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成功体験の基礎となる【やり抜く力】を伸ばす習い事は?
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子どもの将来のためにさまざまな経験を積ませたいと考え、習い事をさせる保護者は多いが、そこで得られるのは習い事単体の習得や上達だけではなく、副次的な能力の発達があると考えられている。そこで、本連載ではこの副次的な能力にフィーチャーし、さまざまな習い事を紹介していく。第1回目は、子どもに身につけてほしい能力のひとつである「やり抜く力」が育まれる習い事を紹介する。
子どもの習い事の継続とも深く関係する、「やり抜く力」に着目。習い事を検討している方だけでなく、現在の習い事を続けるべきか悩んでいる方もぜひ参考にしてほしい。
「やり抜く力」が多くの成功体験を作る
急速に変化を遂げる不確実な時代を生きる子どもに対し、自己肯定感を高め、どんな変化にも柔軟に対応しながら、自信を持って生きてほしいと考える保護者は多いだろう。
その自信の根源となるもののひとつが、幼い頃の「成功体験」といわれているが、どんなことでも、ある程度の期間続けなければ、目標を達成することはできない。
つまり、「やり抜く力」は、成功体験を積むために必要不可欠な要素といえるだろう。
ビル・ゲイツも重視する「やり抜く力」
「やり抜く力」は、Facebookのマーク・ザッカーバークやMicrosoftのビル・ゲイツ、バラク・オバマ前大統領らがその重要性を語り、米教育省も「最重要課題」として提唱するなど、近年注目を集めている。
2016年に日本でも発売されベストセラーとなった「やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける」は、2007年にアンジェラ・ダックワース氏らによって執筆された論文『Grit : Perseverance and Passion for Long-Term Goals』(グリット:長期的目標のための忍耐と情熱)をもとに、和訳出版されたものだ。
GRIT研究の第一人者であるダックワース氏は、アメフトの競合チームのメンバー、米軍将校学校の生徒など、さまざまな分野のトップクラスの人びとを調査した結果、厳しい練習を耐えることができる人びとの共通点は、生まれもった運動神経のよさだけではなく、困難に立ち向かう「GRIT」=やり抜く力を持つことだと科学的に証明した。更に、将来の学業成績をより強く予測する要因は、生まれ持ったIQではなく、やり抜く力であることも明らかになった。
幼少期から「やり抜く力」を身につけると、ものごとを達成した自信から自己肯定感が育ち、その後の幸福度にも大きく影響するといわれている。
今回は「やり抜く力」を効果的に伸ばすことができる習い事として、水泳とそろばんに注目し、実際に子どもを数年間通わせた保護者の意見とともにご紹介したい。
スモールステップで小さな成功を積み上げる
水泳は、以前から男女ともに人気の習い事のひとつだが、はじめは「泳げるようになってほしい」「体力をつけてほしい」など、軽い動機から始める場合が多い。スクールによって教育方針は異なるが、基本的には0歳で、水に慣れることからスタートすることができ、水に顔をつけることさえできない状態の子でも習い始めることが可能だ。
まずは水に対する恐怖心を取り除きながら水に慣れ、体を水に浮かせる、ビート版などを活用してバタ足、息継ぎ、ビート版なしでバタ足&息継ぎ…と、かなり細かく目標が区切られている。その後の進級テストも5m、10m、15m、25m、50m…と少しずつ距離を伸ばし、最終的には小学生の段階でクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの4種目で200m泳ぐことをマスターする子も多い。
そこから先はタイムを縮める、1種目を極める、フォームを磨くなど個人個人で目標を立てていくことになるが、重要なのは習い始めた時に「4種目で200m泳げるようになる」という壮大な目標をたてるのではなく、「水に慣れる」というようなごく小さな目標を立ててそれをひとつずつクリアしていく過程にある。
これは「スモールステップ法」と呼ばれる心理学的アプローチで、目標をあえて細かく立て、小さな成功体験を積み重ねることで脳がやる気を出すことができるというもの。
そもそも、日々の行動の約45%は習慣でなり立っているとの研究結果があり、新たなことを習慣化できないのは、、新たな行動を行う事を避けようとするためであることが分かっている。これを脳の現状維持バイアスという。
単純な行動でも、習慣化ができるまでは平均2ヶ月程度かかるとの報告もあり、これらの事から考えると、小さな目標を立てて、順を追って段階的に繰り返して行くことが、何かを成し遂げるには有効な方法と言える。
水に顔もつけられない子にいきなり「200m泳げるようになろう」と目標を掲げるのは無謀といえるが、スイミングスクールでは実際にこのスモールステップの実践により、まったく泳げなかった子どもが、数年で数百メートルを泳げるように成長する。
子どもが水泳を習うIさんいわく、
「娘が水泳を始めたのは保育園の年長のとき。当時は水が顔にかかるのも嫌なぐらい苦手で、それを克服するために始めました。
スイミングスクールではまずは浅いところで遊ぶことからスタートして、顔をつける、ジャンプ…と、徐々に進んで、1年生になった頃にはすいすいと泳げるように。
4年通った今はクロール、背泳ぎ、平泳ぎのマスターして、バタフライとクイックターンの練習中です。
水泳は進級のたびに帽子の色が変わるので、友だちが上のクラスで水色の帽子だから次はそこを目指そうとか、目標が分かりやすいのもいいですね。」
Iさんによると、「何よりも子どもにとって楽しくなければ続けることは難しく、ゲームをクリアしていくような感覚があったことが、4年間通い続けられた要因」だという。
水泳に限らず、小さな目標をひとつずつクリアし、結果大きな目標を達成する手法は、子どもに「やり抜く力」を身につけさせるために適した方法のひとつといえるだろう。
繰り返し取り組む習慣で「やり抜く力」を身につける
そろばんは小学校では必修科目のひとつであり、子ども時代にそろばん塾に通ったことがあるという方は保護者の中にも多いのではないだろうか。
一般的にそろばんで得られる能力は計算力(暗算力)と集中力といわれているが、決められた時間内に問題を解き、ひとりで黙々と取り組むそろばんのスタイルは、繰り返しものごとに挑戦する習慣が身につき、忍耐力の向上にも寄与している。また水泳同様に教室では細かな目標となる級などが設けられており小さな成功体験を積み重ねることができる。
未就学児の場合、子どもによってはじっと座っていることさえまだまだ難しい時期だが、実際、算数を習う前に数字に親しむ意味でそろばんを習わせる家庭も多い。
さらに、指先をたくみに動かしてそろばんの珠をはじく動きは、手先の器用さである巧緻性(こうちせい)を鍛えることができ、幼児期の脳の発達に大きく影響することが分かっている。
脳の運動野を始め、脳の様々な領域の発達が著しい幼児期にそろばんを始めることで、巧緻性によって脳の発達に大きな効果が得られるであろう。
しかし数の概念が理解できる年齢は個人差があるため、簡単な足し算や引き算が理解できる年齢になってからスタートするのがよいだろう。
今回はお子さんが算数の授業でつまづき始めたのを機に、小1からそろばんをスタートしたというKさんに話を聞いた。
「苦手な算数を克服するために10級からスタートした息子も、コツコツと進級して6級になり、4年生になった今では計算で苦労することはなくなりました。
『やるからには1級まで目指したい』と言っているので、本人のやり抜く力を信じて続ける予定です。もう1つの習い事であるピアノの暗譜がかなり早くなったので、そろばんのおかげで集中力はもちろん、記憶力が上がった気がしますね。
でも、それ以上にそろばんのよさは、問題の解き方や自分で取り組む習慣など、学習に対する基本的な部分が身につくことだと実感しています」
Kさんのお子さんのように、「算数を克服する」ために始めたそろばんが、やり抜くことの訓練となっている場合は少なくないだろう。計算力だけでなく、学習に取り組むための基礎となる力を育んでくれるそろばん体験は、一生ものの財産といえるだろう。
やり抜く力を伸ばす上で最も重要なことは、しなやかなマインドセットを持つことである。具体的には、自分は才能が無くてできない、と決して考えずに、自分は努力をすればどんどん才能を伸ばすことができる、と考えることであり、実際に脳科学の様々な研究が努力により様々な才能を伸ばすことが可能であることを証明している。
監修:瀧靖之(東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野教授)
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瀧靖之
1970年生まれ。医師。医学博士。東北大学大学院医学系研究科博士課程卒業 。東北大学加齢医学研究所機能画像医学研究分野教授。東北大学東北メディカル・メガバンク機構教授。 脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達、加齢のメカニズムを明らかにする研究に従事。読 影や解析をした脳MRIは、これまで16万人分にのぼる。一児の父。