ただの流行ではない。フェムテックが人口減少社会にもたらす役割【松本玲央奈×近藤佳奈】

ただの流行ではない。フェムテックが人口減少社会にもたらす役割【松本玲央奈×近藤佳奈】

女性の心身の健康課題をテクノロジーで解決する製品やサービスを指すフェムテック。2021年には新語・流行語大賞にノミネートもされましたが、その当時に比べると耳にする機会が減った印象があります。女性の健康課題の解決に取り組もうとする動きは止まってしまったのでしょうか。フェムテックに携わってきたお二人に聞きました。

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松本玲央奈さん:一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアム代表理事。医学博士、日本産科婦人科学会専門医・指導医、生殖医療専門医。東京大学大学院にて着床の研究に従事、国内外の学会にて着床に関する研究発表で受賞多数。医療法人社団愛慈会 松本レディースクリニック理事長。
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近藤佳奈さん:fermata(フェルマータ)株式会社COO。ピクシブ㈱で新規事業開発、セールス、サービスディレクションを担当後、2015年から㈱ディー・エヌ・エーへ。 動画配信サービス「SHOWROOM」チームで、マネージャーとしてセールスおよびプロダクト開発を担当した後、創業タイミングのフェルマータに参画。インド・バンガロールからの勤務を経て、COOに就任し現在に至る。

月経の重さが数値化される未来

――改めてフェムテックの語源と、この言葉が日本で広まった理由を伺えますか?

近藤 日本では消費者の目にする場でも広く使われていますが、もともと海外では投資家とスタートアップ企業の間で使われていた言葉なんです。

この言葉を作ったのは、ドイツで月経周期管理アプリの会社を起業したIda Tin氏です。投資家には男性が多く、女性の健康課題 に対するニーズや重要性を理解してもらいにくいとされるなか、共通言語を作ることで市場を可視化し投資を得やすくしようとした背景があります。そこで、Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせたフィンテックやEducation(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた)エドテックなどといった既存の言葉になぞらえて、Female(女性)と Technology(技術)を組み合わせた造語を作ったのです。

日本でも当初は投資家たちの間だけで使われていましたが、2020年に新型コロナウイルスが流行して健康に対する意識が高まった時期に、国内発の吸水ショーツメーカーが3社一気に登場しました。それらがメディアに取り上げられたことをきっかけに、フェムテックという言葉も一緒に広まったと思います。

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フェルマータが扱うAisleのオーガニックコットン吸水ショーツ

――松本先生はお医者さんの立場から、フェムテックをどのように捉えていらっしゃいますか?

松本 産婦人科医の中でもフェムテックという言葉を知らない方もいるかもしれないし、まだ共通言語にはなっていない印象があります。ただ、個人的に思うことや期待することはあります。

もともと長寿国の日本でこれから大切になってくるのが、健康寿命です。少子化が進んで税収が減る一方、高齢者の数に比例して介護や医療を含めた社会保障費が増えていきます。そういった未来が確実に訪れると考えた時、病院にかかる以前のセルフケアやセルフチェックがますます重要になっていきます。

そういう中で、僕ら医療側に限界があると感じるのは、患者として来院する方の日々のデータを取るすべがないことです。病院での採血のデータはあるけど、それ以外の日のデータは私たちには取りようがありません。女性のホルモンであるエストロゲンやプロゲステロンは、一日の中でも値が変わるし、日々変動します。フェムテック企業がホルモン量を髪の毛や唾液からセルフで測る手段はすでに開発しているので、こういったものの安全性が確保された上で市場に広がっていけば、データ収集数がいずれ医療を超える可能性があります。

あと、たとえば「生理が重い」という表現がありますが、どのくらい重いか聞かれても具体的に答える方法はありません。ですが、もしそれを数値化できるようになれば、これまでの月経の常識が変わると思います。「今日は生理スコアが65で辛い」というように月経の重さを数値化できたら、会社や学校を休みたい時にも伝えやすくなるのではないかと思います。

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※写真はイメージ(iStock.com/LaylaBird)

松本 現状はまだそういった数値化は一般に普及していませんし、セルフチェックの数値の信頼性や個人情報の扱い方に関するハードルなどはありますが、今まで医療だけでは実現できなかったことがフェムテックによって拓かれていく可能性を感じています。

人口減少社会への貢献も

――近藤さんはその点についてどう思われますか?

近藤 そうですね。その世界を実現するためにも、法整備やリテラシーの問題を含めてまだまだ議論がされるべきだとは思います。フェムテックはスタートアップの勢いやさまざまな会社が新規参入したことで盛り上がってきていますが、製品の安全性や品質を担保するための法律や業界ルールの整備が追いついていない領域も多いのが現状です。

フェムテックはこれまでになかった新しい選択肢も多く含まれるので、既存のルールではカバーしきれない部分がありますが、やはりきちんとしたルール作りには時間がかかります。まさに松本先生のMFCさん(「一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアム」の略称)が取り組まれているところですね。

私も松本先生がおっしゃっていたように、将来の日本の社会保障費からの観点は大切だと思っています。KIDSNA STYLEをご覧の方には小さなお子さんを育てていらっしゃる方が多いと聞いています。お子さんが大きくなった時、社会保障費の負担に苦しまないためにも、親御さんご自身がフェムテックのような新しい選択肢に目を向けて、健康寿命を延ばす方法を考えてくださったらいいのかなと思います。

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※写真はイメージ(iStock.com/maruco)

――フェムテックがもたらす社会保障上のメリットについては、これまであまり聞かなかった気がします。

近藤 流行りものでおもしろいから、という面だけではなく、ご自身が高齢になってからの医療費の問題にも実は密接にかかわってくるお話ですよ、とお伝えできたらうれしいです。

もちろん今でも、開発者自身やその身近な方の悩みを解決するためのものづくりがフェムテック市場のドライバーだとは思います。しかしそれに留まらず、フェムテックをどのように医療制度等の社会システムに接続するかという議論に広がっているのが現状です。そちらには慎重な議論が必要なので、メディアがこれまで取り上げてきたような側面に比べると目立ちにくいのではないかと思います。

――フェムテックという言葉自体を聞く機会は減った印象がありますが、一方で法整備などの議論は引き続き進んでいるということですね。

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フェムテックの推進を阻む男女格差

――フェムテックには現状の医療では手の届かなかった側面から女性の健康課題を解決する可能性があること、そして日本が抱える社会保障費圧迫の解決にもつながりうることがわかりました。今後さらに市場が成長していくにあたって、どんな変化が必要だと考えますか?

松本 フェムテックに限らず、私が専門としている不妊治療に関しても感じることですが、日本はジェンダーギャップ指数が先進国の中でも低いですよね。(2023年調査で日本は146か国中125位。教育と健康は世界トップクラスだが、政治・経済の分野でのギャップが大きい) つまり、他の国に比べても性別による格差が大きい。日本にある根強い格差が、フェムテックだけではなく、広い意味での女性活躍を妨げていると思います。

少子化の観点で見ても、フランスやドイツなどジェンダーギャップが少ない国の方が合計特殊出生率は高まる傾向にあります。

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※写真はイメージ(iStock.com/freemixer)

松本 ちなみに、私は多くの人が産んだ方がいいという考えではなくて、産みたいけれど社会的な準備がされずにあきらめざるを得ない人がいることを問題だと思っています。不妊治療に関しても、職場の理解が得られないで断念する方もいらっしゃいます。

現状の男性中心社会では、会社に尽くした方が偉い、というような考えが根強くありますよね。だけど、不妊治療への理解を含め、男女の身体の作りがそれぞれ違うことを加味したうえで考えないといけないと思います。

さらにはチャイルドペナルティ(子どもを持つことによって生じる社会的・経済的に不利な状況)という言葉もありますが、教育を含めた意識改革をしていかないと、根本的には変わらないのではないでしょうか。

――社会の根底にある、性別による格差がさまざまな課題解決を阻んでいる事例はたくさんあるような気がします。近藤さんはどうお考えでしょうか?

近藤 ビジネス業界のジェンダーギャップに関しては、金融庁の調査でさまざまな数値が出ています。たとえば、女性がオーナーのベンチャーキャピタルは1%。新規上場企業に占める女性社長の比率も2%。そういう現状があります。
出典:「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」/金融庁

フェムテックはそういった現状を打破するためにスタートアップ企業から生まれた言葉ですが、企業の努力だけではなく、市場にいるステークホルダーすべてが少しずつ協力しあって解決を目指さなければより良い未来は実現できません。例えば、フェムテックのモノやサービスを開発する企業への融資や投資の促進、流通店舗の拡大、研究機関の協力、消費者の理解などです。

松本 フェムテックの普及を阻むのがジェンダーギャップなのか、ジェンダーギャップがあるからフェムテックが生まれたのかというのは難しいのですが、そもそも日本で女性が活躍することが必要である、という土壌ができていない中では、フェムテックが本当の意味で推進されることはないのではないかと思います。

先ほど近藤さんがおっしゃったように、現状は現場に女性のリーダーが少ないわけですよね。経営者層の年代は40代後半や50代が多く、女性であれば更年期障害に悩む人も多い時期です。更年期障害の症状の一つに尿漏れがあり、もちろん不快な症状で解消されるべきものですが、女性が家庭に入るのが当たり前という時代であれば、そこまで本気で解消に向けて動かなかったかもしれません。しかし、経営者や役職つきの女性たちが増えた場合、たとえば会議の場で尿漏れが起きないように、骨盤底筋を鍛えて対処しようという気持ちが強くなると思います。

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※写真はイメージ(iStock.com/Wavebreakmedia)

松本 そのように女性が社会で活躍する場面が増えれば、自然とそれに合わせる形でフェムテック製品、サービスが活用されるようになるでしょう。

女性の選択肢を増やすために

――性別による格差の解消とフェムテックの推進は両輪とも言えるのですね。最後に、お二人がフェムテックを通じて実現したいことを教えていただけますか?

松本 私がフェムテック推進に取り組むひとつの理由には、やはり少子化を少しでも食い止めたいという思いがあります。少子化は待ったなしのところまで来ているので。政府もさまざまな対策を打ち出してはいますが、当然個人の選択の自由もあります。

つまり、産みたくない人や興味がない人に行動変容を促すよりも、産みたいけどさまざまなハードルを感じて産めないという人が、安心して産めるような環境づくりの方が大事だと考えています。ここは社会的なアプローチで前に進むこともあるはずなので、社会問題として取り組むべきではないかと思います。

近藤 フェムテックという言葉が広がった当初は、個人の困りごとの解決がメインでした。悩みを軽減したり、日々が少しでも快適に過ごせるようになったりするための選択肢という意味で、フェムテックプロダクトの普及はまず第一に果たされるべきだと思います。その上で、松本先生がおっしゃったような少子化対策、社会保障費圧迫などの日本の社会課題をどこまで食い止められるか考えた時、フェムテックと呼ばれている商品やサービスが貢献できる部分もあると考えています。

フェムテックという言葉が広まったことで、これまで顕在化していなかったニーズに気づいて開拓して新たな商品を売っていくというサイクルができれば、個人にとっても、企業にとっても、国にとってもメリットがあるはず。消費者のみなさんもフェムテックという言葉を一つのきっかけとして、ご自身やご家族の健康課題に向き合い、感じたモヤモヤをぜひSNSやイベントなどで口にしてみてください。みなさんの声によって市場が少しずつ育っていくと思います。

<取材・構成/KIDSNA STYLE編集部>

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