【ドイツの教育】生き方に誇りを持つための教育システム

【ドイツの教育】生き方に誇りを持つための教育システム

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、職人、職業人のプロを目指すためのドイツ留学支援を行う松居温子さんに話を聞きました。

GLOBAL NOTEの「世界の名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)」によると、国内総生産数世界第4位であるドイツは、ヨーロッパにおいて経済・政治の両面で大きな影響力を持っています。

8歳から13歳までドイツに住み、日本の教育業界などに携わったのち、2013年に再びドイツに戻り留学支援を行う松居温子さんは、発信力と傾聴力を育むドイツの教育がEUを牽引する国力となっていると話します。

「教育では、何よりも授業中に発言することが重視されています。ドイツは近年移民が増えている国ですが、それ以前から歴史的にみても多民族国家なんですよね。地図を見てわかるように、ドイツは9カ国に隣接していて国の端は全て国境沿い。いろいろな民族、言語、価値観を持つ人たちとコミュニケーションをとっていく必要がありました。

さらにEUにおいて国境はあってないようなもの。パスポートは必要なく、日本でいう県境と同じような感覚です。自由に行き来できるからこそ、いろいろな宗教や考えを尊重しなければという想いがあると同時に、自分の意見をしっかり伝え、多様な意見に耳を傾けることは現代の教育の礎となっているのです」

松居さん
松居温子/父親の転勤に伴い8歳から6年間をドイツの現地校に通い生活。慶応義塾大学を卒業後、日本銀行や教育業界での経験を経て、2013年に高野哲雄氏と共同で株式会社ダヴィンチインターナショナルを設立。ドイツのマイスター制度を活用し、日本の若者に「好きと得意と誇りを持って働く生き方」を目指してほしいと、職人を目指すためのドイツ留学支援を行う。

幼少期から自分で考え意見を交わす授業

学校の授業の大きな特徴は、“正解のない問題に対する子どもたち一人ひとりの考え方”を重視していること。ドイツで8歳から13歳まで現地校に通った松居さんは、当時から現在に至るまで、この価値観が一貫されていると話します。

「たとえば幼児保育で、『牛乳からできている加工物は何でしょう?』と先生が聞くと『アイスクリーム』『ヨーグルト』などといった答えが返ってきます。その中に『バニラ』と答えた子がいるとしても、先生は違うとは言いません。

『いい感覚を持っているね、バニラは牛乳と合うよね。バニラはどういうときに使うだろう?』と展開していく。先生は〇か×かではなく、どの意見も否定せず、司会者のようにまとめていくファシリテーターとしての役割を担っています。

 
※写真はイメージです(WavebreakMediaMicro- stock.adobe.com)

子どもたち一人ひとりの多様な意見が出てくることが良いとされ、小学校以降の授業も意見を発表し合う形で進んでいきます。

「地理の授業のテーマが”石炭”だとすると、昔の石炭採掘場の写真を見せるだけでなく、今はどんな状況なのかを比較したり、石炭を採掘する人々とそれを雇う人の立場に立って課題を考えたりします。そして『これから石炭はどうなるのか?』と環境問題に促していく。

授業ではとにかくいろいろな意見が出てくることがいい。それは社会に出ても同じです。お互いの意見を尊重しながら、それを集約させてひとつの道を作っていかなければならないわけですから。

主にテストの点数が評価の基準となっている日本の教育との大きな違いは、正解のない課題を振り考える力を養う教育です。子どもたちが将来社会に出て、正解のない課題を解決するための実践力を養っている点においては、ドイツでは教育が社会で生きる力につながっていると感じます。

私がドイツで学校に通っていた約40年前と大きく変わった点は、ギムナジウムと呼ばれる進学校では政治や地理などさまざまな授業を英語のみで行う授業を多く取り入れ、ドイツ語はもちろん英語でのロ述力を鍛えていること。本当の意味でのグローバル社会に若者たちが挑める環境を、教育現場で実現しているのです。

つまり小さなころからこうした教育理念で学ぶ子どもたちは、主体的に考え、意見を交わし、ディベートするなかで民主主義を学んでいるとも言えます」

学校での問題も子どもが主体的に解決

隣接国の多いドイツの社会では民主主義がベースにあり、話し合って解決する方法、折り合いのつけ方、そういったコミュニケーション力が重視されていると松居さん。自身の学校生活でも象徴的な出来事があったといいます。

「ドイツで小学校に通っていたとき、授業中にガムを噛んでいる先生がいました。それを見たクラスメイト達が、『先生がガムを噛んでいるなら、僕たちも授業中にガムを噛む権利がほしい!』と訴えました。

 
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)

そこで保護者が夜に集まる”Elternabend”で、子どもたちのガムを噛む権利について親たちが議論しました。『先生が授業中にガムを噛むなら、その先生の担当する授業では、生徒もガムを噛む権利を認めよう』ということになったのです。

『授業中に先生がガムを噛むなんていけないこと』と頭ごなしに禁止するのではなく、教室の中で問題が上がったら、民主主義を学ぶ場であると発想し解決するための知識にしていく。話し合って解決する方法、折り合いのつけ方、そういったものを授業の中で学んでいきます。

また、クラス内で人種差別的ないじめがあったときは、予定していた科目の授業をいじめの解決の時間に変更し、子どもたちと話をすることもあります。

ここでも教師は、一方的に『謝りなさい』ではなく、お互いの感情を知ることを大事にしながら対話をします。

なぜそれが起こったのか、いじめの発言をした子どもはどうしてその発言に至ったのか、言われた方はどう感じたか、どこがいけなかったのか、ということを、当事者だけでなく、クラスのみんなで議論をします。

また、いじめがクラスで解決ができない場合は、いじめている子どもの親にいじめをやめるよう促します。それでも、改善しない場合は、いじめている側の子どもが転校するのが一般的。子どもの小さな社会であろうと、互いを見守りつつ、逸脱した行為に対しては毅然と注意をするポリシーがあります」

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教育に組み込まれた民主主義は歴史の反省から

一人ひとりの発言を尊重し、さまざまな考えを受け入れたうえで答えを出していくという教育のあり方は、ドイツの国の歴史が反映されていると松居さんは語ります。

「現在のドイツの高い人権意識の背景には、第二次世界大戦時のナチス犯罪の反省が大きく関係していて、『あの歴史を繰り返してはいけない』という想いがあるのです。

 
※写真はイメージです(iStock.com/ewg3D)

思考が一辺倒になってしまった独裁政治の恐ろしさを教訓に、『民主主義であらねばならぬ』という強い意思が、多様な意見を尊重する民主主義社会を支えている。

民主主義を貫くためには、国家権力が国民の権利を阻害しないように個人の尊重が求められます。個人の声を大事にしなければ、民主主義は成し得ることはできないですから。

新型コロナウイルスが流行した際の対応においても、メルケル首相はできるだけ私権を制約しない形でルールづくりをしました。東ドイツ出身の彼女は、人々の移動の自由が制限されていた時代を生きてきた経験があるからこそ、移動の自由を含めた人々の人権の大切さを認識したうえで、政治を行っていると感じます。

とはいえ、個人の尊重といっても、自由な発想や考え方の全てが認められるわけではありません。エキセントリックな意見が上がった場合には、『あなたの考えだとこういう人たちが困らない?』『一方的過ぎない?』といった問いの投げ返しがあります。

人々の考えが混ざり合いながら馴染んでいく社会のあり方は、学校教育にも体現されていると思います」

 
※写真はイメージです(iStock.com/g-stockstudio)

生き方に誇りを持つための多様な進路

ドイツでは、小学1~4年生に当たる基礎学校を修了後にあたる5年生の段階で、大学進学や研究者を目指す進学コース『ギムナジウム』などのアカデミックな進路と、手工業または商業のスペシャリスト“マイスター”を目指し、専門スキルを学ぶ道として、『レアルシューレ(実科学校)』と『ハウプトゥシューレ(基幹学校)』といった進路に分かれていきます。

「10歳以前から自分の将来の職業を意識することになるため、自分はどう生きていきたいのかについて考える時期は、他の国の子どもに比べると早いかもしれません。

※写真はイメージです(iStock.com/Sneksy)

しかし、最近では、ギムナジウム、ハウプトシューレ、レアルシューレを合わせた『ゲザムトシューレ』という総合学校があります。

ゲザムトシューレは、大学に行くにせよマイスターになるにせよ、まだ進むべき道を決められない、あるいはどの道を選ぶとしても可能性を残しておけるコースです。大学を目指すには、大学進学資格である『アビトゥーア』の取得が必要ですが、キャリアが交差可能なゲザムトシューレは増えています」

これらの選択肢の中でもドイツ教育の大きな特徴は、マイスター制度にあると松居さんはいいます。

”マイスター”のはじまりは手工業が盛んだったドイツでは13世紀ごろ。徒弟・職人・マイスターという階級制度が次第に確立されてきました。しかし、産業革命の波に飲まれ、19世紀半ば以降になるとドイツでも急速に工業化が進むこととなったのです。

そこで職人の優れた技術を後世に残すための職能訓練制度として誕生したのが”マイスター制度”。1953年に法制化されました。

※写真はイメージです(iStock.com/cozyta)

「スペシャリストの最高峰国家資格である”マイスター”になるには、基幹学校・実科学校を卒業後、デュアルシステムというスペシャリスト育成機関に行き、企業のインターンと並行しながら、学校で学びを得なければなりません。

そうして、ゲゼレという国家資格を取得後、さらに経験を積む必要があります。

日本だと、大学進学が、職人や専門学校を目指す道よりもアカデミックと考えられがちですが、ドイツではものづくりの技術が尊敬される価値観があります。職人になり起業するとはドイツ人にとっての誇り。そもそもマイスターは簡単になれるものではありません。

たとえば、足にさまざまな悩みを抱える人のための整形靴や義肢装具士のマイスターになるには、ものづくりの技術のみならず、医学やラテン語も学ばなければなりません。

医師は診断をすることはできても、靴を作ることはできない。医師と連携を取りながら、一人ひとりに合わせたオーダーメイドの整形靴を作るのは、専門職であるマイスターにしかできない仕事なのです。

※写真はイメージです(iStock.com/tylim)

こうしたものづくりの仕事には、義肢装具、木工家具、また製菓や製パン、食品加工などの手工業マイスターと、自動車整備士、産業機械工、電気設備工などの工業マイスターがあります。ドイツ人の生活に必要なものはこれらのプロフェッショナルたちに支えられています。

日本では勉強ができるかできないかの差で、社会的ヒエラルキーの中で置かれる場所が決まってしまうことが多いのではないでしょうか。大学進学が、専門職に進む道よりもよりアカデミックと捉えられがちですが、そもそも学力はなんのために必要なのか。社会に出たら学力だけでは通用しないこともあるはずですよね。

マイスターの資格は、大学学部を卒業した学士と同等の扱いで、社会的地位も高いですし、ホワイトカラー同様に稼いでいます。さらに、取得した国家資格は、ドイツ国内のみならずEU全域で有効です。

つまり、国家資格の効力が認められ、社会的地位が確保されている、マイスターという道があるからこそ、子どもたちは自分の好きなことや得意なことを活かしたさまざまな道を歩むことができる。自分の仕事に誇りを持つことは、生き方に誇りを持つことに通ずるのではないでしょうか」


<取材・執筆>KIDSNA編集部

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<連載企画>世界の教育と子育て バックナンバー

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