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母親の役割、夫婦の形…モデル・牧野紗弥が手放した4つの価値観
共働き夫婦が増えた今なお、家事や育児の責任の多くはなぜか女性に背負わされたまま。そこには、無意識のうちに「とらわれている価値観」や「縛られている常識」があるのでは?この企画では、子どもを持つ女性が自分らしく生きるために「手放したこと」に焦点を当てます。今回は、3児の母でモデルの牧野紗弥さんにインタビューしました。
手放したこと①「家の中のことはすべて母親がやる」
――牧野さんが妻らしさ、母らしさを手放すきっかけはどんなことでしたか。
子どもが生まれてから、とにかく「家のことはすべて自分がやらなければ」という思いに縛られていました。
夫は外で働いているし、自分は妻であり母なのだから、家事や育児はやって当たり前だと思い込んでいました。
家のことは「ちょっとがんばればできること」だと思っていたので、それが自分を苦しめていることだとは気づかなかったんです。
当時、夫には朝食づくりと、子どもたちの保育園・幼稚園の送りをお願いしていましたが、私の感覚としては9.9割が自分。家事育児なんて、そのほかに数百個とあるわけじゃないですか。
確かに夫は頼んだことは完璧にやってくれたけど、それ以外のことは言われなければ気づけない。だんだん余裕がなくなってきて「私がおかしいのかな。かまってほしいだけなのかな」と自分を責めたり、キッチンで泣いたりしたこともありました。
そんな中で「私の方がやってる」「俺だってやってる」とお互い自分のやってることを主張するだけのケンカが続き、このケンカの先に何があるのかすら分からなくなってしまって。
そこで夫に、私がやっている家事や育児を紙に書いてみて、と言ったんです。それで初めて、病院関係とか学校関係とか、そこからさらに細分化されたものが見えてきた。
夫がそれを知らなかったことにも驚きでしたし、夫は夫で「想像するのは無理だよ」と言うので、2週間、夫に家事・育児をすべて任せてみたんです。
そしてようやく、夫が「今までやってるって言ってごめん。気づかせてくれてありがとう」と。私も「知る機会を与えていなくてごめんね」と和解しました。
我が家はこの経験が大きなきっかけになったので、お母さんたちが24時間スイッチオンの状態だということに気づいている男性は、世の中にはまだまだ少ないのではと思います。
――家事・育児の全貌を知ったことで、夫婦の分担にどんな変化がありましたか。
「家のことはすべて自分がやらなければ」という思いから解放されてからは、家事・育児にも完璧を求めなくなりました。
今まで、どんなに忙しくても畳んでいた洗濯物を、子どもたちにも「これからは畳まない!」と宣言して、それまで罪悪感があって頼めなかった家事代行サービスも頼むようになりました。
母や夫からそんなに大変なら頼んだらと勧められていたのに、家事代行サービスは高いイメージがあったし、自分が無理すればできるのに、と私が踏ん切りがつかなかったんです。でも、タイミングよくリーズナブルに頼める良い人と出会えて、勇気を出して頼んでみたらすごく楽で。
今まで私が苦しんでいたものは何だったのかと思っていたところに、社会学者の上野千鶴子さんのジェンダーについての記事をたまたま読み、衝撃を受けました。
私が苦しんでいた妻らしさ・母らしさの正体は、まさに「夫は仕事、妻は家庭」という性別役割分業だったのだと。「私のモヤモヤの原因はジェンダーの問題だったのか!」って、一気に霧が晴れていくような感覚でしたね。
――幼少期から無意識に刷り込まれたジェンダーバイアスが、牧野さんにも知らず知らずのうちにあったことを自覚されたのですね。
「妻らしさ」「母らしさ」をまっとうしようとすればするほど、自分自身がしたいことは後回しになるんですよね。私にとってはそれが仕事でした。
出産後に1日でも早く仕事に戻り、1円でも多く自分で稼ぎたいと思っていましたが、実際はそうはいかなかった。
たとえば、モデルのオーディションが夜にあっても「夫の仕事の都合を第一に考えるべき」と思ってしまって、いちいち夫の許可をもらってからでないと決められませんでした。
でも、夫との話し合い、家事・育児の分担を経て、外注もするようになって少しずつ仕事も自由に入れられるようになっていきました。
仕事と家庭の両立についても、仕事をちゃんとできるようになってから「共働きだから仕方ない」のラインが分かるようになっていきました。とはいえ私の場合は一番下の子どもが5歳で、上のふたりが小学生だからこれだけできるけど、もし子どもが小さかったら難しかったかもしれないとも思います。
手放したこと②「母親は家族のために自分の人生を諦める」
――家事・育児の分担や仕事復帰、ジェンダーへの出合いを経て、夫婦関係で明確に変わったことはありますか。
まず、夫の姿勢が変わりました。今までも話は聞いてくれる人だったのですが、家事・育児の全貌を知ったことで、「紗弥ちゃんの方が先に家出るなら洗濯物を干しておくよ」「明日朝早いなら弁当は俺がつくっておくよ」と提案してくれることが増え、すごく助かっています。
こうした会話って、自然に出てくるものじゃないと思うんですよね。お互いが同じくらいの視野と解像度で、全体を見ているからこそできる会話なんじゃないかと。
とはいえまだ、お互いに「こうしてほしいのにな」と思うこともあるし、逆もしかりだと思うんです。夫は仕事をやるようになった私に対して、「俺の気持ちもわかるでしょ」と思っているところもあると思います。
だからこそ、私も、「まだ寝てていいよ、大変だよね」とか、「仕事のことをがっつり考えたいときもあるよね、わかるよ」と仕事をがんばる夫にねぎらいの言葉をかけられるようになりました。
――「男は仕事、女は家庭」というジェンダーバイアスから解放されたからこそ、お互いを思いやれるようになったのですね。
そうですね。次第に「母」や「妻」としての役割以外の、自分の人生についても考えるようになってきました。
同時に、夫に対する見方も変わりました。彼のことも「パパ」や「夫」として見るんじゃなくて、ひとりの人間として尊重する気持ちができた。だからこそ、自分の仕事で得た収入で経済的に自立したい意識も芽生えるようになって。
「男は外に出て家族のために稼ぐもの」というプレッシャーは、「女は家庭を守るもの」というプレッシャーと表裏の関係ですよね。どちらも、自分自身のことは後回しにせざるを得なくなる。
そういうプレッシャーから解放されて、彼にも彼の人生を生きてほしい。
お互いが個人として強くなっていけばいいなと思うんです。
その強さは家族や夫婦を崩壊させる自分勝手な強さではなくて、家族みんなで笑っていられるための強さだと思うから。ここは自分の中でブレない軸だなと。
――その考えに至るまでに葛藤はありましたか。
最初はやっぱり、自分の人生もちゃんと生きたいということや、自立したいということは自分勝手なのかなとか、子どもに無理させてしまうかなと思ったり、「そこまでして、私は何がしたいんだろう」と思い悩んだりすることもありました。
だけど、あるとき友人に、「紗弥ちゃんは彼の人生を歩むわけでも、子どもの人生歩むわけでもなく、紗弥ちゃんの人生を歩むんじゃない?」と言われてハッとしたんです。
今思えば、私の母は、家族の笑顔を守るためにたくさんの我慢をしてくれていました。
母が家族を優先してくれた結果、いろんなことがスムーズに回っていたのだと、今になって母のあの頃の苦労がわかるし、感謝しています。
だけど私は、それでも、自分がすべてを抱え込むことで家族の笑顔を守るのではなく、私も家族も我慢しないで笑っている状態を目指そうと思ったんです。
――そう考えた結果として、法律上は離婚して事実婚に変え、夫婦別姓にすることを選ばれたわけですよね。
母であることも、妻であることも辞めずに、自分の人生や自立も両立するための選択でしたが、自分のことを責めることはなくなりました。
なぜなら「自分が幸せである」ということで、「相手が幸せかどうか」ということもすごく気になるから、自分だけが幸せでオッケーではなく、夫も子どもたちも幸せでいてほしいからです。
そういうふうに家族のかたちを自分たちに合わせてカスタマイズしようということで、事実婚に向けて進めているところです。
手放したこと③「子どもに親の事情を話すのはタブー」
――夫婦の関係性や家族のあり方を再構築するにあたって、お子さんたちにはどんなふうに伝えたのですか。
事実婚のことも、基本的には隠しごとをしないよう、正直に話すようにしています。でも、そう思うに至るにも少し時間がかかりました。
最初は、子どもたちに心配をかけないように、「離婚してもパパとママは変わらなくてずっとここにいるよ」と伝えていたんです。でも、それはそれで誠実じゃないかもしれないと思って。
要するに、事実婚を実現したとしても、そこがゴールではないですよね。
夫婦それぞれが自分の人生をあきらめず、心地よい関係を探す中で、事実婚はゴールではなくひとつの選択であり、長い目でみるとただの通過点かもしれない。これからも変化する私たちに合わせて、家族のかたちを調整し続けていくことになると思うと、今後「変わらない」ことは安心材料にはならないんですよね。
やってみてしっくりこなかったらまた戻すこともあるかもしれないし、この先私たちがどういう形になっていくか、本当のところ誰にもわからない。
だから、夫婦間や家族間で個人を尊重したフラットな状態を望むならば、子どもにもタブーを作ったり、うそをついたりしないで、私たちのことを正直に話したほうがいいのかもしれない、と考えが変わっていきました。
――既存の価値観にとらわれず、「自分のことを自分で決める」ことの大切さも子どもたちに伝えているのですね。
社会の価値観に従うだけじゃなくて、自分で自分の生き方を判断できるようになってほしいので、自分たちの経験を隠さないことが大事だと思っています。
離婚についても、子どもたちはどこで聞いたのか「離婚はよくないもの」と思っていたので、「ママはパパとこういう関係性を選んだけど、あなたたちが思うことは違うかもしれないし、どんなふうになっていくか楽しみなんだよね」と話したりしました。
ただしこれは自分で決めていることなのですが、子どもたちに要らない先入観を与えないよう、子どもに対して夫のことを悪く言うことは絶対にないようにしています。
また、「あのとき子どもは納得していたけど、最近は不安そうな顔をしているな」というときもあるので、日々の様子には注意しています。
私自身も、よりより夫婦や家族のために日々進んでいるし、意見が変わることもあるので、子どもに対しても同じように、「今はどう思ってる?」とくり返し聞いてあげることが大事かなと。
私が子どもたちに見せたい姿は、我慢する姿ではなくパートナーと尊敬し合える関係を築く姿です。
子どもたちがこれから生きていく世界は、私たちが経験してきたものとはまた違うもの。私の姿を見て、子どもたちにも自由な選択をしてほしいから、そのための選択肢を示してあげられるように心がけています。
手放したこと④「夫婦・家族の形を決めつける」
――子どもが大人になったときに、牧野さんが教えた選択肢を思い出して、心が楽になるかもしれませんね。
最近、日本の社会情勢や海外のケースを見ていても、「結婚ってなんだろう」とすごく思うんです。
今、私は離婚してパートナーとの関係をフラットにすることを望んでいるけど、だからってそれが正しいとは思わないし、いきなり子どもに事実婚をおすすめするとは限らないな、と。
なぜかというと、大事なのは法律婚か事実婚かという形ではなくて関係性、外側でなく中身だと思うからです。
私が事実婚という形にこだわってしまったら、また以前のようにガチガチにとらわれてしまって同じことのくり返しになってしまうと思ったので。
そこで、どんな形であれ「お互いを尊重し合う関係でいること」を優先事項にすることにしました。
たとえば、私と夫は子どもを育てるという責任を共有しているけれど、同時に個人の幸せも追求する中で、今後もしかしたら「趣味を極めたいから会社を辞める」「勉強したいから海外に行ってくる」なんてこともあるかもしれない。
そんなときに、お互いを尊敬し合って話し合いできる関係性でさえいられたら、住む場所や名字が一緒であるという形にはこだわる必要もなくなるのではないかと思っています。
従来の家族の形もひとつの選択ですが、あくまで私は自分に合った新しい形を模索したい。そのために大切なのは、家族一人ひとりが自己肯定感を持って自立することだと思うんです。
こんなふうに思って、子どもたちとも会話を重ねるうちに、いつしか「ママにはママの人生がある」と言って理解してくれるようになりました。
私たち夫婦も、子どもたちも、「人生100年」と言われる中でどう自立して生きていくか。
第2の人生、第3の人生、さまざまな挑戦の連続ですが、自分の人生を自分で選択し、従来の夫婦や家族の枠に縛られず、自分たちが笑顔でいられる心地よい関係性を築くことを考えていきたいし、その先にどんな未来が待ち受けているのか、とても楽しみです。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部