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【ドイツの子育て】社会性と自立心を育む親の接し方
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さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、職人、職業人のプロを目指すためのドイツ留学支援を行う松居温子さんに話を聞きました。
教育、保健、安全などの8分野を総合的に評価したセーブ・ザ・チルドレンの「G20子どもの豊かさランキング」で、2016年にドイツは1位を獲得。
世界一の子どもの豊かさはどのようにして育まれているのでしょう。子どもへの接し方やその社会背景について、ドイツで職人を目指すための留学支援を行う松居温子さんは「ドイツの家庭は子ども中心でなく夫婦が中心です」と話します。
「夫婦で会話しているとき、子どもは大人しく話を聞いていることがマナーですし、少なくともこれが守れない間は外食しません。保護者と一緒にいなくても子どもが安心して過ごせる環境を幼いころから意識的に作っているため、ドイツの子どもは自立が早い」
節度を持たせ、自立を促す親のかかわり
「なんといっても、ドイツで特徴的なのは家族のあり方。『子どもが夫婦に属している』というイメージが強く、子ども中心の家族風景はあまり目にしません。
レストランなどで父親と母親が会話しているときは、3歳くらいの子どもでも静かに両親の話に耳を傾けています。ときには絵を描いたりしていることもありますが、騒ぐことはまずありません。
ドイツの子育て中の親の大半は『大人しくできなければ家族でレストランには行かない』という考えを持っています。子どもが騒ぐと自分たちの思考を止めますし、他の人にとっても快適な状況ではありません。もし公共の場で泣き叫んでいる子がいたら周囲からの視線を集め、しかめっ面をされることもあります。
ただ子どもですから、時には泣いたり叫んだりすることもあります。そんな時は一度お店の外に出てとにかく子どもと対話します。
一方的に『静かにしなさい!』と叱りつけるのではなく、子どもと同じ目線に立って『みんなが快適に過ごしたい場所であなたが大きな声を出すと会話できないし、読書を楽しんでいる人が集中することができない』と伝える。そのうえで『帰る?それとも静かにする?あなたはどうする?』と子どもの意見を聞きます。
子どもが『静かにする』と約束したらお店に戻り、そのあとは大抵の子どもは静かに座っていますが、約束を守れない場合は妥協を許さず帰ってしまいます。『子どもであってもその場を楽しみたいのであれば節度を持った行動をしなさい』と徹底する姿勢がありますね」
普段できないことを外で実践することはできないため、家庭内でも人としての規律を守らせる関わりをしているといいます。
「また、高級なものは大人が嗜むものとして子どもには食べさせず、子どもが選ぶメニューは保護者が限定します。厳しく聞こえるかもしれませんが、家庭内の地位に明確に差があることは子ども自身感じています。
こうした厳しい家庭教育があるため、子どもは自分の好きなものを選び、好きな生き方をするためには家から出るしかないと考える。これは子どもが将来早く自立して稼ごうという自立に向かいやすい傾向があり、むしろ良い側面もあると感じます」
「ママじゃなきゃだめ」にしない環境づくり
多くの家庭で夫婦の時間を大切にする要因としては、子どもの関わる社会を狭めないためという目的があると松居さん。そのためにドイツの親は、母親がいないと安定しない子どもではなく誰といても安心できるよう、幼いころから多くの人と関わりを持てる環境作りをしています。
「子どもが10カ月を過ぎた頃になると、多くの夫婦はベビーシッターやナニーに子どもを預けて、夫婦のみで外食に行くことが一般的。保護者以外の他の人であっても子どもが快適に過ごせるように子どもを訓練しています。
夏休み中も、子どもたちだけで2~3週間、教会主宰のプログラムに参加します。私も小学6年のときに海外の山小屋で過ごす夏のプログラムに参加しましたが、就学前の子どもから15歳くらいまでの幅広い年齢の見ず知らずの子ども同士で共同生活をするなかで、社会性を学ぶよい経験になったと思っています。
また、子ども部屋が最初から独立しており、子どもの就寝時間は一般的には19時と早めです。子どもと大人の生活する空間を最初から分けているため、大人の時間が確保でき、子供が寝た後の時間は夫婦の時間を大切にする風習が昔からあります。
乳児期に父親と接する機会が少ない赤ちゃんは、母親がいないと泣いてしまうことがありますが、父親は送迎などの物理的な部分だけでなく、対話などの精神的な部分においてもしっかりと子育てに参加しているため、ドイツの赤ちゃんは『ママじゃないとダメ』ということはなく、父親と二人の時間も母親と同じように過ごしています。
つまり、母親だけの社会だと子どもの社会が閉じた社会になってしまう。そうではなく社会に開いた子どもを育てたいのです。親たちは、母親といても安心、父親といても安心、もっというと他の人といても安心できるよう、幼いころから多くの人と関わりを持てる環境を意識的に作っているため、結果的に夫婦中心の家族になっているという背景があります。
だから子育てにおいても親子の対話が何よりも大事。意見を言うことはもちろん大切ですが、自分の主義主張を通してばかりでは軋轢が生じてしまうこともありますよね。保護者は、子どものしつけや接し方を通して、他者と共生し快適に生きていくための知恵やコミュニケーションの取り方を伝えています」
父親が育児参加しやすい制度設計
母親や父親だけでなく、どんな人といても安心していられる、社会に開いた子どもを育てるという考えが実現される背景には、育児に関する保障が手厚いことも関連しています。
「ドイツでは母親が産前6週間、産後8週間の休暇を取得でき、給与の100%が会社から支給されます。子どもが8回目の誕生日を迎えるまではいつでも、ひとりあたり最大3年間の育児休暇も取得可能。
育児手当に相当する物で、前年度の平均給与額の約67%が国から支給される『両親手当』という制度もあり、最高1800ユーロ(約20万円)が支給されます。支給期間は母親あるいは父親のどちらかだけしか受給しない場合は12カ月間まで、どちらも受給する場合はさらに2カ月間延長され、最大で14か月まで支給される仕組みです。この14カ月を両親がそれぞれどのように休暇をとるかは自由に選択ができます。
そのためやはり、父親の育児参加は日本よりも圧倒的に高い印象です。
ドイツでは父親の育児休業取得について、全体の約80%が子どもが生まれて1歳になるまでの間に2カ月の育児休業制度を利用しているという統計があるほど。
特徴的なのは、母親と一緒にこの2カ月を休んで子育てをしている両親が多く、両親そろって0歳児を育てる機会を作っています。この『両親手当』制度は、主に父親に、自分の子どもであることを自覚させる意図もあるとか。私が知る限りでは友人夫婦も仕事仲間もほぼ全員利用しており、利用率が80%というのも納得です」
夫婦円満が長続きする家族のあり方
こうした制度面も整っていることから、ドイツでは夫婦のコミュニケーションも活発。子ども中心ではなく、社会性や自立心を大切に育む育児方針も関係して、仲の良い夫婦が多い印象があると松居さんは言います。
「たとえば歯医者に行っても、先生が今朝奥さんと会話した内容を楽しそうに語ってくれるのがドイツ。夫婦の関係が良好なことを肌で感じることができ、これが若い時だけではなく年配になっても続くのです。
よく見る光景は、とにかくいつも夫婦単位で手を繋いで歩いている姿。何をするにもニ人。ここまで仲が良いのは一夜にしてならずだなと、見ていて感じる幸せな姿です。
ドイツではパートナーとの信頼関係や仲をとても大切にするため、夫婦間がうまく行かなくなった時にも、騙し騙し夫婦を続けるよりスパッと離婚してしまう夫婦も少なくありません。
離婚しても夫婦の両方が子育てに参加する権利が残されており、信頼が崩れたまま夫婦関係を続けるのは子どもが育つ環境にもよくないし、何しろ自分の人生を大切にしたいから離婚は前向きな人生のスタートと考える人も多くいます。
これらは私の経験からのお話ですから、実際にはさまざまな家庭があるとは思いますが、1980年代以降のドイツを見てきて感じている大きな持徴として、お互いによく語り合い、話し合い、妥協し合い、納得して人生を過ごすという夫婦がとても多いと思います。
これはやはり、子ども中心ではなく夫婦中心の家族のあり方だからであり、それは決して子どもは二の次という意味ではなく、子どもを親に依存させず、さまざまな人々とのかかわる環境の中で社会性と自立心を育むことが大切だと考える、9カ国に隣接している多民族国ならではの育児方針だからこそ。
『ドイツ人は厳格な性格』というイメージが強いとよく言われますが、私の印象は、厳格であるというよりも、社会に出ていく子どもが、いかに幸せに生きられるかということを育児の核とすることで、夫婦の時間も大切にできるのではないかなと思います」
<取材・執筆>KIDSNA編集部