【カナダの教育】個を尊重し、得意を伸ばせる多文化主義教育

【カナダの教育】個を尊重し、得意を伸ばせる多文化主義教育

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、カナダ駐在後、現地の生活や教育環境に惹かれてカナダに移住した久保恵一さんに話を聞きました。

<連載企画>世界の教育と子育て
日本の約26倍、世界で2番目に広い国土を持つカナダ。人口は日本の1/3ほどにあたる3800万人。

経済発展のために、寛容な移民政策を掲げるカナダでは、よりよい経済活動を求める”経済移民”を積極的に受け入れています。さらに、結婚などに伴う”ファミリー移民”、自国を逃れてきた”難民移民”にも寛容な姿勢を示しています。

移民が多いカナダでは5人にひとりが外国生まれ。人口の約1%に相当する30万人の移民を毎年受け入れ、カナダ最大の都市であるトロントの移民の割合は半数近くに上ります。

「カナダ人のアイデンティティは『オープンマインドで、誰でもウェルカム』。他人を差別しないことがカナダ人の誇りです。

フェミニストであり、ストレート・アライ(性的マイノリティの支援者)を公言していることで知られるジャスティン・トルドー首相は、2015年に組閣した際、閣僚をカナダ初の男女同数にしました。

記者に理由をたずねられると、一言『Because it's 2015(2015年だから)』と答えました。もうこの時代なんだから、当然の行動であると考えていたのですね」

こう語るのは、日本企業の駐在員としてカナダ赴任中に、カナダでの働き方や教育環境に魅せられ、現地法人に転籍して移住した久保恵一さん。広告代理店のバイス・プレジデントとして働いた後、現在はビジネスコンサルティング会社を経営されています。また、その傍ら、日本の文化や日系カナダ人のレガシーを発信するJCCC(日系文化会館)の理事も務めています。
久保恵一(くぼ・けいいち)/慶應義塾大学卒業後、(株)電通に入社。電通カナダ社とボス社の統合に伴い、2012年に駐在員として赴任。ワークライフバランスを重視したカナダ人の働き方や、子どもの可能性を伸ばす素晴らしい教育環境に感銘を受けカナダ移住を決断。電通ボス社にVice Presidentとして勤務した後、現在は、日本とカナダ間の企業進出支援を行うビジネスコンサルティング会社を経営。仕事の傍ら、日本の文化や日系カナダ人のレガシーを発信するJCCC(日系文化会館)の理事も務める。
久保恵一(くぼ・けいいち)/慶應義塾大学卒業後、(株)電通に入社。電通カナダ社とボス社の統合に伴い、2012年に駐在員として赴任。ワークライフバランスを重視したカナダ人の働き方や、子どもの可能性を伸ばす素晴らしい教育環境に感銘を受けカナダ移住を決断。電通ボス社にVice Presidentとして勤務した後、現在は、日本とカナダ間の企業進出支援を行うビジネスコンサルティング会社を経営。仕事の傍ら、日本の文化や日系カナダ人のレガシーを発信するJCCC(日系文化会館)の理事も務める。

アイデンティティを確立し、個を尊重する社会背景

民族や人種の豊かな多様性を認め、尊重する為に、1971年、カナダは世界で初めて多文化主義政策(multiculturalism)を導入しました。

カナダの個性は多文化にあるとして、多様な文化背景を持つ人々それぞれを尊重し、すべての人が平等に社会参加できるような国を目指しています。

だから外国人に対して差別意識を持たずに、誰でも受け入れる寛容さがある。私はカナダに住んで8年ほどになりますが、人種差別を受けた経験は一度もありません。

多民族国家のカナダは街を歩けば、アジア系、ヒスパニック、中東系、アフリカ系、本当にいろいろな人がいて、街中で英語以外の言葉を耳にすることは、ごく当たり前の日常です。
トロントダウンタウン。(提供:久保恵一さん)
トロントダウンタウン。(提供:久保恵一さん)
同じく多民族国家のアメリカは、”人種のるつぼ”と表現され、それぞれの文化を混ぜ合わせアメリカ人になり一丸となることを求められる。

一方のカナダは、”人種のモザイク”。互いの文化を尊重し、あえてバラバラのまま、混ぜ合わせることはしない。だからカナダでは、それぞれのアイデンティティを保ちながら暮らせるんです。

そのため、教育においても、ひとつにまとまることよりも個々人の尊重がテーマになっている。文化的背景、人種的背景、社会的背景が異なるそれぞれの子どもを尊重する、”子どものための個人主義”を大事にしています」

2017年に建国150周年を迎えたカナダは、先住民とイギリス系、フランス系の人々が国を形作るところから歴史が始まります。公用語は英語とフランス語。基本的には英語圏ですが、ケベック州のみフランス語を主として用いています。

「私の住んでいるオンタリオ州は英語圏ですが、公立校で、ほぼフランス語のみで教育を受ける選択肢もあります。

フレンチイマージョンと呼ばれ、幼稚園から中学生まで(Grade 8)までの子どもを対象に実施されており、2016年のデータではカナダ全土で9%の子どもが通っていました。
幼稚園での子どもたちの様子。(提供:久保恵一さん)
幼稚園での子どもたちの様子。(提供:久保恵一さん)
プライベートスクール(私立校)もありますが、9割ほどは公立校。多くの学校は宗教を問いませんが、公立校でもプロテスタント系、カトリック系の学校があり、選択する自由があります。

カナダは10の州と3の準州からなり、州が教育の管理・運営に関する権限を有します。そのため義務教育の年齢や無料期間は州ごとに細かい違いはありますが、多くの州では6歳から16歳までが義務教育期間にあたり、無料で教育を受けることができます。

パーマネント・レジデンス(永住権)を持っていれば、永住権を所有している移民もカナダ人同様に無料で教育を受けることができます。

その背景には、すぐ南側にいるアメリカを始めとした他国に負けないよう、移民も含めた子どもたちへの教育に投資して国力を高めなければ、という国の戦略があるのではないかと思います」

優れた能力を伸ばすギフティッド・プログラム制度

個人の尊重を大切にするカナダの教育制度には、”ギフティッド・プログラム”というシステムがあります。同世代の子どもと比べて、突出した知能を認められた子どもたちが、最適な教育を受けるための制度です。

ギフティッド認定は、知能だけでなく学校での評価、生活面などを総合的に判断され、認定されると、より深い学びの機会を提供されます。
iStock.com/Imgorthand
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ギフティッドの子どもたちは、強い個性を持っていたり、特定の分野において際立っていたり、通常学級での学校生活に支障があるがゆえに、他の子どもと学習スタイルに違いがあり、時として心理的な困難に直面することがあります。

そのような子どもたちが能力を最大限に伸ばし、のびのびと学習できる環境を公的に用意しています。

ギフティッドに限らず、子どもはそれぞれ何を得意とするか、学ぶスピードも適正もバラバラです。

授業のスピードも詰め込みというよりはゆったりしており、こうでなきゃダメと型にはめられることなく、『個々人に合わせた適切なタイミングで、適切なことを教えればいい』という価値観が根底にあると思います。

テストは授業の復習のための確認テストが中心で、大学入試試験はありません。試験一発勝負ではなく、高校での成績、ボランティア、学校での過ごし方などから総合的に評価されます。
高校のロボティクス大会。(提供:久保恵一さん)
高校のロボティクス大会。(提供:久保恵一さん)
教育を通して自分の向いていることを発見し、社会に出てから役立ててもらえればいいという考え方なので、非常に合理的でリラックスした雰囲気だと感じます。

その一方で、多文化主義である背景から、自分の考えを他者に伝える能力を培うために、幼稚園のころから”show and tell”という、他の子どもたちの前で自分のお気に入りのものを紹介するといったことを行っているので、プレゼンの機会は多いです。

子どもをひとまとめにするのではなく、それぞれの個人のよいところを、いかにして伸ばすかということをカナダの教育では考えています。

幼稚園で運動する子どもたち。(提供:久保恵一さん)
幼稚園で運動する子どもたち。(提供:久保恵一さん)
だから子どもたちも他人と比較することなく『自分は自分』と、自分に自信を持っています。他人の目を気にし過ぎることなく、のびのびと学び育っていると思います」

社会に貢献する力を学ぶ問題解決型学習

「カナダの授業で特徴的なのはボランティア。オンタリオ州の場合は、高校生活で最低40時間以上のボランティアをしなければ卒業できません。

私が理事を務める、日本文化を知ってもらうための日系文化会館(JCCC)でも、夏祭り、冬祭り、お正月会などの催しの際に多くの高校生がボランティアをしに集まってくれます。チケットのもぎり係や、受付、ゲームの係などのボランティアが終わると、ボランティア修了証を発行して手渡します。
iStock.com/South_agency
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ボランティアを必須としているのは、個々人の集まりで成り立つ社会の一員として、その社会に対して自分はどのように貢献できるのかを考え、行動すべきだ、という理念が基になっています。

カナダ人は、子供だけでなく大人もボランティアに熱心な人が、とても多いと思います。たとえばPTAも、順番で回って来て半ば強制的に押し付けられる役割ではなく、すべてボランティア。子どもの学校生活に積極的に関わりたい人たちが、とても熱心に取り組みます。

保護者がボランティアしている姿を見ているから、子どもにとってもボランティアすることは自然なこと。そして、子どもの頃から社会の一員としてボランティアをしているからこそ、大人になっても積極的に社会に貢献したいと思えるのでしょう」

社会の一員として生きていくうえで、そもそも何が社会課題となっているかということを考えることが大事な能力なのではないか、と久保さん。

小学校の授業は、先生や黒板と対面するのではなく、子ども同士向き合って考える問題解決型の授業が多いと話します。

「小学校3年生の息子の授業を見学したときのことです。その時間は音楽。モーツァルトとベートーヴェンの音楽を聞いたあとに先生が出したテーマは、ふたりの音楽家はどちらが不幸だったか?ということ。

クラス内でモーツァルト派、ベートーヴェン派とチームを分け、音楽から受けた印象をもとに人物像を考察します。どの時代に生まれ、どのような暮らしをして、どのような想いを込めて、この音楽を生み出したのかということを、書籍やインターネットを用いて調べます。

リサーチを終えたら、パワーポイントにまとめて、プレゼンテーション。それぞれ意見を戦わせてディベートをします。
iStock.com/monkeybusinessimages
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生徒の中から選ばれた子どもたちがジャッジして、モーツァルト派のこの部分の発表がよかった、ここに関してはベートーヴェン派の方がよかった、と結果を決めるんです。

正しいとか間違っている、という価値基準ではなく、自分たちで考え、作り、人に伝えたうえで説得し、行動を起こしてもらうところまでを学びだと考えています。

先生から一方通行的に“これが問題ですよ”、“これが正解ですよ”と示されるのではなく、そもそもの問題から考えさせる問題解決型の授業は多いですね。ひとつの答えを求めないカナダらしさが出ていると思います。

さらに、音楽の授業だけれども一連の授業内容は、社会の授業にも通ずるしICT教育の要素も含まれる。プレゼンテーションスキルを磨くこともできます」

教科にまたがって学習するクロスカリキュラムコネクション(教科横断的学習)もカナダでは多く、先生の個性次第で学習スタイルはさまざま。

「カリキュラムは決まっているものの、その中であれば何をやってもよく、先生の自由度はかなり高いですね。

先生は何かを教えるよりもファシリテートする役割が主です。こういう考え方もあるのでは?なぜそう思ったの?と問いを投げかける役割もあります。

子どもに興味を湧かせ、うまくモチベーションを高められる先生に当たると、子どもたちは授業を楽しんでいたようですね。

授業は問題解決型で進み、記憶や反復練習を中心とする基礎固めは少ないと思います。また、クラス全員の学力の底上げよりも、個人の能力や個性を伸ばすことに重きを置いています。

そのため、わからない子どものためにみんなで立ち止まって、その子が理解するまで授業が止まる、という状況はありません。基礎が理解できていない子どもは、何が問題なのかもわからないという状況に陥り、授業についていけなくなることもあるようです」

カナダの大学はサイエンスに強く、世界中の留学生を魅了

「日本ではあまり知られていないかもしれませんが、カナダの大学はコンピューターサイエンス、AI、医療、量子コンピューターといった理系は世界でもトップクラスです。その分野をしっかり学ぶためにカナダの大学を選ぶ人も多いです。
iStock.com/AleksandarNakic
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日本から留学する場合は、どの大学に通うかによりますが、同じ英語圏であるアメリカの大学よりも安く留学できるケースも多いようです。学費や生活費の安さだけでなく、留学生に寛容な文化、安全な治安もカナダ留学を考える理由のひとつになるかと思います。

年間の授業料は留学生の場合、平均3万カナダドルほどかかりますが、カナダ人や永住権を持っていれば平均6,463カナダドル。日本円にすると約53万円ほどになります。学部にもよりますが、いわゆる理系の場合だともう少し費用がかかり150万円から250万円ほどですね」

GLOBAL NOTEによるカナダの「世界の大学進学率」は70%。同じくGLOBAL NOTEの「世界の大卒比率 国別ランキング・推移」は、人口に占める大学を卒業した人の割合を表わし、カナダは世界1位です。

「身近なところを見渡してみても、一度社会に出てから大学で学び直す人や、世界中を旅してから大学に通うという人は多いです。

高1までカナダにいた息子は、現在日本の高校に通っていますが、『卒業したらカナダに戻る』と言っています。
オンタリオ湖。(提供:久保恵一さん)
オンタリオ湖。(提供:久保恵一さん)
自分の考えを他者に伝え、いかに周囲を巻き込んでプロジェクトを進め、社会に対してどのように影響を与えていくのか。これらの考え方や、ロジックを身に付けていたほうがグローバル社会にうまく適応できると思いますし、息子自身もカナダでの大学生活に惹かれているようです。

個々人を尊重し、型にはめられることのない自由なカナダの教育は、人間力を高められる場なのではないかと信じています」
<取材・執筆>KIDSNA編集部
<連載企画>世界の教育と子育て バックナンバー

2020年10月29日

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