「やりたい!」が脳を10倍 活性化させる【脳研究者 池谷 裕二】
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今回のKIDSNA Academyは、池谷氏の研究テーマである「脳の可塑性の探求」について、自らが体験する子育てを踏まえたお話を伺いました。第二回は、「脳発育に重要な体験と記憶力の磨き方」についてです。
教育のあり方が変わったことをご存じでしょうか。
それは、コロナ禍で児童一人ひとりにタブレット端末が付与されたこととは異なります。「学びに対する取り組み方」が大きく変化したのです。
「生徒は受け身で聞く」というこれまでの受動的な学びではなく、生徒自らが学ぼうとするアクティブな学び。つまり、「アクティブラーニング」の導入が2022年度より新学習指導要領の対応で小中学校から高校まで段階的に実施されているのです。
池谷氏は、現在の教育現場で取り入れられることになった「能動的な体験の大切さ」を著書『脳には妙なクセがある』(2012)で、すでに10年前に発表しています。
この10倍の数値には、裏付ける研究があります。それが著書の中で「米デューク大学のクルパ博士らの研究」として紹介している「ネズミのヒゲ実験」です。
実験者がネズミのヒゲにモノを接触させたときとネズミが自らヒゲを動かして、モノに触れたときの反応を比較。
ネズミのヒゲにモノが触れたときの大脳皮質(=知覚、随意運動、思考、推理、記憶など、脳の高次機能を司る)の反応を記録した結果、身体運動を伴うとニューロンが10倍ほど強く活動することが読み取れたのです。
つまり、脳には入力(“感覚”重視)と出力(“行動”重視)があり、同じモノがヒゲに触れ、同じ感覚刺激が脳に伝わっているにもかかわらず、脳の反応は大きく違うことを証明しています。
子どもをいろいろなところに連れて行くということを考えた場合、"連れていく" という表現自体はパッシブなのですが、子どもにとってアクティブな経験にすることもできます。
言い方も「さあ、ここで遊ぼうね」ではなく、「何で遊びたいか」「何をしたいのか」と自分で選びを考えさせるのがとても大事。また、「一緒にやってみる」っていうのがすごく大切です。
一緒に遊ぶことで一緒に発見していく感じです。
「教えてあげる」というよりは「一緒に驚き、一緒に成長する、併走する」ような感じを私はとても心がけました。
私たちが普段、当たり前のように感じている「遠近感」や「高低の区別」の見え方は、実はまったく当たり前のことではありません。
なぜなら、目が見えずに幼少期を過ごした人が、開眼手術によって初めて「光」を感じたとき、遠方が小さく見えることに驚くからです。
その人の感じ方が風変わりなのではなく、奇妙なのは実は私たちの方なのです。
私たちは、目があって光があればそれで「ものが見える」と普通は思いますよね。
確かにカメラは、光を受けることで電気信号に置き換えて像を結ぶのですが、脳はカメラとは違うので、光を受けても像を結ばないんです。
人間の脳は「同じ対象物を見る」ことも、実は体を自分で動かさないと気付けない。つまり、関わり方によっては「見え」を体得することができないんです。
それを証明したのが、発達心理学の古典的な実験「へルド博士のゴンドラに乗った猫」です。
実験はメリーゴーランドのような装置に、2匹の猫を吊り棒で繋ぎます。棒は円柱で支えられています。1匹の猫は自分の足で歩くことができますが、もう一匹の猫はゴンドラに乗せられて動くことができません。
歩くことができる猫が動けば、その動きに応じてゴンドラも動く仕組みになっているので、視覚情報は同じになります。
しかし、ゴンドラで育った猫は空間認識に異常を示したのでした。
つまり、受動的な視覚情報だけでは「視覚経験」としての効果がないということです。
自らの手足で積極的に環境を移動しながら得る視覚効果が「見え」を形成するのです。
「見る」という経験は二匹ともしているのですが、一方は自分の足で動いて見ていません。つまり「パッシブ」な経験です。
目が悪いわけでもないし、脳が悪いわけでもないのですが「見え」が成立しないんですね。
つまり、「経験を自分で獲得していかないと、見ることすらできない」という話なんです。
それは、「見る」だけじゃなく、「聞く」こともそうですし、「考える」こともそうです。
アクティブに自分の身体を使って積極的に環境に働きかけることによって、様々な概念や世界観を自分の中にコピーして咀嚼することで世の中がどういうふうに成り立ってるのかを理解できるんです。
実はゴンドラ実験とほぼ同じことですが、「何かものを覚える」ことは「入力」ですが、「出力」。情報を得るだけでなく使ってみることが大切です。
ネズミのヒゲ実験でも証明されているように脳は、「入力」ではなくてどれだけ「出力」したかです。
例えば、テストの問題を解くとか単語帳を作って思い出すとかっていうのは、情報を使っていること(出力)に相当するので覚えるのです。
つまり、情報をどれだけ使う機会があるか、という頻度が、すごく大切なんです。
そういう意味でも、「今日は何を見てきたの」と見聞きしたことを説明させたりした、思い出させる「出力」を私はとても重視してました。
もちろん小さいときは、記憶は正確ではないですからでたらめを言ったりなどあります。
でも、「これって猿さんだよね」「これってパンダさんだよね」と言ってしまうのではなく、「これって何だっけ」と言わせるようなことは気をつけていました。
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「経験」は絶対的に重要なんですけど、一つ気をつけなきゃいけないのは、その「経験」が与えられたもの「パッシブ」(受動的)なのか、自ら手にした「アクティブ」(能動的)なのかです。
同じ情報を与えても、自分で得たときは与えられたときに比べて“約10倍”脳の活性化が強いんです。