やなせたかしは妻に「食べさせてあげる」と言われたが「そんなことさせるか」と奮起…元秘書だけが知る素顔
晩年、秘書を20年務めた越尾正子氏にインタビュー
Profile
朝ドラ「あんぱん」(NHK)のモデルである漫画家・絵本作家やなせたかし氏。『やなせたかし先生のしっぽ やなせ夫婦のとっておき話』(小学館)を上梓した元秘書の越尾正子さんは「先生には奥さんが養ってあげると言っても、そうはさせないという意地があった」という――。
33年前、やなせたかしの秘書になった
NHK朝ドラ「あんぱん」が話題を呼んでいます。アンパンマンの生みの親・やなせたかしさん(1919~2013年)をモデルにした物語で、私は20年以上にわたってやなせ先生の秘書をしていたので、毎朝、楽しみにしています。
私が「やなせスタジオ」で働くことになったきっかけは、やなせ先生の奥様、暢のぶさんに声を掛けられたことでした。1992年、43歳のときにそれまで勤めていた協同組合を辞めた私は、次に就職する会社ではのんびりと決まった時間だけ働き、決まった賃金をもらい、好きなことだけしてつつましく生きていきたいと漠然と考えていました。でも、趣味の茶道は続けたかったので、お茶の先生だった暢さんに退職したことを話したら、「うちに来ない?」と誘ってくださったんです。
それまでやなせ先生の仕事を手伝っていた暢さんの妹・瑛えいさんが高齢になり、体調不良もあって、後任を探していたタイミングだったそうで、私に白羽の矢が立ったようです。ただ、そのときは、「モノを書く人やモノ作りをする人は恐ろしく繊細な神経を持っているだろう。私のような粗雑な性格の人間には無理だ」と思い、後日返事をすることにして、数日迷いました。
結局、私が有限会社やなせスタジオに就職を決めたのは、お茶の稽古に行きづらくなるのが嫌だったからという理由から。そこからまさか20年以上勤めることになるとは夢にも思いませんでした。
茶道の先生だったやなせ夫人に誘われた
入社が決まって、暢さんからやなせ先生に「今度、うちの経理や事務を手伝ってもらう越尾さんです」と紹介してもらうと、先生はさらっと「うちの仕事は簡単だからよろしくね」とおっしゃいました。主な仕事は経理と事務全般。前任者から伝票や帳簿を引き継ぐと、暢さんから会社や個人の通帳と印鑑を渡され、それを保管する金庫の番号から鍵の置き場まで教えられました。
「もし私が悪い人だったらどうします?」と暢さんに聞いたところ、「あなたが悪い人だったら、自分の観る目がなかったとあきらめる」と私の目をまっすぐ見てきっぱり言い切る暢さんに、私はかなわないなと感服しました。このようにしっかりした自分の考えを持つ女性がやなせ先生は好きなのだろうとも思いました。
勤め始めると、暢さんが自分のことや先生のことを話してくれるようになりました。面白いことに、暢さんが話していたのと同じ話を、やなせ先生も話してくれることがあるのですが、話にズレが全くないんです。よくお互いに話をされているんだなと思いました。