【内田舞】「まだ母乳?」母親に恥を感じさせるマムシェイミングとは#2

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いま保護者が知っておきたいネットリテラシーを、コミックエッセイストのハラユキさんと一緒に学ぶ企画。今回は、著書『ソーシャルジャスティス』で医者、そして母親の立場から社会の差別や分断を乗り越える考え方を発表した内田舞さんに、”SNS炎上”のメカニズム、その背景、”炎上”から心を守る方法について伺いました。<全3回中2回目>

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【内田舞】SNSで心無い言葉を受けた時のために知っておきたい「心理操作術」とは?#1

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母親に罪悪感を抱かせる「マムシェイミング」

前回の記事で、ワクチン接種を勧奨したことがきっかけで”炎上”を経験したお話をしました。

私に寄せられた声には分かりやすい誹謗中傷だけではなく、「最初はいわゆる『勝ち組女性』の意見かと疑っていましたが、目にするたび真剣さが伝わってきました」という応援メッセージもありました。

その思いを届けてくれたことはありがたいけれど、「勝ち組女性」とはどういうイメージなのだろう、そして勝ち組とカテゴライズされた女性の意見はどうして疑われるのだろう、と考えさせられるものでした。もし私が男性の医師だとしたら、「勝ち組男性」という言葉が出てくることはあったでしょうか。

 
※写真はイメージ(iStock.com/Martin Barraud)

このように、発した側が相手を傷つける意図がなくても、受け手側が傷ついてしまう言動をマイクロアグレッション(小さな攻撃)と言います。

この言葉は、「政治的文化的に疎外された集団に対して日常の中で行われる何気ない言動に現れる偏見や差別に基づく見下しや侮辱、否定的な態度のこと」と定義されます。

私に向けられたメッセージから、日本社会の中で女性がいまだにマイノリティであること、無意識のバイアスから生まれる小さな攻撃は日常のなかのあらゆる場面に潜んでいることに改めて気づかされました。

このマイクロアグレッションにはいくつかのカテゴリーがあります。中でも母親に向けられる「マムシェイミング」について触れたいと思います。

 
※写真はイメージ(iStock.com/kokouu)

私がワクチン啓発を行った際、「母親なのにリスクを冒している」といった批判がありました。私は経歴からして、リスクを取るタイプに思われているのかもしれませんが、実際には石橋を叩いて渡る方です。

妊娠中にワクチンを打ったのも、情報収集と検討を重ねた結果の選択です。基礎医学や臨床試験など情報を集めた結果、お腹の中の赤ちゃんには影響がないこと、コロナに感染した場合の重症化リスクや死亡リスクが高いことを知って接種を選びました。

こういった背景がわからないと、「母親なのにリスクを冒している」と見えてしまうのかもしれません。

母親には「子どものため、家族のために責任のある選択をしなければならない」という場面がたびたび訪れます。にもかかわらず、ワクチン接種に代表されるように、責任を負うための情報が適切に提供されていないことも多くあります。そういう状況で、母親がどんな選択をしても批判され、罪悪感を持たされる立場に置かれているのだと、今回の件で痛切に感じました。

 
 

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主婦かキャリアウーマンの二択では少なすぎる

日本にある根強い女性差別を語るにあたって、私が日本を出てアメリカへ行こうと思ったきっかけをお話ししたいと思います。

そのきっかけとは、みなさんご存じ、『ドラえもん』の「しずかちゃん」です。

『ドラえもん』は思いやりを感じる素晴らしい漫画で、それ自体を批判するつもりはないですし、しずかちゃん自身を批判することもありません。

では私が何に問題を感じたかと言うと、しずかちゃんの描かれ方です。優秀で、美しく、能力がある。でも、ドラえもんたちのグループをリードするようなシーンはなかなかありません。のび太くんを応援するばかりで、入浴を覗かれて恥じらったり、怖がってのび太くんの後ろに隠れたり。

そのように、日本では能力があっても発揮しないのが理想の女性、という日本文化のあり方をしずかちゃんから感じて、私は違和感を覚えました。

 
※写真はイメージ(iStock.com/franckreporter)

「たかがアニメでしょう」と思う人もいるかもしれません。ですが、私たちが日々そういった姿を目にすることが、固定観念や無意識の偏見を強化します。

しずかちゃんだけではなく、「女子アナ」もまたそういった日本の理想の女性像が投影されているように感じます。彼女たちも優秀で、容姿端麗で、しかし番組で担うのはあくまで補佐的な役割です。

渡米を本格的に意識し始めた大学生のころ、女性は専業主婦かキャリアウーマン、と言った限られた選択肢しかなく、その少なさに愕然としました。私はどちらも選びたくない、と思いました。

アメリカはユートピアではまったくないのですが、ジェンダーロール(性別役割分業意識)に関して言えば、日本よりはずっと生きやすいと感じます。

フェミニズムは男性の生き方も楽にする

ワクチン啓発の件から、今も昔と変わらず、日本の女性、母親が辛い状況に置かれていることに危機を感じ、著書『ソーシャルジャスティス』を出版しました。

読者の中には、ご自身のパーソナルなエピソードを添えた感想を送ってくださる方がたくさんいらっしゃいました。それらを読む限り、女性としての選択肢は依然として少ないことを感じました。

さらには、日本でも共働きの世帯が増えているにもかかわらず、OECD(経済協力開発機構)の2020年のデータでは、家事育児の負担を見ると、女性が男性の5.5倍も多いという調査結果も出ています。女性の負担は一層増えていると言えるでしょう。

 
※写真はイメージ(iStock.com/maruco)

ただ、ひとつ希望に感じたのは、この本の読者の性別がほとんど男女半々だったことです。フェミニズム的な考えをあらゆるところに散りばめてあるので、女性の方が多く読んでくれると予想していました。だから、男性にも響く内容であったとしたら、それは喜ばしいことです。

ひと昔前まで、フェミニストという言葉は女性に対してのみ向けられていました。

ですが、たとえば私の夫は誇り高いフェミニストです。息子たちもまた、自分たちはフェミニストだと言っています。

フェミニストというのは、女性の選択肢を尊重して邪魔しないことを目指す人たちのことです。そして、フェミニズムが前進すれば、女性だけではなく男性も得をするはずです。

私の著書の第9章は「女性を苦しめる労働環境は男性をも苦しめる」というタイトルです。この章の最初に、日本の医学部入試の女性差別問題について書きました。いくつかの私立大学が受験生が女性であるという理由だけで不利になる点数操作を受けていた件です。

 
※写真はイメージ(iStock.com/smolaw11)

2018年に明るみに出たこのスキャンダルで、コメンテーターの一般的な反応は「合否を平等に判断したら、女性医師ばかりになってしまう」「そうなったら日本の医療はどうなってしまうのか」というものでした。日本の医学部在籍時のミソジニー(女性に対する嫌悪や蔑視)やマイクロアグレッションを思い出しました。

アメリカでは医師の約4割が女性です。小児科医に関しては64.3%、産婦人科医は58.9%、小児精神科医は54%を女性が占めています。OECD加盟国では平均48%が女性です。日本での女性医師の比率は21%と、OECD諸国で最下位なのです。

日本では「女性ばかりになったら日本の医療はどうなる」という懸念がありますが、女性の医師が多くを占める諸外国の医療は崩壊していません。ではなぜ日本でそのような懸念が生まれるかと言えば、働き方に問題があると思っています。

 
※写真はイメージ(iStock.com/SARINYAPINNGAM)

私はアメリカで医師として働きながら3人を出産したので、3回育休を取りました。アメリカには産休育休の制度がないため、従業員が休めるかどうかは雇用主の判断次第です。私の勤め先の病院では12週休むことが認められていました。不在中は同僚がカバーしてくれて、ほとんどの患者さんに影響が出ることはありませんでした。

しかし、日本の医療現場の話を聞くと、たとえ12週間であっても医師がひとり欠けたら診療が持たない。女性の場合、出産は人生で数回あるかないかですが、性別を問わず、本人や家族が病気になること、あるいは事故に遭うことはいくらでも起こりえます。何かあっても休めない労働環境は、女性だけではなく男性も苦しめていると言えないでしょうか。誰にとっても、人生には休む時間が必要です。

にもかかわらず「女性医師が多いと医療はどうなってしまうのか」というように、出産に焦点が当てられてしまう。性別を問わず、どういう社会にすべきか考え、労働環境を是正していくことがいま必要なのではないでしょうか。

 

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内田舞

内田舞

小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒業、11年イェール大学精神科研修修了、13年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格。研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』、『REAPPRAISAL(リアプレイザル) 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』。

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ハラユキ

ハラユキ

コミックエッセイスト&イラストレーター。 おいしいごはんとお風呂屋さんと祭りが好き。近著に、国内外の多様な家族を取材し、その家事育児分担とコミュニケーションをまとめた『ほしいのはつかれない家族』(講談社)。

<漫画>ハラユキ

<取材>ハラユキ、KIDSNA編集部

<執筆>KIDSNA編集部

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2023.10.24

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