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【天才の育て方】#08 竹内愛理 ~純粋数学を使い新たな発見に懸ける理系女子
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KIDSNA編集部の連載企画『天才の育て方』。#08は竹内愛理にインタビュー。慶應義塾大学では工学を学び、大学院では純粋数学を研究する理系女子。工学と理学に精通する彼女はその才能をどのように育み、女性研究者についてどのような思いを持っているのだろうか。
「女性研究者のロールモデルになる」
「理学と工学の垣根をなくす」
こう語るのは、工学と理学を学び、国際会議などにも登壇する理系女子、竹内愛理さん(以下、敬称略)。
慶應義塾大学理工学部を卒業し、その後同大学大学院にて純粋数学の研究を行う傍ら、理化学研究所(以下、理研)の数理科学チームにも研究補助として参加。この秋からは博士号取得のため、ドイツの大学院への留学を予定している。
ソフトバンクグループ代表取締役会長 兼 社長である孫正義氏が「高い志と異能を持つ若手人材支援」を目的として設立した公益財団法人 孫正義育英財団が支援する人材でもある。
数学を「単なる教科の1つ」と考えていた彼女は、どのようにして理工学の分野に興味を持ち、その知識を深めてきたのだろうか。そこには学問だけにとらわれず、人とのつながりを大切にする彼女のパーソナリティが関わっているようだ。彼女の育ってきた背景から、そのルーツを紐解いていく。
苦手意識が好きのきっかけ
理工学は、私たちの生活をより便利に進化させるために欠かせない知識と技術である。数学を活用する分野として苦手意識を持っている人も多いのではないだろうか。でもそんな苦手意識が、好きになるきっかけになるのだとしたら?彼女の理工学への第一歩は、そこから始まっている。
きっかけは数学テストの最低点
――現在は大学院にて純粋数学を研究されていますが、数学や工学にはいつ頃から興味をもったのでしょうか?
「中学1年のとき、数学で最低点をとりました。それがすごく悔しくて、真面目に勉強をしてみたら結構面白かった、というのがきっかけです。数学の面白さに気づいてからは楽しくなり、中学3年になるころには『数学が好き』と言えるまでになりました」
――そこから工学へとつながったのですね。
「数学は工学に近いようでいて、一歩離れているのです。数学を学術的対象として真理を突き詰めていくのが数学で、数学を使った技術を世の中に役立てようというのが工学。私は数学そのものを面白いと思ったのと同時に、数学を使ってみたいという気持ちから、高工学の特に電子工学に興味を持ちました」
原動力は負けず嫌い
――苦手を意識し克服しようという習慣は幼い頃からあったのですか?
「昔から自分を客観視して自分の苦手に気づくのは得意でした。幼い頃は内向的で、人前で話すなんて論外でしたが、それも自覚して少しでもできるように努力をしていました。負けず嫌いなのですよね。『できない』が『できる』に変わると楽しくて快感でした。ただ、苦手なことすべてを克服する必要はなく、在りたい自分に近づくためにがんばる、という感じです」
人とのつながりで世界を広げる
――そうした苦手の克服は、今、どういった部分で活きていますか?
「人と話すことが好きになってからは、友人だけでなく先生に質問したり話しかけることがすごく好きになりました。その貪欲さが認められたのかはわかりませんが、大学の教授が理研でチームリーダーをされていて、『純粋数学を使った人工知能の研究に興味があるか』とお誘いを受けたのをきっかけに理研に参加することができました。孫正義育英財団に応募しようと思ったのも、理研の方からご紹介を受けてのことです」
――先生や人とのつながりが活動のカギになっているのですね。
今では理工学分野の国際会議で口頭発表を行うなど積極的な活動をみせる彼女からは、数学の最低点や内向的さは微塵も感じられない。苦手を克服し新たな自分を発見する楽しさは、「新たな何かを見つける」ことに注力する研究者としての原点なのかもしれない。
女性研究者としてのスタンス
理工学部には男性が多いイメージがあるが、実際に現在もそのようだ。その理由について彼女はどのように考えているのだろうか。理工学に対して感じている魅力や研究者としての自身のスタンスなどについて聞いた。
数学は個性を出せる学問
――数学に苦手意識のある人は多いと思いますが、どこに面白さを見出しましたか?
「答えにたどり着く過程のなかで比較的自由度があって自分の個性を出すことができる、それが数学の面白さです。例えば証明問題などではオリジナリティが出せると感じていました。計算ドリルのように決まった過程で解く問題はあまり好きではなかったです」
――自分流で解ける、ということなのですね。
「同じ意味で国語の記述問題も好きでした。読解や論説文は、数学と同じく論理だと思っていて、論理を積み重ねていけば答えが出る問題が得意でしたね」
数学は人を選ばない
――理工学部に女性が少ない理由を竹内さんはどう考えられていますか?
「女性研究者としてのロールモデルが少ないというのが一番の理由ではないでしょうか。大学の教授や先輩が男性ばかりだと、自分の人生を重ねづらいというのは当然あると思います。あとは、数学や工学の世界には頭が良い人が多い、という先入観が原因だと考えています。完全にジェンダーバイアスではあるのですが、女性の方が『自分の能力に自信が持てない』と考えている人が多いという話を聞きました。そんな難しい世界は自分には無理、と思ってしまって、その時点で選択肢から外されてしまうのだと思います」
――理数系はそれが得意な人たちだけが選ぶものと考えがちですが、違うのですね。
「もちろん数学や工学の分野には天才と呼ばれる人が多いのは確かですが、万人に対してオープンな学問であることを私は伝えていきたいです。苦手意識は興味関心があるということ。だから『数学は苦手』と考えているのなら、むしろそれは良いことで、そこからスタートすれば『数学は面白い』に変わる可能性も十分にあります」
突き詰めることが好き
――女性の研究者も、男性に比べ少ないと思いますが、研究者に向いていると思う素質などはどういったところでしょう?
「向いているといえるのかはわかりませんが、疑問に思ったことを突き詰めていくことが好きなので、研究は楽しいです。研究をしているときは私は自分に興味関心がなくなり、ある意味自分を捨てることだと考えています。自分に興味関心がない瞬間って、生きているなかで、あまりないですよね。何かに没頭しているときでないと、常に第3者から見た自分が気になってしまう。私は自分以外に没頭できる何かがあることは、とても大事だと思っています」
数学の面白さや、その面白さを見つけられれば誰もが楽しむことができると語れるのは、自身の克服があったからこそだろう。彼女こそ、数学の本質を見極めているのかもしれない。
最低点克服から受験に至るまで
慶應義塾大学大学院へと進み、今秋よりドイツへ博士号取得のために留学を予定している彼女は、どのような勉強方法で取り組んできたのだろうか。
好きを活かした勉強法
――冒頭で「最低点からの克服」についてお話いただきましたが、どのような勉強方法をされていましたか?
「読書が好きだったこともあり、教科書よりも言語で説明されている数学の本を読むことから始めました。その時に純粋数学の0の起源や0が発見された歴史について書かれている本と出会い、抽象的な数学への興味へとつながりました」
目前のゴールより先を見る
――慶應義塾大学を受験されたときも、独自の勉強法などはありましたか?
「受験勉強は高3から本格的に取り組みましたが、息抜きに学術書や大学の数学の本を読んでいました。受験に役立つか否かではなく、あえて関係のない本を読むことで『私のゴールはここ(受験)ではない』ということを意識するようにしていました」
――大学入学後の勉強について調べられていたのですね。先のことを考えると、モチベーションにもなりそうですよね。
「そうですね。その分ハードルが低く見える気がして。受験をゴールとして考えてしまうのは、精神的にもよくないと思っていたし、受験勉強ばかりやっていると勉強が嫌いになりそうでした(笑)」
腑に落ちるまで時間をかけて解く
――塾などには通われていましたか?
「高校が夏期講習を開いていたので、塾には短期講習以外通わず、どうしても自分で解けない場合は、先生や友人を捕まえて教えてもらっていました。これは大学に入ってからも同じで、あまりに初歩的な質問だと恥ずかしいこともありますが、背に腹は代えられません(笑)。機会を逃しこの先知ることができないのはもったいないとも思っていました」
――吸収できることをできるときにできる限り吸収する。でも実はご自身で考え尽くすのも好きだとか。
「好きですね。わからない問題はじっくり時間をかけて、腑に落ちるまで考え続けることは得意でした」
天才ができるまでのルーツ
彼女は共働きのご両親と祖父母の2世帯家族で育ち、お祖母さんから躾を受けながらも、寂しさを感じることなく自由に過ごしていたという。ご両親との思い出について聞いた。
母から譲り受けた読書習慣
「幼い頃、母が毎晩必ず絵本の読み聞かせをしてくれたことを覚えています。それもあって、字が読めるようになると自分で絵本を選んで読むようになり、小学校のときも本ばかり読んでいました」
――読書の習慣が、幼い頃から身についていたのですね。
「図書館に籠って読み耽ることも多かったです。母とは、お互いに面白かった本をシェアすることもよくありました」
両親は唯一無二のサポーター
――海外旅行に1人で行かれたり、高校や大学の受験もすべてご自身で決められたそうですが、ご両親から止められたり、意見がぶつかることはなかったのですか?
「ないですね。心配はしていたと思いますが、私が決めたことだからという全面の信頼をおいてくれていました。数学科の女友だちの話だと親から『就職に向いてないからやめた方がいい』など言われたそうですが、私は一切言われませんでした。私がやることを非難も否定もしないでいてくれたことに、感謝しています」
――壁にぶつかったとき、励まされたりした経験は?
「励まされることもありませんでした。ただ、私がやることを認めてくれていた。学校に行きたくないときも、宿題をやりたくないときも、何も言わずにただ一緒に過ごしてくれていました。自分で気づくように考えていてくれていたのかもしれません」
母親の「聞く」コミュニケーション
――ご両親は共働きだったそうですが、寂しいと感じたことは?
「感じたことはなかったですね。小さい頃から、私の一方的な話を、母はとにかくよく聞いてくれました。一緒に過ごす時間は短くても、向き合ってくれている感覚を感じていたのだと思います。
むしろ大学入学後1人暮らしを始めてからが寂しくて(笑)。よく電話をしていましたし、今も留学を控えているので、よく実家に帰っています」
子どもの意思決定を尊重し、サポートはしてもアドバイスをしない徹底さに彼女は「何かに迷っても味方がいる心強さ」を感じ自信をもって行動ができたという。
分野を超えつなげる女性研究者
理工学に精通する彼女だが、同分野の女性研究者は少なく、ロールモデルがいないのが現状だ。自身の道を自分らしく切り開くために、彼女は今後どのような活動を考えているのだろうか。
分野の垣根を超える
「専門を変えていることもあり、理学と工学、どちらの垣根も知っていることが私の強みでもあります。さらにはそれぞれのプロの方ともつながりがある。そのつながりを活かした共同研究を実現していきたいと考えています」
――理学と工学の垣根をなくす、という目標は、以前から掲げていますよね。
「今、工学に純粋数学が使われるようになり、人工知能分野にも純粋数学者が協力する流れができています。実際私も、コミュニケーションロボットの分野で活躍している大澤正彦さんと共同研究を進めています。
私が理論的なことばかりをやってきたので、最適化の理論などをロボットとのインタラクションに応用してみよう、というので今まさに取り込み中ではあります。その他に企業や他分野とも共同研究を行っています」
女性研究者のロールモデルを目指す
――理工学分野の女性研究者は少ない印象ですが、竹内さんは今後どのような活動を視野にいれていますか?
「研究者として、自分が持っている数学や工学の知識や人との繋がりを使い、理学と工学だけでなくあらゆる分野をつなげていく役割を果たせたらと考えています。それと併せて、数少ない女性研究者のなかの1人として、女性研究者が生きやすい社会づくりに貢献していきたいと思っています。将来的に結婚や妊娠、出産などあるかもしれませんが、子どもを理由に研究を断念したくないと考えると、そういったロールモデルに自分がなれたらと考えています」
天才にきく天才
理工学の世界は歴史も深く、関連するジャンルも非常に多い。さらには女性研究者が圧倒的に少ないこの分野で、彼女は人に助けられ、人と異分野をつなげることで彼女だけの特異性を見出している。その存在感をこの分野で作り出せることこそが天才のように感じるが、彼女自身はどのように考えているのだろうか。
天才が思う天才の人とは
――竹内さんからみる天才や、天才の定義を教えてください。
「天才的だと感じる人は、数学科にたくさんいました。もちろん歴史的な天才は天才として存在していますが、私のなかでは『論理の構築がとても速い人』という認識です。普通だと何ステップも踏んでやっと高みにたどり着くのに、天才はこのステップを一瞬で飛び越えていく。スタートからゴールまで、順序に従ってやれば他の人にも理解できるルートを素早く見つける人こそ天才なのではないでしょうか」
竹内愛理はなぜ天才なのか
――竹内さん自身はなぜ天才なのだと思いますか?
「どの学問の世界にも考えたり組み立てるセンスがあり、自分がそのセンスを持っていたら一番よいのかもしれないけれど、人のセンスを見抜くことも大事。センスのある人の思考をトレースする、自分で一から理解することは、もっと大事なことだと思います。私自身は少しも天才だとは思いませんが、天才の思考に追いつくために、そういった地道なことを大切にしています」
編集後記
最低点をとったところから理工学分野の研究者へと駆け上がった彼女の話には数学への愛があり、理工学とはなんぞや、数学は難しいと思い込んでいた筆者でさえ、工学も数学も実は面白いのではと感じられた。
KIDSNA編集部