「言葉の発達が心配」マスク生活の影響、医師の見解は

「言葉の発達が心配」マスク生活の影響、医師の見解は

1年半以上続くマスク生活。口元が隠れ、表情の読み取りにくいマスク姿の大人と接する子どもを持つ保護者からは「喋りはじめが遅れないか」「コミュニケーションの発達に影響は?」と、不安の声も。奥山こどもクリニック院長 奥山力先生に、マスク生活の子どもの発達への影響と、保護者の対策についてうかがいました。

外出時のマスクが手放せなくなった今、家族以外の人との会話は必ずマスク越し……そんな生活が1年半以上続いています。

「外ではマスクをすることが当たり前」と感じている子どもたちも増えているかもしれません。

顔の半分が隠れ、表情の読み取りにくいマスク生活により、子どもたちの発達やコミュニケーションの取り方に、今後、問題は生じないのでしょうか。

奥山こどもクリニック院長 奥山力先生に、マスク生活の子どもの発達への影響と、保護者がとるべき対策について聞きました。

マスクは、発話・コミュニケーションの障壁となるのか?

――保育園で1日の大半を過ごす乳幼児を持つ保護者から、「マスクをした大人に囲まれての生活は、子どもの発話に影響があるのではないか?」と心配の声が寄せられています。

結論から申し上げますと、1歳を過ぎた子ども達にとって、大人が「マスクをしているか・していないか」ということは、子どもの発話の発達に必ずしも大きな影響はありません。

なぜかというと、コミュニケーションに必要な音声理解の発達は、口の動きだけに特化したものではないからです。

音声への選択的注目という聴覚的な情報処理、身振り手振りといった動作を主体とした視覚的な情報収取、保護者との情動的なやり取りという相互反応など、さまざまな刺激によって育まれています。

実際に、聴覚障がいを持つ両親のお子さんは、聴覚的な刺激は少ないのですが、視覚的な刺激や情動的なやり取りを主体にコミュニケーション能力が発達するといわれています。

daniel catrihual/Shutterstock.com
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――そもそも、子どもが言葉を発するまでには、どのような段階あるのでしょうか。

1歳前後になって、言葉の発達が順調か心配される保護者の方は多いと思いますが、実は、脳の中での言葉の発育はもっと早い段階からはじまっているのです。

まず、言葉の「音」の作り方からお話しましょう。赤ちゃんの喉の筋肉が発達し始めたサインとして、生後1カ月ほどでクーイングと呼ばれる「あ~」というような声を出すようになります。

iStock.com/miss_j
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そして生後4カ月ほどになると、骨格が整い始め、喃語(なんご)を発声するように。母音の発生からはじまり、「まあー」「ぷうー」など母音と子音が組み合わさった発声へと変化していきます。

ここまでが発声の話ですが、赤ちゃんの音韻の知覚は、母音で生後6カ月頃、子音では10カ月くらいの間に聞き分けられているといわれています。

特に母音は、聴覚からの情報だけではなく、口形の違いも大きい視覚的な情報との両方の手がかりを使って理解しているようです。

さらに、この頃の赤ちゃんは、保護者との相互交渉の中で、口形や発声の方法をより意識した形で学習しているともいわれています。

ーーコミュニケーションについては、どういうプロセスが踏まれていくのでしょうか?

新生児がほほ笑むことを「新生児微笑」といいます。これは、感情から笑っているのではありません。

その後、生後2カ月くらいで周囲に対して笑いかける「社会的微笑」が見られるようになりますが、これは「新生児微笑」とは異なり、相手からの反応を引き出す能動的な行動だといわれています。

そして生後4、5カ月頃から身近な保護者とのコミュニケーションパターンを学習する、とても大切な時期に入っていきます。

iStock.com/violet-blue
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たとえば、おっとりとした口調の母親と接している子どもは、母親と同じようなコミュケーションパターンの人には懐いても、動きや声のトーンが母親と似ていない人に対しては泣いてしまう、といったことが起こります。

生後5カ月から7カ月頃になると、保護者の行動をまねしたり、「バイバイ」と手を振れば反応を返してくれるようになったりします。

さらに、自分が興味を持ったことを、保護者にも見てほしいことを要求するような共同注意というような行動もみられてきます。

このように、子どもは1歳以前のかなり早い段階、言葉を覚える以前に、コミュニケーションのとり方を学習しているのです。

つまり、子どもが言葉を発し、他者とコミュニケーションをとれるようになるプロセスは「マスクで口が隠れているから発話が遅れる」といった単純な構造ではないのです。

段階を踏んで、他者からの声掛けによって刺激を受けた聴覚の発達や、大きな身振り手振りから得られる視覚的な情報、保護者のリズムを感じたり、受け止めてもらったりする過程の中で感じられる情動的なつながりなどのさまざまな要因を経て成長していくのです。

iStock.com/damircudic
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――保護者が赤ちゃんとコミュニケーションをとるときのポイントはありますか?

赤ちゃんの呼吸やリズム、スピード感に合わせた話し方をすることが非常に大切です。

具体的には、


  • 短く単純で、ゆっくりとしたテンポ
  • 声のトーンをあげ、抑揚をつける
  • 赤ちゃんの反応を待って、時にはオーバーリアクションで応える

このような「マザリーズ (motherese) 」と呼ばれる方法で話しかけてみてください。普通のトーンで話しかけるよりも、赤ちゃんにとって聞き取りやすいため、関心を引き、理解しやすい話し方でもあります。

このような声掛けは、子どもの発達に応じて、言葉の内容をより具体的に変化させていくことも大切です。

保育園に預けていることで、家庭で子どもと触れ合う時間が短いことを心配される保護者の方もいらっしゃると思いますが、家にいる時間にこのようなコミュニケーションをとってあげることで、十分子どもの脳は刺激を受け、成長していきますよ。

iStock.com/kokouu
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ーーマスク生活でも、子どもの発話やコミュニケーションの発達に大きな影響はないとのことですが、他の子どもより自分の子どもが喋りはじめるのが遅いと不安になることもありますよね。

こちらが発した言葉や動きに対して適切な反応があることを「疎通性」といいます。少々発話が遅れていても、保護者との会話の中で、しっかり「疎通性」が保たれていれば、心配しすぎることはないですよ。

3歳になっても喋らないお子さんでも、「疎通性」が保たれている子どもには、やり取り遊びを継続していくうちに、突然喋りはじめることもあります。

自分を表現する手段の一つとして、言葉にあまり意識が向いておらず、必要に迫られないので話さない子どももいるのです。あるいは、周囲が転ばぬ先の杖を出して早めに反応しすぎるために、必要に迫られないから話さない子どももいるのです。

iStock.com/kohei_hara
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私たち小児科医が特に注意してみていることは、発語だけではなく、このような「疎通性」が保たれているかどうかということです。

1、2回程度反応がなかったからといって心配する必要はありません。ただし、常に反応がなければ、聴覚的な問題や認知・発達の問題も考えなければならないため、かかりつけの病院や小児科に相談してみてください。

また、発達障がいの有無に関わらず、その子のリズムを理解し、「子どもの視点」に合わせて接することができれば、子どもはとても穏やかに育ちます。

とはいえ、保護者の思いとは裏腹な行動ばかりを見せつけられてしまうと、心配な思いを抱えてしまうことになるかもしれません。

しかし、このようなときには絶対に、ひとりで抱え込んで孤立しないように、身近なかかりつけの小児科医の先生に相談してみてください。

iStock.com/andrei_r
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保護者の方のバックボーンが一人ひとり異なるように、治療に対する方向性は一致していても、アプローチの仕方は医師によっても異なります。

ひとりの医師のアプローチ方法が合わなくても、きっとあなたの視点に合うお医者さんはいると思います。評判だけではなく、自分の視点を理解してくれる相性の良い先生を探すことも大切なことだと思います。

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――また、もう少し大きくなった子ども同士では、マスクをつけて遊ぶこともあると思います。マスクによってお互いの表情がうまく読み取れず、コミュニケーションに齟齬(そご)が起き、喧嘩になってしまった……という保護者の声もありました。

マスクをしている・していないに関わらず、この時期のわがままの中には、穏やかに育つ大きなカギが隠されているのです。大人から見ると、一見自己主張が強く「悪い子」に見えるような状態も、この時期の子どもの脳の成長にとって非常に大切な視点なのです。

Dragon Images/Shutterstock.com
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基本的な脳のネットワーク構造は、そのネットワークを「促進するネットワーク」と「抑制するネットワーク」から成り立っており、お互いに制御するようにできています(図参照)。

しかし、本来「成熟した脳」では抑制系に働くネットワークが、「未熟な段階の脳」では促進系に働くのです(GABA回路)。そのため、現時点では制御できなくなっている脳のネットワークを残しておくことが、成熟した脳に成長した時に抑制系がしっかりと機能するようになるということがわかっています。

発達期における脳機能回路の再編成 自然科学研究機構生理学研究所 鍋倉淳一(提供:奥山力先生)
発達期における脳機能回路の再編成 自然科学研究機構生理学研究所 鍋倉淳一(提供:奥山力先生)

つまり、この時期の子どもが「ギャー!」となるのは、多角的なネットワークの広がりでできている成長の証でもあるのです。子どもが「ギャー!」となるのを認めてあげることで、より理性的な人間に成長するチャンスが与えられるということなのです。

一時的に一見すると「よい子」をつくり上げてしまっても、脳の抑制系のネットワークの発達は逆に弱くなっていきます。さらには、ネットワーク自体の広がりさえ粗雑になってしまうという大きな問題を抱えてしまうことになるのです。

そうすると、前頭機能が発達して自我の芽生えが高まる思春期になると、感情や行動の制御が難しくなり、まだ身体の小さな幼児期とは比べものにならないほどの激しい混乱の時期を迎える可能性が高くなってしまうのです。

iStock.com/CandyRetriever
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これまで自分の視点を尊重されながら過ごす体験を繰り返していた子ども達は、それほど激しい反抗はなく、プチ反抗くらいで過ごせますが、幼児期から思春期までよい子で過ごしていた子ども達の混乱は、並大抵のものではありません。養育者に向けての激しい言動や攻撃、そして自分に向けての自傷行為などと激しく表出されることもあります。

現時点では、言うことが聞けない未熟な段階を認めながら、しっかりと成長を見守る視点が、後々の穏やかな自己コントロールのしやすい脳の形成に非常に重要であることを示しているのです。

(出典:小児科医が教える 子どもの脳の成長段階で「そのとき、いちばん大切なこと」(日本実業) “悪い子のすすめ”の項より一部改)

ーー子どもにはどのような言動を促してあげることがよいでしょうか?

機能的に「未熟脳」の段階にある幼児期に大切なことは、理解できていない立派な言葉の成長を促すよりも、適切な行動のバリエーションを広げることです。

iStock.com/maruco
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この時、「言葉の表現」と「行動」の対応は分けて考えてください。

「言葉の表現」は、未熟でも表現すること自体に意味があります。表現することで、自分の意図に近づくように、変化し成長していくきっかけになるからです。

また「行動」はバリエーションを広げることで、こうでなくてはいけないという狭い視点に縛られないように成長させていくことができます。

このように、成長する方向性の違う「言葉での表現」と「行動」は、分けて対応した方が、対応が進めやすくなるからです。

「言葉の表現」の部分に対しては、「あなたはそんなふうに思ったんだね。でもお母さんに話してくれてありがとうね」と話してくれた行為に関しては、どのような内容であろうと認めてあげてください。

その後、行動に関して、「それじゃあ、どうするか一緒に考えようね」と話しましょう。

そして、子どもと一緒に実行可能な行動のバリエーションを広げていくことが大切なのです。

子ども同士がぶつかることは何も悪いことではありません。むしろ、対応力を育むチャンスでもあるのです。

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しかし、たとえ兄弟であっても、一人ひとりが全く異なる視点を持って生まれてきた子どもたちに対しては、「子どもの脳の成長のメカニズム」を理解し、「子どもの視点」で関わるスキルをたくさん身につけることで、失敗したと思っても大丈夫、ちょっと肩の力を抜いて、気楽に子育てに関わる楽しさを感じることができるチャンスだと私は考えています。


プロフィール:

奥山力(おくやま・ちから)/埼玉県白岡市の奥山こどもクリニック院長。埼玉県立総合教育センター・教育相談スーパーバイザー、子ども支援ラプシー研究会主催、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本スポーツ精神医学会メンタルヘルス運動指導士、日本医師会認定健康スポーツ医、日本小児精神神経学会認定医、日本小児心身医学会認定医。


<取材・執筆>KIDSNA編集部


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2021年09月17日

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