【オランダの教育】個性と社会性を育む“オルタナティブ教育”

【オランダの教育】個性と社会性を育む“オルタナティブ教育”

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、オランダ教育の専門家であるリヒテルズ直子さんに話を聞きました。

<連載企画>世界の教育と子育て
“世界一子どもが幸せな国”として有名なオランダ。ユニセフ・イノチェンティ研究所が2013年に発表した『Innocenti Report Card11』での「先進国における子どもの幸福度」調査によると、教育の分野で1位を獲得しています。

伝統的な学校教育とは異なる“もう一つの教育”を示す「オルタナティブ教育」は、伝統的な教育が知識伝達を中心に組織されていたのに対して、子どもの全人的な発達を目指して、頭(認知的能力)の発達だけにとどまらず、心や手の発達、すなわち、社会性や情動、また、手を使ったスキルの発達などにも十分な配慮をして行われる教育です。

中でもオランダは、「教育の自由」によって公私立全ての学校に国から同等の教育費が支給され、しかも学校や教員の自由裁量権が高いため、オルタナティブ教育が広く広がっている国。

世界各国で暮らしたのち1996年からオランダに住み、2児の母として子どもを育てたリヒテルズ直子さんは、オランダに普及している様々のオルタナティブ教育の中でも、“共生”を育てることを目指したイエナプラン教育にひかれ、以後、日本に普及する努力を続けてこられた第一人者です。

今回は、そんなオルタナティブ教育をはじめ、オランダがなぜ“世界一の教育”と認定されるまでになったのかをさまざまな視点から紐といていきます。
リヒテルズ直子/九州大学大学院で教育学(修士課程)と社会学(博士課程)を修了。1981~1996年にマレーシア、ケニア、コスタリカ、ボリビアに在住後、1996年よりオランダ在住。小学校から大学までの育児に関わりつつ、オランダの学校教育と社会制度について自主研究。書籍・論稿などでの発表のほか、講演・ワークショップ、オランダの教育研究者・専門家らを日本へ招聘してのイベント、日本からの研究視察への協力や研修の企画実施など、日蘭両国の市民レベルの教育・社会交流の架け橋として活躍中。
リヒテルズ直子/九州大学大学院で教育学(修士課程)と社会学(博士課程)を修了。1981~1996年にマレーシア、ケニア、コスタリカ、ボリビアに在住後、1996年よりオランダ在住。小学校から大学までの育児に関わりつつ、オランダの学校教育と社会制度について自主研究。書籍・論稿などでの発表のほか、講演・ワークショップ、オランダの教育研究者・専門家らを日本へ招聘してのイベント、日本からの研究視察への協力や研修の企画実施など、日蘭両国の市民レベルの教育・社会交流の架け橋として活躍中。

オルタナティブ教育への道のり

社会の中での“人のあり方”を追求した教育理念

「オルタナティブ教育は20世紀初頭のヨーロッパやアメリカで始まった教育で、オランダでは特に、モンテッソーリ教育、シュタイナー教育、ダルトン教育、イエナプラン教育、フレネ教育の5つが主流となっています。

モンテッソーリ教育は、読み、書き、計算を教えるために子どもたちが実際に手に取って触れることのできる具体的な教材を作り、先生が刺激を与えることによって、子ども自身が発見しながら学ぶことを重視。

ダルトン教育は、子どもの内発的な要求、自発性の尊重のため、子ども自身が自分で決めた時間割を実行します。フレネ教育は子どもの積極性、自立性、好奇心を持って自分の言葉で表現することを重視した教育法です。

シュタイナー教育では、オイリュトミー(身体表現運動)をはじめとした芸術教育によって、自分の感情を知的行為としてではなく、心や体を使って表現することで個々の子どもの自発的な発達を大切にしています。
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)
このように、どの教育法にも共通しているのは、個性の重視と社会性の尊重です。個性の重視とは、子どもの自発的な好奇心や探求心を刺激し、個々の生まれもった性質や能力に応じてその成長を助けるのが教育だという考え方。

社会性の尊重とは、子どもを学校という世界に閉じ込めるのではなく、家庭や地域、自然界、そして教師や生徒との関わりを通して外界との関係に目覚めさせ、子どもが置かれている生活環境の延長線上にあるより大きな社会や、世界との関わりを重視するということ。

現在オランダでは、オルタナティブ教育を行うオルタナティブ・スクールの多くが都市部だけでなく地方にも普及し、公立校と私立校の両方にまたがっており誰にとってもごく身近な存在です。現在のオランダでは、オルタナティブスクールと銘打っていないごく普通の学校にも、部分的にオルタナティブ教育の考え方は広く取り入れられています」

個性を重視し、そして社会性を尊重する。そんな教育法がオランダで盛んになった背景には、どんな歴史があったのでしょうか。

市民運動から教育が変わっていった

「オルタナティブ教育をはじめとする近代的な教育は、20世紀初頭、産業化や都市化といった大きな社会変動の時期にはじまりました。それまでの子どもたちは、伝統的な共同社会の中で、家族や近隣の人々に囲まれ、仕事の場や生活の場が重なった社会の中で育ってきました。

しかし、急激な都市化とともに生まれた新しい賃金労働者の子どもたちは、そうした伝統的な人間関係や社会関係を奪われ、機械的な賃金労働の、しかも劣悪な労働条件や生活条件の中で生活する親たちの元で育つことに。このような子どもたちが人間として、また社会の一員として成長できる場を用意することが都市の学校教育にとっていかに切実な問題かと感じていた教育者たちが欧米やインド、中国などで始めた新教育運動がオルタナティブ教育です。
※写真はイメージです(iStock.com/halbergman)
※写真はイメージです(iStock.com/halbergman)
社会の急激な変化のなかで人間性を回復するためのオルタナティブ教育は1920年代からオランダに紹介され学校が設立されましたが、ブームとなったのは1970年代。

オランダでは、60年代後半から70年代にかけて、先進産業社会を背景に外国人の流入による異文化共存社会での倫理観・価値観の多様化が進み、女性解放運動や障がい者の権利運動など、機会均等や平等を求める市民運動が活発に。

その結果、人々の意識が急速に個人主義化し、価値観の多様化が進みました。幸い、オランダでは、それに先立つ1917年に既に憲法改正で「教育の自由」が確立しており、以下の三つの自由が公私立全ての学校に認められ、国が平等な教育費の支給を保証していました。

①理念の自由(宗派的・非宗派的倫理に拠る教育を行う自由)
②設立の自由(法定最低生徒数を集めて市民団体が学校を設置する自由)
③方法の自由(教科書・カリキュラム・時間割・学級編制などを独自に選択する自由)

このように、学校や教員に対して自由裁量権が高く認められていたことを背景に、オルタナティブスクールは再び注目を浴び、急増していきました」

子どもの世界を狭めない“教育の自由”が主流に

1917年に改正された憲法第 23条の「教育の自由」の存在と、1960年代という市民社会の成熟期に普及したオルタナティブ教育が公教育に大きな影響を与え、オランダの教育は国全体で大きく進化していきます。

「特徴的なのは、公立でも私立でも学費は無償であるということ。住む地域によって通う学校が決まる日本の“学区”がなく、自由に学校を選べます。学区がないことで、同じ地域でも、子どもたちはそれぞれ異なる学校に通っており、学校での社会関係だけではなく、地域に戻れば学校がそれぞれ違う子どもたち同士が出会い交流することができます。

小学校は原則として宿題を出しませんし、塾もほとんどありませんから、子どもたちは放課後に地域のスポーツクラブや音楽スクールに通います。そこで講師や面倒をみてくれる保護者などの大人と関わりを持つため、接する仲間や場が常に変わり、さまざまなコミュニティに属することで子どもたちは解放的な世界の中で社会関係を持っていくのです」
 

オランダで普及したイエナプラン教育

共同体としての学校

オルタナティブ教育のうちのひとつであるイエナプラン教育は、1924年、ドイツにあるイエナ大学の教育学者、ペーター・ペーターゼンが同大学の実験校で始めた教育モデル。子どもの教育は将来彼らが担う社会の方向を決めるものであり、そのために、教育活動は理想社会の姿を意識してそれに向かって行われるべきであるということを重要視しています。

オランダでは、これに基づきつつも、主としてフレネ教育の信奉者たちの手で受け継がれ、学校現場でのさまざまな試みを経て独自のものとして発展した、いわば“オランダ・イエナプラン教育”とも呼べるものでした。

「私は2000年代初頭、このイエナプラン教育と出会い、日本へ情報を発信し続けてきました。2010年には日本イエナプラン教育協会を設置し、翌2011年以来、日本人に向けて講習と学校視察を組み合わせた合宿研修を実施してきました。

こうした動きが、2019年に日本初のイエナプラン・スクールとして開校した長野県の茂来学園大日向小学校や、2022年に既存の公立小学校にイエナプラン教育を導入することを公表した広島県福山市、公立教育にイエナプラン教育を参考にしたいとの意向を発表した愛知県名古屋市など、日本での導入につながっていきました」

イエナプランの特徴は3つあります。まずは、異年齢学級であること。イエナプランでは、3学年にまたがる子どもたちが“ファミリー・グループ(根幹グループ)”という異年齢学級で共に学びます。
移民の子供達がたくさん通う普通の学校にもオルタナティブ教育の影響は大きい。(提供:リヒテルズ直子)
移民の子供達がたくさん通う普通の学校にもオルタナティブ教育の影響は大きい。(提供:リヒテルズ直子)
学年制で起きがちな、できる子・できない子のレッテル貼りが防止され、立場の交替によって役割意識と自尊心が育まれます。各生徒は3年間で年少・年中・年長の立場を経験し、8年間の小学校在学中、それを繰り返します。

次の特徴は、対話・遊び・仕事・催しという4つの基本活動を設けていること。
「毎朝の登校直後と下校前などに、各教室でグループリーダー(クラス担任)と生徒全員がサークル(円座)になって座り対話します。生徒たちは強制ではなく自発的に、関心事や感情を率直に表現します。

4~5歳の頃から全員で意見交換する経験をくり返すことで、自分の意見をもつ・意見をはっきり述べる・人の意見に耳を傾ける・学級共同体として共感をもつ、といった態度を身につけます。
グループリーダーとクラスの子どもたちが全員でサークルで対話をしている様子。(提供:リヒテルズ直子)
グループリーダーとクラスの子どもたちが全員でサークルで対話をしている様子。(提供:リヒテルズ直子)
時間割は、時限ごとに教科を並べたものではなく、子どもたちのバイオリズムを考慮し、対話・仕事(学習)・遊び・催しの4つの活動を循環的に行います。

朝の対話が終わると、5、6人ずつの小グループの席で自立学習に取り組みます。主体性は外から大人がつくるものではなく、どの子にも持って生まれた性質として備えられたものと捉えられており、学校の大人たちはこの子どもたちの好奇心や興味をさえぎらず引き出していくことに力を注ぎます。

子どもたちは他者の迷惑にならない限り、自分の活動の必要に応じて教室内や学校内を自由に主体的に動くことも保障されています。
廊下の大工道具を使って作業している子どもたち。危ないから隠すのではなく、危ないものを安全に使えるように見守り育てる。(提供:リヒテルズ直子)
廊下の大工道具を使って作業している子どもたち。危ないから隠すのではなく、危ないものを安全に使えるように見守り育てる。(提供:リヒテルズ直子)
昼食後には協働学習をします。総合的な学習や、音楽・図画工作・発表の準備などを通し、自分とは異なる能力をもつ仲間との協働が生む成果の大きさと、意見の対立する仲間との協働のむずかしさを実体験しながら、将来の“社会参加 ”の練習をしています。『学校はありのままの社会を映し出す鏡のようなものでなければならない』と考え、社会のすべての階層や背景の人々が集まる社会となることをめざしているからです。

こうしたイエナプラン教育をはじめ、これからの時代を切り拓く子どもたちに必要なのは、知識をただ頭に詰め込んで産業化のためだけに無心に使う力ではなく、まだ見ぬ新しい世界で起きるさまざまな課題に果敢に取り組む創造力と、国境の向こうの文化や宗教、言語や習慣が異なるさまざまな人々と協働する力だと思うのです」

“ホンモノ”を学ぶワールドオリエンテーション

オランダの教育文化科学相は、1981年に新初等教育法が発布されて以来、初等教育の必須科目として、「人類と世界へのオリエンテーション」という科目を指定しています。この科目が導入された背景にはイエナプラン教育の影響があります。

これは一般的にワールドオリエンテーションと呼ばれ、生きたホンモノの題材をもとに子どもたちが協働で探求する授業。単に理科と社会科を組み合わせた学びではなく、国語や外国語、算数、図工、演劇など全ての教科に関係づけられて行われる学びです。

「ワールドオリエンテーションはイエナプラン教育のハート(核)と呼ばれており、子どもたちの経験世界で出会う事物や時事などを取り上げ、それをもとに共同で学習を進めます。

テーマに対する子どもたち自身の問いをもとに、教員から得た知識やスキルを応用して、情報収集・観察・インタビューなどをしながら探究していく授業です。
幼児教室の教室にはいちにちの流れをイラストにして壁に貼っている。こうすれば子どもたちは、主体的に次の時間の準備や心構えができる。(提供:リヒテルズ直子)
幼児教室の教室にはいちにちの流れをイラストにして壁に貼っている。こうすれば子どもたちは、主体的に次の時間の準備や心構えができる。(提供:リヒテルズ直子)
科目ごとに教科書を分ける方法では、物事を単純化・抽象化して教えることで、教員も教えやすいしテストもしやすく、数値で生徒の能力を測りやすい。

たとえば算数なら、普段の生活の中ではケーキを切ったり、ジャンケンしてグループを分けたり、川を飛び越えたり、算数の考え方を使う場面がたくさんあるにも関わらず、教科書では『りんごが5つ並んでいます』といった話になるんです。

私たちの日常生活の中で、りんごが5つきれいに並べて置いてあることなんてそうそうないでしょう。りんごはカゴの中に入っていたり、あるいは木になっていたりするものですよね。

子どもの世界っていうのは、本来すべてがつながってできているもの。りんごは木になっているものだし、そのりんごに虫が飛んできたり鳥が飛んできて突いたりする、さまざまな自然や生態系のなかでつながっているのが世界であり、子どもはそれを難なく受け入れていくわけです。

科目ごとに分けた教科書で、テストの点数を取るための問いと答えだけを求める教育では、そんな子どもの世界を単純化させてしまう。すると、子どもにとっては学ぶ意味を感じず、おもしろく感じなくなってしまいます。

でも、本当の学びというのは、“えっ!”と思う瞬間、つまり好奇心からはじまるもの。たとえば去年はミツバチがいっぱい来たのに、今年はミツバチが全然来ないな、どうしてだろうって。この好奇心をもとに、それをいろいろな角度から理解しようとすることによって、昆虫がいなくなっているという世界への関心につながっていくんです」

<イラスト>大角アスカ
<取材・執筆>KIDSNA編集部

<連載企画>世界の教育と子育て バックナンバー

2020年06月02日

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