「かかりつけの保育園を」こども誰でも通園制度って実際どうなんですか?【てぃ先生×大豆生田啓友先生・前編】

「かかりつけの保育園を」こども誰でも通園制度って実際どうなんですか?【てぃ先生×大豆生田啓友先生・前編】

こども家庭庁が2023年に発足し、子育て支援や保育の拡充が進んでいます。そんな中、今回は保育業界から現場の声を発信するてぃ先生、こども家庭庁でこども家庭審議会の育ち部会の有識者懇談会座長代理を務める大豆生田啓友先生に、「子どもが幸せになるには?」をテーマにお話しいただきました。

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てぃ先生:現役保育士。SNS総フォロワー数は180万人を超え、保育士としては日本一の数を誇る。育児アドバイザー、顧問保育士、講演活動、メディア出演なども多数。近著は『1メニュー1分、猛獣ストレッチ』(SYNCHRONOUS BOOKS)。
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大豆生田 啓友(おおまめうだ ひろとも):玉川大学教育学部教授。青山学院大学大学院を修了後、青山学院幼稚園教諭などを経て現職。保育の質の向上、子育て支援などの研究を中心に行う。日本保育学会理事、日本こども環境学会理事。2023年4月に発足した「こども家庭庁」でこども家庭審議会の育ち部会座長代理を務める。2男1女の父。幼児教育・保育・子育て本を中心に著書多数。

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こども誰でも通園制度のメインは「子ども」

――1つ目のテーマは、こども誰でも通園制度です。改めて制度をおさらいします。

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――大豆生田先生、この制度が作られた背景や意図を伺えますか?

大豆生田先生:ご家庭だけで子育てをせざるを得ない状況が実際にある中で、保育につながって孤立を防ぐことで、子どもの成育にとってよりよい環境を作れるのではないか、という背景があります。今までは「3歳までは家庭で育てるべき」といった考えもありましたが、最近の多くの研究では変わってきています。

本来、ヒトは群れの中でいろんな人たちとかかわりながら育ってきたわけで、それを共同養育と言いますが、かつては乳幼児期から多様な子どもや大人とのかかわりがあることは当たり前でした。だから、保育とつながりながら子育てすることはその点でメリットがあるという考えです。

この話で「一時預かりとどう違うのか」とよく質問をいただきます。一時預かりのメインの目的は、保護者のリフレッシュでした。しかし今回のこども誰でも通園制度は、子どもがメインです。子どもにより良い環境を与えたいという考えが背景に生まれた制度です。

――ありがとうございます。子ども目線で考えられた制度なんですね。

てぃ先生:SNSを見ていると、大人が使いやすいかどうか、が議論の真ん中になってるじゃないですか。お子さんの育つ環境に着目して作られた制度だと広く知られた方がいい気がしますね。

大豆生田先生:そうですね。場合によっては、保護者の方に協力していただいた方がいいこともあると思うんです。例えばある日に子どもが集中してしまったら、園にとっても子どもにとってもよくない。そうすると、多少日程調整に関して協力してもらう、なんてこともあるかもしれません。

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――こども誰でも通園制度をモデル事業として実施している園ともつながりはありますか?

大豆生田先生:はい。僕の親しい方の園で、とてもよい感じで実施してます。

――実際のところ、どんな状況ですか?

大豆生田先生:その園の場合だと、通常の1~2歳クラスに一日数名の子どもが入る感じで、わりとすっと馴染んでいるように見えます。当初先生たちが不安に感じていたほどのことはなくて、思ったよりうまい育ちあいができているかなという印象です。園児の楽しそうな遊びに巻き込まれてスムースに入っているようです。保育者もこの事業の意義をしっかりと理解していることが肝のようです。また、子どもも保育者も無理なく実施できるような体制づくりのマネジメントも不可欠です。

利用されている保護者の方も、保育の場で自分の子どもが他の子どもたちから良い影響を受けているのを感じているみたいです。家でしつけをうまくできずに悩んでいたことがあったとして、こども誰でも通園制度で他の子どもの様子を見て子どもが自発的に「やってみよう」ということも起こってくると、そんな効果が出ているようです。気軽に保育者に相談できているのもよいですね。

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※写真はイメージ(iStock.com/maroke)

――巷で言われているよりも前向きな効果があるんですね。

てぃ先生:新しい制度って、まずみんな文句から入りますからね。

大豆生田先生:新しい取り組みでもあるし、普段来ない子が不定期に園に来るようになったらどうなるのかなって、たしかに不安ですよね。だから試行期間を2年間と長めに設けて、実際にやってみながら、課題と改善を積み重ねていこうとしているのだと思います。

てぃ先生:国も、保育士さんに意地悪してやろうと思って制度を作ったわけでは当然ないはずなので、仕組みを見直していきながらいい形で進めていけるといいですよね。

――弊社で以前こんなアンケートを取りました。

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――約7割の方が、こども誰でも通園制度には「意義がある」と回答しています。「24時間365日ずっと子どもとつきっきりなので、母の心身への影響を考えても子どもを預けられる制度があるのはすごく大きい」といったご意見がありました。

一方、「わからない」と回答した方は、「ただでさえ人手不足の保育現場へのバックアップが整っていない段階での実施は怖い」と。この点は、先ほどの大豆生田先生のお話を聞いて、少し安心する方もいらっしゃるかもしれません。

2026年にはこども誰でも通園制度が本格的に始まる予定ですが、どんな社会を理想として、実現しようとされているのでしょうか?

大豆生田先生:こども誰でも通園制度に限らないお話ですが、こども家庭庁とかかわるなかで、「はじめの 100 か月の育ちビジョン」というものを作らせていただきました。

「はじめの100か月」は、お母さんがお子さんを妊娠した時から小学校入学までを指します。乳幼児にとって非常に重要な時期を、家庭や園だけではなく、社会全体で支えましょう、というビジョンなんです。それまで子どもとあまりかかわることがなかった人も含めて、国民全体で乳幼児期のウェルビーイングを大事にしていこうという考えです。

日本は子どもの数が減ってしまって、子どもの声が騒音扱いされてしまうことすらあります。でもそれは騒音扱いする方が悪いというより、子どもとの接点がなくなってしまったことのあらわれだと思うんです。そういう意味でも、子どもを社会の真ん中に据えることで、持続可能な社会を作ることが理想です。

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大豆生田啓友先生

てぃ先生:「子どものため」という意図が真ん中にあるとみんなに理解してもらうことから議論を始めるのが大事ですね。

大豆生田先生:おっしゃる通りです。子どもを育てる過程で、危機的な状況に直面する可能性は誰にでもあります。妊娠期に不安を抱えることもあれば、産後退院して家に帰ってからかかわり方がわからないなど一人で不安に陥ることもあるかもしれない。そういう時に孤立してしまうと問題が起きやすく、だからこそ誰もがつながることのできる社会を作りたい。

ただ、そういった仕組みを作るうえで、現場からすると保育士不足を始めいろいろな課題はあります。だからこそこうしたビジョンを通して、子どもと子育てを社会全体で応援していこくとが大切だと声をあげて考えていきながら、保育の場の重要性を社会に発信しつつ、こどもまんなか社会を一緒に作っていきましょう、という思いです。

てぃ先生:もともと保育園という場は福祉的なセーフティーネットですよね。だけど、そのネットでは受け止めきれないくらい、僕たち社会人の生活リズムや働き方の幅が広がっていて、そこからこぼれ落ちてしまう家庭や子どもがどうしても出てきてしまうようになったと。だから一連の施策は、そのネットをどうにか広げるためのものなのかなって、僕はそう受け止めています。

大豆生田先生:そうですね。昔は家庭だけで子育てしていたわけではなく、近所のお兄ちゃんお姉ちゃんたちと群れの中で遊ぶことが当たり前でしたよね。それがだんだん近所とのかかわりが分断されて、今は家庭がどんどん孤立している。そういう時代の中で、子どもや子育てに対するネガティブな声ばかりが増えてしまっています。この国は子育て支援をやってきたはずなのにこの現状なので、やっぱり抜本的に社会で子育てや子どもを支えていくようにしていかないと、という意味ではこども誰でも通園制度が一つの重要な鍵になってくると思っています。

なぜ「子どもになめられる」と考えてしまうのか

――核家族化や子育て世帯の孤立のせいか、子どもの虐待報道もよく見聞きするようになった気がします。それは急に増えたのか、あるいはもともとあったものが取り沙汰されるようになったのか。どちらだと思いますか?

大豆生田先生:青少年の犯罪と同じで、実際には減っているけれど、メディアが取り上げるようになったから増えているように感じるのだと思います。やっと世の中の子どもに対する人権意識がまともになってきて、不適切な保育を社会が問題視されるようになったと。多くの園や保育士はとても子どもにていねいにかかわっていますが、メディアで報道されるような問題も一方ではあります。

家庭での虐待は孤立による側面もあるし、保育園での虐待は、園の側に何かしら無理がかかっている状況があるかもしれない。つまり、「何が何でも子どもに残さず食べてもらわないと」といった強い縛りがあると、保育士の先生にも子どもにも無理がかかります。「ねば・べき」が強い、昔ながらのしつけ観の子育て・保育です。

てぃ先生:僕もそういう目に遭ったことがあります。自分自身は、食事も片付けも子どもに対してあまり強く言いたくない。だけど、周りの先生たちがそういう思考だと、強く言わざるを得なくなる。特に若い先生ほど、「今、この場を何とかしなくちゃ」って気持ちが強くなって、結局無理やりにでも子どもを動かすことになっちゃう。

これは僕の大嫌いな言葉なんですが、「子どもになめられる」という表現があるんですね。子どもに言うことを聞かせられない先生は子どもになめられてる、と。そういう表現をする人がいる環境にいると、なめられないために子どもを強く叱ったり、無理やり食べさせたりしてしまうんだと思います。

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てぃ先生

――「なめられないように」と思うことにまず違和感がありますが、昔は「それはおかしい」と声をあげることもできなかったことから考えると、今では変わってきていますよね。

大豆生田先生:しつけの考え方自体、ずいぶん変わりました。今までは無理やりやらせないとできるようにならないというしつけ観だったのが、今はむしろ非認知能力や社会情動的スキルといったものが主流になりつつある。それは、単にきびしいしつけで型を押し付けるようなやり方ではなく、自分で自分の行動を自律的にコントロールできるようなかかわり方です。自分でやってみようと思わないと本当の力にはならない、という考え方ですね。

大人が子どもをコントロールしようとしてやらせることは、怖いから、怒られるからやる、というだけで、発達の観点からしてもあまり適切ではない。例えば食べたくないという子がいたとして、その子に無理やり食べさせるんじゃなくて、その子が食べたいなと思うような声掛けをするように変わってきていると思います。

てぃ先生:僕がこの活動を始めた10年近く前は、「無理やりやらせないでどうやって子どもに言うこときかせるんですか!?」ってめちゃめちゃ言われましたから。

大豆生田先生:この10年でいろんなことが大きく変わりましたよね。メディアにしても、10年前は待機児童のことしか扱ってくれなかった。それはつまり、保育の「量」の話ですよね。今やっとみんなが口を揃えて「保育の質を」と言い始めました。これは大きな変化です。

――保育の質ということで言えば、今年から保育士の配置基準が下記のように見直されます。

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てぃ先生:保育士の人数=質と言っても過言ではないと思っていて。子どもたちに対する専門知識や経験があるからと言って、腕が8本も10本も伸びてくるわけではないので。大豆生田先生から、子ども主体というキーワードが何度も出てきましたが、それを叶えるためには保育士さんの人数がある程度必要ですよね。

大豆生田先生:僕もそう思います。まだまだ改善される必要はありますが、それでも国が動いたのは大きいことでしょう。それを踏まえた上で、僕が今配置基準に加えて気になっているのは、保育園で子どもを預かる時間です。これは親の働き方とも関係があって、こんなに長時間子どもを預かる国は日本以外にあまり多くないんです。

てぃ先生:保育園の制度を変えるんじゃなくて、社会の働き方を変えた方が絶対にいいけど、どうしてもそうはならない。さらに言えば、「保育士の数を増やしましょう!」と言っても、その保育士さんはどうやって募集するの? って問題があるわけじゃないですか。

大豆生田先生:その通りです。保育業界全体をどう盛り上げていくかが大事です。「はじめの100か月の育ちビジョン」には、もっと多くの人が子どもや子育て・保育を大切なことだと思えるような社会を作りたいという意図があります。

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※写真はイメージ(iStock.com/itakayuki)

てぃ先生:僕たち保育士って、SNSでわりとネガティブなことを書くじゃないですか。実際、大変なことや辛いことはやっぱりある。だけどいい面もあるということを発信していかないと、保育士になりたい人が増えないですよね。そこは反省点です。

――でも、てぃ先生がSNSにあげている園のお子さんとの様子は素敵だし、癒されます。

てぃ先生:僕は保育がブラックボックス過ぎると思っていて。もちろん個人情報は守られないといけないけど、もう少し社会に向けてメッセージを発信した方がいいと思う。だって、親御さんですら、自分のお子さんがその日一日どう過ごしたか知る方法が、連絡帳のたった数行や、送り迎えの時の一言二言しかないんですよ。我が子のことでさえその程度なのに、保育園全体のことを知る機会なんてないじゃないですか。保育が社会に開かれていない状態で、ネガティブな情報ばかりが強く印象に残るよなって。

大豆生田先生:安全の問題もあるから、閉じる方へ行ったんだと思うんですよ。外は危険が多いから、地域や社会とつながらないように、と。「はじめの100か月の育ちビジョン」は子どもの健やかな育ちの観点から考えた時、その見直しをするという視点もあるのだと思います。

それは、ふだんあまり子どもにかかわらない人とのつながりも強調していることにも現れています。近隣のおじいちゃんおばあちゃんや、小学生ともつながろうよ、と。商店街とつながり、農家さんとつながり、企業や学校とつながる。そういう人たちが園の応援団であり、子どもの応援団になっていく。そういうこども真ん中社会を実現するとき、保育園に新しい役割が出てくると思います。

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大豆生田啓友先生

てぃ先生:それで言うと、僕はもともとは保育のことを発信していたけど、ここ数年は子育ての発信を意識して増やしています。保育と子育て中の家庭をつなぐ橋渡し的存在が今までいなかったから、お互いの視点からそれぞれ一方的に言い合うだけだった。そこを、例えば「お子さんがご飯を食べなくて困るときってありますよね。実は保育園ではこういう方法で食べてもらってるんですよ」みたいに情報を開いていくことで、ご家庭でも保育園でも共通して抱えている困りごとの部分からつながりあえるんじゃないかなって。そうすると、お互いにいい影響が重なっていくんじゃないかと思ったりするんですよね。

大豆生田先生:てぃ先生がメディアを含めて発信力を持たれたことが本当に大きなことだと思うし、個々の保育士さんにそれをやっていく力があると思います。そういう意味でも、こども誰でも通園制度によって、地域ともっとつながることで、ますます園の役割が大きくなりますよね。

てぃ先生:こども誰でも通園制度を調べる中でいいなと思ったのが、「かかりつけの保育園」という言葉です。かかりつけのお医者さんって言いますよね。それと同じように、この制度によって、保育園が子育てで困った人たちが相談しに行きやすい場所になったらいいなと思うんです。特に、ひとり目のお子さんの時なんて、孤独でいっぱいじゃないですか。生まれた瞬間からつながりのある園があれば、心の余裕も違うんじゃないかって。

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※写真はイメージ(iStock.com/1_nude)

大豆生田先生:こども誰でも通園制度を今は肯定的に思っていない保育士さんも、ご自身の仕事が社会的に大きな役割を持っていると実感していただく機会になるんじゃないかと思います。

てぃ先生:これはずるい考え方かもしれないけど、今回の新しい制度で保育士の素晴らしさが世に広がっていけば、それはゆくゆくはお給料の話にもつながっていくと期待している部分もあって。この制度の広がりによって、保育士の待遇を含めた議論も盛んになる気がするんですよね。

<構成:KIDSNA STYLE編集部>

後編はこちらから

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