【フランスの子育て】大人優先社会で「しつけ」を重んじる文化

【フランスの子育て】大人優先社会で「しつけ」を重んじる文化

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、翻訳家でエッセイストの中島さおりさんに話を聞きました。

2018年のOECD「結婚以外の出生のシェア」によると、フランスでは約6割の子どもが、結婚していない母親から生まれています。

「フランスで婚外子が多いのは、そもそも結婚をする男女が少なくなっているからです。

1999年に導入されて以降、フランスでは”市民連帯契約(パクス)”がムーブメントとなっています。パクスは、結婚と同じように法律上の結びつきを証明しますが、結婚と異なる点は、どちらかが『辞める』と申し出れば解消できるところ。

離婚をする場合は、たとえ協議離婚であっても弁護士の介在を要し、手続きが大変。そのため、結婚よりもカジュアルなパクスを選択する人が多いのです。

パクスを結んだ『結婚していない母親』から産まれている子どもが多いため、必然的に婚外子の数も多くなります」

こう語るのは、フランス文学者でエッセイストの中島さおりさん。『パリの女は産んでいる <恋愛大国フランス>に子供が増えた理由』(ポプラ社)や、『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代親書)などで、フランスの女性をめぐる環境について記しています。

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中島さおり(なかじま・さおり)/フランス文学者、エッセイスト、翻訳家。早稲田大学、学習院大学大学院を経て渡仏。フランス人の夫とパリ近郊でふたりの子どもの子育てを経験。『パリの女は産んでいる―〈恋愛大国〉フランスに子供が増えた理由』(ポプラ社)で第54回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。2020年から現地の高校で日本語を教える。(©︎松永学)
中島さおり(なかじま・さおり)/フランス文学者、エッセイスト、翻訳家。早稲田大学、学習院大学大学院を経て渡仏。フランス人の夫とパリ近郊でふたりの子どもの子育てを経験。『パリの女は産んでいる―〈恋愛大国〉フランスに子供が増えた理由』(ポプラ社)で第54回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。2020年から現地の高校で日本語を教える。(©︎松永学)

結婚よりもカジュアルな制度

そもそもパクスは、ホモセクシュアル(同性愛者)のカップルに法的な保護を付与するためにはじまった制度。

しかし、ヘテロセクシュアル(異性愛者)の人々も手続きの簡単なパクスを利用するようになり、今では結婚する人とパクスを結ぶ人は拮抗していて、もうすぐ後者が上回る勢いがあると中島さん。

「パクスができる以前から、結婚していないカップルから、父親の胎内認知という形で産まれる子どもは多かったのです。もちろん現在でも、結婚もパクスもしない事実婚のカップルから生まれる子どももいます。

写真はイメージです(iStock.com/Drazen Zigic)
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フランスでは、恋人ができると同棲し、その流れで子どもが産まれて生活が安定してから結婚するという人が多い。この場合も、産まれた時点では婚外子になります。

子どもの姓にしても、以前は認知さえあれば父親のものになっていましたが、今では両親どちらの姓でもよいし、両親の姓をハイフンでつないで両方名乗ることもできます。

結婚しても夫婦別姓もオーケーですし、子ども同様、元の姓と夫の姓をハイフンでつないでふたつ名乗ることもできます。外国人はまた別ですが、フランス人であれば、結婚していなくても何の不便も感じないのではないでしょうか。

エッフェル塔
写真はイメージです。(iStock.com/zodebala)

私はフランスでは外国人ですが、子どもをふたり産んでから結婚しました。結婚することを子どもたちに告げると、『もう結婚してると思った』と驚いていましたね」

女性が産む、産まないの自由を得ることで変わる社会

結婚と異なり、離婚した場合に慰謝料や養育費などの保証がないと、一方的に関係を解消されてしまう女性は困るのではないか、という疑問が浮かびます。

しかし、結婚よりもカジュアルなパクスが普及した背景には、女性の経済的自立や手厚い社会保証も関係しているのです。

「1967年のピル解禁と、75年の人口妊娠中絶の合法化は、フランスの性革命元年。

ピルと中絶の権利を手に入れることで、女性はまだ子どもを生みたくない間は仕事に専念し、子どもを持ちたくなったときに、自分の意思で産むことができるようになりました。

写真はイメージです(iStock.com/Rattankun Thongbun)
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フランスでは『産む産まないを決めるのは女性である』と法律に明記されていますし、女性たち自身が、自分で自分の体をコントロールしている意識を持っている。ピル解禁と中絶の合法化が、女性の仕事観も同時に変えたのではないかと思います」

セックスに関して比較的オープンなフランス。中島さんのフランス人のご主人は、娘さんが10歳、息子さんが8歳の頃からフランス人の夫は、セックスについて不確かな情報を周りから知るよりはと「何でもパパとママに聞きなさい」と話していたといいます。

ティーンエイジャーのセックスにも寛容である一方、高校の保健室ではコンドームとアフターピルを無料で生徒に配るなどのケアもきちんと行い、女性に産む、産まないの決定権があることを伝えています。

その後の人生を左右するかもしれない出産を女性自身が管理することで、女性が働く期間や子育てする期間を決めることができます。

写真はイメージです(iStock.com/kieferpix)
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「さらに、子ども関連の社会保障も充実していることが、女性の社会進出を後押ししています。仕事か育児かという二者択一は、現在のフランスにはありません。

保育園のほか、自宅に子どもを何人か預かる保育ママ、ベビーシッターなど、託児システムが整っており、サービスを利用した場合には税金から控除される仕組みが一例です。

そのほか、第2子以降一律に支給される児童手当や、新学期の用意をするために毎年給付される”新学期手当”、3歳以上の子どもが3人以上いる家庭に出る”家族関係補足手当”など、子ども関連の手当が充実しています。

写真はイメージです(iStock.com/olesiabilkei)
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3歳からは公立の保育学校(幼稚園に相当)に入れますし、1年早く2歳で入園させることで保育園不足を補うことも。子どもを預けられる場やシステムを充実させるのは、女性に働いてほしいからです。

新型コロナウイルス拡大の影響により、フランスでは全国一律で10月末から2度目の外出制限が出ていました。

前回の外出制限では、学校もすべて閉校しました。子どもが家にいるために、リモートの仕事が捗らなかったり、休まざるをえなかったり。

経済を止めないためにも、保護者には働いてほしい。その反省から、今回は幼稚園から高校まですべて開いていて、政府は保護者が仕事に専念できるような対応をとっています」

写真はイメージです(iStock.com/evgenyatamanenko)
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二人で協力して子育てをする

男女平等の推進を掲げるフランスでは、”父親休暇制度”が2002年から導入されています。

今年9月、マクロン大統領は、出産時の父親の休暇日数を2021年7月から現行の2倍の28日とし、そのうち7日間の取得を義務付けると発表しました。

「父親休暇制度は、導入当時から好評で、生まれたばかりの子どもと接する時間が長いことで、男性にも父親としての自覚や絆が生まれますし、産後のつらい体で家事と育児をこなさなければならなかった女性にとって、男性が家にいてくれるのは助かります。

さらに、育休は両親ふたり合わせて3年取得できます。

写真はイメージです(iStock.com/eclipse_images)
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かつては女性のみで3年間の育休を取得することができましたが、女性が続けて3年取得すると、会社でのポジションは確保されているとはいえ、復帰しづらいなどの不都合が多く、キャリアが阻まれてしまいます。

職業上の男女平等と、父親の育児への関与を促す目的で、『ふたり合わせて3年』に改正されました」

「不完全な大人」を育てる

公的支援を充実させることで、子どもが産まれても女性が働きやすい社会を実現するフランス。

世界銀行による2018年の「合計特殊出生率」は1.88人。ヨーロッパで最も高い出生率を誇る理由には、女性の働きやすさに加え、「子どもを生むことによって失うものが少ない」ことも理由のひとつではないかと中島さんはいいます。

「フランスの文化的特性として”ミクシテ(混合性)”という言葉があります。異質なものが混ざっている状態を指すこの言葉は、『男女のセクシュアリティを背景にしたまま共生する』という意味でも使われます。

ミクシテの文化が根付いているため、女性は子どもを生んでも美しく、男性にとって魅力的であること、社会に対しての社交性が求められているように感じます。

これは裏を返せば、”母親”というアイデンティティ一色に染まらなくてもよいということ。だから子どもが生まれても、男女の関係そのままに、子どもよりも大人を優先します」

写真はイメージです(iStock.com/GeorgeRudy)
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フランス文学科出身の中島さんは、大人優先社会であることは、フランスの児童文学や歴史からも伺えるのではないかと話します。

「フランス文学は世界的に知られているものもありますが、児童文学は他のヨーロッパや北欧諸国と比較すると、名作と呼ばれるものは少ないように感じます。このことからも社会的にあまり子どもを主眼においてこなかったことが推測される。

サン=テグジュペリの『星の王子さま』が有名ですが、純粋な児童文学というよりもやや大人向けですよね。

写真はイメージです(iStock.com/djedzura)
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また、17世紀から19世紀のフランスでは、赤ちゃんの育児を自分で行う母親は少なく、貴族から庶民まで、乳母に我が子を預けていました。

裕福な家庭の子どもは、乳母の元で7歳ごろまで育ったのち、寄宿学校や修道院に送られ、親元に戻るのは、だいぶ大きくなってからだったようです。

フランスでは長らく、『子どもは不完全な大人である』と考えられてきました。

子どもの教育は、しつけをし、ダメなところを矯め直すという発想で行われていたのだと思います。

写真はイメージです(iStock.com/dusanpetkovic)
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この考えが変わったのは1968年の五月革命以降。パリを中心にして起こった学生を中心とした反体制運動は、それまでフランスにあった旧い価値観を一掃しました。

70年代に小児精神分析医であるフランソワーズ・ドルト氏がが『子どもは一個の人格である』と主張したことで、やっと子どもの人格が認識されるようになりました。

以前と比べると、キッズ・フレンドリーな国となり、子ども中心の社会となりつつあるといわれています。休日の日中は子どもと過ごす時間、夜は夫婦の時間と、どちらも大事にしています」

子どもに対する価値観が歴史的に異なることから、日本との文化の違いを感じることもあったと、フランスで初めての育児を経験した中島さん。

「『夜は赤ちゃんと別室で過ごし、泣いても赤ちゃんの元に行かないこと。泣いても抱きに行かないことで、次第に泣かなくなる』とフランスの育児書に書いてあり、日本人の私は驚きました。

写真はイメージです(iStock.com/Anastasiia Stiahailo)
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フランスでは大人の領域と子どもの領域がはっきり分かれているのだと思います。例えば両親の客が家に招かれたとき、日本人の子どもは遊んでもらおうとしますが、フランスの子どもは大人の会話を妨げません。

フランスの子どもたちは、始めから遊んでもらえると思っていないのかもしれませんね。

子どもが公園の砂場で遊んでいても、保護者がいっしょに砂場に入って遊ぶことはありません。子どもたちは、その場にいる子ども同士で自然と社会性を身に付けていくのです。

子ども同士の場合、おもちゃの取り合いになることもありますよね。そんなときは保護者の出番。でもそれ以外は危ないことがないか、見守っているだけです。

保護者が子どもに教えるべきは、”しつけ”だと考えられているように感じます。街中でも、子どもに対して厳しく叱責する母親の姿を見ることがあります。

挨拶をすることが人としての礼儀であることはよく教えています。フランスではお店に入ったら、お客の方から『Bonjour(ボンジュール)』を言います。窓口で尋ねるときでも、こちらから挨拶をしなければ『失礼な人……』という顔をされてしまう。

人が物を取ってくれたら『Merci(メルシ)』、ドアを開けてくれたら『Merci』。当たり前のことかもしれませんが、『ありがとう』を言葉にして必ず伝えるように子どもは教えられます。

写真はイメージです(iStock.com/Drazen_)
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日本の子どもより、親に遊んではもらえないけれど、キスや愛撫、スキンシップは多いかもしれません。それで情緒的なバランスをとっているのかも知れません。

フランスの国民性を表わすときに、私は”Le système D (ル システム デ)”という言葉が浮かびます。

”D”は、”débrouiller(デブルイエ)”の頭文字。『うまく切り抜ける』という意味を持ちます。

パリの風景(提供:中島さおりさん)
パリの風景(提供:中島さおりさん)

フランス人たちは事前の準備やコーディネーションなどがいい加減な割には、いざとなると何とかやり遂げてしまうという特技があるようなのです。うまくいかない状況に直面したときでも、頭を働かせて何とかやりぬく力は、どこから来るものなのでしょう(笑)。

家でも学校でもかなり厳しくしつけられながら、ちっとも縮こまらずにペロッと舌を出して、また悪さをするようなタフな子どもたちとどこか繋がるような気がします。

不完全な大人として扱われた子どもたちが自然と身に付けている力なのかもしれません」


<取材・執筆>KIDSNA編集部

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