【ガーナの教育】インフラ整備で教育のスタンダードを上げる

【ガーナの教育】インフラ整備で教育のスタンダードを上げる

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、ガーナ北部の村の支援を行うNGOの運営や、アフリカ製品の日本への輸入販売事業を行う原ゆかりさんに話を聞きました。

農業と鉱業が盛んで、金、石油、カカオ豆の産地としても知られているのが、アフリカ大陸の西に位置するガーナ共和国。平和理に与野党間の政権交代を複数回実現してきた民主主義国のひとつでもあり、政情が安定していることも特徴です。

「ガーナはアフリカ大陸で最初にイギリスの植民地支配から抜け出した国。血で血を洗う争いによってではなく、思想によって独立を果たしたためアフリカ他国から尊敬を集めています。国旗の中央に描かれる黒い星は”アフリカの星”を表わしているほど」

こう語るのは、コロンビア大学留学中にカリキュラムの一環として訪れたガーナでNGOを立ち上げ、その後、高品質なアフリカ製品の日本への輸入事業など行う原ゆかりさん。

教育においては、アフリカでは珍しい高校まで授業料無償化を実現している一方で、教育を享受できるか否かは地域によって大きな差があると語ります。

原さんプロフ写真
原ゆかり/株式会社SKYAH CEO、ガーナNGO法人 MY DREAM.org共同代表。2009年に東京外国語大学を卒業後、外務省に入省。在職中にMY DREAM.orgを設立し、ガーナ共和国ボナイリ村の支援活動を開始。2015年に外務省を退職後、三井物産ヨハネスブルグ支店に勤務しながらNGO活動に尽力しつつ、2018年に株式会社SKYAHを立ち上げ、アフリカ諸国と日本の掛け橋として活動中。(@Kazuma Ogura)

地域格差をそのまま反映する教育格差

「幼稚園から高校まで無償化という制度は整っていても、全ての地域で確立されているわけではなく、資金不足が主な原因でまだまだ実態は伴っていません。教育をガーナ全土に遍く広めようとしているものの課題は山積しています。

私が2012年から訪れているガーナ北部のボナイリ村は、首都アクラから飛行機で1時間、そこからさらに車で45分の場所にある小さな村。

当時のボナイリ村の幼稚園は、建物もなく無資格の先生が屋外で子どもたちの面倒を見るというまさに”木の下の幼稚園”。オンライン教育どころか中学校も昨年末に建ったばかりです。

2012年当時、木の下の幼稚園
2012年当時、木の下の幼稚園

「出生率が高く子どもの数が多いため教室が手狭になっているのに対し、質の高い先生の数は不足していますし、トイレや水道などの学校の衛生設備は不十分です。給食の有無は学校によって異なり、給食が出る公立の学校は国連等の支援がある学校が多いのが現状、つまり貧困レベルが高い地域ということになります。

そんな状況のため障がいのある子どもや遠隔地の子ども、女児童はさらに困難に直面しています」

Creative Commonsによる『世界の人口ピラミッド』によると、ガーナの人口ピラミッドは少子化が進む日本とは形が大きく異なり、年齢が低ければ低いほど人口が増えていることを表する三角形を描きます。2015年時点での出生率は、によると3.87人と日本の3倍近い子どもが生まれています。

教室
※画像はイメージです(iStock.com/demerzel21)

「新型コロナウイルスの流行でロックダウンした際は、子どもの教育機会を奪うのは国にとって大変な打撃だとし、教育大臣が即座にテレビ配信を中心としたオンライン授業の対応を行いました。

とはいえ、どの家庭にもパソコンやテレビがあるわけではありません。多くのガーナ国民にとってインターネットはまだまだ嗜好品。ガラケー普及率は100%を超えるという統計もありますが、スマホは一家につき一人が持っているか持っていないかという程の普及率です。

その時に使えるお金でデータ通信料を購入し大事に少しずつ使うといったプリペイド式のスマホを使っています。そもそもインターネットが繋がらない地域もあり、ITが進んでいるとは言えません。

しかし都市部に住む富裕層は状況が異なり、保護者が一台ずつスマホを所持し、家にパソコンがある家庭もあります。高層ビルも建っていますし、村にはないレストランや車もあり発展しています。

他の新興国同様、都市部においては目まぐるしいスピードでIT環境の整備が進んでおり、発展の段階を飛び越し一気に先端技術に達するリープフロッグ(蛙飛び)が起こっていると思いますが、地域差が大きいのも実情です」

幼稚園ができたことで変わってきた親の意識

中学生のときに、ゴミ山から明日のごはん代を稼ぐ少女のフィリピンのドキュメンタリーを見て衝撃を受けた原さんは「この現状を変えたい」と外務省に入省。外務省には2年間の本省勤務ののち、3年目に留学の機会が与えられる制度があるためコロンビア大学大学院でグローバルヘルスを学びました。

原さんはコロンビア大学留学中、半年間の海外インターン先として選んだガーナで調査活動を行なうことになります。

「貢献できるはずと思って村に行ったものの、薪で火を起こしてご飯を作ったり、大きなバケツで水を汲み頭に乗せてそれを運んだりすることもできず、現地の方に逆にお世話になってしまったんですね。

宿や食事のお礼をしたくても、『家族のようなものなんだから気にしないで』と受け取ってもらえませんでした。かと言ってそのまま帰るわけにもいかず、村に何か恩返しをしたいと思った。村が一番必要としているものは何かということを村人と話し合うところからNGO”MY DREAM.org”のプロジェクトが始まりました。

木の下の幼稚園とはいえ、建物がなくても教育が子どもたちの将来を作ると考え、当時すでに村の中で手作りのシステムを生み出していました。インフラが追いついていなくても教育意識を持った親たちがいる。だから建物さえあれば、NGOの手がなくても村の中でうまく回り出すのではないかと考えたのです。

原さんとボナイリ村の子どもたち
原さんとボナイリ村の子どもたち

村のみんなと協力して幼稚園を建てたあとは、ガーナ教育局に『建物を作ったので有資格の先生を送ってほしい、村で幼児教育を始めてほしい』と村人のチームが訴え続けました。そして数年後にやっと先生が派遣されるように。

建物を建てたら終わりではなく、教育は持続していくもの。だから私たちの運営するNGOではインフラ面を整備し、運用面は教育を担う行政にしっかり見てもらうという形をとっています。昨年末に建てた中学校も同様に、カリキュラムなどのオペレーション部分は行政が担っています。

しかし、自身が教育を受けていないという保護者も多く、村の保護者全員が教育に前向きな姿勢かというとそうではありません。出生届が出されていないために自分の年齢や誕生日すら知らないという人もいます。

けれどそんな保護者たちも子どもたちの成長を目の当たりにして、考えが変わってきているようですね。2012年の設立以降、これまで1000人を超える子どもたちが卒園し、「幼稚園に通っていた子どもは周りに対する配慮がある」など、小学校の先生から高い評価の声が聞かれるようになりました。

村人と協力して造ったMY DREAM幼稚園
村人と協力して造ったMY DREAM幼稚園

幼稚園に通っていた子、通っていなかった子の差が歴然と出ていることを受け、それまで幼児教育に関心のなかった保護者たちも、好例を目にして次第に幼稚園に行かせた方がいいのかもしれないと意識が変わりつつある最中なのではないかと思います。

2012年に始まったNGOの活動に協力してくれる村のリーダーたちの中には、中卒だったり、小学校までしか通っていない人もいます。

村のリーダーのひとりは、2012年に幼稚園が完成した当時、『僕たちの想いは幼稚園では止まらない。自分の子孫世代には、より高い教育を受けて欲しい。小学校、中学校、高校と卒業し、専門学校や大学、いずれ留学して世界に羽ばたく子ども達にも育ってほしい』と村人を前に語っていました。

2019年末に中学校が完成した際にも、『まだまだこれから』と常に向上心を持って、子ども達を取り巻く教育環境の改善に取り組んでいます。

村のリーダーたち
村のリーダたち

そんな教育意識の高いリーダーたちががんばっている姿を見るから、行政も応じる。行政と村の人、打てば響く関係性を相互に築けているため、村の状況は着実に改善しています」

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教育のスタンダードを上げる取り組み

「ガーナでは英語圏で用いられている幼稚園(KindergartenのK)から始まり、高校を卒業するまでの13年間を無償の教育期間とする制度”K-12カリキュラム”を採用しています。

教育は三段階に分かれており、12歳までの初等教育である”ベーシック”。12歳から14歳までの中等教育”セカンダリー”。四年制大学や技術専門学校などの高等教育を指す”パーサリー”。私立校はこの限りではありませんが、公立校に通う子が大半を占めます。

ボナイリ村の幼稚園
ボナイリ村の幼稚園

4歳からの幼児教育に始まる初等から中等までが義務教育。中学校卒業時にBECEという統一試験(Basic Education Certificate Examination)があり、そのスコアで受験できる学校が決まります。15歳から18歳までの職業訓練校や高校は無償ですが義務ではありません。

遠方から通う子どもが多いため、ガーナは全土にわたり寄宿制の高校が多く見られます。けれど、そもそも高校に行けるかどうかは保護者の教育への理解によるところが大きいですね」

2009年にはガーナ政府がイニシアチブをとり”Girls' Education Unit”を立ち上げ、特に遠隔地の女子生徒のテクノロジー分野での活躍を後押ししています。奨学金の支給や、休暇中のキャンプ支援などの施策を行なった結果、Gender Parity Index(男女平等指数)の数字が向上、男女間の格差が少しずつ低減しています。

ボナイリ村で学ぶ女の子
ボナイリ村で学ぶ女の子

「また、教師の研修も導入し、質の高い教育者の育成にも力を注いでいます。

先生たちに話を聞くと、『教育のスタンダードを上げていきたい』と言っていました。カリキュラムに沿った教育だけでなく、図書館などを使って学校外でも子どもの学びたい気持ちに応えたいと、先生の方から積極的に手を伸ばしています。

世界の人々とオンライン上で同じ本を読むなどの取り組みを行なう意識の高い教育者もいます。

ガーナ教育最大の目標は、生まれ育った地域に関係なくガーナ全土の子どもが教育にアクセスできるようにすること。高校まで無償というソフト面は整ったけれど、設備などのハード面が整うにはまだまだ時間がかかります。全ての子どもが平等に教育を受けるという目標の実現に向けて政府も尽力しています」

ボナイリ村の小中学校の校長先生
ボナイリ村の小中学校の校長先生

自然に生まれた子どもどうしの学び合い

数多くの言語が使われる多言語国家であるガーナでは、英語を公用語としつつもその土地に根付いた言葉を尊重した形で授業が行なわれていると原さん。

「ガーナの公用語は英語ですが、遠隔地の村では英語で意思疎通できる人は一握り。方言というレベルでは収まらないほどの違いがある、70種以上の現地語を母語とする人がほとんどです。

学校に通う子ども全員が現地語で会話をするなかで、英語で授業をしても理解の進みが遅いため、学校によっては現地の言葉で授業が行なわれています。都市部の学校や、複数の現地語が入り混じる学校では英語で授業を行なうため、英語の定着率は地域によって開きがあります。

ノートを書く
写真はイメージです(iStock.com/PeopleImages)

宿題はたくさん出され、子どもたちが暇を持て余さないよう、休日前の金曜日には特に宿題が多いとか(笑)。

子どもの数がとてつもなく多いガーナの学校では午前と午後のシフト制や数カ月おきのシフト制などが採られています。

先生たちの手が足りないので、先生の代わりにわかっている生徒が黒板の前に立ち、他の生徒に教えるといったピア・ラーニングのような光景もよく見られます」

ピア・ラーニングの様子
ピア・ラーニングの様子

文字通り「peer(仲間)」と「learn(学ぶ)」するピア・ラーニングの形は意図したわけではなく、先生が不足する教室内で自然発生したといいます。クラスメイトという対等な関係の中で、お互いに助け合いながら学びを共有する姿がガーナの教室にあります。

教育を通して「よりよく生きる」を学ぶ

民主主義国として平和な印象が強いガーナ。原さんが現地で関わった人々は、子どもたちにウェルビーイングにつながる教育を大切にしているといいます。

「教育を通じて子どもたちに体得して欲しいのは、問題に直面したときにそれをマネージする能力や、どのように人間関係を築いていくかということ、感情に任せず自分を律すること。

『こうあるべき』という人間像を目指すのではなく、学校という社会生活を通して、話し合いによってお互いが納得できる点を探る力をつけたり、友だちの作り方、リーダーシップのとり方を知ることができればいい。

そのために幼児教育から演劇を通して自分の気持ちを伝える練習をしています。これはドラマや演劇が好きというガーナの国民性も大きく関係しています。国連やNGOがマラリア予防の啓発をするときに、ただ単に『こうしてください』と指示をするだけでは誰も集まりませんが、演劇仕立てにするとみんな喜んで集まります。

先生の歌に合わせて、それを理解し子供がその歌に応じた動作が取れるか、というゲーム
先生の歌に合わせて、それを理解し子どもがその歌に応じた動作が取れるか、というゲームを行っている様子

ガーナ全土に普及しているわけではありませんが、小学生以上のカリキュラムでは環境についての勉強も行なっています。日本から派遣された青年海外協力隊が先生となり、どういうものがどれくらいの歳月を経て土に還るのかなど具体的に示し、環境意識を育んでいる様子も見られます。

また、アフリカの星でもあるこの国はどのような成り立ちを経て現在に至るのかといった歴史教育を通して自国への誇りも育んでいる。

もちろん教科を勉強することも大事なことではあるけれど、それ以上に生きていく上で糧になることを学校教育の中で学んでほしいと保護者は願っているし、学校もそれに応えようとしています」


<取材協力>

Sayibu Zakaria(MY DREAM. org共同代表)

Shula Glymin(教員、ガーナの教員の質向上のために取り組むThe Educators' Network創設者)

Akosah Yadom Holy(MY DREAM. orgプロボノメンバー)

在日本ガーナ大使館スタッフ複数名

<取材・執筆>KIDSNA編集部

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<連載企画>世界の教育と子育て バックナンバー

2020年09月25日

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