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【内田舞】フォロワー数や「いいね!」がすべてではない。他者への共感と前向きな変化のためにSNSを使うには#3
いま保護者が知っておきたいネットリテラシーを、コミックエッセイストのハラユキさんと一緒に学ぶ企画。今回は、著書『ソーシャルジャスティス』で医者、そして母親の立場から社会の差別や分断を乗り越える考え方を発表した内田舞さんに、”SNS炎上”のメカニズム、その背景、”炎上”から心を守る方法について伺いました。<全3回中3回目>
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他者評価に振り回されないために
SNSでの”炎上”で使われる心理操作、そして誹謗中傷の背景にある女性差別についてお話してきました。
思いがけずに攻撃を受けた時、傷つくことも、あるいは憤りを感じることも当然の反応です。ですが、感情に任せて行動しても、いい結果を生まないでしょう。
ここで紹介したいのが再評価です。これは、ネガティブな感情を感じた時に一旦立ち止まり、その感想を客観的に再度「本当に今このようなネガティブな感情を感じる必要があるのか」と評価して、状況、または感情をポジティブな方向に持っていく心理的プロセスです。
感情に任せて判断するのではなく、一回立ち止まって、沸き上がった感情を見つめる。そうすると、次に自分がすべきことが見えてきます。
それは、その場を離れることかもしれないし、その場で自分の意見を言うことかもしれない。あるいは、そこではやっぱり怒っていい、という判断ができるかもしれない。とにかく、一度立ち止まることが大切なのです。
たとえば、自分に攻撃を向けてくる特定の人の発言が頭を占めたとしても、私にとっては「この個人をいま論破すること」が目的なのではなく、「女性の自己決定権が得られるように、多くの人に新しい視点を伝えたい」という思いで発信したのだと考え直せると、特定の人からの的外れな攻撃は相対的に小さなことだと思えます。
さらに、再評価をする時の土台となるのが自尊心です。
自尊心は、「自分はすごい!」とか自信満々であることではなく、自分をリスペクトすることです。自分には価値がある。自分は自分のままでいい。自分には欠点もあるし、弱みもあるし、カッコ悪いところもある。それを全部受け入れた上で、それでも自分には価値があるとリスペクトすることが大切です。
そして自尊心を育むためにも考えたいのが、内的評価と外的評価です。
外的評価は成績、フォロワー数、収入など数値に表れやすい、他者からの評価です。もちろん外的評価を求めるのは自然なこと。ですが、自分ではコントロールできない部分もたくさんあるのが外的評価です。
たとえばアスリートの場合、必死に頑張って成績がついてくることもあれば、ジャッジの基準が自分に合わないものだったら順位としては低いものに留まることもある。あるいは、練習では頑張ったけど、ケガをして本番では結果を出せないようなこともあります。
また、外的評価は自らの努力とは関係なく上がることもあります。たとえば、SNSでの投稿がたまたまバズって、急に注目を集めることはこのパターンです。
このように、外的評価は自分ではコントロールできないものであるにもかかわらず、外的評価に影響されて、自己認識が変化してしまうことがよくあります。これは当然と言えば当然のこと。ですが、外的評価は簡単に上がることもあれば、簡単に下がることもあります。そういった変動しやすいものに頼ってしまうと、自分の心を脆いものにしてしまうのです。
一方の内的評価は、自分のしてきたことが誰かに認められなくても、自分のしてきた努力を自分で認めたり、自分の情熱を大切にしたり、そのように自分自身を内部からリスペクトすることを指します。
SNSは外的評価に触れる場所です。だから、「いいね!」を求めたり、心無いコメントに傷ついたり、とにかく他人の反応に影響されやすい仕組みで作られています。だからこそ、自分にとってはこれを表明すること自体が素晴らしい、という気持ちを大切にできれば、「いいね!」がつかなくても楽しくやっていけるのではないでしょうか。
SNSだけではなく、育児をする中でも内的評価は重要です。子どもを育てるにあたって、外的評価を気にしないのは難しいこと。ですが、そこで大切なのが、評価軸を複数持つことです。ひとつの軸だけで育児を評価されていると思うと、足りない部分に目が行って辛くなることも起きやすい。
だけど、他の軸で見直せば「いや、自分の育児はこれでいい」と思える。むずかしいことですが、そのように意識すると少し心が楽になるかもしれません。
選択肢や評価の軸は決してひとつではありません。SNSを使う時も、育児で辛い時も、世界はたったひとつではないことを覚えていてほしいと思います。
SNSをきっかけに起きた社会運動
SNSでは「あの人は敵」「あの人は仲間」といった二項対立に陥りやすいものですが、本来は人をそんなに簡単に分けられるものではありません。意見や立場が異なっていても、その間には必ずグラデーションがあるし、お互いの色が交わることもあります。
これまでの話では、私たちのあいだの分断を深めるものとしてのSNSの側面を取り上げてきましたが、逆に、分断を超えた例についてもお話ししたいと思います。
黒人差別撤廃を訴える「Black Lives Matter」、アジア人ヘイトに対する抗議運動「#Stop Asian Hate」、そして性犯罪被害の体験を告白・共有した「#MeToo」などの社会運動は、SNSがきっかけでスタートしました。
たとえばBlack Lives Matterでは、被害者である黒人の人たちだけが声を上げても社会が動かなかったのですが、他の人種の人たちも自分事として捉えて声を上げたことが事態を大きく動かしました。
私たちの実生活の変化は、こういったSNSで起こるムーブメントがきっかけになっています。SNSで経験や思いを共有することで、全員が「同じ色」になることはなくても、あると思っていた分断の線を超えて、個人が他の個人にエンパシー(共感)を感じること。経験がそれぞれに異なっていても、他者の思いや経験を想像してみること。
そういった、エンパシーによる力が、先に挙げた運動を起こしたことを考えると、SNSは時に分断を超える現象をもたらしたとも言えます。
傷つきに蓋をするといずれ歪んで現れる
SNSにはさまざまな側面があり、時には社会を前向きな方向に動かすこともあります。
とは言え、もし意図せぬことで攻撃されて傷つくのは当然のこと。「無視すればいい」と言う人もたくさんいますが、不安や傷つき、苦しみや悲しみと言った感情を絶対に無視してはいけません。
「相手にする必要ない」と傷つきを押し込めても、その後思わぬ形で身体に出てきてしまいます。たとえば、お腹が痛くなったり、耳鳴りが起きたり、パニック発作が出てしまったり。だから無視するのは得策とは言えません。
一時的に気分転換するのはいいと思いますが、長期的にその感情をなかったことにするのはよくないと思います。そういったネガティブな感情が自分の中に沸いたことを、まず自分で認識してそのまま受け入れる。それが怒りでも、嫉妬でも、どんなにネガティブなものでもいい。感情自体にいいも悪いもなく、そのまま感じていい。
そういった心の動きを信頼できる人に話してみてもいいし、あるいは誰にも見せず自分だけの日記に思うがまま書いてみるのもいい。
そのほかにも対処法はたくさん考えられます。運動する。好きな音楽を聴く。絵を描く。ペットと過ごす。自分の好きなケーキを食べる。好きな映画や動画を観る。コメディを楽しむ。あるいは他者に優しくすることで自分の心が豊かになることもあるでしょう。
大切なのは、自分を労わることです。あなたが母親であっても、自分のために何かをするのはまったく恥ずべきことではありません。どうかそのことを忘れないでほしいと思っています。
Profile
内田舞
小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒業、11年イェール大学精神科研修修了、13年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格。研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』、『REAPPRAISAL(リアプレイザル) 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』。
Profile
<漫画>ハラユキ
<取材>ハラユキ、KIDSNA編集部
<執筆>KIDSNA編集部