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【天才の育て方】#19 紀平凱成~言葉が得意ではない天才ピアニストを育てた親子のコミュニケーション[後編]
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KIDSNA STYLEの連載企画『天才の育て方』。 #19は聴覚過敏に苦しめられながらもピアニストの夢を掴んだ紀平凱成さんの母・由起子さんにインタビュー。後編では、言葉で伝えるのが得意ではない凱成さんとどのようにコミュニケーションを取り、その才能を伸ばしてきたのか、紐解いていく。
自閉スペクトラム症があり、聴覚過敏・視覚過敏による困難に苦しみながらも、家族とともにそれを乗り越え、18歳でピアニストとしてデビューを果たした紀平凱成(かいる)さん。
感性溢れる演奏は聞く人々の心をつかみ、歌手のMISIA さん、さだまさしさんとの楽曲制作への参加や、2021年東京パラリンピック開会式での演奏や、数々のメディア出演は話題を呼んだ。
前編では、彼の幼少期に見られた才能、一方で抱えた困難についてお話いただいた。後編である本記事では、子どもができないこととの向き合い方や、生まれもった才能を開花させた子育てについて、引き続き母の由起子さんに話を聞いた。
子どもが好きな世界に親が入ってコミュニケーションを取る
ーー凱成さんとコミュニケーションを取るうえで、大事にしてきたことを教えてください。
母:小学校に入る前の凱成は言葉でのコミュニケーションがむずかしかったので、凱成が好きなテレビゲームをいっしょにやるとか、凱成の世界に私たち親が入り込む形でコミュニケーションをとっていました。
また、凱成が通っていた幼稚園は、自然遊びなどの生活体験を大事にする園でしたが、当時園長先生に言われた言葉は今でもよく覚えています。私はなかなか言葉が出てこない凱成を心配して、カードを使って単語を覚えさせようとしていました。
すると先生が言うことは「りんごのカードを見せて、『りんご』という言葉を教えるくらいなら、本物のりんごを触らせればいいでしょう。実際に持ってみて、色を見て、香りをかいで、食べたらおいしい。教えるべきはそういうことです」と。
一般的な子どもの成長と比較して心配ばかりしていた私たちは、このような先生の価値観に触れ、少しずつ凱成との向き合い方を考え直していきました。凱成を観察して、凱成自身の心が動くワクワクする体験を、いっしょに楽しもうと思うようになりました。
小学校に入ったあとも、凱成は人が話す言葉を音で認識していたようで、内容まで理解するのは難しかったようです。当時の私たちはそれに気付けていなかったのですが、曖昧な言葉は使わない、否定語は使わないなどを意識して、日頃からコミュニケーションを取っていました。
たとえば「もう少しで終わる」というのを「あと10分待ってくれる?」と言い換えたり。「部屋の中で走らないで」を「部屋の中は歩こうね。公園でいっぱい走ろうか」などと言い換えていました。
応用行動分析学との出会い
ーー子どもが理解できていると大人は思い込んでいますが、実は理解できていないことってありそうですよね。
母:はい、特に凱成はそうでした。たとえば、当時困っていたことが「空中書き」。外を歩いているときにも頭に浮かんだ文字や絵を空中に描くので周りが見えておらず、交通事故に合わないか不安で仕方ありませんでした。そのとき助けになったのが応用行動分析学という心理学です。
知人から紹介された応用行動分析学の先生に空中書きのことを相談すると、「無理にやめさせようとしないで、時間や場所をつくって好きなだけさせてあげなさい」というのです。その代わり、外を歩くときにはかばんを手に持たせるなど「物理的に」空中書きができない状態を作り出すことを提案されました。
ーー安全な状況では好きなだけやらせてあげて、危険な状況では無理にやめさせようとするのではなく、物理的にできない状態を作るんですね。
母:そうなんです。これを実践しているうちに、空中書きはだんだんと減っていきました。
他にも、静かにしないといけない場所で鼻歌を歌うことをやめさせたかったときは、「やめなさい」と言うのではなく、いっしょに歌ってみる。そうすると凱成は私に向かって「静かにして!」と言うので、「じゃあ凱成もね」と言ってやめさせることができたりするようになりました。
このように凱成に合わせて工夫を重ねていくことで、イライラしたり、怒らせたりしていたことが減っていき、スムーズにコミュニケーションを取ることができるようになっていきました。
あとは、昔から今でも、ハグをすることをとても大切にしています。凱成は感覚の過敏などで私たちの想像以上の不安やストレスを感じていると思うので、少しでも温かい気持ちでいられるように、ハグで心のコミュニケーションをしています。
覚えてほしいことが10あっても2~3は目をつぶる
ーー凱成さんが苦手なことや、やりたくないことをやらせないといけないときは、どのように対応していましたか?
母:どんな世界でも同じだと思いますが、ピアノもプロを目指すとなると、好きな曲だけを弾いているわけにはいかず、基礎練習も必要です。でも、凱成はピアノの基礎練習をやりたがりませんでした。
そこで先生は、凱成が好きそうなジャズスタイルの練習曲を見つけてくれて、その曲で基礎練習を行いました。私は「必ずしもクラシックの基礎である必要はないんだ」と気付き、何事も柔軟に考えてみるきっかけともなりました。
ただ、何年も経ったあと、凱成がピアニストを強く意識し始めたときに、基礎が必要なのだと自分で気づき、クラシックの基礎練習もやり始めました。
ーー日常生活でも、子どもはやりたくないけれど、親としてはやらせないといけないことってありますよね。
母:凱成の場合、日常生活ではできないことがとにかく多かったので、それらを全て教えようとしていたら、きっと彼は壊れていたと思います。覚えてほしいことが10あったら、凱成にとって優先順位の高い2つか3つを教えて、あとは目をつぶろうと心がけました。
また、スムーズに教えるには最初の印象がとにかく大事で、本当に簡単なことから成功体験を積ませるしかありませんでした。
たとえば自転車の練習をさせたくても、初めてのことには強い抵抗を示しました。だから、最初は「これが自転車だよ」と見せるだけ。次は「ちょっとだけ触ってみようか」。その次に、「ベルがあるからちょっと鳴らしてみる?」とか、これくらい少しずつ慣れさせていきました。
ーー想像するよりも細かくステップを分けていたんですね。
母:子どもの性格によっては、いきなりやらせたほうがいい子もいるとは思いますが、あくまで凱成の場合はスモールステップでしたね。
天才に聞く天才
ーー凱成さんから見る天才とは誰ですか?
母:事前に聞きましたが、作曲家のニコライ・カプースチンと言っていました。ただ、そのあとでショパンや他の名だたる作曲家の名前も次々に言っていたので、偉大な作曲家はみんな凱成にとって目標であり、天才なんだと思います。
ーーニコライ・カプースチンは初めて聞きました。
母:カプースチンはウクライナ出身の現代作曲家で、ジャズとクラシックを融合したようなスタイルが特徴です。凱成が小学4年生のとき、ピアノの発表会でカプースチンの曲を弾いたピアニストがいて、その演奏を聞いてから凱成はカプースチンの虜になったんです。カプースチンの曲と出会えたからこそ今があるので、凱成にとっては大きな目標とする人ですね。
今後の目標
ーー凱成さんの夢について教えてください。
母:いつも「世界を奏でるピアニストでいたい」と言っています。小さい頃からあらゆるジャンルの音楽を聴いているので、型にはまらず広い世界に出ることができるピアニストでいたい、と思っているようです。
また、凱成のなかで音楽は大きなコミュニケーションツールであり、曲をとおして自分の気持ちを表現しています。高校生の頃、「曲ができた!」と言い、美しい響きのバラード曲を笑顔で演奏してくれました。譜面には「Songs over Words」とタイトルが書いてありました。タイトルの通り「自分は言葉よりも、音楽で表現していくよ」という凱成の意思表明を感じました。
このような凱成の作品を記録として残していくことで、ひとりでも凱成のピアノに癒されたり、誰かの助けになったりしたらいいなと、親子ともども常に思っています。
ありがたいことに新しい仕事にも挑戦する機会が増え、最近では、お笑い芸人ナイツの塙さんが監督を務めた映画『漫才協会 THE MOVIE 舞台の上の懲りない面々』の劇中曲の作曲とピアノ演奏を担当しました。多くの方に見てもらえたら嬉しいなと思います。
<編集後記>
我々には想像もできないような大きな困難と向き合いながら、ピアニストとして活躍する凱成さん。凱成さんのピアノを聞いた人は「優しい気持ちになった」と口々に言う。一般的に、自閉症の子はコミュニケーションが苦手とされているが、凱成さんのピアノを聞いていると、音楽をとおして心と心がつながるのが見えるようだ。
インタビューのなかでは折に触れ、「周りにいた方々のおかげで今がある」と言うお母さま。苦境に立たされる我が子をいちばん近くで見守りながらも、乗り越えられることを信じてきた家族の強さを感じた。
凱成さんそのものである彼の音楽が、世界中の人に届くことを願わずにはいられない。
FLYING(イープラス)
https://eplusmusic.jp/release-08
カイルが輝く場所へ(NHK出版)
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000818112020.html
『カイルのピアノ』(岩崎書店)
https://www.iwasakishoten.co.jp/book/b480875.html
漫才協会 THE MOVIE 舞台の上の懲りない面々
https://mankyo-the-movie.com/
<取材・執筆>KIDSNA STYLE編集部