【オランダの子育て】働き方改革で得た理想のワークライフバランス

【オランダの子育て】働き方改革で得た理想のワークライフバランス

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、オランダ教育の専門家であるリヒテルズ直子さんに話を聞きました。

働き方改革で子育てもしやすく

“世界一子どもが幸せな国”として有名な国、オランダ。ユニセフ・イノチェンティ研究所が2013年に発表した『Innocenti Report Card11』における「先進国における子どもの幸福度」調査では、物質的豊かさ/健康と安全/教育/日常生活上のリスク/住居と環境の5分野のスコアで総合1位を獲得しました。

また、11歳、13歳、15歳の子どもを対象にした「子どもの生活満足度(The children’s life satisfaction league table)」調査においても、オランダは約95%を最高水準であることが分かっています。

世界各国で暮らしながら2児の母として子育てを経験したオランダ教育の専門家であるリヒテルズ直子さんは、オランダの子どもが幸せな理由は、大人の働き方にあると話します。

リヒテルズさんプロフィール写真
リヒテルズ直子/九州大学大学院で教育学(修士課程)と社会学(博士課程)を修了。1981~1996年にマレーシア、ケニア、コスタリカ、ボリビアに在住後、1996年よりオランダ在住。小学校から大学までの育児に関わりつつ、オランダの学校教育と社会制度について自主研究。書籍・論稿などでの発表のほか、講演・ワークショップ、オランダの教育研究者・専門家らを日本へ招聘してのイベント、日本からの研究視察への協力や研修の企画実施など、日蘭両国の市民レベルの教育・社会交流の架け橋として活躍中。

働き方を自由にアレンジして育児時間を充実

“子どもが世界一幸せになる”大人の働き方とはどんなものでしょうか。リヒテルズさんは、約40年をかけて醸成された働き方改革によって、現在の柔軟な社会がつくられたと話します。

「オランダでは、夫婦お互いにフルタイムで働いていても、子どもが生まれると、勤務日数をお父さんが週4日、お母さんが週3~4日などに減らす家庭がほとんど。どちらもフルタイムで働いてはいませんが、非正規ではなく正規雇用です。

そうすると週に2~3日は休日となり、平日も両親のどちらかが自宅で育児に関わる日ができ、仕事と育児を両立できるワークライフバランスが整っています」

仕事風景
※写真はイメージです(iStock.com/Cecilie_Arcurs)

オランダの働き方の大きな特徴は、そのときどきのライフステージに合わせて、どこで働くか、週に何日、何時間働くかをアレンジできる柔軟性にあります。

「フルタイム勤務を選んでも、パートタイム勤務を選んでも、契約する労働時間が違うだけで時給などの待遇に変わりはありません。福利厚生などの保障、年金や産休・育休の制度も変わらず取得できます。

日本のような正規・非正規雇用という概念がなく、オランダではどちらも同じ権利を持っています。そのため、出産・育児でキャリアが中断されることもなく、パートタイムワーカーで管理職という方も多いためキャリアを諦めずに済みます。

また、結婚・出産・親や家族の病気など、ライフスタイルの変化によって、就業時間を減らす交渉も、またはパートタイムからフルタイムに戻すこともフレキシブルに可能です」


大規模な働き方改革の歴史

「これを実現しているのは、働き方を変えるためさまざまな施策をやってきた歴史にあります。

オランダが深刻な経済不況に苛まれた1982年、失業率は約12%と高く、企業側はいつまでも不況から脱せず、労働者は失業にあえぎ、政府は失業手当が膨らむといった状況でした。

そこで、労働組合と企業家、政府が話し合い、労働者は企業に対する賃上げ要求を低く抑えること、そしてひとりあたりの労働時間を短くして多くの人が働けるようにする早期退職制度などを取り決めた『ワッセナー合意』に達しました。

これにより新しい企業投資もでき、人件費を低く抑えられて経済は回復し、失業率もダウン。この『ワークシェアリング制度』により、国を挙げて“働き方を変えていこう”という潮流が生まれたのです。

その後、1996年には『労働時間差別禁止法』でフルタイムとパートタイムの待遇格差を禁止し、2000年には『労働時間調整法』によって時間当たりの賃金を維持したまま労働時間の短縮や延長を要請できる権利が誕生。

翌2001年の『労働とケア法』によって、出産・育児休暇も取得できるようになりました」

砂場

労働者が主体的に働き方を決められる環境では、1週間の中での勤務時間が限られていることで仕事の作業効率も上がるとリヒテルズさんはいいます。

「たとえば、週3日の就業と決まっていれば、決まった時間に終わらせるように効率化を図り、短い時間にやり切るようにします。

確実に今日のこの時間帯にはこれをやると決めてチームで協力し合う方が、効率的に仕事を進められる。オランダ人は、とにかく不必要な残業はせず、とにかく効率性を最優先しているんです」


子どもと過ごす時間の確保

子育て世代へのメリットだけでなく、祖父母世代もワークシェアリング制度をうまく活用し、仕事と家庭のバランスが取りやすくなっています。

「定年退職を数年後に控えている方の中には『もうフルタイムでは働きたくない』と考える人もいます。企業の役員や学校の校長先生、公務員のなかでも、週に4日働き、平日の残りの1日は孫の面倒を見ているという方も多い。

そうすることで両親以外にも、祖父母や保育士さんなど子育てに関わる大人が多彩になり、さまざまな大人がゆったりと楽しみながら子育てをすることで子どもも寂しくなりません。

祖父母と子ども
※写真はイメージです(iStock.com/nd3000)

ワークシェアリング制度は、ママがすべての家事や育児を請け負って家庭収入が減るということが起こりにくく、共働きで適度に収入も維持しながら平日休みも取れるため、家庭での時間を確保できる。保育料の負担が減り親子のふれあう時間も増えるので一挙両得。

そのため、オランダでは午後5時頃には帰宅するのが当たり前で、夕方のラッシュアワーの時間帯は日本より早めの午後4時半から5時頃。午後6時には家族団らんで夕食を囲む家庭が多いんですよ。

毎日の食事は、家族全員で食卓を囲んで取ることが多いし、有給休暇をたっぷり使って夏と冬の休みに家族全員で休暇を過ごすことも多いので、親子の会話が豊かです。

WHO(世界保健機構)のHEALTH BEHAVIOUR IN SCHOOL-AGED CHILDREN (HBSC)による2016年に発表された国際レポート「不平等な成長:若者の健康と福祉における性別と社会経済的差異(Growing up unequal: gender and socioeconomic differences in young people's health and well-being)」では、2013~2014年に行われた調査で世界的に見てもオランダの子どもたちは思春期になっても何か困ったときに父親や母親に一番に相談する割合がとても高いんです。

食卓
※写真はイメージです(iStock.com/skynesher)

両親は仕事をしつつも家庭生活や地域の活動、子どもの学校活動などに関心を持って参加できるため、どちらか片方ではなく夫婦で助け合いながら、子どもが落ち着いて安心できる環境を作ります」

教育も子育ても根幹は“共生”

ひとりひとりの自己肯定感を育む

オランダでは、家庭でも学校でも、子どもが自分自身をありのままに受け入れることのできる“自尊感情”や“自立心”を育むかかわりを重視しています。

「たとえば『もう〇歳なのにまだできないの?』というふうに、ある年齢になればどの子もみんな同じことができるのは当然と考えると自立心は育ちません。

大人は子どものできないことばかりに目を向けず、そして他の子とも比べずに、その子が今できるようになったこと、夢中になって取り組んでいること、得意なことなど、その子のよさや強さに目を向けます。

工作

子どもは植物と同じで、ある子どもは早い時期から次々と花を咲かせるように早く何かに成功するかもしれないけれど、また別の子どもは長い時間をかけてゆっくりと成功への道を歩き、大木のような存在になる。

人生の山や谷は、ひとりひとり違う時期に違う形で起きるものなのです。今の大人は、『いい大学に行かなきゃいけない。いい会社に入らなきゃいけない』とまるでみんながみんな同じような植物だと思い込んでいるところがあります。

人それぞれの道があって、人ぞれぞれの成功があり、そのためには自分の得意なものを自信を持って学び続け、磨き続けることが大切ですね。

親もひとりひとりの個性に注目することで、目立つ子やお利口な子だけがほめられるのではなく、どの子にも褒められることを見つけられるはずです。そうすれば子どもも自信を持ってさまざまなことに挑戦していきますし、他の子がほめられているときも一緒に喜びを分かち合うことができる。

自分の良さは、他の人といるときに見出すことができるし、また、他の人の優れた点は、自分に自信があるときに認めることができる。だから、成長していく上で、子どもは、他の子どもの中で社会関係を持ちながら育つことが大切なのです。そして、それは、将来大人になったときに、自分と他者の優れた点を受け入れ、共に社会のために貢献していく、すなわち“共生”を学びながら育っていくということです」


個性を合わせて協働することを経験していく

このように、人類社会は、産業化とグローバルによって、今日、さまざまな問題に直面しています。そんな中で、ヨーロッパの中でもいち早く市民社会を実現させてきたオランダの根幹にあるのは、“共生”という考え方です。

教育においても、市民運動が起こった1960年代頃から、それまでのような、軍事力や経済力の強化だけを目指した競争的で非人間的な教育から、市民参加の民主社会を目指した共生的で人間的な教育へとシフト。

人権の大切さを理解し、市民として責任を持って社会に参加することを教える「シチズンシップ教育」や、障がいがあってもなくても、個別のニーズに応える支援を受けながら、自分の望む場で教育を受けられる「インクルーシブ教育」の発展とともに、国の教育行政も画一一斉授業を廃し、個別のニーズと市民性を重視するようになっていったのです。

「ヨーロッパでもアメリカでも、画一教育から個別教育に移ったときは個人主義の広がりを伴う時代でした。しかしそれだけではなく、ひとりひとりの個性をお互いに尊重し受容しあって一人では生み出せないものを協働で生み出していくという考え方が必要です。

対話

自分を知り、自己肯定感を育むと同時に、相手がどんな存在なのかっていうことを受け入れることも大切なので、そのために学校教育では対話やグループ活動、協働学習が重視されています。

日本ではテストの点数や成績さえ良ければ優等生と見なされがちですが、勉強ができる子が必ずしもリーダーシップがあるとは限らない。人の心が分かるとも限らない。あるいは運動能力があるとは限らない。プレゼンテーション能力があるとも限らないわけです。

でも、子どもの中には、リーダーシップを発揮して、子ども同士の関係をうまく調整しまとめることができる子がいるものです。あるいは、いつも黙っているけど絵を描かせるとものすごく上手い子が、たとえばプレゼンテーションとか催しとかをやるときに、絵を書いたり舞台装置を作ったりするとすごく輝いてくるわけです。

そして、このリーダーシップとか絵を描くことがうまいとか運動能力がある子どもたちを輝かせることによって、いわゆる優等生もそういう子どもたちの才能を尊重するようになってほしい。

プレゼン

みんなに同じことを同じテンポで教えるというのは、みんなを同じ四角い形の箱のようにすることだと思う。確かに皆が四角い箱のようであれば積み重ねることだってできるし、並べることだってできるけど、その箱自体はどれも一緒だからちっともおもしろくない。

そうじゃなくて、ひとりひとりが丸い形、三角の形とさまざまな形を持っていることで、お互い力を出しあった時にものすごく大きな力を生み出せるという経験を積むことが大事なのです。

ひとりひとりが皆同じような力しか持っていなかったら10人集まったってひとりの10倍の力にしかなりません。でも、ひとりひとりがそれぞれ自分の個性や得意な面を尊重され、それを最大限に伸ばされていたら、そういう子が10人集まったときに10倍どころか20倍、30倍の大きな成果を生み出せるかもしれない。

これからの時代に大切なのは、答えのない問題に立ち向かい、想像力を働かせて問題を解決する力。それも、ひとりでは到底かなわない大きな問題を解決するために、文化や言語、宗教や習慣が違う他者と協力する力ではないでしょうか。

すでに、世界中の人たちが協力してみんながお互いを受け入れ尊重し合わなければ、人類社会が直面している大きな課題は解決できないという時代にきているのです。

子どもたちは学びたいし、世の中に出たくて仕方がない。その子どもたちを導いていく大人自身がもっとお互いの良さを受け入れ合い、子どもたちと一緒に、新しい時代の地球市民として当事者意識を持って子どもたちの成長に関わっていくことが何よりも大切なのだと思います」


<イラスト>大角アスカ

<取材・執筆>KIDSNA編集部

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