「子にキレる夫」を変えた、コミュニケーションの練習

「子にキレる夫」を変えた、コミュニケーションの練習

話題沸騰のコミックエッセイ『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!』の著者・水谷さるころさんに、カウンセリングを経て変化した夫婦間のコミュニケーションと、お子さんへの接し方、さらには男性特有のコミュニケーションについてお聞きしました!

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夫婦間のコミュニケーションはもちろん、パートナーの子どもに対する接し方に不満を抱えているものの、伝え方がわからない、話し合っても伝わらない、と半ばあきらめている方は多いのではないでしょうか。

とくに、「そんなに(そんなことで)怒らなくても…」「怒り方が怖すぎる」といった、怒り方に対する温度差は、教育方針の違い、父母(男女)という役割の違いにすり替えられがちですが、相手は幼い子ども。暴力的な言動が少しでもある場合、放っておくことはできません。

「子どもの成長と共に、夫が子どもにキレるようになった」

そんな悩みに直面し、夫婦でカウンセリングを受け、キレなくなるまでを描いたコミックエッセイ子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!の作者・水谷さるころさんに、どのように夫と向き合い、コミュニケーションを改善していったのかを伺いました。

夫婦の「価値観の違い」を公平な第三者がジャッジする意味

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水谷さるころ:マンガ家・イラストレーター。旅行記『30日間世界一周!』『35日間世界一周!!』など。エッセイ『結婚さえできればいいと思っていたけど』『目指せ! 夫婦ツーオペ育児 ふたりで親になるわけで』『どんどん仲良くなる夫婦は、家事をうまく分担している。』『骨髄ドナーやりました!』など。他も色々。子有り事実婚。空手弐段。古墳好き。

ーー「子どもにキレる夫」というタイトルは、男女限らず、実は心当たりのある方が多いように思います。夫が息子さんに手をあげられたこときっかけで夫婦でカウンセリングに行かれていますが、抵抗はなかったのでしょうか。

水谷さるころさん(以下、さるころさん):もともと夫が犬山紙子さんのコラムを読んでいて、ここなら行ってもいいと夫本人が言ったという前提があります。紙子さんからも「自分のことがよく分かってキレなくなった」とお聞きしていたことと、スピリチュアル系ではなく、すごくロジカルだったので「よし、うちもここに行こう!」と。

ーーさるころさんご夫婦は、カウンセリング前から、疑問を感じたことはつねに話し合いをされている夫婦でしたが、それでもカウンセリングを受けなければ、ここまでの変化はむずかしかったと思いますか?

さるころさん:やっぱり、公平に見てくれる第三者がいると何かが変わりますね。私と夫だけだと、「ただの価値観の違い」となってしまう。このとき重要な第三者って、どちらかの血縁でも友人でもない、正当な社会なんですよ。

あなたの言ってることは、社会全体の中ではこういうポジションで、それは偏っていますとか、法律だったらそれはアウトで通報されますよとか、そういうことをプロとしてちゃんとジャッジしてくれるんです。

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われわれ一般人の判断軸は、地域差、時代差などどこを基準とするかで、価値観は大きく異なるから、夫婦だけだと話し合いがうまくいかないこともあります。

「これが一般社会の基準です」と教えてもらえると、話し合いがかなり進みやすくなります。

ものごとを善悪で考えない、感情の整理整頓が解決への近道

さるころさん:先日「キレる私をやめたい」の田房永子さんがご自身の講演で「善悪でものごとを考えない」というお話をされていました。「私が(あの人が)悪い」=善悪とで考えがちですが、「どうしてこうなったのか」を考えて、「あのときの自分はこういう理由でこういうことをした」と認めなければ、解決はしないと。

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私の漫画に対しても、「キレてる夫を罰しろ」「離婚しろ」「その時点で通報しろ」という意見があります。相手に罪を認めさせて謝罪させたい人が一定数いるんですよね。

でも「加害者は「悪」としてそこにいてほしい」って考えで罰しても解決はしないんですよね。

罰しても根本的には解決しないんです。お互いが理解して納得して「なるほど」と問題の力が弱まるのが解決なんです。それが「善悪で考えない」ということだと分かりました。夫がキレることを罰しても我が家の問題は解決しないし、どうしたらキレるのをやめられるか考えたときに、練習させるしかないと気が付いたんです。

たとえば、感情が全部書類だとしたら、キレてる状態って書類が部屋中に散乱している状態といえます。それをフォルダに仕分けして、本棚に差し込んでおけば、また同じような問題が起きたときに、「これはこの前やったやつ」とすぐ取り出して対応できる。だからまずは「あなたの心の中の書類を整理しようね」と。

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負の感情は排泄物。大人こそトイレトレーニングを。

さるころさん:私は子育てをして「人はトレーニングしないと排泄ができない」ということを初めて知ったんですよ。だから、「不機嫌まき散らしおじさん」はある意味、トイレトレーニングをしていないのと一緒なんです。

おじさんたちは、自分のもやもやした感情の汚物をトイレで流す訓練ができていなくて、今まではなぜかその汚物を美徳や我慢といった言葉で、女性が「ケア」として処理させられてきた。それを女性がしなくていいとなったら、おじさんたちは汚物にまみれるしかないですよ、自分の感情の汚物ですけどね。

だけど練習してないからできないのはある意味仕方なくて、じゃあ今後は練習させるしかないなと。そのためにはまず、「お前の不機嫌の原因はお前の汚物である」って自覚が必要ですよね。

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ーーまさにトイレトレーニングですね。お子さんには感情のトイトレをどのように伝えていますか?

さるころさん:感情がヒートアップしているときはまずひとりになって落ち着いてもらいます。「それはお母さんは受け止めないよ。話し合いができるようになったら部屋から出てきて」と伝えて、話ができるようになったら、どうしてこうなったのか、なにが嫌だったのか、どうしたかったのか整理してあげて、「こうすればよかったんだね」と、感情の整理整頓を手伝ってあげます。

これはトイレトレーニングを教えるのと同じで、感情の処理の仕方を一緒に考えてあげるということなんです。そして、今は子どもだから一緒にやっているけれど、私がいなくてもひとりでできるようになってほしい。

そしてこれって大人でも経験がなければできないので、パニックとか感情的になっている時はひとりで対処して、その後の処理は、愚痴を聞いてもらったり、整理を手伝ってもらったりしていけばいいんです。

夫婦の場合も一緒で、相手のネガティブな感情は汚物と思えば、「これは私が処理しなくてもいいもの」と冷静な気持ちになれますよ。昔は私もパートナーの機嫌とってたんですよ。でも一生これやるの? と思ったら嫌になりましたね…。なので夫の機嫌を取るのはやめました。今は「リビングで不機嫌な顔してるんだったら、自分の部屋行って」と自分で自分の感情を処理してもらうようにしてます。

ーー子どもだけじゃなく大人もトイトレが必要だったんですね。

さるころさん:「不機嫌な夫をどうしたらいいですか」という相談に対しては「できないなら練習してもらうしかない」と思いますね。

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ーーマイルくんと野田さんの父と子の関係についてお聞かせください。さるころさんの漫画にもありますが、夫が泣かせたのを妻がなだめ、ふたりの間を取り持つというような関係性が出来やすいですよね。それが先ほどのケアの話とも繋がると思うのですが。モヤモヤしつつ夫に言えない人もいるし、言えても、それは妻の役目と思われていたり、教育方針の違いという風にすり替えられてしまったり。

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さるころさん:まさに「教育方針の違い」といわれたときに「お前の考え」と「俺の考え」の違いではないという話をしてくれるのが、カウンセラーなんですよね。まあ、どれだけロジックで伝えても、受け止める気がない人には難しいのですが。

私は夫が子どもを叩いて「(子どもと自分は)フェアなつもり」みたいなことを言われたときに「どこがやねん!」という話をすぐにします。彼は格闘技好きなので、格闘技にたとえると、「階級が違って、体重が違えばフェアじゃないって知ってるのに、なんでここではそれがわからないの?」という話ができるし、彼も「あれ、なんでだろう?」となるんです。

そこで自分の非を認めるか認めないかは人間性によると思いますけど、「ひどい、悪い!」ではなく、「何でそう思うようになっちゃったんだろう?」という方向に持って行くようにしていますね。

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私はカウンセリングで「諦め上手」と言われたのですが、なんでも諦めてるわけではありません。私が夫のコミュニケーションのエラーを修正することに対して「なんで悪いのは夫なのに、妻が夫のカウンセリングをしてあげなきゃいけないんだ!」というご意見もよくいただきますが、私は「ほっといても一人では修正できないから、自分がこれをやるのは仕方ない」という部分を諦めているんです。

それは「私はこの人といたほうがいいから、この人のダメなところを変えることにコストをはらうのは致し方なし」という諦めであって、相手のすべてを諦めているのではないし、なおったらいいけどなおらなければ関係を諦めればいいんです。

コミュニケーションは感情ではなくロジック

ーー野田さんはまずさるころさんのお話を真摯に受け止めてくれて、マイル君との関係も好転しましたよね。いろいろと要因はあると思いますが、話を聞く下地があるのはどういった理由があるのでしょうか?

さるころさん:もともと野田さんは空手仲間で、空手では私のほうが先輩になるのですが、女だからという理由でバイアスがかかって話を聞かない人もいる中で、ちゃんと話を聞いてくれました。私のほうが長くやっていて実力もある、という事実をゆがめないので、謎のスイッチさえはいらなければフラットな人なんですよね。

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コミュニケーションって空手のロジックと似ていると思うんです。

空手を知らない人にとって、空手って単純に肉体同士のぶつかり合いのイメージだと思います。でも実は、体の使い方ひとつとっても、「拳を腰の骨盤につけておいて、腰を回すとその力を使って相手強い力を伝えることができる」という風に、すごくロジカルに説明できるんです。

空手の型は1人でやるものですが、「こうきたらこう受けると」常に相手がいると想定してやるんですよね。それを常に反復して繰り返す。夫とは空手を通して、練習すれば上手くなるということが共有できているんですよね。

コミュニケーションも同じで、感情と善悪ではなく、ロジカルなテクニックや構造で説明できます。

感情は目に見えないけど要はエネルギーなんですよね。なのでぶつかりあえばダメージがあります。空手はフィジカルなエネルギーの衝突をどう受け流してどう対応するかですが、感情は目に見えないけどエネルギーなので、ロジックは同じように使えるんですよね。

水谷さるころ

だから感情とか気持ちは、物理と同じように処理できるんです。逆に見えないからといって、ないものにはできません。

そして、目に見えないものにも「寂しい」とか「悲しい」とか言葉に変換すれば、概念として認知して対応できるようになる。言語化するというのはそういう意味があるんです。


だから、コミュニケーションが苦手という方は、たとえ心から思っていなくても、まずは空手の型を打つように「昨日はごめんね」「大好きだよ」とキレじゃない、コミュニケーションを練習することをオススメします。

たとえば子どもに対してなら、「お父さんは感情的にならず、君の気持ちを聞く準備ができているよ」と言っているうちに、段々と本当にできるようになっていくものなんです。

ーーコミュニケーション=感情でするもの、と思っていたのですが、説明をお聞きして納得です。

さるころさん:これまでは私が夫と子どもとの間に介入して、ジャッジする役割をしてきてこれを一生続けるのかと思うとうんざりしていたんですが、最近は2人の熟練度がかなり上がりました。息子は成長したし、夫は自分が強くてケアする立場だという自覚がでてきたので、空手でいえば緑帯、中級くらいですかね(笑)。

最近は私がその場にいると絶対に口出ししちゃうし、二人が私に頼ってしまうので、ふたりで結論まで導き出せるように、あえて外出することもあります。ただし、万が一解決しなかったとき、子どもに負荷がかかりすぎないように、30分で戻ってくるようにしています。

話し合いにこだわるのは「離婚」という失敗経験があるから

ーーモヤモヤしていることをもっと曖昧にしている夫婦が大半のようにも思いますが、それをそのままにしないのはなぜでしょうか。

さるころさん:私も夫も離婚経験者同士で、一度失敗しているからこそ「話が通じることがいかに大切か」を実感しているんです。

不満のある状況を長く続けても結局信頼関係が破壊されるということを体験しているので、とにかく改善するために、「何が悪かったのか」「どうすればよりよくなるか」の話し合いができるという前提があります。

言語化するとか、物事を整理するみたいなことは面倒くさいので、そのまま黙ってやりすごそうという選択をしてしまうんですが、「このまま関係が終わるのは嫌だ」という強い気持ちがあるから行動できるんです。解決しようとすれば結果関係が終わることもあるけれど、私は曖昧なままの状態でいるのが苦手なので解決したい。それでダメなら一緒にいない選択もアリですし、一緒にいて快適になれるなら頑張りたいなと。

<取材・執筆>KIDSNA STYLE編集部

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「男子のコミュニケーション」が不機嫌丸出し夫を作る?

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『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!』 水谷 さるころ (著), 山脇 由貴子 (監修)

2023.04.06

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