もはや、あの佐野眞一ではなかった…2人のデータマンが見た「ノンフィクションの巨人」最後の日々

もはや、あの佐野眞一ではなかった…2人のデータマンが見た「ノンフィクションの巨人」最後の日々

2022年9月、75歳で病死した「ノンフィクションの巨人」佐野眞一氏。『巨怪伝』(正力松太郎)、『カリスマ』(中内功)など戦後日本を形成した巨人たちの評伝や、ベストセラー『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』など、ノンフィクションの名作、大作の数々を残した佐野眞一氏の足跡を、かつて佐野氏のデータマンでもあったノンフィクションライターの安田浩一氏がたどる――。

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ノンフィクション作家・佐野眞一氏。1947年1月29日―2022年9月26日

紙の海と紙の山に囲まれて

久しぶりに彼の家を訪ねた。昨年末のことだ。

玄関のドアを開けると紙の匂いがした。雑然としていた。華やかなものが一切ない部屋の中は、古い写真の印画を見ているような気持ちにもなった。

整理を諦めたらしい新聞は、紙面を開いたまま床の上に広がっていた。本や雑誌が各所で小さな山をつくっている。大量の受注がありながら、作業が全く進まない印刷工場のようでもある。

彼――佐藤齋さん(71歳)は、紙の海と紙の山に囲まれて暮らしている。一応、座卓の上にノートパソコンは置いてあったが、長く触れてもいないことは、薄い埃の膜に包まれた天板を見ても明らかだった。

「最近は(パソコンに)火を入れていない」と言う。そうした物言いも含め、相変わらず“紙の国”に君臨する佐藤さんを、私はただただ愛おしく感じた。

「最近、ますます食欲がなくなってきたんですよ。酒も控えるようになりました」

もう20年以上の付き合いになるのに、佐藤さんは年下の私にいつも敬語で話しかける。いや、たとえ10代の学生であろうとも、相手を「さん付け」で呼び、敬語で通すのが佐藤さんという人間だ。ここまで腰が低い人を私は他に知らない。

どこか緩慢な動きは年齢にふさわしいものだろうが、会うたびに痩せていく佐藤さんの姿は、少し痛々しくも感じられた。もともと、食に対するこだわりのない人だった。好きな日本酒さえあれば、小皿に盛った塩だけで何時間も飲み続けることができる。肉や魚に興味を示さず、「野菜だけは取らないとね」と言いながら、ときおり、薬でも飲むようにトマトや漬物を義務的に胃袋へ流し込むのが、酒場における佐藤さんの作法だ。そんな生活を続けていれば、年々痩せていくのは当然かもしれない。

佐藤さんは、私が尊敬するライターだ。いや、尊敬できるライターなんて何人もいるが、頭が下がるライターは、そう多くもない。佐藤さんはその一人だ。いまは生活のために書き仕事から離れ、警備員の仕事に追われているとはいえ、私にとってはかけがえのない先輩ライターであることに変わりはない。

世間的には無名に等しく、単著があるわけでもないが、私はこの人から多くを教わってきた。特に近現代史における知識と、関連書籍の読書量は図抜けており、半端ない調査能力にはいつも舌を巻くしかなかった。佐藤さんが書いた手書きの原稿に目を通すたび、私は背筋を伸ばした。原稿用紙を埋める端正な字面は、佐藤さんの性格そのものだった。それがどんな内容であったとしても、歴史に残る貴重な古文書にも見えた。

実は、そんな佐藤さんがいなければ、私はいま、こうしてノンフィクションライターの仕事を続けていたかどうかもわからない。逆に言えば、引き返すことのできないぬかるんだ道に、私を引き込んだ張本人でもある。

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