てぃ先生、保育士としての葛藤を吐露?ジェンダー問題に詳しい治部れんげさんと対談

てぃ先生、保育士としての葛藤を吐露?ジェンダー問題に詳しい治部れんげさんと対談

2022.10.13

今回のKIDSNA TALKは、現役保育士のてぃ先生と、東京工業大学リベラルアーツ研究教育准教授でジェンダーの問題に詳しい治部れんげさんに、ジェンダーと子育てについて伺いました。全3回中1回目のテーマは、「親世代のジェンダー観と子育て」です。

 
てぃ先生(写真左):現役保育士。SNS総フォロワー数は110万人を超え、保育士としては日本一の数を誇る。近著は『てぃ先生の子育て○×図鑑』(ダイヤモンド社)。 治部れんげ(写真右)東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。ジェンダー関連の公職に内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、東京都男女平等参画審議会委員など。著書に『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)など。

「ジェンダー」と聞いて、何を想像しますか? 

ジェンダーという言葉は、性別によって「こうあるべき」と定められた価値観や規範意識を意味します。

子育て中の保護者なら「子どもには男の子/女の子らしく育ってほしい」と思う人も、「性別で子どもの可能性を狭めてはいけない」と思う人もいるでしょう。

日本は他の先進国に比べジェンダーギャップが大きな国と言われていますが、その事実は私たちの暮らしにどんな影響を与えているのでしょうか。そして日本のジェンダーギャップは、子どもたちの将来にどう影響するのでしょう。

今回のKIDSNA TALKは、てぃ先生と治部れんげさんにジェンダーバイアスと子育てについてお話しいただきました。

対談はてぃ先生のジェンダーに対する率直な気持ちからスタートします。

「美人で家事のできる女性と結婚しろ」と教わってきたけれど……

――てぃ先生、治部さん、今日はよろしくお願いします。今日はおふたりにジェンダーと子育てについてお話していただきます。まずてぃ先生は「ジェンダー」や「ジェンダーバイアス」にどんなイメージを持っていますか?

てぃ先生:いきなりこんな話もどうかと思うんですけど……本音から話していいですか?

僕は保育士として、「男の子だから」「女の子だから」って考えを子どもたちに押し付けないよう常に気を付けています。でも実際のところ、現在35歳の僕自身がこれまでずっとジェンダーにとらわれない考え方をしてきたかというと、そうじゃない。

語弊を恐れずに言えば、僕は「料理や掃除ができて気の利く美人な女性と結婚するのがいい」という価値観のなかで生きてきました。だから今正しいとされているジェンダーニュートラルな考えを頭では理解してるけど、自分に根付いた価値観を否定するのって実はなかなかむずかしい。

自分の育ってきた環境を否定しながら、子どもにはジェンダーにとらわれない価値観を教えるって、実はめちゃめちゃ難儀なことをやってるなって。ジェンダーについては、まずそんなことを思ってます。

 

ーーとても率直な意見をありがとうございます! 正直に言えないだけで、昭和や平成初期に生まれた人たちの多くは似た葛藤を抱えている気もします。治部さんはいかがでしょうか?

治部さん:私も育った環境は、いわゆる昭和の標準家庭ですね。専業主婦の母とサラリーマンで長時間労働の父に、子どもが2人。

だけど私は「女の子は早くお嫁に行きなさい」みたいなことは一切言われず、自分の好きなようにこれまでやって来られました。これは間違いなく母のおかげです。母は自分とは違う選択をした娘のことをすごく応援してくれて、自分の価値観を押し付けることがなかった。だから私も罪悪感を持つことなく、「私は私でオッケー」だと思うことができたんだと思います。

ーー「罪悪感」という言葉が気になりました。

治部さん:現在40代後半の私の世代では、大卒で女性で子どもがいて、さらに仕事のある人たちの多くが罪悪感を持っています。これは自分が母にしてもらったほど子どもに十分な時間をかけられていないことへの罪悪感じゃないかと思います。

私の母が「私は私、あなたはあなた」という考え方で、「お互いに楽しければいいんじゃない?」ってスタンスだったので、私は好きなようにやって来られたと思います。

 

ーー自分の価値観を否定せずとも、子どもが好きに生きるよう背中を押してくれるお母さんだったんですね。

治部さん:てぃ先生のように、自分の価値観を切り離して子どもに接するのはプロだからできることだと思うので、みんながそれをするのはむずかしいかもしれません。でも、あなたのことは認めるよってスタンスでいさえすれば、とりあえず大丈夫なんじゃないかな。

てぃ先生:そうですよね。基本的に教育って、先生や周りの大人が体現しているものを子どもに見せますよね。だけど、ジェンダーに関してはその見本がまず少ない。そんな状態で子どもに対して「性別にとらわれず好きなことを」って言っても、子どもは矛盾を感じると思う。

だからと言って、例えば望んでいない男性が無理やりスカートを履くのは違いますよね。それは、その人の大事なことを尊重していないから。

結局は子どもも大人も、各個人を尊重することが結果的にはジェンダーニュートラルにつながるんだと思う。そこを、「男の子/女の子だからって言うのはやめようよ」って議論から始めると、それ自体がすでにバイアスかかってるんじゃない? って思っちゃう。

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ーー本質的なお話から始まりましたが、ここでてぃ先生に質問です。下の図は、2022年のグローバルジェンダーギャップ指数のランキングですが、日本はどこに入るでしょう?

 

てぃ先生:こういうテーマで呼ばれてるってことは、絶対1位ではない(笑)。中途半端な場所に入ることもないだろうから、(E)じゃないですか?

ーー正解です! 見事な推理(笑)。日本は146か国中116位です。

 

治部さん:念のため付け加えると、日本の順位が低いのは「データがない」項目があることも影響しています。そして日本も努力をしていないわけではないのですが、ほかの国がもっと頑張った結果、日本の順位がなかなか上がらないという状況もあります。

てぃ先生:この順位はどうやって決められているんですか?

治部さん:それぞれの国の中での男女格差が小さいところから順に並べられています。

日本の順位が低いのは、日本国内での男女格差がほかの国よりも大きいということ。日本より上位にいわゆる開発途上国がランクインしているのは、日本より経済的に貧しいけれど、男女間の格差は日本ほど大きくないという意味です。

てぃ先生:なるほど。その格差ってどうやって数字にするんですか?

治部さん:政治、経済、健康、教育の4つの項目に分けて数値化します。下の表を見ると、1位のアイスランドと日本でどのくらい差があり、特にどの分野で低いのかがわかります。

 

てぃ先生:教育と健康はほぼ満点だけど、経済と政治に問題があるんですね。特に政治が極端に低い。

治部さん:そうですね。だから順位を上げることを考えれば、候補者の女性を増やすことがいちばん効果的ではあります。

実際に、前回の参議院議員選挙では女性の候補者が増えました。でも、実は与党である自民党は女性候補者が少ないまま。結局当選する人数が多いのは与党なので、自民党が候補者の女性を増やせばだいぶ変わるとは思います。

ーー日本で女性の候補者が増えない理由を伺えますか?

治部さん:たとえば、選挙活動では朝早くから夜遅くまで街頭に立って演説しないといけない。だから女性が家事を主に担っている場合、両立がかなりむずかしいですよね。

さらには高齢男性からのハラスメント、週刊誌からのプライバシー暴露などが障壁になります。せっかく「政治家になってこれを実現したい」と思っても、そういった理由で断念する女性が少なくありません。

子育て世代の目線では、女性に限らず育児経験者が政治の世界に少ない現状で、当事者の困りごとが政治に反映されにくいという問題があります。

てぃ先生:子育てをする人の生の声が、国に届かないのは問題ですよね。

だけど、ジェンダーギャップレポートの順位をあげるために、「今よりたくさんの女性を政治家や管理職にしよう!」ってなっちゃうと、僕は本末転倒だと思うんですよね。

本当は性別に関係なく優秀な人間で、みんなを導くのにふさわしい人がリーダーになるべきじゃないですか。

 

治部さん:てぃ先生の違和感は非常に妥当だと私は思います。

政治家や官僚たちが順位を上げる目的で「とにかく女性を政治家や管理職に!」と焦っているのが現状ですが、先にすべきは環境の整備ですよね。

これまでのように女性が家事育児をメインで担い続けたまま、政治や経済で重要なポストにつくことには無理がある。

能力のある女性がリーダー職に就くためには、主に外で稼ぐ役割だった男性の家庭参加を進めていくことも重要です。そうすることでようやく「私も正社員を続けられる」「私も役員を目指そう」という女性が増えてくる。

てぃ先生:僕、その通りだと思ってます。今えらい人たちがやろうとしてるのは順序が逆ですよね。生活と仕事は両輪なんだから、生活の分野に男性も参加して環境を整えたうえで、「女性を登用しよう」にしないと

今の状況で無理やりリーダーにされた女性も、周りに「能力もないのに数合わせのために下駄履かされてる」みたいなことを言われるじゃないですか。今のやり方で仮にジェンダーギャップレポートの順位が上がっても、結局みんなのためにならないように思います。

無くすべきは偏見。ジェンダーそのものは悪じゃない

ーー女性の政治進出が遅れ、女性が家事育児をすべきという規範意識が残るなか、子どもたちの世界はどうでしょうか。子どもたちがすでに性別にしたがって行動していると感じることはありますか?

てぃ先生:昔ほどはないかなと思います。でも、親御さんたちの中には「男の子/女の子なんだから」って考える人もやっぱりいて、そう言われた子たちは気を付けて生活してるように見えますね。でも僕の働く園の方針として、性別でその子を決めつけることはしません。男の子/女の子だから、じゃなくて、それぞれの子どものことを考えていけば、自然とジェンダーバイアスからは自由になるんじゃないかと思っています。

ーー個別に子どもを見ることが何より大切だということですよね。ただ、少し気になることがあります。日本の伝統行事として、子どもにかかわるものだと桃の節句や端午の節句などがあります。ジェンダーニュートラルが謳われるなかで、性別に紐づく伝統行事をどう考えるのがいいんだろうと。

治部さん:あくまで私の考えですが、社会的な性差、文化として作られた性差が必ずしも悪いとは思っていません。おっしゃるように、伝統に基づく行事や民族衣装はだいたい男女で分けられています。長い時間をかけて築かれた文化のすべてを否定するのではなくて、まずは存在するものとして捉えればいいと私は思っています。

※写真はイメージ(iStock.com/petesphotography)

治部さん:私が大事だと思うのは、ジェンダーをなくすことではなくて、バイアス(偏見)をなくすこと。例えば息子がお雛様を飾りたい、娘が兜を被りたいと言ったときに否定しない。それだけでいいのかなと個人的には思います。

てぃ先生:伝統文化とジェンダーのことでいま思い出したけど、前に「女性が相撲の土俵に上がるな」って議論がありましたよね。(※2018年に行われた京都府舞鶴市での「大相撲舞鶴場所」で、土俵上で倒れた舞鶴市長の救護のため、観客だった看護師の女性が土俵に上がった。その際に行司がした発言をきっかけに、大相撲における女人禁制の伝統と女性差別をめぐる議論が起きた)

治部さん:ありましたね。2000年には女性初の知事として大阪府知事に就任した太田房江さんが、大阪府知事賞を土俵上で直接力士に渡したいと相撲協会に歎願し続けたけど叶わなかった、ということもありました。これは個人的には、女性の政治家に対する意地悪もあったんじゃないかと思っています。

伝統とジェンダーを考える上でむずかしいのは、ジェンダーバイアスの視点から見るとアウトだからといって文化をすべて否定すると、世の中が非常に無機質になってしまうこと。だから、ひとつのものさしで決めつけるんじゃなくて、議論することこそが大事だと思いますね。

てぃ先生:「郷に入っては郷に従え」という部分もありますよね。文化として確立されたものは尊重すると。

治部さん:自分とは異なる文化に触れるときに、ジェンダーへの意識ももちろん大切ですが、相手の背景や考えを尊重することが何よりも大切だと思います。相手の意思を尊重しようという姿勢さえされば、お互いの考えが違っていてもある程度共存できる。逆に、相手も自分と同じ考えにならなきゃ、と思うと分断が生まれるし、一緒に共存できなくなってしまいます。

てぃ先生:「ジェンダーから自由になる」って考えようとすると無理が生じるけど、結局は目の前にいる人の意思を尊重することから始めればいいってことですよね。

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