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【岩本涼/前編】正解のない時代こそ自分と向き合う茶道の体験を
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1995/1996年以降に生まれ、スマートフォンやSNSが当たり前にある中で育ったソーシャルネイティブである「Z世代」は、これからの時代をどう切り拓き、どんな革命を起こしていくのか。世代のギャップを超え、親自身の考え方をアップデートするため、その価値観に迫っていく。第3回は、株式会社TeaRoom代表取締役で茶道家の岩本涼さんに話を聞いた。
日本人の生活には切っても切り離せないお茶。
ペットボトルで持ち歩くほど私たちに身近な存在である一方で、茶道や茶の湯など、日本の伝統産業としての一面もある。
このお茶の思想こそが現代社会に必要であると提唱し、20代~30代の若者をターゲットに革新的な商品やサービスを提供するZ世代がいる。
Z世代とは1995/1996年以降に生まれた世代で、私たちの子どもの未来に、先輩・友だちとなりうる存在だ。
「SNSを使うことが当たり前の今の時代、一度携帯を持てばインターネット上でほぼすべてが比較で動いている。だからこそ、相対評価ではなく絶対評価で自分と向き合う茶道の文化を次世代に浸透させたい」
こう語る、今年大学を卒業したばかりの株式会社TeaRoom代表取締役、茶道家の岩本涼さん(以下、岩本さん)23歳の価値観や原点に迫っていく。
革新的なビジネスでお茶に新たな価値観を
KIDSNA編集部が訪れたのは、飲食店が軒を連ねる繁華街のビルに構える株式会社TeaRoomのオフィス。
オフィスに臨む外の街並みからは想像できないほどの情緒あふれる和室で、まず初めに岩本さんが冷茶を振舞ってくれた。
――とてもおいしいです。これはTeaRoomで作られているお茶ですか?
いま弊社にて生産をしている煎茶です。
TeaRoomは現在、お茶の生産・開発・販売・事業プロデュースを行っています。
なぜ茶葉の生産から行うかというと、仕入れて卸すだけの既存の産業ビジネスでは、産業としてサステイナブルではないと考えるからです。
現在、高齢化やお茶の単価が下がっているという現状から茶農家さんの数が激減しています。
業界構造上、商社がどうしても価格決定権を握り、農家さんは買い叩かれる傾向にあります。それでは未来のどこかのタイミングで生産量が激減し、今ある需要に対して供給が出来なくなるリスクを感じています。ですから、私たちは産業的な課題に立ち向かうために、長期的な視点を持って生産まで参入をしています。
また、会社の利益を考えると私は日本茶という業界はサプライチェーンのすべて内製化し、物流の効率化を行わないと参入が難しい業界であると考えています。
そこで、小さなスタートアップとしては異例ですが、静岡の山奥にある村の日本茶工場を受け継ぎ、そこに社員が移住して日本茶の生産を行っています。
実は2020年春、生産事業への本格参入と茶畑からの新しい商品開発のために、農地所有適格法人のTHE CRAFT FARMというもうひとつの会社を立ち上げました。もともと弊社の社員だった2名が社長、副社長となり会社を経営しています。
日本茶は製造の過程で二段階の加工工程を踏むのですが、この会社で最初の第一次加工までを行い、次の第二次加工を業務提携している静岡県の商社で、そして販売を本社のTeaRoomで行うことで、サプライチェーンをすべて自社内に収めています。
日本の「就職」に疑問を感じた
――大学在学中にTeaRoomを設立されていますが、そもそも日本で就職をするという選択肢はあったのですか?
ありました。
でも、大学3年生の夏にアメリカ留学から帰国して、初めて参加したインターンシップフォーラム(合同企業説明会)で、「新卒で就職するのやめよう」と思ったんです。
もともと海外留学をしたいと思ったのは、大学進学したときに「相対評価で生きたくない」「他の人と同じ軸で評価されるのはいやだ」と思ったことが動機です。偏差値以外の、経験や行動力など他のスキルを身につけたいと思いました。
私が留学したコロラド州のボルダーという町は、ロビイングによって研究機関やGoogleなどのさまざまなテック企業を誘致して研究都市化した町。その背景もあり、インド工科大学を出てから大学院に進学したインド人がたくさん来ていました。
私は留学中、学内のコンビニでアルバイトしていたのですが、同僚には初年度の年収が2000万円で内定が決まっているエンジニアがごろごろいたんですよ。就職が決まっていて高額な年収がもらえると確約された状態で、時給9ドルとかでバイトをしている。
なんでバイトをしてるのか聞いたら「だって楽しいじゃん」って。
社会に影響を与えることでなくても対価が安くても、それを「楽しい」と思いながら価値を感じて取り組んでいる、その考え方って日本ではあまりないし、同年代でそれくらい素直に生きる人たちがいることに感銘を受けていました。
だから、日本に戻って参加したインターンシップフォーラムの会場に来ていた学生が、みんな同じようなスーツで黒ずくめだった光景を見て、私は違和感を感じてしまったんです。
日本での就職活動に疑問を感じてからは、自分が気になった会社のインターンに応募してみました。インターンでも給料がもらえる企業や海外に行かせてもらえる企業に絞って、たくさん応募しました。
その中の一社で面接を受けたら「君ちょっと面接官をやってみてよ、お金は出すから」と言われたんです。
――そんなことがあるんですね。
当時私の周りには起業をしたいという学生がたくさんいたので、その学生を起業家を募集する企業に紹介する、という仕事をさせてもらいました。
その経験から、学生という身分でも人をきちんと評価する目や考え方があれば、チャンスは降ってくるのだなと思いました。給料もいただいていたので新卒よりも稼いでいたし、これで新卒の給料をもらって会社に入る意味ってどこにあるのだろうと思っちゃって……。
20代の前半をどう過ごすかと考えた時に、どこの企業にもどうしても入ることが出来なかった。お金だったら自分で稼げばいいし、自分が好きなことややりたいことだったら副業という選択肢もあるし。
インターンで面接官をさせていただいていた時も週2くらいしか働かず、あとはあくせく色々な人に会いに行くといった生活でした。これで生きていけるんだったら、自分のやりたいことやらないでどうするんだ、と思ったんです。
同時に「真摯に相手と向き合い一生懸命仕事をすれば、起業しても死ぬことはないだろうな」と思ったことも、僕を起業に向かわせた大きなきっかけでした。
僕たちの現在のビジネスは、ほとんどが事業プロデュースや卸といったBtoB。
岐阜県郡上八幡でスピリッツの製造を行う辰巳蒸留所とコラボレーションしてお茶でクラフトジンを作ったり、東京を中心にしたクリエイターたちと「吸うお茶」というお茶のシーシャ (水タバコ)を作ったり。その他にも多種多様な業界の方々と提携をしながら、お茶を社会にどう浸透させるかを考えて実行しています。
こうした仕事を真摯に行っていくことで信用を蓄積し、それをもとに信頼をいただいてさらに面白い仕事をする、その繰り返しによって結果はついてくるものだと思いました。
それはインターンで面接官をやらせてもらっていた当時も同じで、「この人にこんな人を紹介したい」と思ってもらえる人間になれば、案件はどんどん入ってくる。
自分でビジネスをすることと繋がっていると気づけたことは、私にとって大きかったです。
――若くして起業される方の多くは、失敗を恐れず挑戦するというイメージがありますが、岩本さんの場合はどうですか。
失敗はもちろん怖いですが、それを恐れていては勝負できません。でもひとつ決めているのは、「この会社を絶対に潰しちゃいけない」ということです。
お茶というレガシーかつ、効率×大量生産が重視される産業で、文化の価値を伝えていけるのは私だけだと信じています。そして、そのくらいの覚悟がないとやっていくべきではないとも思っています。
最近では、行政の方々とも仕事をできるようになってきました。私たちが小さく始めた動きだけれど、掲げた志に従ってそれが少しずつ形になってきています。
渋谷の界隈でいえば、スタートアップは死ぬか、生きるかですが、産業や社会からすればスタートアップだからといって、挑戦した結果その会社が潰れたら、お茶の業界全体がさらに沈んでしまう、そう思うんです。
やっと希望の兆しが見えてきて、何か変わるかもしれないという期待や信用が積み重なっている中で、私たちのアクセルの踏み間違いでこれを潰してしまったら、もう今後私たちのような挑戦者は出てこないだろうなと思っています。
だからこそ、私たちは市場を見極め、40年の経営プランを組んで事業に取り組んでいます。
自分たちの孫の代まで「新たな価値観」を浸透させる
いま弊社にてお茶の市場が一番拡大するだろうと考えている層は、20代後半~30代前半です。
この市場が拡大すれば、生活の中にお茶を取り込んだ彼らが子どもを持った時には、その価値観は次の世代にも繋がっていくはずです。それがもし2回繰り返されると、2世代に渡って文化が根付き、世界全体にお茶の思想を普及できるのではないかと思っています。
その過程でよく聞かれるのは、いまある伝統文化や日本茶の飲み方、具体的には急須のような既存で存在する文化をどう扱うかという話です。
たとえば、急須というのは、昔の5~10人の大家族が当たり前だったときは家族全員に効率的にお茶を淹れるための機能的なものとして使われていました。
このような方法でお茶を飲んできた上の世代の方々は「急須を使わなければ茶道じゃない」という思考から抜けられていない場合が多いです。
そんな中「そもそもお茶って急須で淹れるんだっけ?」と思っている、お茶の文化が完全に抜け落ちた20代~30代の世代こそが、固定概念なくお茶を受け入れられます。
そのおかげで新しい消費スタイルが生まれ、市場が成長している背景があったりしますね。
SNSでの評価よりも「自分と向き合う」体験
――岩本さんが次世代につなぎたい、お茶の思想や価値とはどんなものですか。
「自分と向き合うこと」だと思っています。
たとえば、一対一、一対自分だと「内省」、一対他者だと「もてなし」、一対物の場合は「見立て」という言い方をします。
一対複数になると誰かと向き合って対話をするため、「コミュニケーションともてなし」ということですね。一対特定多数だと「茶会」という言い方がされています。
このように形式はたくさんありますが、この「向き合う」という体験自体が、茶の湯の思想であると考えています。
そしてこの体験は、現代にこそ必要だと私は考えています。
現代では一度スマホを持てばインターネット上のいろいろな人と比較できてしまうように、ほぼ全てが比較の社会で動いてると思うんですね。
意識が他者や、他者との比較の世界に向いているために、自分がどういう状態にあるかということには鈍くなっていて、どこか痛んでいても強く押さないと分からない。
自分の身体の状態を知りたい時も、実際に触って見なければ分からないくらいだと思うんですよ。
そのくらい、向き合うということはとても大変で手間のかかることなんです。
一方で、華道、柔道、剣道、書道など、日本の「道」という文化は、何か媒介となるものを使って「自分と向き合う」という対話をずっとしてきた。
たとえば茶道の場合は、お茶を点てることによって自分を投影して向き合う体験だし、華道の場合は自分を花に見立てていけることで自分と向き合う体験を提供している。
今のこの比較社会においては、誰かに常に比較されることで自分という「個」が確立するような感じがするけれど、実はそれでは全然確立していなくて。
比較の中で作られる自分というのは、他者との「相対の自分」であるだけで「絶対の自分」ではないんです。比較社会において、自分という「個」としっかり向き合い「絶対の自分」を持つことは、すごく難しくて、すごく大切だなという風に思っています。
――SNSで他人に評価されることがすべてではないと考えているのですね。
まずは自分の価値を自分で認識して理解してから、他人との比較である相対評価で改めて見つめ直すのがいいと思います。
SNSの中で評価を求めるのは悪いことではないですが、自分の本来の価値を認識してない人が多すぎると思っています。
はじめにそれを理解をした上で、SNSでいいねが欲しいなら貰えばいいと思うし、まず自分には何ができるのかとか、何が本当の価値かということを理解することこそが大切だなと思います。
後編では、岩本さんがお茶をどのようにしてビジネスにしたのか、そして伝統産業だからこそ上の世代とのつながりに思うことを聞いていく。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部