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【小児難聴】集中?無視?聞こえていない可能性はありませんか 耳鼻咽喉科医が解説
子どもの成長において大切な五感の一つ、聴覚。しかし、たとえ難聴であったとしても、幼い子どもは自分で聞こえにくさを訴えることはできません。家庭でできる聞こえのチェック方法や、聴力と子どもの発達の関係、小児難聴の早期発見の重要性について、千葉県こども病院の仲野敦子先生にお話いただきました。
大人よりも深刻な問題を抱える「子どもの難聴」
――子どもの言語発達と聴力はどれくらい関係するものなのでしょうか。
もし生まれた時から全く音が聞こえずそのまま放置されたら、音声言語の獲得は難しいです。そうなると手話などでコミュニケーションをとることになります。
中等度の難聴で聞こえにくい場合も耳から入る情報が少ないわけですから、言語の発達が遅れる場合もあります。
――どれくらい聞こえに問題があると「難聴」なのでしょうか?
「聞こえない」だけでなく「聞こえにくい」場合も難聴です。
60代、70代以降では、会話はできるけれど聞こえにくいという方もいますよね。誰でも年齢と共に難聴になる可能性がありますが、ご高齢の方は単語を知っているため聞こえにくくても会話ができるのです。
たとえば、「サカナ」と言っても「タカナ」と言っても「魚」のことだと理解することができる。
しかし、子どもの場合は「サ」と「タ」が聞き取れず、周りの人が「タカナ」と言っているように聞こえていれば、ひらがなで「さかな」という文字を見ても音で聞いた「タカナ」と繋がりません。
また、「私は〇歳です」と「私も〇歳です」では意味が変わってきますよね。日本語は助詞が聞き取れないと、きちんと理解することが難しいのです。
こうした音声言語の獲得が難しい難聴の子どもは、ご高齢の方の難聴とは全く別の問題を抱えています。
――言葉を知っていれば多少聞こえなくても文脈で理解できますが、難聴の子どもの場合は言葉を知る機会そのものがないということですね。
子どもの軽度な難聴をそのままにしておくと、国語力がつかないだけでなく、「〇〇さんが〇円持っていました。〇〇さんに〇円あげました」というような文章題で混乱するので算数でもつまずきます。
まずは音を聞き取れなければ、文字で見たとしても、文脈を理解する思考力が伸びないのです。
子どもの難聴は「耳を使う練習」をすることが大事
――耳の聞こえは外見ではわかりにくいと思うのですが、どのように聴力を調べるのですか?
生後3日以内、遅くても1カ月以内の検査が推奨されている、新生児聴覚スクリーニング検査というものがあります。
赤ちゃんが眠っている間に小さな音を聞かせて脳波で波形を確認する自動ABR(自動聴性脳幹反応)と、音に反応して内耳から返ってきた反響音を検査するOAE(耳音響放射)の二つの検査があります。
基本的には出産した医療機関等で受けることができ、費用は健康保険の適用外で自己負担となりますが、近年では助成金を出す自治体も増えていて9割以上のお子さんが受けているようです。
――この検査でどれくらい難聴の子どもを見つけることができるのですか?
もともと1000人に1~2人は、生まれつき耳の聞こえにくさがあると言われています。その子どもたちを可能な限り拾い上げるための検査です。
子どもは生まれてから色々な音をたくさん聞いて1歳頃に喋り始めますが、仮に難聴のお子さんが1歳まで補聴器を付けなければ、言語獲得に必要な「たくさん聞く」時間が遅れてしまいます。
そのため、新生児聴覚スクリーニング検査で引っかかったお子さんは精密検査を行ない、補聴器が必要な重度の難聴であれば生後3か月頃を目安に補聴器を付けます。中等度のお子さんでも補聴器を付けた方がよいと判断すれば生後6、7カ月頃から補聴器を付け、とにかく音を取り込みます。
見えにくいものをそのまま拡大する眼鏡とは違い、補聴器から入るのは自然な音とは異なり、得られる情報が十分ではありません。そのため、幼い頃から専門の施設(聾学校や聴覚特別支援学校の教育相談や幼稚部、療育施設など)で療育をして、耳を使う練習をするのです。
言葉の遅れが出ないよう、子どもの難聴は早期に発見する必要がある。そのためにも新生児聴覚スクリーニング検査は重要な役割を担っているのです。
集中しているのではなく、聞こえていないのかもしれない
――新生児期以降に難聴が生じる場合もあるのでしょうか。
生まれた時は難聴がなくても徐々に聞こえが悪くなる場合があり、4歳くらいまでの間に難聴の子どもはやや増加すると言われています。また、新生児の検査はスクリーニングなので、本来は難聴だけれどもギリギリのところでパスしてしまう場合もあるのです。
そういったお子さんを引っかける仕組みとして3歳児健診があり、多くの場合、ここでしっかりと拾い上げてくれます。
――先ほど早期発見の重要性をお話いただきましたが、新生児スクリーニング検査以降、3歳児健診の前に気付くことは難しいのでしょうか。
1歳半健診でも耳のきこえのチェックはあります。
しかし、家庭においては中等度程度から軽度の難聴ではなかなか気付けない保護者が多いようです。一方で、幼稚園や保育園の先生は、周りの子どもと比べて反応が薄いなどと気付くことができますから、先生方に指摘されて保護者が気付くことがあるようです。
――家庭で子どもの難聴が見逃されやすいのはなぜでしょう?
他の子どもとの比較ができないこと以外だと、保護者は雑音の少ない近い距離で子どもと話をしているため気付きにくいのだと思います。
子どもの中等度の難聴に数年間気付かなかった保護者の中には、もしかしたら聞こえていないのかもしれないという疑念が浮かばず、「テレビに集中しているから私が呼びかけても気付いてもらえない」「話しかけても無視される」と言う方もいます。
難聴の子はテレビや話し声以外も聞こえていないはずなので、子どもを観察し「アレ?」と思うことが何度も続くようであれば受診してください。
お近くに耳鼻咽喉科はたくさんあるかもしれませんが、実は小さい子どもの聴力検査ができるクリニックは少ないので、小児を専門とする耳鼻咽喉科をお勧めします。
――実は聞こえていないのに、親が「何度同じことを言わせるの!」と怒っているとしたら子どもがかわいそうですね……。「アレ?」と思った時に家庭でできるチェック方法はありますか?
3歳児健診の時に事前検査としてご家庭で「ささやき声検査」を行ないます。聞こえが不安な場合は、検診前後のタイミングでもご家庭で行なうとよいでしょう。
検査の方法は、「いぬ」「くつ」「かさ」「ぞう」「ねこ」「いす」など、いくつかの絵を子どもに見せ、口元を手で隠した状態で絵の名前をささやき、子どもが正しく指させれば、聞こえているということになります。
出典:日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会公式YouTubeチャンネル
妊娠中に感染の可能性も……小児難聴の種類と原因
――子どもの難聴にはどのような種類があるのですか?
まず、生まれたときから先天的に持っている先天性難聴か、生まれてから発症する後天性難聴に分けられます。
先天性難聴のお子さんの半数以上は遺伝子の変化によっておこるとされていますが、ご両親には難聴がないことがほとんどです。
遺伝子は対になっており、片方の遺伝子が難聴の原因となる変化を持っていても、もう片方に変化がなければ難聴が起こらない潜性遺伝形式のため難聴は起こりません。ご両親が難聴の原因となる同じ遺伝子に変化を持っていると、1/4の確率で難聴になります。
――先天性難聴の原因は遺伝以外にもありますか?
私たちが最も怖れているのは、サイトメガロウイルスの感染です。場所や時期を問わずありふれたウイルスで、症状はほとんど出ないか風邪症状にとどまることが多く、感染しても気付けません。
ところが、母親が妊娠中に初めてサイトメガロウイルスに感染すると、生まれた子どもに難聴が現れることがあることがわかっています。
妊娠中に感染する原因の多くは、小さなお子さんの唾液や尿に触れること。幼稚園や保育園に通う上のお子さんがいる場合は、手洗いを徹底し、食器の共有や、食べ残しを食べることは控えましょう。
――生まれてから起こりやすい小児難聴についても教えてください。
鼓膜の内側(中耳)に水が溜まって軽度〜中等度の難聴が生じるのが滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)です。
耳がふさがった感じがして、「なんとなく聞こえが悪い」といった症状で受診されますが、発熱や痛みはなく、耳だれもありません。全く聞こえないわけではないので気付きにくいものの、難聴が続くと言語発達が遅れるお子さんもいるため注意が必要です。
しかし、滲出性中耳炎は治療すれば治ります。鼻炎などが原因であれば治療を行ない、3カ月程度でよくなることが多いのですが、鼓膜や聴力の状態によっては薬物療法や手術療法(鼓膜換気チューブ挿入術)などを行なう場合もあります。
――大人の場合、「ストレスのせいで聞こえなくなる」といったことがありますが、子どもの場合もこういったことがあるのでしょうか?
就学前の子どもが機能性難聴になることはありませんが、小学生以上に見られることがあります。割合としては男児よりも女児の方が多いです。
機能性難聴は、難聴の原因となる耳の病気はなく問題なく聞こえているのですが、「ピアノの発表会前に突然聞こえなくなる」というようなストレスが原因で起こり、薬などの治療は必要ないので、原因となっているストレスの解消に努める必要があります。
「音量×時間」でゆっくりと高まる若者の難聴リスク
――現時点で耳の聞こえに問題がない子も注意した方がよいことはありますか?
若者を中心に世界的に深刻な問題になっているのが、ヘッドホン・イヤホン難聴です。WHOによると世界の若者の約50%に「将来的に難聴になる危険性」があるとされています。
日常の中で長時間、大音量で繰り返し聴くことにより徐々に聴力が低下していくため、自分の耳が難聴になっていることに気がつきにくく、50歳くらいで今の70代くらいの聴力にまで低下するのではないかと懸念されています。
――若いうちに難聴になると、その後数十年間にわたって聞こえにくい生活を送ることになりますね。
難聴は認知症のリスクファクターの一つです。難聴になると、会話を聞き取れないからよく聞こえていなくても適当に頷いたり、なぜ笑っているのかわからず人と会うことが億劫になります。引きこもりがちになったり、鬱状態や認知症になったりするリスクが高まるのです。
先ほどお話した滲出性中耳炎などは治療すれば治りますが、大音量によりダメージを受けた内耳の細胞は基本的に回復することはありません。
聴力は一生もの。私たち耳鼻咽喉科医としては使える聴力は大事に使ってほしいと願っています。
<取材・執筆>KIDSNA STYLE編集部