子どもを狙う性犯罪の背景には日本の「男尊女卑」社会があった

子どもを狙う性犯罪の背景には日本の「男尊女卑」社会があった

世界的に安全な国として位置づけられている日本。だが近年は、小学生をはじめとする子どもの誘拐や連れ去り、性犯罪被害のニュースは後を絶たない。この連載では、親として認識すべき安全対策、子どもへの安全教育について紹介する。第4回は、『「小児性愛」という病――それは、愛ではない』を著書に持つ、大船榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳氏に性犯罪の加害者心理を聞いた。

前編では、子どもを狙う性犯罪の加害者は、教師など身近な存在であること、見知らぬ子どもではなく関係性を築いてから犯行に及ぶこと、そしてその目的は「性欲の発散」ではなく「純愛」や「支配」であることを学び、私たちが持つ小児性犯罪者のイメージを覆す思考パターンや実態を明らかにしてきた。

後編では、加害者はなぜ「小児性愛障がい」という精神疾患になったのか、そして性犯罪を助長している社会全体の価値観とは何か、精神保健福祉士・社会福祉士として、長年、日本で先駆的に性犯罪の加害者臨床を行っている斉藤章佳さんにお話を伺った。

子どもを狙う性犯罪者の原動力は「性欲」ではない。本当の目的とは

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かつて「モノ」として扱われた被害者が、弱い存在を「モノ」として扱う加害の連鎖になる

――小児性愛障がいという精神疾患を持ち、子どもへの性加害を行う人々は、どんなきっかけで子どもを対象とするようになるのですか。

たとえば痴漢や盗撮の加害者は、「四大卒で既婚者の会社員男性」が圧倒的に多数です。

一方、子どもに対して性加害に及ぶ加害者の属性はさまざまで、痴漢や盗撮のようにわかりやすい特徴は挙げにくいのですが、クリニックで彼らに接してきた経験からひとつの傾向はみて取れます。

それは、彼らの半数以上がかつてのいじめ被害経験者だということです。そのなかには性的ないじめの被害経験者もいます。また、いじめだけではなく、家庭内で虐待に遭った経験を持つ人も多くみられます。

 
iStock.com/AlexLinch

つまりは、かつて他者から「モノ」として扱われた経験を持つ人が、大人になって自分より弱い存在を「モノ」として扱う。そういった、被害者から加害者への道を歩む者の世代間連鎖が確実にみて取れます。

ある加害者がプログラムの中でこんなことを話していました。

「人をモノとして扱えば相手が傷つくことはわかっています。だからこそ、人を『モノ化』することが最上の悦びにつながるんです。人を支配することで私の傷ついた自尊心は回復するし、生きていていいんだと思えます。

『モノ化』というよりは、私の欲求を充足させてくれる『生贄』とでも表現するのが適切かもしれません。私は今まで生贄にされる側でした。私を蔑むことで笑い、踏みつけてきた人たちをたくさん見てきました。大人になって、『今度は私の番だ』と思うようになったんです」

自分より弱い存在を「モノ」化したい気持ちの裏には、支配欲、征服欲、飼育欲などが潜んでいます。あるいは子どもとの関係を「純愛」だと思い込んでいる場合もありますし(純愛幻想)、加害者にとっての性加害は複合的な快楽が凝縮した行為なのです。

小児性犯罪の加害者たちは子どもを「かわいい」と表現しますが、それは一般的にわたしたちが子どもを見て感じる「かわいい」とは異なる感情を指します。

 
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彼らの多くは同年代の男性同士、あるいは女性とのあいだのコミュニケーションに挫折の経験を持っています。あるいは、一方的にまわりと比べて、自分の外見、収入、勉強、運動などの能力を「劣っている」ととらえて慢性的に自尊感情が低下しているケースもよくあります。

自分が「劣っている」という認識があると、同年代とは対等に付き合えないと考え、結果として子どもに目を向けます。たとえば、お菓子をあげると、子どもは素直に寄ってきたりしますよね。

つまり彼らの言う「かわいい」は、自分の存在を絶対に脅かさない保証が含まれていることを意味しています。

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大人が作った社会の歪みが子どもへの性犯罪へつながる

――前編で、小児性愛障がいという精神疾患があり児童に性加害をする人々は「純愛」や「飼育」といった認知の歪みがあると伺いましたが、子どもが服装などで自己防衛するのは効果がないのでしょうか。

性被害時に着ていた服装についての研究があり、露出の高い服装だから性犯罪に遭うということについては全く根拠がないことが分かっています。

これもよく勘違いされることなのですが、性犯罪は「性欲が原因」で、性欲がコントロールできない非モテ男性で、モンスターのような加害者像を持たれていることが多いです。

しかし一方で、そうした加害者はごく一部で、彼らは交番の前では加害行為を行いません。彼らは、被害者や場所、時間帯、状況を慎重に選んでいます。実は、彼らは逆に性欲をコントロールしている人たちといえるかもしれません。

つまり、加害者はどこにでもいる、ふつうの人です。

 
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このように、小児性犯罪に限らずすべての性犯罪に言えることですが、ことの原因を性欲の問題に矮小化してしまうと本質を見誤ってしまいます。性欲問題にのみ立脚して、性暴力の問題をとらえてしまうと、実は加害者にとっては好都合な面が見えてきます。

日本の社会では、男性の性犯罪や著名人の不倫報道にいたるまで、「男性の性欲はコントロールできないから仕方ない」とあきらめ、半ば彼らを擁護するような「性欲原因論」が公然と議論に挙がっています。

たとえば、痴漢や盗撮に多い話なのですが、加害者の妻が警察署に呼ばれて「おたく、事件を起こす前にセックスレスだったんじゃないですか?」と聞かれるそうです。同じようなことを法廷でも聞かれたと言います。「妻が妊娠していて、セックスできなかった」という言い訳もよく聞かれるものです。

これは、「夫の性的なケアを妻側がしてなかったせいで、夫が犯罪に走った」という、「男の性欲は女が受け止めるべきである」というバイアスがかかっており、そのような前提が成り立ってしまっていることですよね。

「男性の性欲は抑えられないもの」だけでなく、さらには「男性の性欲は女性に受け入れられるべきもの」という女性蔑視の価値観が背景にあるということです。

 
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――まさに、日本社会の男尊女卑的な価値観ですね。

男性の性欲は女性に受け入れられるべきものだと、ケアされるべきものだと思い込むと、現実の女性から拒絶される事態に遭遇したとき、男性は大きなショックを受け自尊心が傷つきます。

では、自分の性を拒むことなく受け入れてくれるのは誰かと考え、自分より小さき者、弱い者ならそれが可能になる。飛躍しすぎだと思うかもしれませんが、そんな理由から子どもに性欲解消の役割を求める者がこの世にはいるのです。実際にそう語る小児性愛障がいの当事者もいます。

このように、男尊女卑の価値観が、あらゆる性暴力へと地続きになっていることは、ぜひみなさんに知っておいてほしいことです。

さらに日本の場合は、児童ポルノの問題も見過ごせません。

小児性愛障がいは真性タイプと混合タイプに分かれ、クリニックの患者数は圧倒的に混合タイプが占めています。さらに、DNAの影響という説が有力である前者と違い、後者は社会の中で学習されていくものという説が有力です。つまり、なんらかの形で性的嗜好を後天的に学習するということです。

少し古い話ですが、1996年にストックホルムで開催された「児童の商業的搾取に反対する世界会議」では、欧州諸国で流通している児童ポルノの約8割が日本製であったと強く非難を受けました。この驚くべき事実はまだ記憶に新しいです。これだけ子どもを性の対象として消費している先進国はないでしょう。

そして現在でも、日本ではスマホひとつで容易に児童ポルノにアクセスできますし、児童型のセックスドールの販売や製造が黙認されています。

 
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そうしたものに自らアクセスし、やがて自分の性的嗜好に気づき、パンドラの箱を開けるように目覚めてしまう人も多いのです。

児童ポルノは実写が多いのですが、そういうものがネット上にあふれているということは、それを実際に撮影している人がいるわけです。

それをネット上で見た児童への性嗜好を有している潜在的な層は「こんなに簡単に子どもを盗撮できるんだ」と認識しハードルが下がります。そのうえで、外に出れば実際に子どもたちがいるので、行動化しやすい条件がそろっているのです。

このように日本では「子どもを性の対象として消費していい」というメッセージが日常のさまざまなところに仕組まれているため、私は社会環境との相互作用の中で学習して、小児性犯罪へと発展していくケースが存在すると考えています。このことは非常に問題ですし、子どもへの性犯罪は1件でもあってはいけないのです。

一人ひとりの価値観をアップデートするために

――性犯罪は、社会にある男尊女卑の価値観と地続きということは、私たち一人ひとりの問題で、次世代の子どもに引き継がないようにしたいですよね。

子どもが男尊女卑の価値観を刷り込まれる場所は4つあります。家庭、学校、メディア、そして職場などの社会です。

保護者が意識をするとよいのはまず、家庭でのふるまいですよね。

多くの子どもが最初に異性とのコミュニケーションの原型を学ぶのは、父親と母親のやり取り、つまり日常のコミュニケーションでしょう。

 
iStock.com/kohei_hara

たとえば、父親が母親のことを「おい、お前」と呼んでいたら、子どもは父親が母親を下に見ていることを学んでしまいますよね。男の子は「男の人は女の人を『お前』って呼ぶんだ」と思ったり、女の子は「家庭内で、女の人は男の人より下の扱いをされるんだ」と刷り込まれていきます。

なので、そもそも夫婦のどちらか、あるいは両方に男尊女卑の価値観が根付いている場合は、やはりそこを自覚して、問題視していかなければならないと思います。

――お話をうかがってきて、子どもを狙う性犯罪者は「異常だ」というイメージが変わりました。

いまこうしている瞬間にも、小児性犯罪だけでなく、盗撮や強制性交、下着窃盗などが日本、あるいは世界のどこかで起きているのが現実です。

私たちは治療によって目の前にいるひとりの加害者の再犯を食い止めたとしても、いまの社会が前提としている価値観がが変わらない限り、根本的に性犯罪を撲滅することはできません。

ということは、社会に生きる我々一人ひとりが、古い価値観をアップデートしなければならないと思うのです。

 
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たとえばこれまでは「嫌よ嫌よも好きのうち(No means yes)」という、男性の性的アプローチを女性が嫌がるのはあくまでポーズであるという考え方も、いまでは性的同意という言葉をよく聞くようになり、「No means no」「嫌なものは嫌なんだ」と変わってきていますよね。

こうして、自分たちが持つ古い価値観、歪んだ捉え方に自覚的になり、インストールとアップデートをくり返し、子どもたちにも伝えていきたいですよね。

「知らない人やあやしい人についていっちゃだめ」とあいまいに伝えるのではなくて、根拠に基づいた事実、つまりどのような場所が危険で、もしそういう場面に直面した時にどう助けを求めるかを伝えていくことが大事だと思います。

あとは、自らの加害者性をちゃんと理解した上で、人と関わっていくことが大切です。

男性にも女性にも、みんなに加害者性はあります。人は誰でも、学校でいじめにあうとか、親から虐待を受けるとか、会社でパワハラにあうとか、追い詰められる経験をする可能性はありますよね。

そんな風に極限まで追い詰められたとき、冒頭でも言ったように、「モノ化された経験がある人は弱い人をモノ化し、傷つけることで自分の尊厳を取り戻そうとする」ことがあるのです。

親が子どもに手をあげるのもこの負の連鎖のひとつだと思いますし、何も特別なことではなく、みんなに加害者性はあるのです。このことに自覚的になり、コントロールしていくこと、そしてそれを言語化し共有できること。そんな社会が、本当の意味で成熟した社会なんだと思います。

 
斉藤章佳(さいとう・あきよし)/精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病』(ブックマン社)、『セックス依存症』(幻冬舎)、最新刊に『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)など多数。

<取材・執筆>KIDSNA編集部

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2021年09月24日


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