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赤ちゃんを感染から守る母乳の免疫。ミルクで免疫力はつかないのか
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日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長/ 医学博士/ 産婦人科専門医/ 臨床遺伝専門医/ 日本周産期メンタルヘルス学会理事
日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長/ 医学博士/ 産婦人科専門医/ 臨床遺伝専門医/ 日本周産期メンタルヘルス学会理事
日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長。 医学博士、産婦人科専門医、臨床遺伝専門医。 日本周産期メンタルヘルス学会理事。1988年、東京医科歯科大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科修了。米国留学を経て、現職。専門は周産期、出生前相談。専門医としてだけでなく、自ら40歳で出産した経験から、多くの妊婦さんに妊娠・出産への不安や悩みに応えている。NHKの子育て情報番組『すくすく子育て』コメンテーター。著書に『35歳からのはじめての妊娠・出産・育児』(家の光協会)など。
母乳には赤ちゃんを感染症から守る免疫が含まれているといわれています。これから妊娠を考えている女性や、妊娠を目前に控えている女性のなかには、母乳の免疫の働きが気になる方もいるのではないでしょうか。今回は、母乳に含まれる免疫成分や、ミルクを与える場合の免疫について解説します。
母乳には免疫物質が豊富に含まれている
母乳は、乳房のなかの毛細血管に取り込まれた血液から作られています。お腹の中にいた赤ちゃんは無菌状態ですが、生後間もない赤ちゃんは、ウイルスや細菌に対しては免疫力が未発達な状態です。
母乳に含まれる免疫物質やその効果には世界的から注目が集まっており、さまざまな研究がなされています。
厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」によると、生まれてきた赤ちゃんには、成長するうえで必要な栄養素が含まれている母乳育児が推奨されています。また、赤ちゃんへの授乳は、母子・親子の絆を深め、子どもの心身の健やかな成長・発達を促す上で極めて重要なものとされています。
出典:授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)/厚生労働省
初乳は免疫物質の宝庫
母乳の構成成分には、脂肪、炭水化物、タンパク質、ビタミン、ミネラルがあり、赤ちゃんの成長に必要な栄養素が全て含まれています。
初乳(出産後3日頃まで分泌される)は、タンパク質の濃度が高く、免疫グロブリンやラクトフェリンなどの感染防御因子を豊富に含んでいます。免疫グロブリンであるIgAは特に初乳に多く含まれており、さまざまな種類のウイルスや病原体に反応する守備力が高い抗体です。
天然ワクチンともいわれるこれらの成分は、目や鼻、喉、消化管などの粘膜組織から、病原体が侵入するのを防ぎ、赤ちゃんを守ってくれます。
ほかにも、母乳には多価不飽和脂肪酸が豊富で、これらには抗炎症作用や神経を成熟させる働きがあります。また、母乳の主成分であるオリゴ糖とともに善玉の腸内細菌を増殖させます。
実際に、母乳栄養では、感染のリスク、肥満、2型糖尿病の発症を低下させることが示されています。また、人工乳が高タンバク質で、インスリン分泌を促進して将来の肥満やメタボリックシンドロームを起こしやすくなるのに対して、母乳は低タンパク質となっています。
母乳には、赤ちゃんだけでなく母親にもメリットがあります。赤ちゃんが生まれると、オキシトシンというホルモンが分泌されるように。オキシトシンの分泌は、母親の子宮が収縮し、悪露を促す働きがあるため、母体が早く回復しやすいといわれています。
オキトシンは、母乳を噴出させる働きがあるため、赤ちゃんがおっぱいを吸う刺激によって分泌量が増えます。母乳育児を希望する場合は、産後すぐから、頻回授乳を意識するとよいでしょう。
成乳では少なくなる免疫物質
母乳の成分は変化している
生後3日後以降で作られる成乳は、タンパク質の濃度が低くなり、乳糖や脂肪の濃度、カロリーが高くなります。
母乳に含まれる脂肪の濃度は、1回の授乳の飲み始めと飲み終わりでは3倍以上の違いがあるといわれています。飲み始めの母乳は、さっぱりとした甘みがあり、しばらくすると栄養が富んだタンパク質中心の主食のような味に変わり、最後に脂肪に富んだこってりとした味になり、お腹がいっぱいになることで過剰な食欲が抑えられる仕組みになっています。
成乳では、初乳と比べて免疫物質の濃度は少なくなりますが、生後1ヶ月頃から赤ちゃんが自分でIgAを産生できるようになり、また、腸内細菌叢として善玉菌であるビフィズス菌や乳酸桿菌を増殖させて、宿主防御反応を発達させていきます。
ミルクでは免疫力は低下するのか
一方で、ミルクには母乳のような免疫物質は含まれていませんが、粉ミルクには母乳を参考にした栄養素が多く含まれています。安全な水と容器の用意を徹底し、衛生面に問題がなければ、ミルクを与えても、赤ちゃんの成長面に問題はありません。
ですが、出産後から3日間分泌される初乳は、ほんの少しでも赤ちゃんに与えられると効果があるといわれているため、可能能な限りは与えられるとよいと考えられています。
母親が出産後に病気のために母乳を与えられない場合でも赤ちゃんは、母親の胎内にいるときに胎盤を通して母親から免疫物質を受け取っています。
母乳の分泌は、赤ちゃんの吸う量に合わせて調整される仕組みになっており、赤ちゃんに合わせて対応できます。
また、早産児を生んだ母親の母乳は、正期産児を生んだ母親の母乳と成分が異なり、母乳中の脂肪分が多く、脂肪分解酵素であるリパーゼを多く含んでいます。早産児にとっては、脂肪をより効率的に消化してエネルギーを多量に得られる組成となっており、このような点からも、母乳育児は特に早産で生まれた子どもにとっても推奨されています。
ただし、母乳の分泌には個人差もあるため、母乳が出にくい場合は、粉ミルクを併用する混合育児という選択肢もあります。ひとりで悩まず、医師と相談しながら母親と赤ちゃんに合った授乳方法を見つけていきましょう。
母乳の分泌量が少ない場合でも、授乳を続けているうちに少しずつ出るようになることもあるため、すぐにはあきらめないでほしいと思います。
免疫は赤ちゃん自身が身につけていくもの
免疫は、母親から赤ちゃんに与え続けるものではなく、赤ちゃん自身が身につけるもの。
母親を通じて赤ちゃんに与えられる免疫以外にも、体内に特定の病気に対する抗体を生じさせるワクチン接種で免疫をつけるという方法もあります。集団予防を目的にした予防接種には、Hib(ヒブ)感染症や肺炎球菌感染症などがあり、無料で受けることが可能です。
赤ちゃんは、外の環境のなかでさまざまな菌に感染しながら、風邪をひくなどを繰り返し、免疫を身につけていきます。
また、免疫力は、普段の生活習慣を整えることでも高めることができます。離乳食が始まった際は栄養面に気を配ったり、睡眠をしっかりとるなど生活リズムを整えることでも免疫はアップするもの。愛情を持って赤ちゃんに接し、規則正しい生活を心がけていきましょう。
母親が育児を楽しめるよう、家族や周囲の方がサポートをして支えることも大切です。
監修:笠井靖代(日本赤十字社医療センター)
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笠井靖代
日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長。 医学博士、産婦人科専門医、臨床遺伝専門医。 日本周産期メンタルヘルス学会理事。1988年、東京医科歯科大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科修了。米国留学を経て、現職。専門は周産期、出生前相談。専門医としてだけでなく、自ら40歳で出産した経験から、多くの妊婦さんに妊娠・出産への不安や悩みに応えている。NHKの子育て情報番組『すくすく子育て』コメンテーター。著書に『35歳からのはじめての妊娠・出産・育児』(家の光協会)など。