点から、子どもとのかかわり方を探っていく。
どの家庭にも起こり得る「避けたいかかわり方」
――マルトリートメントとは何ですか。
マルトリートメント(mal-treatment)は、1980年代からアメリカなどで広まった言葉で、不適切な養育、避けたい子育てといった意味で使われます。
その定義は広く、大人に加害意識があるか、子どもに身体的・精神的な傷があるかなどに関わらず、客観的に見て、「子どもの心や体の健全な成長・発達を阻む不適切な養育」がマルトリートメントとされます。
私は“虐待”という言葉をあまり使いません。
この言葉では、偏ったイメージが先行し『自分や家族の問題には当てはまらない』と思われてしまいがちだからです。実際、子どもに対して不適切な行為をしていても、『虐待というほどではない』と考えるせいで、行為そのものが見過ごされてしまう可能性もあります。
その点、マルトリートメントはどの家庭にも起こり得ること。親だけでなく、実父母に代わる養育者や教育の現場などで子どもに接する身近な大人の場合もあります。
――身体的なものではなく、精神的なものも含まれると。必要な養育を施さないネグレクトだけではなく、過干渉も当てはまるのでしょうか。
過干渉はネグレクトの対極にある言葉なので、放任主義よりはよいのではという印象を持つ方もいるかもしれません。
しかし、子どもによかれと思って「あなたの将来のため」と親の価値観でレールを敷いたり、子どもの意志を無視して親が何かを強要すること、またその過程で罵倒したりすることに、子どもは強いストレスを感じるはずです。
目を向けるべきは、親の行為そのものではなく、そのときの子どもの心の状態です。
行為が軽かろうが弱かろうが、子どものためだと思ってした行為であろうがなかろうが、傷つける意思があろうがなかろうが、子どもが傷つく行為はすべてマルトリートメントなのです。
苦しみに適応するために子どもの脳が自ら変形する
――マルトリートメントによって、子どもは具体的にどうなるのでしょうか。
私は、アメリカのハーバード大学医学部精神科学教室のマーチャン・タイチャー氏のもとで研究を行いました。
生まれたときはわずか400グラムしかないヒトの脳は、その発達過程において、外部からの影響を受けやすい非常に大事な時期があります。それが胎児期、乳幼児期、思春期です。
こうした人生の初期段階に、親や養育者といった身近な存在から適切なケアと愛情を受けることが脳の健全な発達には必要不可欠です。
しかし、この時期に極度のストレスを感じると、子どものデリケートな脳は、その苦しみになんとか適応しようとして、自ら変形してしまう。生き延びるための防衛反応であるともいえます。
私たちは脳画像技術(MRI)に注目し、子どもたちの脳を撮影し、それを解析することで詳細に調べていたのですが、驚くことに、マルトリートメントによって、子どもの脳が物理的に変形することが分かったのです。
――脳が変形することでどんな悪影響があるのでしょうか。
マルトリートメントにはいくつかの種類があり、体罰など身体的なもの、言葉の暴力などによる精神的なものの他、ネグレクト、いっしょにお風呂に入ったり裸で家の中をうろうろするなどの性的なものがあります。
これらのそれぞれの種類によって、脳のダメージを受ける部位も違うことが分かりました。
――視覚野は、DVの目撃によっても影響するとありましたが、どういうことなのでしょうか。
マルトリートメントの多くは、子どもに対して強い言葉を使って脅したり、否定的な態度を示したりするものですが、それに加えて近年では、直接子どもに向けられた言葉ではなく、両親間のDVを見聞きさせるような行為(目前DV)も、子どもの心と脳の発達に悪影響があるとして、マルトリートメントに認識されるようになりました。
さらに驚くべきは、身体的なDVよりも、言葉によるDVを見聞きする方が子どもの脳により大きく影響するということ。
私がハーバード大学と共同で行った研究では、子ども時代にDVを見聞きして育った人は、脳の後頭葉にある視覚野の一部で、単語の認知や、夢を見ることに関係している舌状回という部分の容積が、正常な脳と比べて小さくなっているという結果が出ました。
しかし、その萎縮率を見てみると、身体的なDVを見聞きした場合は約3%でしたが、言葉によるDVを見聞きした場合には約20%も小さくなっており、実に6~7倍もの影響を示していた。
つまり、身体的な暴力を見聞きした場合よりも、罵倒や脅しなど、言葉による暴力を見聞きしたときの方が、子どもの脳へのダメージが大きかったということ。
言葉による暴力を見聞きする、という点では、「目前DV」だけではなく、たとえ別の部屋に移動したとしても子どもの耳に入る場合は同じですし、仮に目の前では起きていなくても、子どもは敏感に家庭内の出来事を察知しているものです。そして多くの場合、自分のせいで両親がDVを繰り返していると罪悪感を持ちます。
私は講演会や診療の現場など、機会があるごとに、夫婦喧嘩はメールやラインでするようアドバイスしています。話し合いがヒートアップしそうなことがあれば、少なくとも子どもが見聞きしない場所で、というルールを家庭内に導入してみてください。
改善できないと大人になっても苦しむことに
――現在、先生が診ている子どもの年齢層はどのくらいですか?
小さい子は3歳くらいから、大きい子は高校3年生くらいまでが受診しています。
特に小さい子に診療を受けさせようと親が思うきっかけのほとんどは、お友だちを叩く、動物を虐待する、保育園の先生に反抗するなどの問題行動が表れること。
やはり何らかの要因から親が家庭で攻撃的になって子どもを責めると、子どもも外の世界で攻撃的になるんですね。
これは決して一時的なものではなく、マルトリートメントによって起こる脳へのダメージによって、それぞれの機能がうまく働かなくなることで、子どもの正常な発達が損なわれ、生涯にわたって影響をおよぼしていくのです。
たとえば衝動性が高く、切れやすくなって周囲の人たちに乱暴をはたらいたり、じっとしていられなかったり大きな声を出すなど、落ち着きがなくなります。
また、5歳までの時期に、しっかりと話を聴いてもらったり褒められたりすることが少ないなど、養育者との愛着(アタッチメント)がうまく形成されないことで愛着障がいを引き起こしてしまうことも。
感情コントロールに困難が見られたり、不注意や多動症の症状が出るほか、おどおどしたり、親が怒ったときにすごく怯えるといった症状が出たり、脳の報酬系と呼ばれる喜びや達成感を味わうところの働きが弱くなるせいで、より刺激の強い快楽を求めるようになり、アルコールや薬物に依存することもあります。
普通ならお父さんやお母さんが帰宅したら喜ぶはずが、まったく喜ばず側に寄っていかない、声もかけないといった「不安定なアタッチメントを示す」ケースもあります。
こうしたサインを見逃されてしまい、大人からのマルトリートメント環境が改善されないまま育った場合、健全な心や神経の発達が損なわれ、「生きづらさ」を抱えて生きる方も少なくありません。
対人関係に苦しむ「社会的障害」、意欲の消失やうつ症状の発現などの「情緒的障害」、認知機能がなかなか向上しない「認知的障害」を抱える可能性も指摘され、気分障害、不安症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、解離症、境界性パーソナリティ障害などの精神疾患にもつながります。
子どもの将来のために、そして孫世代の子育てにマルトリートメントを連鎖させないためにも、子どものサインを見逃さないことは大切です。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部