【ヒットの秘密・ふしぎ駄菓子屋 銭天堂】子どもの夢中スイッチを押すのは人生のビターさ
子どもたちの心を掴んで離さないコンテンツはどのようにして生まれたのか?今回は「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」の作者・廣嶋玲子さんに、読書嫌いな子どもまでも魅了する作品作りの秘話をお聞きした。
──人気のない路地の奥に立つ、古びた一軒の駄菓子屋「銭天堂」。
店先に並ぶ色とりどりの不思議な駄菓子は、使い方次第で手にした者に幸福をもたらしてくれる。
ただし、選べる駄菓子はひとつだけで、銭天堂にたどりつけるのは基本的に一度きり。
そして、使用する際は必ず注意事項を守らなければ、思いがけない結果を招くことに……。
銭天堂がもたらすのは、幸福か、不幸か──
シリーズ累計発行部数が400万部(※2022年8月時点)を超える大ヒット児童小説「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」。
20年からスタートしたアニメは大ヒットし、「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」でシリーズ第1巻が第1位に輝くなど、今やその作品名を知らない小学生はいないと言っても過言ではないだろう。
そこで今回は、子どもたちに絶大な人気を誇る作品の生みの親である廣嶋玲子さんにインタビューし、子どもの心をつかみ子どもを夢中にさせる作品づくりから、子育てに活かせるヒントを探っていく。
ーーまずは、ヒット作の誕生の裏側についてお聞きかせください。
廣嶋玲子さん(以下、廣嶋さん):画家のjyajyaさんのレトロ風な商店街や路地裏の絵を見たのがきっかけです。これらの作品を見ているうちに、「ここにお店があったらいいな」「駄菓子屋さんがいいな」「不思議な駄菓子屋さんで、店主は体の大きな白い髪のおばさんがいいな」「すごく魅力的で面白い魔法のお菓子だけれど、一筋縄ではいかないところがある」「名前は紅子」というふうに、どんどんイメージが浮かんできて、最初から設定が決まっていた感じです。
紅子はモデルがいたわけではなく、喋り口は「ござんす」口調、達観していて強そうで、優しいとも親切とも言えないような、不思議な感じにしたいと思いました。まさに「キャラクターが自然に生まれてきた」という感じですね。
人に対して強い思いやりはあるけれど、「自分のとった行動に対する責任は自分でとってね」という態度は一貫しています。
ーー紅子さんのライバルであるよどみは、悪役ですが100%嫌いにはなれないキャラだなと思っています。
廣嶋さん:よどみは、幼児の見た目としわがれ声のギャップから、何か不気味な感じを出したいというのがありました。
すごくくだらないことでずっと紅子に恨みを抱えている小者で、みんな「どうしようもないやつだね」って生暖かい目で見ているんじゃないかなと思っています。
紅子にやっつけられると「ざまあみろだね」「しょうがないね」と思うんですが、ちょっとだけ応援したくなるような不思議なキャラクターですよね。
紅子と圧倒的に力や貫禄の差があるのに、果敢に嫌がらせを続ける、そのバイタリティはすごいと思いますね。
ーー使い方次第で不幸になったり、幸せになったりする不思議なアイテムの数々はどのように思いつくのでしょうか。
廣嶋さん:ひとつは「こんな不思議な力が欲しい」というところからアイデアとストーリーをまとめて、それに合わせて、語呂がいい駄菓子の名前を考えます。
もうひとつは「駄菓子の名前でこういう響きがかわいいな。じゃあどんな効果があるだろう」と考えていくパターンです。
たとえば、「マカロンを登場させたい」からスタートして、「コロンマカロン」という名前が浮かんで、「コロンだから香水みたいに良い香りで、食べたらいい香りがする……」という風に考えていきます。
ーー出てくるお菓子はいつも美味しそうです。
廣嶋さん:やっぱり文章から想像してもらいたいので、どうやったら分かってもらえるかを意識して、試行錯誤しています。
私自身、食べることが大好きだからこそ、書いてみて「これ本当に食べたいかな?」と考えたとき「う~ん、食べたくないな」と思うと書き直しになることも。
今の子どもたちは昔の駄菓子屋の雰囲気を知らないと思うので、駄菓子屋ならではの不思議な雰囲気と空間。そして、お店に入ったときの心が高揚するような感じが出せたらいいなと思います。
私が幼い頃は、駄菓子屋は子どもにとっての「社交場」でもありました。子どもが親に頼んで買ってもらうのではなく、誰に構うことなく自分の判断で好きなものを小銭で買える。
駄菓子屋という舞台設定は、私はとても面白いと思いましたが、「今の時代にはフィットしないかもしれない」という気持ちもありました。だから、現代の子たちがここまで楽しいと思ってくれたことには驚きましたし、本当に嬉しいですね。
ーー銭天堂は基本的に「その場所に二度とたどり着けない」という設定ですが、子どもの頃には実際そういう不思議な体験があったように思います。
廣嶋さん:たどり着くこと自体がめったにない幸運だから、誰もが毎回たどり着けることにはしたくなかったんですよ。1人の人間が、翌日も行くことができてしまっては面白い作品にはならなかったと思います。
「1人1回こっきり」だからこそ、「幸運のチャンスはものにした方がいいよ」という、ちょっとしたメッセージですね。
結局、きっかけは「運」かもしれないけれど、運をつかみ取って、そのあと本当に自分のものにできるかは自分次第なんですよね。
このビターな展開が子どもたちにも面白いと思ってもらえているのだと思います。大人が思う以上に子どもはそのへんのところの理解力がありますからね。
ーー人の欲望や悪意からストーリーが展開していきますが、どのように着想しているのでしょうか。
廣嶋さん:普通の人なら「すごいね」「素敵だね」って褒めるところを、自分は努力もしていないのに「悔しい」とか「妬ましい」と思う人もいるというふうに考えると、悪党キャラの心情が浮かんでくるんです。
たとえば、ヒップホップコーンというアイテムは、電車の中で耳にした「●●さんの娘さんなんてダンスが全然上手じゃないのにね」というママたちの会話からアイデアを思いつきました。
日常の中で見聞きしたところからヒントにする場合もあれば、コントロールケーキみたいに「食欲をコントロールできたらいいのにな」という気持ちや、「気がクサクサしているから何か心がきれいになるものが欲しい」とか、「眠りたい」とか、自分の欲求から考える場合も多いです。
コントロールケーキは、まさに私自身を反映させた物語だったので、今読み返しても、「食べちゃえっていうこの気持ち、良く書けてるわ」と思ってます(笑)。
ーー小3の娘も銭天堂の大ファンなのですが、銭天堂への反響や人気のエピソードを教えてください。
廣嶋さん:自分の考えた駄菓子のアイデアを書いて送ってきてくれたり、これまで本を読まなかったお子さんが、「銭天堂をきっかけに本を好きになった」「今では100冊ぐらい読んでいます」といった反響をたくさんいただいています。
保護者の方からも、「子どもが読んでストーリーを自分に話してくれて、とてもうれしいです」と言った反響があり、すごくありがたいことですね。
とくに人気のあるアイテムは虹色水あめやドクターラムネキットですが、なぜか小学生の男の子が「僕が一番欲しいアイテムはおもてなしティーです」と言ってくれたんです。
このお話は大人しか登場しないし、ロマンチックな感じに終わるんですが「最後の一歩を踏み出せるかは自分次第ですよ」というメッセージもあります。
ーー近年子どもの活字離れと、読解力の低下が問題となっています。現代の子どもたちに向けて、読んでもらうために工夫していたり意識してることはありますか?
廣嶋さん:現代の子だからととくに意識していることはありませんが、とにかく面白くなければ読者は食いついてくれないので、そのために、たとえば目に浮かぶような描写をこころがけています。
気をつけているのは、色や形がありありと浮かぶような、色彩の表現。銭天堂の中のお菓子をよりリアルに想像できるように、食感や味わいの描写をもっと上手く書きたいと思っています。
ーー銭天堂は各話で主人公が代わりますが、子どもだけでなく、大人が主役の話も多く、仲が悪くて離婚しそうな夫婦や、不妊に悩む女性、うだつのあがらないサラリーマンなど、子どもにはなかなか理解できないような設定も満載ですよね。
廣嶋さん:私自身、あまり子ども向け然としたものは書きたくなくて。「子どもだからこの程度でいいだろう」ではなく、「こちらがちゃんと面白く書いていれば子どもは理解できる」と思っています。
よく分からなくても、「大人ってこういう悩みを持っているのか」と思う子もいれば、「こういう気持ち分かる」って子もいるかもしれない。どんな年齢層のお話であっても、それを自分で想像することが面白いんじゃないかなと。
逆に銭天堂のお客様が子どもばっかりだったら、多分ネタに行き詰まっていたと思います(笑)。
ーー廣嶋さん自身は子ども時代、どういった作品を読んだり、見たりしてきたのでしょうか。ご自身にもっとも影響を与えた作品があれば教えてください。
廣嶋さん:幼い頃からファンタジーが好きで、幼稚園の頃から「ナルニア国物語」と「ホビットの冒険」を読み聞かせてもらっていて、すごく面白くて、毎晩楽しみにしてたんです。少し大きくなってからは「ドリトル先生」などを読んでいました。
今でも一番好きな作品はミヒャエル・エンデの「はてしない物語」です。はじめて読んだのは小学5年生ぐらいでしょうか。気づいたときには本当にすごく好きだったという感じです。
廣嶋さん:漫画は手塚治虫先生の大ファンで、「火の鳥」「ブラックジャック」「三つ目がとおる」などが好きでした。
本全般が好きでしたが、とくにファンタジーが大好きで、その他のジャンルは、社会的なものや、ノンフィクション以外はあまり読まなかったですね。
子どもの頃からファンタジックな想像をするのが楽しくて、現実世界では起こり得ない「こんなことがあってもいいじゃない」という広がりが感じられるところがすごく好きでした。
銭天堂からも、現実から一歩道を外れたファンタジーみたいな不思議さを感じてくれればと思います。
あとは時代劇の「鬼平犯科帳」が好きで、主人公である火付盗賊改方の長谷川平蔵はもちろん、猫どのという、いつもおいしいものを作ってくれる料理上手な同心のキャラが大好きでした。
ーー「鬼平犯科帳」はおいしそうな食べ物の描写がたくさん出てくるところが銭天堂に通じますね。
廣嶋さん:父が池波正太郎と松本清張のファンだったので本がたくさんあって、中学生ぐらいから読み始めてハマりましたね。
やっぱり、親が楽しんで読んでるのを見ていると自分も読みたいと思うものだし、読み終わった後に一緒に感想を言い合うのがまた楽しくて「もっと読もう」という気持ちになるのかなと思います。
私も「この本面白かったから読んでみて」と親に渡して、「面白かった」と言われるのがすごく嬉しかったですね。
銭天堂を読んで親子で「私はこのお菓子が欲しい」「私ならこう使う」という会話ができると、子どもはすごく嬉しいと思います。
廣嶋さん:自分で言うのもなんですが、子ども心がすごく残っているほうだと思います。中二病的なかっこいい名前を素敵と思ったり(笑)、つやつやのどんぐりを見つけて「拾いたいな」と思ったり、小さいときにワクワクした気持ちがまだ消えていないんです。
だから、作品を書いたら「小学4年生のときの自分がこれを読んで面白いと思うか」を自分に問いかけながら読んでみて、だめなときは容赦なく「面白くない、読まない!」と自分に突き返します(笑)。
ーー「子ども心みたいな感覚がいつか枯渇するのでは?」という不安などはありますか?
廣嶋さん:行き詰まった時は自分が昔から好きだった小説や、ドキドキした映画やアニメなどの作品を見直します。「このシーンが怖かったんだよね」「ここのシーンが大好きだったんだよね」「夢があるよね」「うん、忘れてない大丈夫」みたいな。
ーー小さい頃からお話などを考えるのがお好きだったのでしょうか?
廣嶋さん:小さい頃はスケッチブックで絵本を作って妹にプレゼントしたりしていましたが、実は作家デビューのきっかけは、学生時代、コンテストの「賞金100万円」というのに心を掴まれまして……。
廣嶋さん:「国語は得意だし、昔から本をたくさん読んでいるし、童話なんて簡単に書けるはず。お金をもらってついでに作家になれたらすごくない?」という本当になめた考えでした(笑)。
結果は当然ながら、1次選考すら引っかからず。でも、それが悔しくて、根拠もないけど「絶対に優勝してやる」と火がついて、話を書いては、応募することを繰り返すうちに、物語を書くのが面白くなり、「これを仕事にしたい」「賞のためではなく、本当に作品を描きたい」と思うようになりました。
そこから、少しずつ一次選考に残るようになり、書き続けることが持続する力になり、持続する力が「これが本当にやりたいことだ」と確信になった感じでしょうか。
ーー最後に、廣嶋さんは夢をかなえるために必要なことはなんだと思いますか?
廣嶋さん:持続することですね。あとは、一度や二度ダメでも諦めない、強いメンタルをもつこと。
自分がやりたいことや、作った作品などが万人受けすることはないですから。受け入れてくれる人、ほめてくれる人、けなす人、さまざまだと思うんですよね。
私もデビューするまでずいぶん持ち込みなどをして、いろんな方から評価をもらいました。でも、アドバイスが全部正しいかは分からないし、「悔しいけどその通りだな」と思えるなら受け入れて、「全然受け入れられない」と思うものなら無視していいと思います。
いろんなことを言う人がいて、それが自分のためであっても良いアドバイスとは限らないし、結局、正しいかどうかは自分で決める、自分で選ぶことが重要なんです。
<取材・執筆>KIDSNA STYLE編集部