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子どもの問いに答えられないあなたへ【親子で学ぶ差別/前編】
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親子で「差別」について考える新連載。コミックエッセイストのハラユキさんといっしょに、さまざまな専門家の方々に疑問を投げかけ、子どもへの伝え方を学んでいきます。第1回は、哲学者の苫野一徳さんが登場します。
差別をする原因は「アイデンティティ不安」
小さな子どもが「なんであの人は肌が黒いの?」「なんであの人は歩けないの?」と口に出すのは、ただ純粋に“自分との違い”に気が付いたというだけの場合が多く、その時点では差別とは言えません。
では、差別とは何を指すのでしょう。それは、ある集団属性とある集団属性を比較して、異なるものを異なると名指し、それを劣ったものとみなすことで相対的に自分の地位を上げる行為のことです。
つまり、違いに気が付くだけではなく、違いを指摘して「自分の方が優れている」と主張し始めたら、それは差別になるということです。
ではなぜ、人は大きくなるにしたがって「自分の方が優れている」と主張するようになるのか。差別をする人の大きな要因は、自分のアイデンティティ不安なのです。
自分が人から承認されていない。自分の能力が足りない。そう思って、やるせない気持ちになってしまう。つまり、十分な信頼と承認、あるいは愛が与えられないと、人は自分の存在に怯えてしまうのです。
このような不安を感じた時、属性の違いを利用して、自分を相対的に上げようという心性が働くわけです。
だから、子どもを差別主義者にしないためにはまず、子どもを絶対的な信頼と承認の空間で育てることでしょう。
あなたの存在それ自体が尊い。あなたのことを絶対的に愛している。その思いを伝えることで、子どもは自分自身の存在に確信を持つことができます。
もし、子どもが自分のアイデンティティ補強のために人を悪く言うことがあったら、「そういうことを言ってはいけないってことをあなたは本当は分かってると思う」と、子どものことを絶対的に信頼していることを伝えてから、しっかり叱るのがよいと思います。
子どもは親の反応を敏感に察知する
具体的に、子どもの質問にどう答えたらよいのか?
これについては、子どもが純粋に他人との違いを発言した場合は、「たしかにそうだね」と受け止めた上で、「でもそれって当たり前のことなんだよ。そういう人はたくさんいて、なにもおかしいことではないんだよ」と伝えるのがよいと思います。
子どもがさまざまなことに興味を持つ年頃にはこういった質問もよく出てくるものと先回りしてシミュレーションしておき、いざというとき落ち着いた態度で答えることが大切ですね。
同じように、家庭でも、親が「黒人は」「ゲイの人は」などと分断を促す発言をしていれば、子どもはその価値観を内面化していきます。
親の役目は「心の安全基地」を築くこと
小さいうちは親からの直接の影響が大きいですが、成長するにつれて子どもが接する社会は広がっていきます。
たとえば、テレビやYouTubeなどのメディアもそのひとつですが、時として差別的・暴力的な表現が出てきますよね。
また、友だちができて、その子やその子の親が差別的な発言をする可能性もあります。社会が広がれば、差別や暴力のまなざしに触れる機会も増えるということです。
そういう時に考えたいのが、心理学者のジョン・ボウルビィが提唱した「心の安全基地(セキュア・ベース)」です。親や養育者や先生にとって、最も大事な使命はこの「心の安全基地」を築くことだと考えています。
安全基地には、ふたつの意義があります。
ひとつは、「自分はOKなんだ」と絶大な自己承認感を得られることです。自分自身が不安を抱えていると、誰かを攻撃することで自分を高めようという動機が生まれます。一方、十分な自己承認感があれば、他者のことも認めることができます。
もうひとつの意義は、チャレンジができるようになるということ。失敗したらどうしようとビクビクするのではなく、失敗しても安全基地があるから大丈夫だと思えることです。
心の安全基地があると、社会にある暴力的なものに触れた時に傷ついたりダメージを受けたとしても、存在まではダメージを受けずに済むのです。
親は、差別意識を持つ原因となるアイデンティティ不安を子どもが持たないための絶大な安全基地を築いた上で、冒険させてあげることが大切だと思います。
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苫野一徳
哲学者・教育学者。熊本大学教育学部准教授。
著書に、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)『子どもの頃から哲学者』(大和書房)『はじめての哲学的思考』(筑摩書房)『「学校」をつくり直す』(河出新書)『愛』(講談社現代新書)などがある。
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<漫画>ハラユキ
<取材>ハラユキ、KIDSNA編集部
<執筆>KIDSNA編集部