1.6億円の借金→30年後に大ヒット…冷凍食品の常識を覆した「凍眠」、"売らない営業"で道を拓いた社長の執念
「新しい技術すぎて、最初は全然売れなかった」
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果物や日本酒、生牡蠣、生しらす……。冷凍に不向きとされた食材を、味を落とさず「冷凍食品」にする国産冷凍機「凍眠」。横浜のメーカー・テクニカンが1984年に開発した液体冷凍機だ。当初はほとんど売れず、1.6億円の借金を抱えたが、販売開始から30年後に“遅咲きのヒット商品”となる。開発者・山田義夫社長に、フリーライターの弓橋紗耶さんが軌跡を聞いた――。
冷凍食品を変えた「遅咲きのヒット商品」
「どうぞ、試してみてください」
切り分けられた牛肉を口に入れた途端、思考が止まった。噛めば噛むほど旨味がじわりと溢れてくる。フライパンで焼いたあと、ハーブソルトをかけただけのシンプルな肉は、ごまかしが利かない。これがまさか、調理直前に3度も冷凍と解凍を繰り返されたものだとは、到底思えなかった。
この日、筆者がいただいたのは国産牛のロース肉だ。基本的に、肉は再冷凍すると水分が抜け、パサパサした食感になる。けれど、その牛肉は驚くほどジューシーで、新鮮そのものだった。
「冷凍で大事なのは、温度だと思うでしょう? でもね、そうじゃなくて一番はスピードなんですよ、スピード。うちの機械は冷凍する過程で細胞を壊さないから、旨味成分が出ていかない。だから、美味しさが変わらないんです。
たまに、『国産牛だから美味しいんでしょ』って言う人もいるから、次はオーストラリア産の肉を焼きましょうか――」
冷凍庫とキッチンの間を行ったり来たりし、せっせと肉を焼いて食べさせてくれる温和な男性。この人こそ、常識破りの冷凍技術を開発した、テクニカン社長の山田義夫さんだ。
名だたる企業が採用
彼が生み出した液体凍結機「凍眠」は、マイナス30度のアルコール(エタノール)を用いて、パックした食品を凍結するものだ。
従来の空気凍結と比べると、熱伝導率が20倍にもなるため、ものすごい早さで食材を凍らせることができる。調理前に牛肉を凍結させるところを見せてもらうと、みるみるうちに表面が白く変化していき、ものの数十秒でカチンコチンになった。
テクニカンはここ10年ほどで売上高が約3倍へと伸長し、2022年には過去最高売上高である23億円を叩き出した。機器の導入先は「伊藤ハム」や「叙々苑」、「銀座千疋屋」に「DEAN&DELUCA」など名だたる企業ばかりだが、この画期的な冷凍システムは、売れるまで実に長い時間がかかっている。「凍眠」が生まれたのは1984年、今から約40年も前のことだ。
なぜ、令和になってこの凍結技術が注目されるようになったのか。世界でも類を見ない、革新的な装置を生み出した、山田社長の足跡を辿る。