【防犯/後編】日本の子どもは強い。人への信頼が安全教育に

【防犯/後編】日本の子どもは強い。人への信頼が安全教育に

世界的に安全な国として位置づけられている日本の防犯対策とは?小学生をはじめとする子どもの誘拐や連れ去り、性犯罪被害のニュースは後を絶たない。この連載では、海外の防犯対策と日本の現状、親として認識すべき安全対策、子どもへの安全教育について紹介する。第一回目は、欧米の安全教育を研究し、日本各地で未就学児から参加できる体験型安全教育を開催している清永奈穂氏に話を聞いた。

中編では、欧米で制定されている子どもを守る法律やガイドラインにはどのようなものがあるのか、そこから派生する問題について聞いた。

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最終回となる後編では、日本の子どもたちが持つ防犯の力と安全教育の最前線、今から親子で身につけられる防犯対策の新常識を聞いていく。

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清永奈穂(きよなが・なほ)/株式会社ステップ総合研究所所長兼、NPO法人体験型安全教育支援機構理事長。2018年4月から警察庁子どもと女性の安全対策検討委員会の委員を、2019年4月から内閣府子供・若者育成支援推進のための有識者会議の構成員を務める。二児の母。

日本の子どもがもつ、一人で歩いていく力

――日本では小学1年から子どもたちだけの行動が始まります。こうした日本の状況を、海外諸国はどのように見ているのでしょうか。

欧米からみると日本は周囲の大人も子ども自身も防犯意識が低いと思われがちですが、実は日本の子どもたちの方が進んでいる、という見方もできるんです。

まず日本は欧米に比べ犯罪件数が今の段階では少ないので、子どもたちだけで学校に通わすことができています。

それによって子どもたちには、自分の目で見る、自分の足で歩く、場所の雰囲気を感じ、嫌なときは嫌だと言う、そういった力が欧米の子どもたちよりも身についていると感じています。

あえて危ない場所を作り危ないシチュエーションを疑似的に学ばせるイギリスよりも、日本の子どもの毎日の通学による体験の積み重ねは、非常に大事な力=安全基礎体力を育んでいると言えます。

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iStock.com/kyonntra

中編でお話ししたスポイルド・チルドレンにならないためには体験を積み上げていくことが大切。イギリスの体験型施設からは私たちが行っている体験型安全教室のプログラムを使わせてほしいと依頼がくることもあります。

また中国でも体験型の安全教育を就学前から実施したいと中国の幼稚園教諭が来日し相談されています。

犯罪の目的や犯罪者の性質は国ごとに違うため、他国の防犯対策が自国に合うとは限らないのですが、子どもの誘拐に関しては日本の安全教育が価値のあるものとして評価されています。

――身を守る力や防犯意識を考えると、子どもを一人にしないことが子どものためとは限らないのですね。

小学1年から安全な道を見極めて一人で歩いていけることは、欧米からみたら羨ましいことだと思います。

ただ、これからも子どもの誘拐が増えていけば、日本も親の送迎が必須といわれるようになるかもしれません。

ただそうなると、日本も欧米や中国のようにスポイルされ、大人になってから一人で生きていく力が十分についておらずかえって犯罪の被害に遭う人が多くなるかもしれません。また、守られることしか知らないため、自分を守りつつ(自助)誰かの安全も考え行動できるという社会性を持った大人が育たなくなる。そうなると日本の安全はかえって保たれなくなるでしょう。

地域見守りは高齢化により弱体化する

――現在の地域社会には、どのような点を問題として捉えられているのですか?

地域ボランティアの見守り隊の方々の高齢化により、これまでのような見守り力を維持できなくなることを懸念しています。

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日本で地域の見守り体制が強化され、地域ボランティアの方々が活動するようになったのは、今から20年ほど前、2001年に起きた大阪教育大学附属池田小事件が発端となっています。

それまで聖域とされていた学校の中に犯罪者が侵入し子どもたちが殺されるという事件は、社会に大きな衝撃をあたえました。

日本が危ない、子どもたちが危険だという雰囲気が高まり、主に定年後の方々が「私たちで子どもを守ろう」と立ち上がったわけです。

――日本での見守り活動は、意外と歴史が短いのですね。

アメリカでは1980年代から子どもに対する犯罪への意識が拡大していますが、日本はサカキバラ事件がおきた1990年代後半から2001年の附属池田小の事件を経て次第に子どもへの防犯意識は高まるようになりました。

少し遅れている印象はありますが、それまでの日本は見守りの目がなくても、そこまで多く事件が起きていなかった、もしくは顕在化していなかったといえます。

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今では見守りの目がないと子どもに対する犯罪を防げなくなってしまった。ですが、見守り活動を率先して続けてこられた方々が、20年の年月を経て、今では80歳前後に差し掛かっています。

毎日外に出て子どもを見守るには体力的に難しいことは、誰でも理解できると思います。

――見守りを受け継ぐ大人が必要なのですね。

そうなのですが、見守りを次の世代につないでいくことが非常に難しくなっています。

親御さんたちは仕事や家事で忙しく、地域の見守りはおじいさんやおばあさんに任せようという文化になってきてしまった。「私も見守る社会の一員です」という意識をもつ保護者の方々が今、とても少ない、もしくは見守りたくても時間がないのが現状です。

安全教育の基盤は人を信頼する力

――犯罪に巻き込まれた際、子どもは怖くて声が出ないのでは、逃げても追いつかれてしまうのではと不安に駆られる保護者も多いと思いますが、具体的にはどういった傾向がみられるのですか。

危機遭遇体験時の行動研究からみると、走って逃げることができた子は半数くらいいました。

きっぱり断ったり、子ども110番の家に駆けこんだ子どもは10%前後いましたが、大声を出せた、防犯ブザーを鳴らせたという子は1~2%と非常に少なく、何もできなかった子どもは20%。

この数字が、安全教育を受け実体験することで、できることが少しずつ増えていきます。学ばなければ何もできないのは、算数や国語などの勉強と同じ。

命を懸けた局面で自分を守る行動を起こせるように伝えていくことは非常に有効で、大切なことです。

――防犯やいざというときの逃げ方を子どもに教えたくても、幼少期の子どもに正しく伝えることは難しいように感じます。

安全教育は、人を信頼する力をつけるところからスタートします。

「私のことをとっても大事にしてくれる人たちがいる」と理解することで、安心して助けを求めることができる。

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当然のことながら、0歳~3歳ころまでの子どもは、自分で自分を守ることはできません。

この段階を”前自助段階”と呼んでいますが、この段階で子どもに身に着けさせるべき力は、「まわりに力いっぱい甘える力」です。これには保護者の「寄り添う力」が必要不可欠。

4歳ころ~小学校3年前後は、”自助段階”にあたります。

この段階では「自分で自分のことができる力」を養ってあげましょう。保護者は「寄り添う力」と「見守る力」で、必要な知識や体力を身に着けさせていきます。

また、人を信頼することで「嫌です」「ダメです」「行きません」と拒絶する勇気をもつことができるようになります。

犯罪に巻き込まれたとき、大きな声を出せない、防犯ブザーを鳴らせない子どもの中には「大声を出したら悪い」「間違っていたらどうしよう」と考えてしまう子がいます。

でも、間違っていたら「ごめんなさい」と言えばいいんです。謝れば許してもらえるとわかっていれば、ためらう必要はなくなりますよね。

iStock.com/kohei_hara
iStock.com/kohei_hara

――大人を信頼できていれば、誰かが助けてくれる、間違えても許してもらえると考えられるわけですね。

大人の中には一部悪い人もいるかもしれないけど、基本は人を信じないといざというとき助けを求めることはできません。

「あなたの身体を移動させようとする人にはきっぱり断っていい」と教えることが大事です。

断わることは悪いことでも、気を悪くさせることでもないとしっかり伝えましょう。

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親切と悪意の境界線に気づく

人を信頼できる子は、幼いころから人に力いっぱい甘え、人の優しさにたくさん触れてきています。

これによって、優しい手触りと悪意を持って連れ去ろうとする声かけの違いを見分けられるようにもなるんです。

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道端で転んだとき、絆創膏を渡してくれる人と、「大丈夫?絆創膏貼ってあげるよ」と言いながら手やお尻を触ってくる人だと、印象はだいぶ違いますよね。

人の本当の優しさを知っていれば、本当に優しい人はこれ以上のことはしない、ということを肌感覚でつかめるようになります。

ただこれは感覚的な部分が大きいので、具体的に子どもたちが「こうやって自分に近づいてくる人は怪しい」と理解しやすいように「はちみつじまん」という標語を教えています。

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でも中には本当に困っている人もいて、そういう人には親切にしてほしいのが親心。「怪しい人には気を付けて困っている人には親切に」と一緒くたに教えると、子どもは混乱します。

安全教育では、人との信頼関係を築くことから始まり、次のステップではお友達に嫌なことをされたら「やめて」と言っていいことを教える。

年齢に合わせて少しずつ段階を踏んでいきながら、社会にはいろいろな人がいて、悪い人のときは逃げていい、断わっていいんだという意識を積み上げていきます。

また「はちみつじまん」と併せて、「はちみつじまんの人は『ひまわり』の場所が好きだから、こういう場所は気をつけようね」と教えています。

犯罪者は「近づきやすく」「逃げやすく」「直感的に良い」場所を選んでいくと、前編で申しましたが、それらを具体的に示したのがこの「ひまわり」です。

子どもと幼少期は家の周りや公園までの道、保育園や幼稚園に行きながら、「ひとりだけになるところ」「まわりから見えない(見えにくい)ところ」「わかれみち・うらみちがあるところ」「りようされていない家や空き家があるところ」の「ひまわり」をさがし、そして小学校に行く前には通学路で見つけながら同時に駆け込めるようなコンビニなどの安全な場所を歩くととても良いです。

年齢に合わせた成功体験を積み上げる

――年齢に合わせた安全教育とは、具体的にどういったタイミングで、どのようなプログラムを行っているのでしょうか。

安全教室を開くタイミングは、年長さんが最も多いです。小学校にあがる前のタイミングが一番、子どもも親も緊張感をもっています。

でも、1回の体験では経験値としては脆弱なままなので、4歳くらいになって言葉を理解し始めたころから、事件が起きたときや連休明け、学年があがるタイミングなどを機に教えていくとよいと思います。

プログラムも、最初は「前をみて歩く」ということから始まります。

怪しい人に気づくタイミングが早ければ早いほど、素早く逃げることができる。しっかり前を見て歩くことは、未就学児でも充分にできる非常に大事な学びです。

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どれくらい先を見ればよいのかというと、だいたい電柱と電柱の間ぐらい。犯罪者は20mくらいの距離から狙いを定めますが、20m以上逃げきれば犯罪者を諦めさせる可能性が高まります。

未就学児だと20m先をみることは難しいので、6メートルくらい先をしっかりみて歩くように教えます。犯罪者の4~6メートル手前から走り出すことができれば、20m以上逃げきることも難しくありません。

――訓練が必要ですね。実際に安全教室では、子どもたちが怖い体験をする機会もあるのですか?

「幼いころから怖い体験をさせてしまうと、トラウマになって逆に逃げることができなくなってしまいます。少しずつ免疫を付け、年齢に合わせて積み上げていくことが重要です。

体験型安全教育の様子。(撮影:清永奈穂氏)
体験型安全教育の様子。(撮影:清永奈穂氏)

たとえば年中くらいなら、女性の声かけに対して「行きません」と断わりお母さんに何があったか伝えたり、親子で捕まれた腕を振りほどく練習をします。

20m走って逃げる練習も、お友達のお母さんが追いかけ自分のお母さんの腕に飛び込むところから始め、年齢が上がるにつれて男性が追いかけるなど、強度をあげていきます。

大切なのは成功体験を積み上げ、「私は自分の力で逃げることができるんだ」という自信をつけさせること。怖い場面では大人でも大声は出せないものですが、自分の中で成功したイメージをもっていればそれが勇気となり、逃げる力になる。

 
初めて防犯ブザーの使い方を学ぶ幼稚園児。(提供:清永奈穂氏)

ひらがなや足し算の練習を繰り返しマスターするのと同じように、繰り返し繰り返し積み上げながら、子どもの安全基礎体力を身につけさせていきます。

子どもたちには、発達段階に沿って「はちみつじまん」「ひまわり」を教え、危ないことが起きた時の安全確保の方法、走る・さけぶ・見る・とびこむ・かみつく、じたばた・はっきりことわる・お友だちを助けるの「ハサミとカミはお友だち」を少しずつ体得させていくとよいと思います。

新たな防犯対策は大人の瞬間ボランティア

――「犯罪が巧妙化している」とお話されていましたが、安全基礎体力をつけさせる以外にも保護者や大人ができる対策はあるのでしょうか。

”瞬間ボランティア”ができる大人が増えると、高齢化によって脆弱化している地域の見守り活動も再び強化できると考えています。

”瞬間ボランティア”とは、「困りそうなことをしそうだ、もしくは困っていると思ったら、その時必要なことを誰に指示されることなく実行するボランティア」です。

たとえば、夕方一人で道を歩いている子どもを見かけたら「大丈夫かな?」と気にかけ角を曲がるまで見守る、またずっと路上で子どもばかり見ているような人がいたら、「何をしているんですか」と声をかけるもしくは二度見する、といった危ないことを見て見ぬ振りせず「ちょっとの勇気を奮う」行動のことをいいます。

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いつでも、どこにいてもできるボランティアですし、若い世代の人たちにも広げていける活動だと思っています。

また、瞬間ボランティアは怪しい人がいないかを確認する役目も担うことができます。

犯行に及ぶ前に下見をする犯罪者も多く、この町は自分にとってやりやすいか、子どもに近づきやすいかを下調べしているタイミングで地域の大人から声をかけられると、やりにくい場所だと判断します。

見慣れない人を見かけたら「何か困っていませんか?」と声をかけるだけでも効果はあります。「大丈夫かな、おかしいな」と目をかける大人が増えれば増えるほど、子どもの安全は日常的に守られるようになっていくと思います。

「怖い」の意識が子どもを守る

――子どもの安全を守るために、日常的に親子や地域でできる活動などはあるのでしょうか。

まず保護者の方々には、犯罪の前兆を掴む習慣をつけてほしいと思います。

多くの犯罪は突然起こるのではなく、前兆があります。

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市区町村から不審者情報がメールで届く保護者の方も多いのではないでしょうか。そこから住んでいる地域が今どの程度危険に晒されているのかを掴んでほしいです。

子どもの学区内で半年に6回ほど不審者情報が入ってくる場合は、少し危ないと注意を傾ける。

地域が汚れていないか、ごみが散乱していないか、掲示板が乱れていないか、放置自転車が置かれていないかなど改めて環境も注意してください。

これらは、犯罪者が好む環境ですからそのままにしていると危険です。地域の目が注がれておらず、子どもに声をかけていてもおそらく誰も見とがめられないだろう、と犯罪者に思わせてしまいます。

 
犯罪が起きた現場付近。(撮影:清永奈穂氏)

月に3回の頻度になってきたら黄色信号。子どもの行き帰りが心配なときは送迎をする。また地域の防犯情報を注意深くチェックして下さい。子どもに関する犯罪でなくても注意すること。

週2回になってきたら、今日の午後子どもが連れ去られてもおかしくない緊急事態だと捉え、ママ友同士で注意しあう、地域やPTAでパトロールするようにしてください。

こうした不審者情報に合わせて瞬間ボランティアができれば、子どもの安全に対する意識も高まり、自分が見守り社会の一員である自覚も出てきます。

――子どもを怖がらせず、でも怖いことは起こる、だからこうしようと話しあうことが大切なのですね。

「鍵持った?すぐ出せる?すぐにしまうんだよ」

「しっかり前を向いて歩こうね」

「何か変なことがあったら、お母さんにすぐに言ってね」

小学1年~3年の子どもには、こうした声掛けを日常的にかけてあげられるとよいですね。そして帰ってきたら「今日何かあった?」と必ず聞く習慣をつける。

「帰り道は誰と帰ってきたの?」「あそこの家のお花は咲いていた?」など、その場を想起させるような会話で聞くと子どもも記憶を辿りやすくなります。

また、子どもによっては成長につれて自分のことは話さなくなる場合もありますが、お友達のことは話しやすくよく覚えているので、仲良しのお友達の様子などを聞きながら、お母さん同士で情報交換をする。

 
放置自転車、落書き、ごみの放置などは注意  (撮影 清永奈穂)

こうした情報収集は子どもを守るために、とても重要です。

――子どものことを思うとあらゆる危険を想定して事前に回避したいと思う保護者も多いと思います。恐怖にのみこまれないために気を付けることはありますか?

大人は子どもを守るために妄想しがちですが、いきすぎると何もできなくなってしまいます。

いつかは子どもも大人になりますから、独り立ちしたときに些細なことで被害に合わないよう、子ども自身の守る力をつけていくことは非常に大切。

ただ、正しく怖がることで子どもを守ることができるのは確かです。

日本の文化が欧米化している今、その変化に合わせて安全教育も今後もっともっと発展させていく必要はありますが、親子で信頼関係を築き、対話を重ねたり瞬間ボランティアを実行することで、家庭ごとの防犯意識を高めていくことができると考えています。

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<連載企画>子どもの防犯新常識 バックナンバー

<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

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