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【宋美玄】子どもはセックスをどう学ぶのか
子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、産婦人科医、性科学者であり2児の母でもある宋美玄先生に話を聞いた。
乳児期から幼児期と成長していく中で好奇心がめばえ、体のつくりや、命の誕生について興味や疑問を持ちはじめる年頃。性について、親としてどのように考え、教えていくとよいのだろうか。
産婦人科医の宋美玄先生は、著書『少女はセックスをどこで学ぶのか』の中で、現代の10代の少女たちの性行動の実態を赤裸々にひもとき、産婦人科の現場から感じる性教育の重要性を主張した。
臨床の現場では決して少なくない、小学生での性感染症、中学生で望まない妊娠、くりかえされる中絶……これらは、子どもたちに性の知識が欠落していることが大きな原因だ。
「うちの子は大丈夫」と思えるだろうか?
まずは、宋先生が実施したアンケートから、10代の娘を持つ親の現状を見てみよう。
子どものリアルと性教育のギャップ
「産婦人科医としてこれまで診察にあたってきて、10代の女の子の中期中絶が本当に多いんです」
中期中絶とは、妊娠12週0日以上経過した場合の中絶のこと。12週未満の場合は、掻爬法か吸引法だが、12週を越えた場合は基本的には分娩という方法を取ることになり、リスクも大きい。
――なぜ、初期中絶ではなく中期中絶が多いのでしょうか?
「多くの女の子たちは、妊娠に気づかないからです。その原因のひとつは、自分がした性行為自体が、妊娠につながるものと知らないパターン、もうひとつは生理が遅れていることが異常だと分かっていなかったり、周囲の人に言えないというパターンです」
小学生で性感染症、中学生で妊娠、中絶をくりかえす……まるでドラマのような話だが、これは宋先生がこれまで実際に出会い、診察してきた10代の女の子たちの現実だ。
女の子を持つ親は、娘が自分で自分の身を守れるようにと、男の子の親は、息子が将来、女の子を傷つけないようにと、考えるだろう。
統計的なデータでも、厚生労働省による平成30年度の「衛生行政報告例の概要」では、20歳未満の中絶数が約1.3万人、15歳未満は190人という結果が出た。性感染症については、厚生労働省による「性感染症報告数」で、10代に多いといわれる性器クラミジア感染症で、20~24歳の約7000人が最大数の中で、10~14歳が26人、15~19歳が約2000人と発表されている。
「これらの問題は、子どもたちが自分の体や性について知識がないことが大きな原因です。特にセックスについて、子どもたちはきちんと学ぶ機会がありません」
学校教育による影響
文部科学省が定める中学校の学習指導要領の中には、学校で行う性教育について指針が示されている。
“妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠までを取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする”
「これだと、どうすれば受精し妊娠するのか、その経過については教えてはいけないことになります。つまり、日本の中学生は、どんな行為が妊娠を誘発することになるのかは教えてもらえないまま、突然、受精や妊娠について教わる。もしくは、いきなり実体験することになるのです。
――つまり子どもたちは、性行為がどんな行為なのかということすら知らないということなんですね。
「性行為をしたら妊娠するってことを知らない子や、彼氏に言われるがままにした行為が、セックスであるということを知らずにいる子もいるんです。
小学校の高学年で、女子は生理について学校で習いますが、仕組みやナプキンの使い方については扱っても、何日周期で生理がくるのが正常なのかといったところまでは教えてもらえないところもあります。
そうすると、遅れていることに気づくまでに時間がかかったり、生理が遅れていても妊娠を疑うことができないまま、誰にも言わずに手遅れになる。
性感染症についても、保健体育で習うことにはなっているけれども、どんな種類があるか、男女それぞれどんな症状が起こるか、また予防の仕方についても、コンドームで防げるものとそうでないものなど、細かいことは教える先生も知りません」
性には「生殖」と「快楽」の面がある
宋先生がこれまで出会ってきた10代の女性たちは、セックスと妊娠、性感染症の可能性を結びつけられていない子が多い傾向にあると言います。
「学校で教えられる“生殖としての性”と、子どもたちがインターネットで気軽に調べたり、友だちからの情報から手にいれた“快楽としての性”に大きなギャップがあることも大きな問題です。
もうひとつ、診察室で出会った10代の女の子たちに多く見られた傾向として、好きな男性に対して『嫌われたくない』『求められるから仕方なく』といった受容的な態度であるということ。断ることでその場を気まずい空気にしたくないと考えるんですよね」
――女の子が空気を読んでしまうのですね。日本には、相手の気持ちを察するという文化も未だに残っていますし……。
「相手よりも自分の体を考え、自分の気持ちを優先させる、こういった自分を守るための考え方も学校では習いません。性教育で大切なことは、誰かに流されるのではなく、自分の体や気持ちを大切にし、自分の意志を相手に伝えることができるという考えを持つこと。
これは、望まない妊娠や性感染症を防ぎ、自分自身で妊娠を管理するバースコントロールの一貫にもなります。
身体的に子どもをつくる能力が備わっていることに対して自覚を持ち、主体的になること。自分の身体について知らないまま相手に任せ、傷ついていく子どもたちが多すぎます。
そして同時に、男の子も女の子も“性的同意”について知っておくべきです。
スキンシップや性的な行為の前に相手の意思を確認することをいうのですが、先日見たとあるメディアでは、日本のメディアで取り上げられていることは“女の子をいかにセックスに持ち込むか”という話題が多いのだそう。それって、性的同意とは真逆ですよね。
さらに、性行為がどんなものかということは学校で習わないので、男の子たちはアダルトコンテンツを見て学ぶことも多い。ああいう世の中にあふれているものは興奮するためのファンタジーであって、現実の世界とは別物であるということをきちんと教えるべきだと思います」
――うちは息子がふたりなので、お話を聞いて怖くなってきました。一般的に思春期の男の子同士で話すことといえば、そういったアダルトコンテンツのことが多いですもんね。とはいえ、母親として言えることって……。
「とりあえず、男同士の武勇伝はかっこ悪いことだということを教えたらどうでしょう。女の子にきちんと同意をとる、ジェントルマンで結構じゃないですか。
親として、子どもが性犯罪の被害者や加害者になってほしくないし、被害者になったときに自分を責めてほしくないですよね。だから同意は必ず必要。
同意なく性行為をしてはいけないし、痴漢やレイプも悪いのは加害者の方で、あなたに非はないと教えるべきです。
こういった現状の問題に対しては、学校ができるだけ早く実用的な性教育をしてくれることを願うばかりですが、それと同時に、保護者が現代を生きる子どもたちの目線に立って向き合うことも大切ですね」
親に言えない子どもたち
「うちの子に限って」と思う保護者
10代の少女たちの性を取り巻く環境や性行動の実態について、性交経験率や中絶件数、性感染症の報告数などのさまざまな統計で見える10代の少女たちの実態と、保護者の「うちの娘(息子)はこうだろう」といった漠然とした子どもへの思い込みには大きな差があると宋先生は言う。
「10代の娘が学校でどんな性教育を受けているかを知らない保護者や、娘を処女だと疑わない保護者も多くいます。
親は、ついつい自分がすでに培ってきた価値観を基準に子どもに接しがちですです。何気ない親の言動が子どもの性のイメージを形づくるので、親が性をいやらしいもの、悪いもの、隠すべきものという価値観をもっていれば、子どもはどんどん親に話しづらくなります」
自分たちがきちんとした性教育を受けてこなかった私たち親世代は、性について子どもと話すことに大きなハードルを感じてしまう。それは、性というものが、子どもには隠すべきものであり、教えることで悪い影響が起こるのではないかという心配もあるからだ。
しかし宋先生は、学校や周囲の友だちからネガティブな影響を受ける前の、性に興味がめばえる幼児期から教えることが大切だと言う。
「実際、性のめばえって早くて、幼稚園くらいからあると思うんです。
その段階から、子どもの素朴な疑問にごまかさず答えるようにしましょう。だって『子どもってどうやってできるの?』って聞かれて、『コウノトリが連れてくるのよ』って言う親だったら、この人に聞いても答えは得られないと思っちゃうじゃないですか。
もしくは『そんな話やめなさい!』とか言われたら、将来妊娠しちゃったときに、親に話そうと思う?
性に関することは健康的で生理的なことです。自分が恥ずかしいからって嫌悪感をむき出しにしたりせず、リテラシーを教えていくことが大切です。
やっぱり、第二次性徴が出たくらいから、性に関することをしゃべれる親子関係になってる方がいいと思う。そのためには、幼児期からのコミュニケーションで信頼関係を育む必要があるんですよ。
まずは家の中で、性の話にタブーがないようにしてみましょう。お父さんやお母さんは、別に専門的な知識がなくてもいい。一生懸命に教えようとしてくれてるなって、その姿勢が伝わればいいんです」
家庭で性について教えるときのポイント
――実際、幼児期からどんな風に教えるとよいですか?
「よく、ママ友に性教育をどうすればいいかと聞かれるんだけど、男の子におちんちんがついてるのはみんな何も言わずとも知ってるじゃないですか、でも女の子には何がついてることになってんの?と聞くと何もついてないことになっているって言うんです。
それじゃ何の説明もはじめられないですよ。呼び方は別として、うちでは“おまた”と呼んでいます。男の子にはおちんちん、女の子にはおまたがついてるので、おまたと赤ちゃんのおうちとの間に道がついてるんだよって言えば、それでセックスも月経も出産も教えられるじゃないですか。
まずは、女性は男性が持っている物が欠けているだけの存在ではないので、体の構造をきちんと教えましょう。
そのあとで、生理とか生殖について教えたくなったら、精子と卵子の話をして、それが出会うということでセックスという行為を教えるんですけど、大切なのは、そのときに欲求や快感の話もいっしょにすること。
生殖の話だけをしてしまうと、将来、それがセックスという行為につながらなくて、望まない妊娠や性感染症の可能性も出てきてしまいます」
――そこまで、話せるか……不安です。
「子ども向けのコミックや絵本は、親がなかなか言いにくいことが書いてあるから読ませてみるのもいいですね」
「うちも、上の子は女の子でもうすぐ8歳ですけど、ひと通り教えてますね。性行為についても教えたけど完璧には理解してないと思う。『ぼくどこからきたの?』(ピーター・メイル著、河出書房新社)という絵本を、まだ読み聞かせしてーっていう歳から熟読してます(笑)。
それから、できたら男の子も女の子もマスターベーションを教えてほしい。
男の子の場合は、小学校高学年くらいから精通がはじまります。間違ったやり方をしたら射精障害になったり、一度間違えた方法でやると矯正するのが大変なので、お父さんからしっかり教えるといいですね。
女の子はそういったリスクはほぼないのですが、あまりにもタブー視され、ネガティブなイメージがついています。そのせいで傷つくことがないように、教えてあげられるといいですね。
マスターベーションの“おかず”の選び方は、男女両方に大切です。
アダルトコンテンツはたとえどんなに過激でも、制作するにあたって出演者が同意してたら問題はないですが、それを見た人が、現実との区別がつかないと大変なことになります。ひとりのときにどんな妄想やファンタジーがあっても別にいい、でも、実際の女性や男性と混同しないように、ということは必ず教えたいですね」
これからの性教育
性教育は進化するか
――性教育、これから進化していくでしょうか。
「変わっていくと思います。2019年3月に、東京都教育委員会は約15年ぶりに、学校教員に向けた『性教育の手引』を改訂しました。
そこで、学校でもできるだけ外部講師を呼びましょう、ということになった。
これまでも、別のルートで産婦人科医が講演に行くことはあったけれど、学校によって受け入れないところもあるし、講演に行っても『この話はしないでください』と言われることもありました。
でもこれからは、もう少しスムーズに、より多くの子どもたちに届けられるようになると思います」
――先生がこれまで見てきた保護者の人々にも、意識のばらつきは感じますか?
「感じます。『なるべく触れたくない』という方や、中学生の親御さんでも『うちの子にはまだ早い』という方もいます。先ほど言ったように、性について話せる親子になるには、幼児期からの関係づくりが大切です。10歳でも遅いと思います」
――そういった保護者は、子どもたちが性に関する情報に小さいころから触れていることを知らないんでしょうか?
「知らないし、これからの時代はどんどん見えなくなると思いますよ。このように家庭によっても考え方や事情はバラバラですから、やはり国や学校がセーフティネットとしてしっかり教えるべきだと思います」
現代の子どもたちは、生まれたときからスマートフォンがあり、小さいころから身近な存在だ。インターネットで得た情報、学校で習ったこと、友だちと話したこと。子どもの体を心配すると同時に、ふだんから会話ができるような親子の関係を大切にしていきたい。
女の子はかかりつけの婦人科を持とう
――自分がまったく教えてもらえなかったので、これからは、性教育で低用量ピルについても教えてほしいと思っています。
「たとえば、生理がきた子に『あなたの体が子どもを産む準備をしているんですよ』と伝えたあと、でも今は全然ほしくないからとそのまま何年も経ち、30歳くらいになって子どもを作ろうとしたときに、『あなたは子宮内膜症だから妊娠しづらいかもしれませんね』と言われてびっくりするケースもあります。
ピルを飲んでおけば、生理をコントロールすることで子宮内膜症を予防できるんです。でもその方は、ピルで予防できることを知らないし、ピルについて聞く機会もなかったと。生理の負担も減らしてくれる選択肢のひとつなので、教えておきたいですよね」
――低用量ピルに、避妊以外の効果があることを知らない人は多い気がします。それどころか、ピルは悪い薬、くらいに教えられていました。
「女の子は、子宮頸がんワクチンの接種期間である小学校6年生から高校1年生が初めて婦人科に来るタイミングかもしれません。子宮頸がんは性行為で感染するもので、こういう行為をするとリスクが上がるよという説明もしますが、そのついでに生理をはじめ、性に関する話もしてもらえますよ」
――えっ!婦人科でそんなことも教えてもらえるんですね。
「もし子どもが自分たち親に話してくれなかったとしても、おりものがひどいとか、セックスしたあとにかゆいとか、生理が来ないとか、そういったことで悩んだときに、一度でも行ったことのある婦人科を思い出して、あの先生のところに行ってみようかなって思ってくれるかもしれません。
早めに専門家につないでおくことは大切です。子どもも、自分の異変に気づきやすくなったりしますから。男の子の場合はなかなかそういった機会がないかもしれないから、ある程度は親が伝える必要はあるかもしれませんね」
最後に、宋先生が“セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ”という言葉を教えてくれた。日本語に訳すと“性と生殖に関する健康と権利”。
これは1994年、エジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議で発表された考え方で、
昨今、日本において新たな性の捉え方として注目されている。
自分自身の性に向き合い、性に関わるすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態であること。子どもを産むかどうか、産むとすればいつ、何人産むかを決定する自由と、適切な情報とサービスを受けられること。
こうした性や生殖にまつわることを人権と捉え、社会の制度や環境を整備していくための大切な概念だ。
男性も女性も、他者を尊重しながら、性を主体的に考え、自分の心身を守る。そのためには、性をネガティブに捉えず誠実に向き合うことが大切だ。情報をシャットアウトするのではなく、実用的で偏りのない正しい性の知識を親自身がもち、子どもと話す機会をつくっていきたい。
家庭ではこう教えたい「性教育」
子どものリアルな目線に立って、性について話せる親子関係に
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部