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【廣津留真理】娘をハーバードに送った母が語る、親に必要な「編集力」
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変化が激しく先の見えない現代、子どもには世界に通用する大人に育ってほしいと、幼児期からさまざまな教育法に触れさせる保護者は多いだろう。では実際に、世界トップの大学に通う生徒に共通するスキルとはどんなものか?一人娘のすみれさんを地元の公立高校からハーバード大学に送り、現役ハーバード大生を講師陣に迎えたサマースクールを主催する廣津留真理さんに聞いた。
「約800人のハーバード大生と関わってきて、彼らは学歴や偏差値よりも、好きなことや得意なことで得たスキルを大切にしている。このようなスキルは、ハーバードを目指さなくてもこれからのグローバル社会を生き抜く子どもたちに必須」
「好きなことや得意なことを突き詰めるからこそ、自分の価値をきちんと知り、周囲に適切にアピールすることができる。そのために必要なコミュニケーション力をつけるには、親の“編集力”が大切」
娘すみれさんが、海外滞在経験なしに大分の公立高校からハーバード大学に現役合格&首席卒業したことをきっかけに、2013年から毎年、現役ハーバード大生が日本の子どもたちに英語で教えるサマースクール「Summer in JAPAN」を実施する廣津留さんはこう語る。
まだまだ知識偏重で暗記学習がメインの日本で、子どもが小中高と学校に通う中、偏差値や学歴にとらわれないでいられるために親が家庭でできることは何か。
現役ハーバード大生との交流や娘すみれさんとの経験から、学歴や偏差値よりも大切な親と子どもに身につけてほしい「編集力」について聞いていく。
日本と海外の違いは「履歴書のどこを見るか」
――サマースクールの講師として定員約10名ほどのところ、毎年100名ほどの応募があるそうですね。これまで約800名ものハーバード大生のエッセイ(小論文)を読み、履歴書を吟味して感じた、日本との大きな違いは何だと思いますか。
成績や学歴以外の部分も重視している点です。
世界トップクラスの大学は、課外授業といって、ボランティア活動やその人が取り組んでいるスポーツや芸術活動の評価の割合が大きく、実際のハーバード大受験では、学力試験の成績の他に、エッセイ(小論文)や面接、課外授業の成果が合否を決める上で重要になります。
娘の受験当時ハーバードのホームページには「ベストな学生を世界中から集めることがハーバードのミッション」とあり、求めているのは、心豊かでユーモアのセンスやリーダーシップもあり、プレッシャーに強く、自信にあふれ、新しい考え方を柔軟に受け入れ、他人を常に思いやる。そんな学生です。
実際に、私の主宰するサマースクールの講師を希望したハーバード大生に出してもらう履歴書も日本と大きな違いがあります。
Education(学歴)の欄を偏差値で競っているのが日本で、この欄を良くすることに、0歳からの子育てや教育のすべてが詰まっている。みんながここを目指すから、それ以外にアピールするところがなくなってしまいます。
ハーバード大生の履歴書は、学歴以外の、Honor&Award(受賞歴)、Leadership(リーダーシップ)、Entrepreneurship(起業家精神)、Extra-Curricular Activity(課外活動)、Community Service(ボランティア活動)の欄がとにかく盛りだくさん。
スポーツや音楽やアート、サイエンス、プログラミングなど、好きなことや得意なことで自由にアピールされていました。ここの欄を埋める作業を、小さいころからしてきているのだなと思います。
学歴や偏差値は、その学校には入れるか入れないかの「フィルタリング」でしかないので、ここに一生をかけなくていいと思えるのは楽ですし、他でカバーできる選択肢が増えるのはいいことだと思います。
どんなときも、どんな場所も大丈夫な職業はないけど、その時々に柔軟に考え、行動することがこれからの時代必要ですよね。
たとえば「医者になりなさい」といっても、将来医者という職業がどうなるか分からない。そのため、職業ではなく、親の育て方やメンターがいるか、情報収集能力があるか、スキルとアピール力があるかという点で生き残れるかどうかは決まるわけです。
そんな未来がやってくるとして、子どもの将来を考えたとき、「暗記」はますます価値がなくなっていきます。
だからこそ、世界標準の学習では「自分の頭で主体的かつ柔軟に発想する力」が重視されているんですね。
これに対して現在の日本ではまだまだ、知識偏重の暗記学習がメイン。
国際的に「ロート・ラーニング(rote learning)といわれる暗記学習に重点を置いているのは、日本、韓国、中国、シンガポールの4カ国くらいですが、特に日本の学習法は日本国内でしか通用してこなかったために、国をあげて教育改革が叫ばれているのです。
学力テストがなくなったら日本人はどうなる?
――世界基準で考えれば、好きや得意を伸ばすことが大切なのに、今の学校教育ではそれが難しいのですね。
意外とこれができていなくて、その理由のひとつが型にはまった勉強をやっているからだと思っています。
日本の場合、新しい発想や斬新なアイデアができる教え方ではないから、「どんなおもしろい企画書を書くか」より、「いかに企画書を綺麗に書くか」をずっとやってきたのですね。
今年の8月、カリフォルニアの高等裁判所は、共通学力テストの点数を大学入試に使うことを禁止する仮差し止め命令をだしました。
アメリカの研究により、大学入試の筆記試験の得点は、受験生の家庭の経済事情と正比例する、準備練習をすればするほど上がる、高得点者の人種の偏りが激しいということが分かり、学力以外の要素で決まるのならばいつまでやっていても社会のためにならないと。
これによりカリフォルニア大学の入試は、学力共通テストが段階的に廃止されます。すでに公立大学は筆記試験がすでにないところもありますね。
しかし一方で、日本人はどうでしょうか?
最近は「偏差値の高い国内の有名校に進み、一流企業に入れば一生安泰」という考え方から、少しずつ気づき始めて変わっている親御さんも多いように感じていますが、もし共通学力テストがなくなったら、「じゃあ何をすればいいんですか」と困惑する親御さんも多いと思うんです。
世界トップクラスの学校に進む子どもたちは、好きなことや得意なことを複数持ち、スキルを伸ばすだけでなく、自分の価値をしっかり理解する自己肯定感や、それをアピールするコミュニケーション力も兼ね備えています。
学校や塾で教えてもらえないのならば、家庭学習で育むしかない。私はそういう信念に基づいて、娘を育てました。
スキルはどんな些細な情熱からも身につく
――勉強はがんばることができても、好きなことや得意なことが見つからないという子どもはどうしたらいいのでしょうか。
英語教室を運営していて、これまでたくさんの親子と接してきましたが、その質問を受けることはよくあります。
なぜ子どもの好きや得意を見つけられないのか、その理由のひとつに、対象をカテゴリーでとらえすぎていることがあるのではないかと思います。
つまり、スポーツ、音楽、アート、とカテゴリーでくくって考えすぎることで、子どもの興味や関心を狭め、限定してしまっているのではないかと。
現代の子どもだったらおそらく、ゲームやYouTubeといったものが答えに上がってくるかと思いますが、それを「注意しないとずっとゲームしているんです」とか、「将来役に立つはずがない」と切り捨てる親御さんも多く見てきました。
だったら「うちの子、ピアノばっかり弾いていて」「うちの子、本読んでばかりで」と嘆く親御さんがいたっておかしくないと思うのですが、あまり見かけません。
そうしたこれまでの価値観にとらわれた考え方が、子どもの得意分野の土台となる情熱の芽を摘んでしまっているかもしれません。心配や不安から子どもを責めると、子どもは自己肯定感が下がりますし、家庭も暗くなります。
娘は3歳から始めたバイオリンが好きでしたが、それだけでなく、冗談をいうのも好きでしたし、物語や漫画を描くことも好きでした。これらの動機を突き詰めれば、「人に発表する」ことが好きだったんですね。
これが、バイオリニストとしてだけでなく、起業家、著作家として活動する彼女の今につながっていると思います。
未来に生きる子どもたちは、私たちの想像もつかない価値観の中で生きていくことになります。好きや得意を伸ばすのにも、カテゴリーを外して自由に考えてください。
まずは心から楽しむ。子どもが自分のやっていることに没頭して、自信を持てるようになる。そこが出発点です。
ハーバード大生の「コミュ力」の本質
――好きや得意を伸ばし、スキルとして身につけていくために、親のかかわり方をアップデートできることはありますか。
世の中に一人でできる仕事はなく、自分の得意を差し出して、相手に苦手をフォローしてもらう、という関係性を築くためには、頭の良さだけではなくコミュニケーション力が必須ですよね。
ハーバード大生のもうひとつの共通点は、何でも「コミュニケーションが短く端的」であるということです。
伝えたい芯の部分はどこなのか自然と判断し、200字で伝える内容を15字で瞬時に凝縮して伝えているのですね。
「Does~~?」の短い質問の中に、その質問の背景もすべてこもっているように感じます。
いかに的確、明確で無駄なく端的な受け答えをし、相手の時間を奪わず、時間を有効に使うのが本来の“コミュ力”だと思います。
自分の好きや得意を簡潔に、そして魅力的に伝わるような自己アピールができるから、世界に出たときに、どんな人にも話を聞いてもらえるのですね。
端的な受け答えといっても、不愛想でドライな印象はまったくなく、サマースクールで現役ハーバード大生と日々やり取りをする中で感じたのは、彼らの人当たりのよさ。
個性豊かで、自己肯定感に溢れているだけでなく、音楽や数学など得意のフィールドは違っても、それぞれの道でしのぎを削っている相手だからこそ、お互いを尊敬し、尊重することができているのです。
このように、子どもの自己肯定感を育み、自分の得意を伸ばし、コミュニケーションスキルを上げるには、まずは親の認識を改めることが必要だと思います。
親の会話と感情の「編集力」が子どもを育てる
私が親御さんたちに伝えたいのは、子どもがこれからの未来を生き抜くスキルを身につけるために、親自身が「会話と感情の編集力」を身に付けるということ。
そのためにまず、心配と妄想をやめて子どもを100%信頼してください。
心配とは、「宿題やったの?」とか、「あなたが心配だからいうのよ」といった声かけに表れます。
妄想は、「勉強の合間に漫画を読んでるんじゃないか」「こんなにゲームをして学力が下がらないか」といった不安ですね。
これらは、子どもが自分は信用されてないと感じ取ってしまうためよくありません。
恋愛に例えると分かりやすいですが、恋人に「浮気してるんじゃないか」という気持ちをぶつけ続けたらお相手は自分が信頼されていないことに不信感を抱き破局する可能性だってあるわけですが、家族の場合は、破局できない。
それに甘えて、親子の関係では特に、親子であるがゆえに感情がそのままだだ漏れになりやすいです。いくら幼くても、子どもは親とは別人格と認識してわが子を個人として尊重することが大切ですね。
未就学児の頃から、あなたを100%信頼してますよということを態度と言葉で伝えていくためには、「何かができたら褒める」といった条件付きの愛ではいけません。
子どもは親の些細な言動に敏感で、空気の機微をキャッチするのに長けていますから、「私は包容力がなくて」と相談される親御さんにも、「包容力がある“ように見せる”」というひと手間の努力が大切だと伝えていました。
「編集力」というのは、表に出す感情と出さない感情を精査して、子どもに伝える言葉と伝えない言葉を“編集”しながら会話するということ。
私は娘が2歳の頃から会話の中では思ったことの60%くらいを伝えるようにしていました。
つまり、ハーバード大生のコミュニケーションが短く端的なのと同じように、無駄を削ぎ落として主旨のみをシンプルに伝える、ネガティブなことはいわないということです。
どの親も、子どもを愛していて伸びてほしいという気持ちは同じです。だから、心配や不安や怒りをぶつけるのではなく、そういったものをカットしていった先に残る、シンプルな気持ちを伝えるだけ。
私がこれまでかかわってきたハーバード大生を例にこれまで語ってきましたが、ハーバードに限らず、世界で通用する人材となり、変化し続ける社会を“サバイブ”するためには、編集力の高い、親子のポジティブでシンプルなコミュニケーションが重要な要素のひとつだと思います。
KIDSNA編集部